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モフモフな子どもが二人もいるのに、結婚なんてできません!  作者: 黒星★チーコ


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②二度目の失恋

 

 今や彼女の震えは指先から全身に伝わっている。


(どうしよう。きっと気づかれてしまった)


 ミセスピラーはいつも冷たい眼差しでジロジロと人を値踏みするが、あれで人間観察は得意だ。だから今の一連の光景を見て気づいただろう。マミリアの恋心を。


 ユーステスが貴族だと知った時に一度は失恋し、振り切ったはずの恋。

 けれど彼の家に置いてもらえて、目が合えば遠くからでも笑顔を見せてくれて、時折、優しい声で「仕事はつらくない?」と言ってもらえて……そのひとつひとつが、萎れた恋の花にもう一度水と栄養を与え続けていた。


 やがてそれは一度目の失恋をする前よりも、もっと大きな花をマミリアの中でいっぱいに咲かせるようになっていたけれど、彼女は身分差を弁えているつもりだった。だから今まで気持ちを隠し通してきたのだ。


「ピラーさん、お、お暇を……いただけますか」


 気がつけば、彼女は仕事を辞めたいと口走っていた。いつも冷静なメイド長の片眉が、ピクリと大きく上がる。


「……そう、では今月末で」

「いえ、あの、できれば今から」


 今度はメイド長の両方の眉が上がる。


「それは急過ぎるわ。まずは奥様にお話をしないと、紹介状も書いてもらえないでしょう?」

「しょ、紹介状なんて、いりません!」


 強い言葉と共に、堪えていた涙がボロボロとあふれ出す。それを見たミセスピラーの鉄面皮が遂に剥がれた。


「……マミリアさん、落ち着いて。紹介状無しで次の仕事のあてはあるの?」


 マミリアはメイドキャップを鷲掴みにして外し、エプロンを脱いだ。


「い、田舎に帰ります。もう、ここには居られません。私なんかがここに居てはいけないんです!」


 御曹司に身分違いの懸想をするメイドなんかが伯爵家に居てはいけない。彼にお似合いの女性が現れたのなら尚更だ。


 それに、彼は言ったのだ。『そんなもの、要らない』と。今まで彼が褒めてくれていたマミリアのお茶を。

 お茶は唯一、彼女がユーステスに求められていたスキルだったのに。


「マミリアさん……」


 ミセスピラーは眉を下げた。それは悲しげな表情だったかもしれない。が、気持ちを切り替えたのか、すぐに元の鉄面皮に戻った。


「わかりました。部屋で待っていて。すぐに行くから」


 マミリアは相部屋の使用人部屋に戻り、私服に着替えて荷物をまとめた。

 憔悴していたのに、持ち物はトランク一つで全て収まる量だから、あっという間に終わってしまった。元々彼女は美味しい茶葉や素敵な茶器以外に物欲は無かったし、それらは伯爵家に既にあったので自分で買うことも無かったのだ。


 と、相部屋の扉が上品にノックされる。


「マミリアさん、入りますよ」


 ミセスピラーが入ってくると、持っていた二つのものをマミリアに手渡す。革袋と手紙だ。革袋を持った瞬間、じゃらりと音がして意外な重さにマミリアは驚いた。


「ピラーさん、これ」

「急なことだからこれしか用意できなかったのだけれど、今月分のお給料と餞別です」


 それにしたって随分と金額が多い。


「受け取れません、こんな大金……!」

「いいえ、これは私の罪滅ぼしでもあるの。だから受け取ってください」

「え?」

「ごめんなさいね、マミリアさん。私は奥様の言葉を鵜呑みにしていたわ。やっぱりユーステス坊ちゃまの方が正しかったのね」


 メイド長はアイビー伯爵夫人とユーステスから、相反する希望をそれぞれ言い付けられていた。

 夫人からは「あの女はお茶に何か混ぜているに違いないわ。だって()()()()()に勤めていたんでしょう? さっさと追い出して!」と言われた。

 一方、令息のユーステスからは「マミリアは何も知らないんだ。職と家を失って身元保証人も居ないのに王都に放り出されるなんて気の毒だろう? 仕事も色々教えてあげてほしい」と言われていたのだそう。


 悩んだミセスピラーは、両方の願いを聞くために折衷案を生み出した。家中の仕事をやらせてみて、マミリアが音を上げて辞めたいと言い出すか、または続いたとしても怪しいところがないか様子を見る事にしたのだ。


 しかし最近では疑う気持ちに大きな綻びも出始めていた。マミリアは茶葉を仕入れるお金をくすねたりせず、ユーステスに媚を売ったり擦り寄ることもなく、ひたすら真面目に働いていたからだ。


 ユーステスもここ最近マミリアのお茶を飲んでいないのに好意的な様子は変わらなかった。例外は今朝だけ。

 あの冷たい態度は、ユーステスが小さい頃からこの家に勤めているミセスピラーも驚くほどの変貌ぶりだった。だがまあ、好きな女性と一夜を共にしたばかりならば、他の女性に冷たい態度を取るのはマナーのひとつとも言えなくもない。


 とにかく、メイド長はマミリアがお茶に薬などを混ぜたりはしていないだろう、と判断したのだ。


「今朝奥様が、マミリアさんが坊ちゃまにお茶を淹れても良いと仰って。だから奥様もあなたを見直してくれたのかと思っていたの……」


 ここでマミリアは初めて、自分が盛大な勘違いをしていたことに気がついた。眉尻を悲しそうに下げ、声を詰まらせているのにミセスピラーの鋭い目付きは全く変わらない。

 彼女の表情が厳しく視線が鋭いのは、元々の生まれつきだったのだ。


 マミリアが思っていたよりメイド長はずっと人情味のある人間だった。辞める事になってからそれを知るなんて随分と皮肉な話だが。


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