⑫お茶の効能
「え!?」
マミリアは思わず声をあげた。ロルフとザクスに話をした時にもしかしたら、とは思っていたが、やはり断定されると驚いてしまうものだから。
「ほ、本当ですか?」
「だってほら、ロルフが一人でカップを持って飲んでるもの」
「……あ」
言われてはじめて気がついた。ロルフの魔力視は生命エネルギーと魔力の形だけが見える。だから彼にはお茶やマグカップは見えないのだ。……そこに魔法がかかっていない限り。
「それに彼が警戒しないで飲んでるってことは、悪い効果の魔法でも無いってことでしょ」
そう言ってデーツもお茶を飲んだ。静かに彼女の喉が上下する。傾けていたマグカップをもとに戻すとデーツもまた、ほっと小さく息を吐いた。
「うん、確かに美味しいわ。それにこう……身体がポカポカしてくるわね。実は今日、あんまり体調が良くなくて」
「へえ! 珍しいこともあるもんだ。明日は雪だな!」
ちゃかしたザクスをデーツはスッと半眼で眺める。彼は「ヒェッ」と声を出して椅子から腰を浮かせかけた。ギルド『虎の目』のサブマスターにはザクスも頭が上がらないのだろう。
「……冗談は放っておくとして。頭痛が和らいでいる気がするわ。このお茶は疲れが取れるどころか、もっと凄い効果があるのかもしれないわね」
「それとデーツさん、マミリアの魔力なんですが。俺が見る限り全く減っていないようなんです」
「えっ!? そんな事あるのか?」
「?」
ロルフの言葉にザクスが大きく驚き、デーツの目が夜行性の動物のごとくキラリと光る。マミリアは二人の反応の意味がわからず、かと言って口も挟めず、大人しく座っていた。そこにデーツが訊いてくる。
「……マミリアちゃん、悪いんだけどあと何回かお茶のテストをして欲しいの。でも何回も淹れてたら疲れちゃうかしら?」
「あっ、大丈夫です! カフェにいた時は、一日30組以上のお客様にお茶をお出ししていたので!」
「30組以上!?」
「一番忙しかった時期は50組に近かった気がします。流石にその時はすっごく疲れましたけど」
「……」
マミリアの言葉に、三人は目を丸くして言葉を失っている。
「あ、あれ? 私、何かヘンな事を言いました?」
「……ザクス、ロルフ」
デーツが目を丸くしたまま、ポロリとこぼれるように言葉を漏らした。
「あんたたち、もしかしたらとんでもない拾いものをしたかもね」
◆
「今日は特別サービスだ! 王都で評判だったカフェの店員が淹れる美味しいお茶をタダで飲めるチャンスだよ! ぜひ飲んで感想を聞かせておくれ!」
デーツの口上を聞いて、酒場に居た人々の視線が集まる。その横にいたマミリアは肩身が狭くなった。
デーツに「他の人にもテストでお茶を飲んでもらいたい」と言われ、先ほどの応接間から、ギルドに併設された酒場に連れてこられたのだ。
「茶ァ?」
「いや、酒を飲まないと気分がアガんないからなあ」
「それに、そんなお嬢ちゃんのお茶なんてお上品なもん、俺たちのガラじゃないだろ?」
誰かが言った言葉に、そうだそうだと酒場にたむろする冒険者たちから笑い混じりの声があがる。マミリアはデーツの陰で更に小さく縮こまった。
「あら、そんな事言っていいのかしら? 明日からは高い料金を取るからね! 後悔しても知らないよ!」
デーツの強気な返答に、男たちが少しひるみ、互いに顔を見合わせた。すると冒険者たちの中から一人の女性が手を上げる。ロルフほど派手ではないが、着けている衣服や装飾品から魔術師のようだ。
「姐さんがそこまで言うなら飲んでみようかな。お嬢さん、一杯くれる?」
「あっ! は、ハイ!」
マミリアは急いで厨房に引っ込み、ポットとカップの乗ったお盆をそろそろと慎重に持って戻ってきた。飲み頃のタイミングを計り、女性の前でカップにお茶を注ぐ。もちろん、心の中で「美味しくなぁれ」と唱えながら。
「どうぞっ」
細い湯気の立つカップの中身を見ながら、女性はニッコリとマミリアに礼を言った。
「あら、美味しそう。ありがとう」
その「美味しそう」はデーツの手前、社交辞令で言った可能性が高い。何故なら彼女はお茶を一口飲むなり、全く違うトーンで呟いたから。
「わっ、美味し……!」
彼女は小さく驚いてカップを見つめ、そして一呼吸おいてから、一気に飲み干してカップを空にした。
「ふう……こんなお茶は初めてだわ」
「以前『飲むと疲れが取れる茶が王都にある』って噂があったろ? それはこのマミリアが淹れてた茶らしいぞ!」
何故か自慢げに言うザクス。
「確かになんだか疲れが和らいでる気がするわ。……それに」
女魔術師はロルフの方を向いた。彼はニコリと微笑む。
「気がつきましたか。魔力がゆっくりと回復しているでしょう?」
「は!?」
「エッ!?」
「???」
ロルフと女魔術師、デーツ以外の、その場の全員が驚いた。大声と椅子のガタガタとした音が、同時に酒場に響く。驚いたのはもちろんマミリアもだ。
「魔力が……回復、ですか?」
「はい。俺にはその人が持つ魔力の量が見えるんです。普通、魔法を使うと魔力は減り、それを回復するには充分な休養が必要なんですが。マミリアのお茶を飲むと回復が早くなるようですね。しかもマミリア自身はお茶に魔法をかけているのに魔力が減っていない」
マミリアは目をパチパチさせた。まだ、ロルフの言葉を飲み込めない。
「私の、お茶が?」
一瞬、酒場はシンと静かになった。だがすぐに再び喧騒を取り戻す。その場にいた冒険者たちが口を開いたからだ。
「マジかよ……そんな茶とか聞いたことないぞ」
「俺も試してみる。一杯くれ!」
「俺も!」
「面白そうだから僕も飲んでみたい!」
「わわっ、はい!」
一気にオーダーが入りマミリアは一瞬慌てたが、すぐに元給仕らしく背を伸ばして厨房に引っ込んだ。できるだけ素早く、けれどもクオリティは決して下げずに丁寧にお茶を淹れる。
「お待たせしましたっ」
お茶を振る舞うと、誰もが「旨い」「美味しい」と絶賛してくれ、それを見た他の冒険者からも「こっちにもくれ」と次々にオーダーが入る。
マミリアは結局、酒場にいる冒険者全員分のお茶を淹れることになった。
「お待たせしました……どうぞ」
最後の一人にカップを出したあと、マミリアはふーっと息を吐いて額の汗を拭った。
心地よい労働の疲労を感じていると「おかわり!」という言葉が飛んでくる。
「え、おかわりですか!?」
「待った!」
素早くデーツがストップをかける。
「ここの全員がおかわりするほどの茶葉はもう無いよ!」
「ええ〜。そんなあ」
残念そうな、ブーイングにも似た冒険者たちの声をまるっと無視して、デーツは再び声を張る。
「それより最初の約束通り、飲んだ感想を聞かせておくれ! もちろん『旨い』とかの味の感想じゃないよ。魔力が回復する以外に、何か良い効果があると思うんだ」
冒険者たちは顔を見合わせる。
「そういえば……」
「うん、身体が軽くなった気がするな」
「ザクスの言う通り、疲れが取れてるのかも」
「俺なんか、腹が痛かったのが治ったぜ」
「あ、俺も肩の痛みが減ってる」
デーツの赤い目がキラリと光り、唇がニッと吊り上がった。
「マミリアちゃん、あなたはきっと癒しの力を持ってるのよ!」




