⑭一杯三ジュラ歩合制、寝床とまかないつき。
お金の説明がややこしいので単位を決めました。
銅貨一枚=1ジュラです。
それに伴い、第13話も少し修正しています。
「で、でも……」
マミリアは食い下がった。実は王都のカフェでは、マミリアの淹れるお茶は一杯10ジュラで提供していた。平民も名士も分け隔てなく受け入れる店という触れ込みではあったものの、実際には店員に美人ばかりを揃え、ゆったりとした雰囲気でお茶を楽しむ比較的裕福な層をターゲットにしていたからだ。
だが、ここは自由都市の酒場。庶民的を絵に描いたような店で提供するなら、お茶は二ジュラ。高くてもせいぜい三ジュラが相場ではないかとマミリアは考えていた。
「六ジュラって、銅貨六枚ですよね?」
「そうだね。王都とモードレは距離が近いから物価もそんなに変わらないよ」
「じゃあ六ジュラならお酒と同じくらいの値段ですか?」
「うちの酒場で一番安い酒は一杯四ジュラだよ」
「お酒より高い値段で売るつもりなんですか!?」
マミリアが目を丸くするので、デーツは苦笑した。
「そりゃあ、これがただのお茶なら高すぎるけどねぇ。マミリアちゃんは知らない? 魔法のかかったアイテムって高価なのよ?」
「確かにそれは聞いたことがありますけど……」
カフェで働いていたころ、オーナーが趣味道楽で魔道具を集めているらしい、と他の店員から聞いたことがある。
『噂によるとね、大金貨三枚もするモノもあるんだって! うちのカフェって儲かってるのねぇ!!』
同僚からそんな話を聞いてマミリアは口をあんぐりとあけたのを覚えている。大金貨なんて大金、手にしたことはもちろん、生で見たことすらない。それが三枚もだなんて。
それに比べたら確かに六ジュラは安い。マミリアは何分の一だろうかと一瞬思ったが、比較が大きすぎてすぐには暗算ができず諦めた(※ちなみに大金貨一枚は銅貨四万枚分に換算され、大金貨三枚は12万ジュラなので二万分の一である)。
そして問題はそんなことではない。目の前のお茶の価格だ。
「……でも、アイテムじゃなくてお茶ですし! さっきテストしたら15分で効果が切れちゃったじゃないですか。そんなの、六ジュラも取ったら売れませんよ!」
「あー、マミリア、違うんだって」
ザクスが割って入る。最早彼も苦笑いをし始めていた。
「さっき俺がジグロの実について言いかけてたの、聞いてたか?」
「聞いてましたけど、ごめんなさい。ジグロの実ってどんな実かわかりません」
「ジグロの実はね。寝る前に食べると魔力回復の効果があるんだ」
ロルフも口元に笑みを浮かべて言う。
「ただし、とても苦い。そして1個につき十三ジュラもする」
「えっ!?」
「な? わかるだろ。マミリアの茶が安すぎるって俺が言った理由が。まあジグロの実はダンジョンに持っていけるってメリットはあるけど……今後は需要が落ちて値が下がりそうだよな?」
「ああ、ザクス。ちょっと商人ギルドまで行ってきておくれ。明日から『虎の目』の酒場では癒しのお茶を出すって事と、うちが今後大量の茶葉を仕入れるって事をいち早く伝えれば、まあ商人ギルドも多少の渋い顔で飲み込んでくれるさ」
「あー、ハイハイ。どうせ俺は貧乏くじを引く役だよ」
★
その夜、マミリアは酒場の更に隣に建てられた宿屋に泊まらせて貰った。しかも費用はギルド持ちで。
デーツはマミリアが働くにあたり、お茶一杯につき三ジュラの歩合制の報酬以外の条件も提示してくれた。お茶を淹れていない時はオーダーを取ったり料理の皿を運ぶ手伝いをする代わりに、住む部屋とまかない(あの大男の料理長シドのお手製。すごく美味しい!)を提供してくれることなったのだ。
この条件は、一文無しで生活基盤も持たない彼女には非常にありがたい話である。だがしかし……。
「おはようマミリアちゃん! よく眠れ……てはいないみたいね」
デーツは翌朝マミリアの顔を見た途端に理解したらしい。
「はい……で、でも大丈夫です!」
マミリアは拳をきゅっと握って言ったが、本当は大丈夫ではない。彼女の目の下にはくっきりとクマが現れている。
冒険者たちが泊まる安価な宿は、薄い壁を隔てた隣の物音がよく聞こえる。夕べは隣室の冒険者たちが酒に酔ったのか随分と遅くまで騒いでいたのだ。
アイビー伯爵家では相部屋とは言えゆっくりと静かに眠れたし、前々日は硬くて寒い洞窟ではあったが、山越えの疲労でぐっすり眠っていた。マミリアは久しぶりに睡眠不足を味わったのである。
「うーん、アタシたちは騒がしいくらいがちょうど良いんだけど、マミリアちゃんには厳しいのかもねぇ」
デーツは軽く苦笑し、親指で背後を指す。
「ま、寝る場所のことはちょっと後で考えましょ。今はあなたをボスに会わせたいのよ」
「ボス……ギルドのですか?」
「そ、今朝やっとダンジョンから帰ってきたんだけど、アイツ寝たらまたすぐ出ていっちまうかもしれないから。寝る前に捕まえないと!」
マミリアはデーツに連れられ、『虎の目』のギルドマスター、アダマンと対面した。
アダマンは壮年の、ガッチリとした体躯を持つ灰褐色の髪の男だった。
「話は聞いてる。魔力が回復する茶とは珍しいな。早速飲ませてくれ」
「はいっ!」
マミリアはいつものように心を込めてお茶を淹れる。アダマンはその様子をじっと見ていた。
「お待たせしました。どうぞ」
彼の前にカップを置くと、アダマンはチラリとカップの中を覗き、くんくんと匂いを嗅ぎ、その後一気にカップを煽った。
「……ほう。これは確かに効くな」
「じゃあさっき説明した通りの条件でお茶を売って良いね?」
デーツが嬉しそうにアダマンに尋ねると、彼は頷く。
「好きにしろ。ギルドの運営は元々お前に任せてるからな」
「またそれ! アンタがボスなんだから少しは自覚を持ってよね!」
「俺はそういうの向いてないって知ってるだろ。本当はお前がギルドマスターになったほうが良いんだが」
「一番強いやつがボスに決まってんだろ!!」
ギャンギャン吠えるデーツ。相手がザクスなら彼女の剣幕にビビったのだろうが、アダマンは鳥のさえずりかのように聞き流すと「じゃ、寝る」と手を振って自分の部屋へ上がって行ってしまった。その様子をポカンとして眺めるマミリア。デーツは振り向くと気まずげに彼女に言った。
「……ごめん、恥ずかしいところを見せたね。じゃあ行こっか」
「あ、は、はい!」
「今日から早速酒場で働いてもらうよ。よろしくね」
「はい! よろしくお願いします」
「あ、でも客に愛想を振りまく必要は無いからね。口説かれて困ったりセクハラされたりしたら、すぐアタシを呼ぶんだよ」
「セクハラ?……まさか! 私なんかにそんな事をする人なんて居ませんよ! 今まで一度も口説かれたこともありませんし」
マミリアが笑いながら答えるとデーツは目を丸くしてじろじろと彼女を見た。頭の先から爪の先まで。
「へえぇ。マミリアちゃんは可愛いとアタシは思うんだけど。今の王都って、すんごい美人だらけなのかねぇ?」




