⑦フォスとモファ
「もう! お兄ちゃんたら! 油断しすぎだよ!!」
「お前だって同じだろモファ!」
マミリアの前で兄妹ふたりが言い合いをするのを、彼女は肩身の狭い思いをしながら聞いていた。
実はふたりは狐の獣人で、人間の前では正体を出さないようにしていた筈が、ぐっすり寝ていた為に、うっかり変身が解けてしまったということらしい。
マミリアが子狐2匹に驚いて大声をあげたことで彼らも目を覚まし、びっくりして毛を逆立て飛びすさった。
そして兄妹は再び人間の姿に変身すると、今度は口喧嘩を始めたのだ。どうやら狐の姿よりも人間のほうが会話の細かい意思疎通がしやすいようである。
ふたりのオレンジ色の長髪に紛れてわかりにくくなっていた三角の耳も、薄汚れた衣服に隠されていた尻尾も。今は興奮のためかピンと立っていた。
「どうすんだよバレちゃったじゃん!」
「えっ、そんなの……」
兄妹は揃って首を回し、二対の琥珀の綺麗なつり目でマミリアを見つめる。彼女はサアッと青ざめた。ふたりに殺されるかも、という考えが頭をよぎる。だが、すぐに彼らは首を横に振った。
「……いや、無い。今までだって殺しはしてないのに」
「だよね、この人なんにも悪くない。お兄ちゃんの手当てもしてくれたし」
「そんなことしたら……」
「お母さんを攫った人間と同じか、それより下になっちゃうよ」
ふたりの耳と尻尾がぺしょ、と垂れたところを見ても、マミリアを口封じに殺すのは筋が違うと判断したものの、どうしたらいいか困っているようだ。
マミリア自身も困っていた。獣人というのはとてもレアな生物だから。人間より優れた力を持つ者も多いと言われ、地元の村でもお伽話の中の存在だと思われていた。
王都のカフェに勤めて、お客さんの話し相手をするうちに話題に上り、獣人に会ったことのある人もいると聞いて「本当に実在するんだ」と驚いたほどだ。
マミリアは眠る直前、朝になったら二人を連れて山を降り、どこかの街の孤児院にお願いすれば、などとぼんやり考えていた。
しかし親も居ない双子の子どもの獣人ともなれば、信頼できない人間の手によって、売り飛ばされたり利用されたりしかねない。
そもそも彼らの母親も、獣人だと知られて捕まった可能性が高いのだから。
かと言ってマミリアが二人の面倒を見られるかと言ったら、そう簡単な話でもない。あの首から下げていたお金は山賊たちに奪われてしまっていた。今の彼女は無一文なのだ。自分の住まいと食い扶持だけでも何とかできるかあやしい。
悩むマミリアに、妹のモファが話しかける。
「お願い、私たちのことは誰にもナイショにして!」
「あ、それはもちろん! だって命の恩人だし!」
マミリアは即答したが、その後の言葉にはためらいの色があった。
「……でも、あなたたちはこれからどうするの?」
「今まで通りさ。山から山へ移動しながらお母さんを攫った奴を探し、いつかお母さんを見つけるんだ。……その為ならなんだってする」
兄のフォスが最後の言葉を真剣な眼差しで呟く。マミリアはゴクリと唾を呑みこみ、その雰囲気に気圧されかけた。だが、はっと気づき訊き返す。
「でも! 食べ物とか困るんじゃない?」
「それも今まで通り、ふたりでなんとかするよ」
「木の実とか花とか、虫とか捕まえて食べるから平気だもんね」
「だって今は秋でしょ? 冬が来たらどうするの?」
マミリアの言葉に、ふたりは全く同じ動きでコテンと首を傾げる。流石双子だ。
「……?」
「ふゆ?」
「え? あの、寒ーい冬よ! 雪が降る!」
「さむい?」
「ゆき?」
兄妹は今度は反対側に、揃ってコテンと首を傾げた。とても愛らしい仕草だが、それに心を奪われている場合ではない。このふたりは冬を知らないということか。
どう見ても彼らの背丈は6歳前後に見えるし、受け答えならそれ以上に成熟していそうなのだが。
「えっと、とにかく寒くって食べ物が無くなるのよ! 死んじゃうかもしれないわ!」
彼女は必死に説得したのだが、ふたりは今ひとつマミリアの話を飲み込めず「なんで?」と首を傾げるばかり。結局折れなかった。
「山の麓まで送ってあげる。そこから近くに街があると思うから」
そうして兄妹に担がれてしまえば、抵抗もできない。ふたりは息ぴったりで、すごい速度で沢沿いを下っていく。
「きゃああああ!」
マミリアはまた恐怖で叫ぶ羽目になった。
「ハハハ、こんなのが怖いのか?」
フォスは昨日熱を出して倒れたのが嘘のように明るく笑い、そして軽々と山道を走った。
暫くして沢を離れ、木々の中を抜ける。やがて一気に視界がひらけ、まぶしい日差しが目を刺しにくる。
「わっ……」
マミリアはパチパチとまばたきをしてから、眼下の世界を眺めた。ここは山の中腹で崖上のギリギリの場所だった。その為、麓の景色を一望できるのだ。
山裾の先まで森が続いているが、そこを一本だけ、木の生えていない場所が線状に左右に伸びている。おそらくは街道だ。その街道を右の方に辿ると、遠くに大きな街が見えた。
「あれっ、あそこ、もしかして……」
街は壁に囲まれているが、その中心より少し奥の場所に、一際高い建造物が霞んで見える。
だが、人間が立てた建造物にしては随分と奇妙だ。塔の先端が直角に曲がり、横に延びている。
彼女はかつての村での噂話や、カフェの客との会話内容を思い出した。
「『曲がり塔のダンジョン』……じゃあ、あそこが自由都市、モードレ?」
この国で唯一、王族にも貴族にも支配されていない街がモードレだ。
冒険者ギルドと商人ギルドが中心になって自治を取り仕切っており、王都に次ぐ活気に溢れた街だとマミリアは聞いていた。
「ふーん?」
「そんな名前なんだ」
兄妹は特に興味も無さそうに言う。マミリアはふたりに担がれたまま、訊いてみた。
「街に行ったことはないの?」
「お母さんが『危ないから行っちゃ駄目』って言ってたから」
「大きくなって、変身が上手になったら連れてって貰う約束だったの……」
モファの声のトーンと三角の耳がへにょ、と落ちる。マミリアは質問をしたことを後悔した。幼い子に母を思い出させてしまったのだから。
やはり、母親は人間を警戒して山で親子三人で暮らしていたのだろう。
母親がいたのならば山中でも冬は越せるかもしれない。雪の中でも食べられるものの知識はあるだろうから。だが、冬を知らないこの子たちだけで無事に過ごせるだろうか。
「……」
マミリアは何か自分にできることはないか、必死で知恵を絞る。だが彼らのように超人的な力も、お金すらも無い彼女が役に立つ方法は浮かばない。そうするうちに麓近くまで来てしまった。




