①衝撃的な朝の光景
シークレットベビー企画に参加していますが、これはシークレットベビーものなのか???という感じかもしれません。
(何と言っても、ヒロインは未経験女子なので……)
きっと……話が進めばぎりぎりシークレットベビーなはず……。
よろしくお願いいたします!
「マミリアさん、ここはいいからユーステス坊ちゃまを起こして、朝のお茶を差し上げて」
朝から伯爵家玄関の飾り壷を磨いていたメイドのマミリアは、そう言われて手を止める。
いつもアレやコレやと家中の仕事を押しつけてくるメイド長のMrs.ピラーがそんなことを言うなんて、と、マミリアは思わず返答に詰まってしまった。
「えっ……あっ、あの、はい、ピラーさん。かしこまりました」
でも、逆らうことなど彼女には無理だ。慌てて返事を返し、素直に調理場の隣に設けられた給湯室に入った。ユーステスの好みの茶葉を用意し、湯を沸かしてお茶の支度を始める。ただ、やかんを温める炎を眺めながら、訝しむ気持ちは胸に残ったままだった。
(どういう風の吹き回しかしら……? 最近は私がお茶を淹れるのを許してくれなかったのに)
メイド長がマミリアに厳しく当たっているのには理由がある。マミリアはお茶を淹れるのが好きなだけの、どこにでもいる平民の田舎娘だ。
天涯孤独の身で田舎から王都に出てきて、右も左もわからない芋娘状態だったところ、とあるカフェのオーナーの老人に出会った。
彼に誘われてカフェの下働きとして働き始め、お茶の腕と知識とを磨き続けると、やがて下働きからお茶専門の給仕担当に格上げして貰えた。
ちょうどその頃、カフェが評判の人気店になったのと、急に給仕が何人もいなくなったので、お茶を淹れる人手が足りなかったのだ。
マミリアは当時「私は本当に運がいいわ!」と思っていた。オーナーに会えて寮付きの職場で働けたことも、人手不足のタイミングに居合わせたことも。
そのカフェが評判になる前から、時折やってくる客のひとりがユーステスだった。
彼は最初は平民を装っていた。腰に剣を佩いてはいるが軽装だったのと、きさくな雰囲気で「今日もマミリアさんの淹れるお茶は美味しいなあ!」と言ってくれるのとで、てっきり裕福な商家あたりに雇われている警護人か冒険者なのだろう……と彼女は思っていた。
まさか、王都に立派な邸宅を構えるアイビー伯爵家の御曹司で、将来有望な筆頭騎士様だったなんて思いもしなくて。
(雲の上の人だったのね……ああ、ちょっと素敵だななんて思ってた私、馬鹿みたい)
目の前が暗くなったのは、その時勤めていたカフェが不祥事による閉鎖で職を失ったのと、ユーステスへの失恋を同時にしたからだった。
ところが。
「もしよかったら、うちに来てくれないか。実は前々からスカウトしたいと思っていたんだ。毎日君の淹れてくれるお茶が飲めたなら、俺はとても幸せになるだろう」
何故かユーステスに誘われ、マミリアはアイビー伯爵家のメイドになったのだ。
「マミリア、君の淹れるお茶は最高だ。飲むと凄くホッとして疲れが取れる。実は君が魔法をかけているんじゃないかな?」
「ええっ!? 私はただの平民ですから、魔法なんて使えません……!」
伯爵家の家族でお茶を飲んでいる時。
ユーステスはからかい半分できっとそう言ったのだろうが、それを彼の母親である伯爵夫人と、マミリアの上司であるミセスピラーに聞かれたのが良くなかったのだろうか。
マミリアが本当にユーステスに魅了の魔法をかけたか、あるいはお茶に何か薬を混ぜているのではないかと疑われてしまったようだった。
それ以来の、ここ一ヶ月半ほど。彼女はメイド長から他のいろんな雑用を指示され、ユーステスのお茶を淹れるのを間接的に止められている。
今朝のように玄関を清潔に保つ作業から、時には明らかにメイドの範囲外と思えるような、茶葉やお茶菓子の仕入れやお金の計算まで。
読み書き計算が少ししかできないマミリアには、特にお金の計算は失敗できないプレッシャーのかかる作業だった。これはもしかして、マミリアが音を上げて伯爵家を出ていくための嫌がらせではないか? と勘ぐったこともある。
今だって少し離れた場所から鋭い監視の目を感じていた。間違いなくミセスピラーのものだろう。
(……っ、雑念は消そう! 私は美味しいお茶を淹れるだけ!)
勝手に疑われているだけで、マミリアには後ろ暗いことは何もない。彼女はシャキッと背を伸ばし、気持ちを切り替えた。温めたポットに茶葉をきちんと計って入れ、心を込めてやかんの熱湯を注ぐ。ユーステスが「美味しい」と言ってくれた時の笑顔を思い出しながら。
それらを砂時計や軽食とともに素早くティーワゴンに載せ、ユーステスの寝室の前まで運んだ。いつものようにドアを3回ノックして10秒待ったらドアを開ける。これで彼のベッドサイドにお茶を持っていく頃には丁度砂時計が落ち、お茶が飲み頃になるのだ。
「ユーステス様、失礼致しま……」
ドアを開けてワゴンを部屋の中に押していたマミリアの手が止まる。寝室の中の光景は、いつもとはかなり違っていた。
シーツがぐしゃぐしゃに乱れたベッドに横たわり、こちらに背を向けて寝ているユーステスの逞しい背中は……一糸纏わぬ裸だ。そしてその横にピッタリと寄り添っている美しい女性も、上掛けで隠れているがおそらくは何も身に纏っていない。
その女性はマミリアを見て微笑んだ。
「あら、ありがとう」
そして彼の背中にそっと片手を添えて囁く。
「ユーステス様、お茶が来たわよ?」
『そんなもの、要らない』
それは、マミリアの知らないユーステスだった。いつもの春の日差しのように柔らかく温かな、笑い混じりの声とは全く違う。機械のように硬く、断定的で冷たい拒絶の声が彼の背中の向こうから響いた。寝室と、マミリアの頭のなかに。
『俺はもう寝たい』
「……ふふ、ゆうべは一睡もしなかったものね。ごめんなさい、そこに置いておいてくださる?」
彼女は蕩けるような笑みをユーステスに向け、そしてマミリアには幸せそうな笑顔を見せた。頬もほんのり紅く染まっているように見える。その美貌でマミリアは女性の正体に気がついた。
ほどいた黄金の髪が彼女の裸身の周りに散らされていて、昨夜の豪奢なドレス姿とは雰囲気が違うけれど、間違いない。アイビー伯爵夫人から昨夜の晩餐に招待され、そのまま宿泊したご令嬢だ。
確か……名のある侯爵家の。
もう何があったのか、男女の営みの経験がないマミリアにだってわかる。
もちろんご令嬢は別の客室に泊まったのだが、その後にユーステスと会い、彼の部屋で一晩を共にしたのだ。
「は、はい……」
マミリアは俯き、お茶をカップに注ぐ。ティーポットの注ぎ口とカップの縁が触れ合って小さくカチカチと音を立てた。なんとか注ぎ終わると、絞り出すように退室の挨拶をする。
「……失礼致し、ます」
ユーステスは遂に一度もこちらを見ようとしなかった。マミリアは青い顔で寝室を出る。
続き部屋に戻るとすぐ、彼女はギョッとした。目の前にメイド長が立っていたからだ。
「……あ」
部屋の中の光景があまりにショックで、メイド長が監視していたのを忘れていた。
(全部、見られた)
そう思うと、全身の血が凍ったような面持ちになった。
(どうしよう、どうしよう!)




