⑧ロルフとザクス
地面の傾斜がなくなり、平地になった。麓に到達したのだ。
しかしそれでもフォスとモファの兄妹はマミリアを下ろさなかった。多分マミリアに歩かせるより、ふたりで担いだほうが早いからだろう。
ところが。
森の中を歩いている間にふたりの足が同時に止まる。
「?」
兄妹は進行方向をじっと見ていた。マミリアもそちらを見るが、木々の緑が見えるだけだ。もう一度ふたりを見ると、耳をピンとそばだて、音を聞き取ろうとしているようだった。当然だがマミリアには葉擦れの音くらいしかわからない。
彼らの身体能力は普通の人間と比べてかなり高いが、聴力もそうなのだろう。
「ごめん、ここまでだ。あとはひとりで行って」
「たぶん危なくないと思うけど、怖かったら大声出してね。助けに来る」
そう言うとマミリアは地面に下ろされた。
「じゃあね、ばいばい」
「……昨日は、ありがと」
モファは表情が乏しいが、口元は少しだけ笑みを湛えているようだった。フォスは少し照れくさそうに礼を言う。と、ふたりは身をひるがえし走り出す。
「こちらこそありがとう!」
おそらくマミリアの声は届いただろうが、あっという間に兄妹の姿は見えなくなった。
(……さて)
マミリアは振り向き、歩き始めた。
(大丈夫。私は運がいいもの。山賊に攫われたのに、命も貞操も無事だったわ。だからきっとこの先もなんとかなる!)
そう自分を鼓舞する。マントこそ羽織っているがトランクは馬車に残したままだから、今の彼女は手ぶらだ。
旅の荷物を持たず無一文の身で、モードレの街に入れるかは……いくら自由都市と言っても門番に止められる可能性もある。だが行ってみなければわからない。マミリアは持ち前の能天気さで足を進めた。
ほどなくして。前方から声が聞こえてくる。
先程狐獣人の兄妹が耳をそばだてていたのは、これを聞いたからかもしれない。
どうやら男二人が歩きながら言い合いをしているようだ。マミリアの中に、山賊に攫われた記憶が即座に蘇る。思わず木陰に身を隠し、息を潜めた。男たちの声が段々と近くなり、草を踏み分ける音や身に着けた物の金属音、話している内容も聞き取れるようになってきた。
「ロルフ、いい加減にしろ! お前一人じゃ無茶だ!」
「離してくれザクス! あれは彼女の魔力に似てたんだ!」
「お前そんな事言って、こないだも全くの人違いだったじゃねぇか!!」
「……っ、それはっ」
一方の声が、水に落とした焼け石の如く、急激に熱を失う。マミリアは、男たちの会話の雰囲気で山賊の仲間では無さそうだと思った。それにモファも「危なくないと思う」と言ってマミリアを置いていったではないか。
木陰からそっと様子を伺ってみる。
果たして、声の主は。二人とも違う意味で予想を外した。
片方……おそらくザクスと呼ばれていた方……は長身巨軀の黒髪の男で、日焼けした肌にあちこち傷跡を持っている。
「ロルフ、俺がいねぇとお前は探し人にも出会えねぇってワケだ!!」
大声で言葉遣いも粗暴気味だし、目付きもかなり鋭いので山賊だと間違えられてもおかしくない。しかし身につけている鎧や斧の立派さから、おそらくは戦士系の冒険者だろう。
「……」
一方、ザクスに言い負かされた、もう一人の男はおそらく魔術師のようなのだが、ド派手な服装をしていた。
真紅のガウンの下に身に着けているのは、やはり赤に染められた衣服。そこに派手な水色と黄色の腰帯を巻き、更にその上から装備というよりもアクセサリーと思しき金属製の装飾品をジャラジャラと着けている。先程彼らが歩いている時に聞こえた金属音は、これのせいだろう。
赤茶色の長髪にも、腰帯と同じ柄の鉢巻に、金属製のアクセサリーと羽飾りまで着けている。なにかの魔術に使うのかもしれないが、それにしたって目立つ。
しかし派手な服装とは裏腹に、本人の雰囲気はやや地味だ。顔立ちは整ってはいるが、目が糸のように細い。そして今、言い負かされたせいかしおらしくなっている。
「……彼女は慎重なんだ。お前みたいな図体も声もデカい人間が一緒だったら、絶対に出てきてくれない」
「だからって山に一人で入るなんて自殺行為だろ! 俺はこの状況を見過ごすわけにはいかないぞ!」
「……ここはモードレのすぐそばだし、方位魔石も持ってるから帰り道はわかる」
「馬ッ鹿野郎!! 帰り道以前の問題だ!」
ガッという乾いた音の直後に、魔術師の男がたたらを踏む。木の根か石にでもつまづいたようだ。
「……ッ」
「ほーら見ろ、足元があぶねえじゃねぇか! 幾らお前が魔力視ができるからって、自惚れんな!!」
「……わかった。もう魔力の残滓も見えないから、跡を追うのは諦める。だけど」
ロルフという名らしき魔術師はふいと顔を上げ、まっすぐにマミリアを指さした。
「あそこに隠れてる人には話を聞きたい」
「!?」
ビクッとするマミリア。そこにザクスが追い打ちをかける。
「え、あれ隠れてるつもりだったのか? てっきり野草を摘みにきてる人かと思ったぞ」
どうやら素人の小娘が息を潜めたところで、歴戦の冒険者たちにはお見通しのようである。
二人の男はマミリアの前までやってきた。彼女はドキドキしながら立ち上がり、背を伸ばす。
「こんな所で何してるんだ?」
「あっ、えっと……」
何と言うべきか悩み、口を濁したマミリアに先んじて、ロルフが核心を突く。
「っていうか、君、さっきまでひとりじゃなかったでしょ? 誰といたの?」
「えッ!?」
出し抜けに言い当てられ、マミリアは完全にキャパオーバーした。しかしぐるぐると混乱する頭の中で、獣人の兄妹について他言しないという約束はしっかりと残っている。
そして先ほどロルフが「彼女」と言っていた事も。
(探し人ってモファのこと……?)
多分そうではないだろう。違っていて欲しい。
「あのっ、私を山賊から助けてくれた人です!」
「山賊?」
「そうです!! ええっと、ひとりだけで! 男の人で! こーんなに背が高くて! 青い髪の毛で! ヒゲがもっじゃもじゃのっ!」
マミリアはいっぱいいっぱいなまま、とりあえずモファと特徴が真反対の人間像を言ってみた。




