⑪デーツとシド
「ロルフ、ザクス、もう戻ってきたのかい? ……って、あらら」
冒険者ギルドの受付にて。奥から出てきたのは随分と個性的な壮年の女性だった。紫がかった黒髪は男性のような散切り頭にしており、露出度の高い服の上に大きめのショールを巻いている。手足は鞭のように細くしなやかだが強靭そうだと見た目で分かる筋肉がついていた。
彼女はマミリアを見ると、赤い目をニヤッと細める。
「ねぇ、ロルフこの娘「違いますよデーツさん!! この子は森で拾ったんです!!」
食い気味に否定したロルフに、女性は顎を上げて笑った。
「あっははは! 慌てなくてもあんたの愛しの彼女とは別人だってわかるよぉ! そこのお嬢さん、緊張してるしロルフとも少し距離を取ってるじゃないか」
ふたりの立ち位置や間に流れる空気感から関係性を即座に見抜くのは、流石は冒険者ギルドのサブマスターというところだろう。
「あたしはデーツ。お嬢さんのお名前は?」
「あ、あの、マミリアです。よろしくお願いしますっ」
「あら、可愛いお顔にぴったりなお名前。マミリアちゃんね。冒険者ギルド『虎の目』にようこそ。何の御用?」
ザクスとロルフがマミリアと森で出会った経緯を簡単に説明すると、デーツはクイッと片眉と片方の口角を上げた。
「へぇ、面白いね。じゃあ早速見せてもらおうかな。ちょうどこないだ、いいお茶を貰ったところだよ」
マミリアは受付の奥に通された。
奥は軽い休憩場所と思われるスペースと、廊下があり、廊下を通って最初の部屋に入る。飾り気は無いがどっしりとした椅子とテーブルのセットが置かれ、壁には古い武器防具や大きなヘラジカと思われる首の剥製などが掛けられていた。
おそらく、ギルドの関係者が内密に打ち合わせをしたり、特別な面談相手が来た時の応接間だろう。
マミリアは椅子の端にちょこんと座り、ドキドキしながら待っていた。自分に本当に魔力があるだなんて信じられない。それをこれからテストされるのだ。
と、デーツがお盆を持って部屋に入ってきた。
「隣の厨房からお湯を貰ってきたよ。お茶を淹れてみてくれる?」
マミリアの前にお盆が置かれた。お盆にはシンプルなポットと、四つのバラバラなデザインのカップと、茶葉の袋が乗っている。彼女は茶葉の袋を開けて鼻先で香りを嗅ぐ。
次いで、両手を伸ばし、ポットの側面を包むように触った。指先にほのかな温かさを感じ、眉尻をほんの少し、下げる。
「あの……」
「うん、なぁに?」
「あの、も、申し訳ないんですけど……」
デーツとマミリアの存在感は、大人の黒豹と仔猫くらいの差がある。マミリアは震えそうになりながら、それでも負けじと発言した。
「こ、これじゃ、ダメです」
「「「え?」」」
デーツ、ロルフ、ザクスの三人から同時に声が出て、マミリアはビクリとした。三人ともただでさえ声が大きい上に全員マミリアより大きいので、向こうが威圧する気がなくてもこっちは勝手に圧を感じるのだ。
ついに彼女は小動物の如くぷるぷる震えだした。
「あの、あのっ、ご、ごめんなさい……」
「あー、やっぱりテストはやめにしようか?」
困ったように微笑んだデーツに、マミリアは慌てて言った。
「ち、違うんです、あのっ、お湯が」
「お湯?」
「ぬるいんですっ。こ、これじゃお茶を美味しく淹れることができませんっ。もっと沸かしたてのっ、熱々じゃないとっ!」
「……」
デーツもロルフもザクスも一瞬ぽかんとした。やがてデーツの表情がやわらいでいき、クスッと笑う。
「そっか。アタシ、今までお湯の温度なんか気にせずテキトーにしてたからさ! マミリアちゃんはお茶を淹れる時にキチンとしてるんだねぇ」
「すみませんっ! でもやっぱり、美味しく淹れてあげないとお茶の葉が可哀想な気がしてっ」
「うんうん、こっちこそごめんねぇ」
デーツはクスクスと笑い、そして何故か機嫌がよくなったように見える。
「それじゃこっちにおいで」
マミリアたちはデーツの先導で部屋を出て、廊下を更に奥へ進んだ。突き当たりを右に曲がり、少し行って今度は左に曲がるとすぐに慌ただしい音が聞こえてくる。
それは高速で材料を刻む包丁の音や、鍋と匙が触れ合う音、バタバタと小走りする下働きの足音など、忙しい厨房の様子を表す音だった。
デーツが入口をくぐると、鍋の前にいた大男が振り返る。
「デーツまた来たのか?」
「いやぁ、ごめんごめん。あれじゃお湯がぬるいんだって」
「ア?」
厨房の主は顔を歪めてギロリと睨んだので、マミリアはビクリと怯えたが、すぐにデーツが取りなした。
「この子ね、熱々のお湯じゃないとお茶が美味しくならないって言うの。ちゃんとお茶にこだわりがあるんだよ。あんたと同じさ、シド」
「……フン!」
冒険者ギルドに隣接する酒場の料理人、シドは鍋に向き直ると、デーツたちには背を向けたままぶっきらぼうに言った。
「こっちは仕込みで忙しいんだ。厨房の隅でやれ。終わったらさっさと消えろ」
どうやら、許可がおりたらしい。
マミリアは言われたとおりに厨房の隅で小さくなって作業をした。それでもいつも通りの作業に手を抜くことはない。ティーポットとカップを温め、ポットに茶葉を人数分よりもう一匙多めに入れて、沸かしたての湯を注ぐ。
(美味しくなぁれ、美味しくなぁれ)
湯を注ぐ時には心の中で唱える呪文も忘れない。
ポットに蓋をしたら、ティーコジー代わりの清潔な布で覆う。
今頃ポットの中で茶葉が気持ち良さそうに泳いでいるだろうと想像しながら、マミリアはそうっとお盆を持ち上げた。
先ほどの応接間に、ゆっくりとお盆を運ぶ。
ここには砂時計がないので正確な時間はわからないが、今までカフェで何百回と淹れた経験から、おおよその飲み頃の時間は感覚で掴めている。
彼女は四つのマグカップにお茶を何度も分けて注いだ。いつものように心の中で唱えながら。
(美味しくなぁれ……)
最後の一滴まで注ぎきると、カップを三人の前に置いた。
「ど、どうぞ……」
「ありがとう。じゃあマミリアちゃんから飲んでみてくれる? 味の確認も兼ねて」
「あっ、はい!」
デーツに促され、マミリアは椅子に座ってお茶を飲んだ。香りと渋み、そしてあとから来るほんのりとした甘みが口のなかに広がる。
彼女はほうっと小さく安堵の息を吐いた。時間こそ感覚で計ったが、お茶はいつも通りキチンと淹れられていたからだ。
「うお? なんだコレ、うめぇな!?」
大きい声につられて目を向けると、ザクスが目を丸くしてお茶を見たあと、ごくごくと飲んでいた。
「確かに美味しい。今までお茶なんてどれも同じだと思っていたが、これは明らかに違うね」
ロルフもゆっくりとマグカップの中身を飲みながら言う。
マミリアはデーツのほうを見た。彼女は両手でマグカップを持ち、微笑んでいる。
「なるほど。このお茶にはやっぱり魔力が込められてるのねぇ」




