⑰ふたりに会いに行きます
すみません、前話で毛布に言及するのを忘れていたため、前話を修整済みです。修整前のお話を読んでいた方にお詫び致します。
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マミリアは残った手持ちから少しお金を払って、シドに昼食を倍量かつお弁当にしてもらい、カゴに入れた。
「行ってきます!」
昼休憩が始まるやいなや、お弁当のカゴと方位魔石、そして朝に買い取った毛布を持ちギルドを出て、街と外を隔てる門へ向かう。そして門番に元気良く挨拶をした。
「こんにちは! お疲れ様です。今からあそこの山の麓に行ってきます!」
「おう、何をしに行くんだい?」
「知り合いに会いに行きます!」
「へえ、あんなところに人が住んでたっけか? ま、気をつけてな」
「はい! 酒場の仕事があるので、2時間半ほどで戻ってきますね!」
街から外に出ていくのは比較的簡単だが、外から街に戻る際はロルフ達のように有名でもない限り簡単ではない。身元の怪しい人間は街にトラブルをもたらす可能性があるからだ。それがマミリアのように丸腰で非力な女性一人なら、なおさら疑われる。
だからマミリアは昨日デーツに教えられた通り、予め門番に行き先と戻りの目安を伝え、顔を覚えてもらったのだ。
門を出て王都へ向かう街道を30分ほど歩いたところで、後ろを振り返りモードレの街の見え方や、周りの風景が記憶と同じかを確認してから森に入る。
たった三日前なので記憶は鮮明だったこともあり、マミリアはあっさりとロルフとザクスに出会った場所までは戻ってこれた。だが、ここから先は賭けである。彼女は山を下りる際に自分の足で歩いていないし、フォスとモファはかなりのスピードで走っていたため、途中の目印などをほとんど覚えていないのだ。
彼女は方位魔石を確認しながら、山に向かって歩を進める。やがて、森の中の道なき道に少し傾斜がついてきて、山に入ってきたのが実感できた。周りを確認する。
(よし、誰も居ないわね)
マミリアは胸一杯に空気を吸い込んでから、できる限りの大声を張り上げた。
「フォスーー!! モファーー!!」
何度か呼びかけをしてから、傍らの草の上に座り込んだ。デーツとの約束もあるし、非力な彼女がこれ以上山に分け入るのはリスクが大きすぎる。ここでしばらく待ってもあの兄妹が現れないなら引き返すつもりだ。
と言っても、現れない可能性の方が高いのは承知の上だった。ふたりが住んでいる洞窟まではまだまだ途方もない距離があるし、そもそも母親を探してねぐらを変えてしまっているかもしれない。
それでも、マミリアはわずかな可能性に賭けて行動したかった。成り行きとはいえ、ふたりが山賊から自分を救ってくれたのは事実だし、麓まで送ってくれなければ『虎の目』の酒場で働けることも無かっただろう。
それなのに自分だけが安心できる居場所を手に入れて美味しい食事を摂り、ぬくぬくと温かい寝床で寝るのはしのびなかったのだ。
しばらく待ってみたが、フォスとモファどころか景色は一向に変わることはない。時折風が枝葉を揺らす音や遠くで囀る鳥の鳴き声が聴こえるだけだ。
(……もうそろそろ帰らなきゃ)
マミリアは座っていた草の上から立ち上がった。畳んだ毛布を草の上に敷き、その上にカゴの中から取り出したお弁当を置いていく。最後にパンをひとつだけ残したカゴを手に持ち、もう一度だけ山中に呼びかけてからその場を立ち去る。
方位魔石のお陰で帰り道は全く迷わずに済むが、マミリアは石を積んだり木に小さな傷を付けたりと、幾つかの目印をつけてから森を抜けた。
街道に出てモードレに戻りながら、カゴに残していたパンを食べる。昼食としては少ないが、夜の短い休憩時に夕食のまかないが出るので少しの間我慢すれば問題ないだろう。
やがてモードレの門に到着した。門番に顔を覚えて貰っていたお陰で、帰りもすんなり通して貰えた。彼女は無事、冒険者ギルド『虎の目』に戻ってこれたのである。
◆
翌々日。
彼女はまたも宿屋から中古の毛布を買い、お弁当を持って山の麓を訪れる。今度は目印をつけていたので前回よりも早く目的地に辿り着けた。
「……あ!」
置いていた毛布と食事は無くなっている。マミリアは注意深く地面を確認してみたが、毛布を引きずったような大きな跡はない。もしかしたら毛布を持ち去ったのは動物ではなく、本当に二人が来てくれたのかもしれないと、彼女は希望を心に灯す。
「フォスーーーー!! モファーーーー!!」
前回と同じように何度か山中へ呼びかけ、しばらく待ってみた。が、誰も現れず、マミリアはまた毛布とお弁当を置いて街へ戻って行った。
◆
それからもマミリアは2〜3日に一度は山を訪れた。
「おう、マミリアちゃん、またいつものか?」
「はい! またすぐに戻ってきますね」
「オーケー。しかしそんなに熱心に通うなんて、やっぱりその相手ってのは彼氏なんだろ?」
「ちっ、違いますってば!!」
「あははは! 照れなさんな」
もう門番にもすっかり顔を覚えられ、そんなふうにからかわれるようになった頃だった。
ついに彼女に、待ち望んでいた機会が訪れる。
「フォスーー!! モファーー!!」
彼女はいつものように山中に呼びかけ、草の上に座った。今回も返事は来ないと思いながら。
「……呼んだ?」
「!!」
木々の合間からオレンジの頭がふたつ、ひょこりと覗く。マミリアはびっくりして暫く声を失った。彼女の反応に獣人の兄妹は少し躊躇う。
「あ、あれ? 違った?」
おどおどしながら木陰から出てきたふたりは、マントのように毛布を身体に巻きつけている。マミリアはそれを見てホッと安堵し、漸く声が出た。
「……ち、違わない!」
彼女は立ち上がり、フォスとモファに駆け寄る。
「会いたかったの! ふたりとも元気?」
「うん!」
聞かずともわかる。兄妹の顔色は先日よりもずっといい。毛布の間から伸びる手足は相変わらず痩せて細いが、マミリアの持ってきたお弁当で栄養をつけることはできたのだろう。
「今日もお弁当を持ってきたの! 一緒に食べましょ」
「やったー!!」
満面の笑顔で尻尾をブンブンと振りながら即答したフォスと異なり、モファは意外と冷静だった。
「あ、やっぱりご飯を持ってきてくれてたの、あなただったのね」
「気づいてたの?」
「うん、これ」
モファは毛布をつまんでみせる。
「いろんな人間のニオイがするけど……一番強いのがあなたのニオイに似てたから」
「あっ、人間の匂いがするの、嫌だったよね?」
「ううん、気にしないよ……それにこれ、あったかい。お母さんの毛皮に包まれてるみたい」
「……!」
モファの寂しそうな笑顔に、再びマミリアはギュンと心を……母性を鷲掴みにされた。
二人と昼食を共にし(というか、彼女は遠慮してちょっぴりしか食べなかったのだが)、カゴの中身が空っぽになってから。彼女はすうっと深呼吸をして、以前から考えていたことをフォスとモファへ伝える。
「あのね、冬の間だけでいいから……私たち、一緒に暮らさない?」




