表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/10

第9話 竜との対話と拳による外交

王都に緊急警報の鐘が鳴り響いた。街の人々は慌てふためき、窓を閉ざして家に籠もっている。空には巨大な影が舞っていた。古代から語り継がれる伝説の生物、ドラゴンが王都上空に現れたのだ。


「緊急事態だ!」ギルドマスター・バルドが血相を変えて三人を呼び出した。「『賢竜アルテミス』が王都に飛来した。しかも、なぜか王宮に『話し合いを求める』と宣言している」


「話し合い?」リリアが首をかしげる。「ドラゴンと話し合いなんて、本当にできるんですか?」


「賢竜アルテミスは数千年を生きる古龍で、人の言葉を理解し、高度な知性を持つと言われている。しかし…」バルドが困った表情を浮かべる。「問題は、竜族の『話し合い』の概念が人間とは異なることだ」


「どう異なるんですか?」リリアが恐る恐る尋ねる。

「竜族の文化では、『対話』とは『実力を示し合うこと』を意味する。つまり…」


「戦闘だ」ガルスが即座に理解する。

「拳による外交ですね」セレーネが鉄棒を磨きながら微笑む。


「外交が物理なんておかしいでしょう!」リリアが叫んだ。


-----


王宮の謁見の間に、三人は王様と共に集まっていた。荘厳な玉座の間の天井は高く、ステンドグラスから差し込む光が神々しい雰囲気を演出している。しかし、その平和な空間に突如として轟音が響いた。


天井が崩れ落ち、巨大なドラゴンが姿を現す。全長二十メートルはあろうかという巨体。エメラルドグリーンの美しい鱗は陽光を受けて輝き、黄金の瞳には数千年の知恵が宿っている。まさに伝説の生き物だった。


「我が名はアルテミス」ドラゴンの声は低く、重厚で、謁見の間全体に響き渡る。「この国の統治者との対話を求めて参った」


王様は震え上がっていた。玉座の後ろに隠れながら、か細い声で答える。


「た、対話とは…何を?」

「近頃、この地方で『神聖拳法』なる新たな武術が生まれたと聞く。我ら竜族の古き戦闘技術と、どちらが優れているかを確かめたい」


アルテミスの視線がリリアに向けられる。リリアは全身が硬直した。


「あ、あの…それは私が…でも私はただの魔法使いで…」


「謙遜は無用。汝が『神聖拳法』の開祖であることは既に知っている。さあ、我と対話しようではないか」

「対話って戦闘のことですよね!?なんで竜の常識に合わせなきゃいけないんですか!?」


しかし、アルテミスは既に戦闘態勢に入っていた。巨大な翼を広げ、口からは熱気が立ち上っている。


「我が技『古代竜拳法』を見よ!」


「竜も拳なんですか!?」


アルテミスの巨大な前足が拳のように握られ、謁見の間の床に叩きつけられる。石造りの床が粉々に砕け、衝撃波が部屋中に広がった。


「これが数千年の修練で培った竜拳だ!」


ガルスの目が輝く。「拳の先輩だったのか」

「すごい…鉄棒以外にも強い武器があったんですね」セレーネが感心している。


「だから拳も鉄棒も武器じゃないって言ってるでしょう!」リリアが絶叫する。


アルテミスが次の技を繰り出そうとした時、王様が震え声で叫んだ。

「ま、待ってください!謁見の間が!王宮が!」


「心配ない。竜族の対話は建物を破壊してこそ意味がある」アルテミスが当然のように答える。

「そんな文化嫌です!」


その時、ガルスが前に出た。


「拳の先輩として、挨拶させていただく」

「ほう、若い拳士よ。見せてみよ」


ガルスは深く息を吸い込み、拳を構える。そして、竜の巨体に向かって突進した。


「人間拳法・大地割り!」

ガルスの拳が床を叩くと、アルテミスの技に負けない衝撃波が走る。今度は謁見の間の壁にヒビが入った。


「おお!なかなかやるではないか!」アルテミスが嬉しそうに咆哮する。


「王宮の修理費が…」王様が青ざめている。


戦闘は激化した。アルテミスの古代竜拳法とガルスの人間拳法がぶつかり合い、謁見の間は見る見るうちに破壊されていく。


「これではいけません!」セレーネが鉄棒を構える。「仲裁に入ります!」

「鉄棒で仲裁って何ですか!?」


セレーネは華麗に舞いながら鉄棒を振り、ガルスとアルテミスの拳と拳の間に割って入る。


「鉄棒仲裁術です」

「そんな技術があるんですか!?」


しかし、アルテミスはセレーネの鉄棒を見て目を輝かせた。


「これは…棒術か!我も棒術を心得ている!」

アルテミスの尻尾が鞭のように振られ、まさに巨大な棒として機能する。


「尻尾棒術だ!」


「なんでもありになってきました!」リリアが頭を抱える。


三つ巴の戦いが続く中、リリアは必死に考えていた。このままでは王宮が完全に崩壊してしまう。何か、この状況を打開する方法はないだろうか。


その時、リリアは気づいた。アルテミスの攻撃パターンに一定の法則があることを。数千年の修練で身についた型が、わずかに読み取れる。


「そうだ…魔法拳で対話してみよう」


リリアは意を決して前に出た。


「アルテミス様!私も対話に参加させてください!」

「おお、拳法の開祖自らが!」アルテミスが興奮する。


リリアは魔力を拳に込める。しかし、今度は攻撃ではなく、意思疎通のために使った。


「魔法拳・心話術!」


リリアの拳から光が放たれ、アルテミスの心に直接語りかける。

『アルテミス様、なぜ人間との対話を求められたのですか?』


アルテミスの動きが止まった。その黄金の瞳に、深い孤独の色が浮かんでいる。

『…我は長く生きすぎた。数千年の間、真に対等に語り合える相手がいなかった。だが、神聖拳法という新しい技術を知り、もしやと思ったのだ』


『対等に語り合える相手…』

『そう。強さだけでなく、心も通わせることのできる相手を』


リリアはアルテミスの真意を理解した。この古い竜は、長い孤独の中で仲間を求めていたのだ。


「皆さん、戦闘をやめてください!」リリアが叫ぶ。

「アルテミス様は敵ではありません。ただ、友達が欲しかったんです」


ガルスとセレーネが攻撃の手を止める。アルテミスも静かになった。


「友達…か」アルテミスがぽつりと呟く。「我にそのような概念があったとは」


「はい。私たちも最初は違和感がありましたが、今では大切な仲間です」リリアが微笑む。


「ガルスさんは拳一筋ですし、セレーネさんは鉄棒が全てですし、変わった人たちですが…でも、一緒にいると楽しいんです」


「おい、変わってるって何だ」ガルス抗議する。

「鉄棒が全てなのは事実ですが」セレーネが苦笑いする。


アルテミスが笑った。数千年ぶりの、心からの笑いだった。


「なるほど…これが友情というものか」


結局、アルテミスは王宮の修理を手伝うことになった。竜の力で石材を運び、ブレスで溶接作業を行う。意外にも器用な作業ができることが判明し、職人たちは感心していた。


「アルテミス様、本当にありがとうございます」王様がお礼を述べる。

「礼には及ばん。我も良い経験をさせてもらった」アルテミスが答える。「特に、この三人との出会いは貴重だった」


「私たちも楽しかったです」リリアが笑顔で答える。

「また拳の稽古をつけてくれ」ガルスが期待を込めて言う。

「鉄棒と尻尾棒術の練習も」セレーネが鉄棒を振る。

「喜んで。我も『神聖拳法』と『鉄棒学』を学びたい」


「まだ学問扱いされてる…」リリアが苦笑いする。


夕暮れ時、アルテミスは王都を発つことになった。しかし、今度は破壊のためではなく、友情のために戻ってくることを約束して。


「また会おう、我が友よ」アルテミスが空に舞い上がる。

「はい!いつでもお待ちしています!」三人が手を振る。


「それにしても、まさか竜と友達になるとは思いませんでした」リリアが呟く。


「拳は種族を超える」ガルスが満足そうに頷く。

「鉄棒も種族を超えます」セレーネが微笑む。


「もう何でも超えますね…」


空に消えていくアルテミスを見送りながら、三人は新たな冒険への期待を膨らませていた。今度はどんな出会いが待っているのだろうか。


「次は何と友達になるのでしょうね」リリアがふと呟く。


「魔物でも神でも、拳があれば友達だ」

「鉄棒があれば、宇宙人でも友達です」


「スケールが大きくなりすぎです!」


三人の笑い声が、夕暮れの王都に響いていた。友情に種族の壁はない。

それを教えてくれた古い竜との出会いは、きっと忘れられない思い出になるだろう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ