⑨自由都市モードレへ
「はァ? ホントか?」
「ホントにホントです! 私、昨日、山の向こうで山賊に攫われてっ! 拠点に連れて行かれるところを助けてくれたんです! 今朝になってここまで送ってもらって」
マミリアは必死に言いつのる。嘘を言うことに罪悪感が無いではないが、フォスとモファの存在を人間に知られるわけにはいかないからだ。
だがザクスは全く信じていないようで呆れ声を出した。
「あのさあ、お嬢さん。ロルフに嘘を言っても無駄なんだけど……」
「いや、ザクス、いい」
「えっ、だって!」
「いいんだ」
静かにロルフがザクスを制する。マミリアはその声が場を支配するのを確かに感じた。自然と視線が彼に釘付けになり……彼の目が糸のように細いのではなく、目をずっと閉じていることに漸く気がついた。
「ザクス、お前の言うように勘違いだったんだ。俺が感じた魔力は彼女のものじゃない。そもそも男だったと言うんじゃ大間違いだよ」
ロルフが悲しそうに言うのを見て、またもやマミリアの罪悪感が刺激されるが、ぐっと堪える。そこへ、彼の声のトーンがガラリと変わって質問が飛んできた。
「ところでお嬢さん、山の向こうから攫われたって言ってたけど、どういうこと? パーティーで山の探索でもして、仲間とはぐれちゃったところを山賊に捕まったとか?」
「パーティー???」
マミリアの頭の中に、オシャレをしてダンスを踊ったり御馳走を食べるパーティーの様子が浮かぶ。山の探索とは全く関連が無さそうな取り合わせに、不思議に思ったのが顔に出たのだろう。ザクスが横でプッと吹き出した。
「おいおいロルフ、このお嬢ちゃんが冒険者だって? 冒険者グループの一団の意味もわかんない素人だぞ。見た目も可愛い村娘って感じだし」
「あれ、違うのか。でもこの子、弱いけど魔力持ちだよ?」
「「え!?」」
マミリアとザクスは同時に声を上げる。
「だからてっきり初心者の冒険者かと思ったんだけど」
「ちょ、ちょっと待て!? お嬢ちゃん、あんた魔術師なのか!?」
獣人ほどではないが、魔法を扱える魔術師もなかなか貴重だ。少なくともマミリアは会ったことがない。
……それに、彼女は出身地の村でも魔法を使えなかったことを責め立てられた過去があるのだ。魔術師に間違われてはたまらない。
「違います違います!! 私魔法なんて何も……」
慌てて否定するマミリアの頭に、ふっとユーステスとの想い出が蘇る。
『実は君が魔法をかけているんじゃないかな?』
「……あ。」
「ん? どうかしたか?」
「あの、多分違うと思うんですけど……もしかしたら、お茶を淹れたら魔法がかかったりとかって……ありますか?」
「あるのか? ロルフ」
「さあ、わからないが……あ、そういえば王都のカフェに飲んだら疲れが取れるお茶があるとかって評判を、冒険者から聞いたような」
「ああ、俺も聞いた」
「あ、それ、私が勤めてたカフェかもしれないです」
カフェの名前と、潰れた経緯を言うとロルフとザクスは何とも言えない顔をした。
「おいおい、マジかよ……魔法を自覚してなかったとかあるか?」
「あのカフェ潰れたのかぁ。しかもそんな理由でとはね」
「なあ、ロルフ。どうする? お前の魔力視を疑うわけじゃないが、こんなお嬢ちゃんが魔法を使えるだなんて、この目で見るまでは信じるわけにはいかないぞ」
「ああ、俺も魔術師だって名乗る詐欺師を山ほど見てきたからなぁ……だけどさ、俺はモードレに連れて帰るのは、気が重い」
「なんでだ?」
「だって女の子だろ? お前が言うには可愛いらしいし。それに俺たちはさっき街を出てきたばかりだ。それなのにすぐ女の子連れで帰ってみろ。どうなるか……」
キョトンとしていたザクスが、ロルフの言いたいことを理解したらしい。ブハッと吹き出し、笑い出した。笑うと鋭い目突きが消え、何となく憎めない顔になる。
「ああ! そういうわけか! それはお前の今までの行動のキテレツさのせいだからしょうがないだろ!」
「う、それを言われると、弱い」
「自業自得だよ、腹をくくれ!」
「そうだよなぁ。このままこの子を森の中に放り出すわけにもいかないもんな……」
ロルフはマミリアに向き直ると、改めて名前を名乗った。
「俺はロルフ。こっちは俺のお目付け役のザクスだ」
「おい、相棒って言ってくれよ。つれねえな」
横から真面目な顔でザクスがちゃかす。なかなかいいコンビのようだ。
「あ、マミリアです……」
「マミリア」
ロルフはザクスの抗議をスルーして続ける。
「ここは自由都市モードレのすぐ近くの森で、俺たちはそこの冒険者ギルドに属している。すぐそこがモードレと王都を繋ぐ街道だから、街道までは送ってあげられる」
「あ、ありがとうございます」
「だが、その後はどうする? マミリア、君はひとりでなんとかできるのか?」
「あ!……えっと、なんとかします! するしかないので! 山賊にお金を取られちゃって何にも持ってないんですけど、とりあえずモードレの街に入れるか試してみます!!」
反対方向だと王都に逆戻りだからモードレに行くしかないのだ。マミリアが思わず両の拳を握って強く宣言すると、ザクスがプッと吹き出す。
「良いねえ、そういうガッツのある奴は嫌いじゃないぞ」
「そうか。状況を考えると、俺たちは君を保護してモードレに連れて行くのが最良だと思うんだが、君はどう思う?」
「えっ、良いんですか?」
「まあ、良いんだけど……」
煮え切らない言い方をするロルフをザクスが肘でつつく。ロルフは『腹をくくった』らしい。真剣な表情になり、マミリアにこう言った。
「いいかい。門番や、街の人に『この子が例の人か?』とか『見つかったんだね』とか『おめでとう』とか言われたら、全力で違うと否定してくれ」
「え?」
「いいかい? 全力で『私は別人です』と否定するんだ。そうしないと話がものすご〜くややこしくなるから。頼む」
「は、はぁ。わかりました」
◆
モードレが王族にも貴族にも支配されていない理由。それは街の奥に聳え立つダンジョンと、ダンジョンに向かう冒険者たちにある。
何百年も前から存在しているダンジョンは、その外観から『曲がり塔』と呼ばれているが、実際には塔ではなく地下に潜る。ダンジョンは幾重もの階層で構成されているが、深い階層には危険な魔物たちが蠢いているそうなのだ。
だが、その危険な魔物たちを倒した時のドロップアイテムも高値で取引されるため、挑戦する冒険者が後を絶たない。
危険なダンジョンと命知らずの冒険者たち。これらを意のままにまとめ、管理して税を取れる領主など居ない。だからここを領地にしようと考える貴族や王族はおらず、結果的に自治区となり、自由都市の名を冠しているのである。
誰にも支配されない自由を求めてモードレにやって来る人間も多いが、実は何をしても良いほど甘くはない。
自治のために冒険者ギルドが街の巡回兵を雇っていて犯罪を抑制しているし、その費用のために冒険者ギルドがダンジョンの出入りやドロップアイテムの売却を一手に仕切っている。
人の出入りが激しいとそれだけ商流もある。
商売の方は商人ギルドが仕切っていて、こちらも手数料や通行料を納めないと街の中で自由に商売ができない。商人ギルドはその金で、やはり街の出入りの門番を雇って犯罪抑制に貢献しているのだ。
冒険者ギルドと商人ギルドは対等な関係として手を組んでいるので、冒険者ギルドの正式なメンバーとなれば門番はすんなりと通してくれるらしい。
そもそもザクスとロルフは有名なのか、顔パスだった。
「ロルフさん、どうしたんですか? さっき出てったばかりじゃありませんか。……って、あ!! もしかしてこの子が例の!?」
門番がマミリアを見て、目を輝かせる。
「おめでとうございます! 遂に見つかったんですね!!」
「あっ、違います! 私は別人です!!」
早速ロルフの言ったとおりになった。




