⑩ロルフの事情
◇
ほんの少し、時間を巻き戻すとしよう。
マミリアが二人と出会った場所から森の中を出て街道を出れば、もう遠くにハッキリと街の城壁が見えるという距離だった。
門番のいるところに到着するまで、徒歩で30分もかからなかったぐらいだろうか。
その間、歩きながら二人は事情を一応軽く説明してくれていた。
盲目の男ロルフは、昔は視力が悪いものの、かろうじて見える状況ではあった。それと彼の特殊な能力である「魔力視」を使って、生活にはあまり不便を感じていなかったのだそうだ。
しかし、とある強大な敵との戦闘で視力を完全に失ってしまった。
その後の彼を支えたのは、目が見える頃から愛し合っていた美しい恋人だった。だが彼の目が見えない為に、ある日彼女の行方すらもわからなくなってしまったのだそうだ。
「モードレの街にやって来た時のコイツはぼろぼろでさ。離ればなれになっちまった恋人を探すためだけに生きてたんだよ」
「あの時は、人間の醜悪さと温かさの両方を嫌というほど味わったからなぁ」
盲人だとわかると、親切にしてくれる人もいる反面、たちの悪いイタズラを仕掛けてくる者もいる。転ばせようと足を引っかけてくる輩は避けられる。魔力視のお陰でぼんやりと相手の生命エネルギーの形が見えるからだ。だがそういうイタズラをサッと躱すと、なぜか相手はムキになって石を投げてきたりする。
魔法のかかっていない石には魔力視では対応できないので避けられない。時には頭に当たって傷を作ったこともある。
「ひどい……」
「でもまあ、俺はラッキーな方だよ。ザクスに出会ったお陰で、冒険者ギルドに拾ってもらえたんだから」
「なっ……それは! お前の魔力視が便利だからギルドの役に立つと思っただけで!」
どうも世話焼きお節介体質のくせに、ザクスはいざ褒められるとツンデレになるようだ。
「うんうん、それで俺の魔力視は、実際にモードレのギルドの役に立ってるんだ」
ロルフの魔力視は、魔力や、生き物の生命エネルギーを感じ取れる。それだけでない。相手とごく近い距離にいる場合、生命エネルギーの色も見える。その色が変化することで、相手が嘘をついているかも、おおよそ見破ることができるそうなのだ。
「えっ……」
マミリアはギクリと身をすくませた。
(じゃあ、あの時私が、助けてくれた人の特徴を言った時も……)
バレていた、ということだろう。彼女は恐る恐るロルフを見上げる。と、彼はマミリアを見返し、優しく微笑んだ。
(見逃してくれるってこと? でも何故?)
一緒にいた人物像について以外のことは、すべて真実を語っていたからかもしれない。それに、探しているのが彼の恋人と言うならモファはおそらく人違いだ。
マミリアがほっと息をついている間、ザクスの説明が続く。
街の外から冒険者ギルドにやって来る人間のなかには、詐欺師同然の人間もいる。
それに詐欺などの悪意がなくとも、自分の実力を大きく見せようと虚勢を張り、無茶な依頼を受けて犠牲者を出すパーティーもある。
「そういう奴らを以前はテストしたり調査したりと手間がかかっていたんだが……ロルフが受付を担当して嘘や魔力持ちを見抜いてくれるおかげで、ギルドは助かってるってわけだ。できれば毎日ずっといて欲しいんだがなぁ」
「ずっといないんですか?」
「そ、コイツは隙あらばモードレから抜け出そうとすんの」
「? どうしてですか?」
マミリアの質問を聞いたロルフの顔に、寂しそうな影がかかる。
「俺はギルドに所属するようになって、今までに無いくらい沢山の幸せを得た。温かい飯に気持ちいい寝床、それに信頼できる仲間たち……でも、俺が街で安穏と過ごす間、彼女は同じように無事で過ごせている保証は無いんだ」
「確かにそうですね……」
マミリア自身も、知り合いもいない王都にひとりぼっちで出てきた過去がある。そして騙されて危険な目に遭うかもしれなかったのだ。同じように孤独な女性なら、親切を装った悪人に騙される可能性は考えられる。
「だから俺はなんとしても彼女を探し出す。それで彼女が俺と違う男と幸せに生きているなら、それでいい」
「っていうワケで、月に一回、コイツはモードレから離れて愛しの彼女を探しに行っちまうんだよ。俺はその旅の相棒なのさ」
ザクスがここで話を締めくくったので、マミリアは首を傾げる。
「ええっと、つまり……?」
もうモードレの門がハッキリ見えるところまで来ている。その景色を指さし、ザクスは言った。
「つまりだ。その月に一回で、俺たちは今さっきモードレから出発したんだよ。その途端コイツが『彼女の魔力に似てる人がいる!』って森の中に勝手に入っちまってさぁ……」
もうザクスは笑いを堪えきれていない。一方ロルフは、どんどんシュンとしていった。
「……そんで街の住人じゃない女の子を連れて帰ったら、街の奴らはどう思う?」
「あ!」
◆
繰り返しになるが、ロルフとザクスはモードレの街では有名らしい。
つまり、門番だけでなく、街のあちらこちらで声をかけられるのだ。そして毎回こう言われる。
「あっ、この娘が?」
「へ〜これが愛しの彼女ねぇ。なんだかちょっと聞いてたイメージと違うな」
「良かったねぇロルフさん! 恋人が見つかって」
「おめでとうございます!」
「はー、これでこの街も安泰だ。彼女と一緒にずっとこの街で暮らしてくれるんだろう?」
その度にロルフとマミリアは全力で否定した。
「違います!! 人違いです!」
「違うんだ! この子は、森で迷ってたのを拾っただけだから!!」
しかし否定して10歩も歩かないうちに、また勘違いする人が現れて、また否定しての繰り返し。
冒険者ギルドに到着する前にマミリアはヘロヘロに疲れてしまった。ザクスは呆れたように言う。
「お嬢ちゃんには同情するよ。でもロルフは自業自得だぞ。今まで一年半、街のあらゆる人間に『俺の恋人を知りませんか!?』って聞いて回ってたからなぁ」
「そ、それは仕方ないだろ……」
「まあ仕方ないんだけどな。さ、着いたぞ」
マミリアは冒険者ギルドの建物を見上げた。街の中心部に位置する、かなり年季の入った大きな建物だ。後から増築したのか、所々歪で……でもなんだか嫌な感じはしない、不思議な雰囲気だった。
「この時間、ギルドマスターは居ないけど、確かサブマスターは居るはずだ。あいつに話を通そう」
ザクスが開けてくれたドアを、マミリアはおずおずとくぐった。




