第9話 竜との対話と拳による外交
王都に緊急警報の鐘が鳴り響いた。街の人々は慌てふためき、窓を閉ざして家に籠もっている。空には巨大な影が舞っていた。古代から語り継がれる伝説の生物、ドラゴンが王都上空に現れたのだ。
「緊急事態だ!」ギルドマスター・バルドが血相を変えて三人を呼び出した。「『賢竜アルテミス』が王都に飛来した。しかも、なぜか王宮に『話し合いを求める』と宣言している」
「話し合い?」リリアが首をかしげる。「ドラゴンと話し合いなんて、本当にできるんですか?」
「賢竜アルテミスは数千年を生きる古龍で、人の言葉を理解し、高度な知性を持つと言われている。しかし…」バルドが困った表情を浮かべる。「問題は、竜族の『話し合い』の概念が人間とは異なることだ」
「どう異なるんですか?」リリアが恐る恐る尋ねる。
「竜族の文化では、『対話』とは『実力を示し合うこと』を意味する。つまり…」
「戦闘だ」ガルスが即座に理解する。
「拳による外交ですね」セレーネが鉄棒を磨きながら微笑む。
「外交が物理なんておかしいでしょう!」リリアが叫んだ。
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王宮の謁見の間に、三人は王様と共に集まっていた。荘厳な玉座の間の天井は高く、ステンドグラスから差し込む光が神々しい雰囲気を演出している。しかし、その平和な空間に突如として轟音が響いた。
天井が崩れ落ち、巨大なドラゴンが姿を現す。全長二十メートルはあろうかという巨体。エメラルドグリーンの美しい鱗は陽光を受けて輝き、黄金の瞳には数千年の知恵が宿っている。まさに伝説の生き物だった。
「我が名はアルテミス」ドラゴンの声は低く、重厚で、謁見の間全体に響き渡る。「この国の統治者との対話を求めて参った」
王様は震え上がっていた。玉座の後ろに隠れながら、か細い声で答える。
「た、対話とは…何を?」
「近頃、この地方で『神聖拳法』なる新たな武術が生まれたと聞く。我ら竜族の古き戦闘技術と、どちらが優れているかを確かめたい」
アルテミスの視線がリリアに向けられる。リリアは全身が硬直した。
「あ、あの…それは私が…でも私はただの魔法使いで…」
「謙遜は無用。汝が『神聖拳法』の開祖であることは既に知っている。さあ、我と対話しようではないか」
「対話って戦闘のことですよね!?なんで竜の常識に合わせなきゃいけないんですか!?」
しかし、アルテミスは既に戦闘態勢に入っていた。巨大な翼を広げ、口からは熱気が立ち上っている。
「我が技『古代竜拳法』を見よ!」
「竜も拳なんですか!?」
アルテミスの巨大な前足が拳のように握られ、謁見の間の床に叩きつけられる。石造りの床が粉々に砕け、衝撃波が部屋中に広がった。
「これが数千年の修練で培った竜拳だ!」
ガルスの目が輝く。「拳の先輩だったのか」
「すごい…鉄棒以外にも強い武器があったんですね」セレーネが感心している。
「だから拳も鉄棒も武器じゃないって言ってるでしょう!」リリアが絶叫する。
アルテミスが次の技を繰り出そうとした時、王様が震え声で叫んだ。
「ま、待ってください!謁見の間が!王宮が!」
「心配ない。竜族の対話は建物を破壊してこそ意味がある」アルテミスが当然のように答える。
「そんな文化嫌です!」
その時、ガルスが前に出た。
「拳の先輩として、挨拶させていただく」
「ほう、若い拳士よ。見せてみよ」
ガルスは深く息を吸い込み、拳を構える。そして、竜の巨体に向かって突進した。
「人間拳法・大地割り!」
ガルスの拳が床を叩くと、アルテミスの技に負けない衝撃波が走る。今度は謁見の間の壁にヒビが入った。
「おお!なかなかやるではないか!」アルテミスが嬉しそうに咆哮する。
「王宮の修理費が…」王様が青ざめている。
戦闘は激化した。アルテミスの古代竜拳法とガルスの人間拳法がぶつかり合い、謁見の間は見る見るうちに破壊されていく。
「これではいけません!」セレーネが鉄棒を構える。「仲裁に入ります!」
「鉄棒で仲裁って何ですか!?」
セレーネは華麗に舞いながら鉄棒を振り、ガルスとアルテミスの拳と拳の間に割って入る。
「鉄棒仲裁術です」
「そんな技術があるんですか!?」
しかし、アルテミスはセレーネの鉄棒を見て目を輝かせた。
「これは…棒術か!我も棒術を心得ている!」
アルテミスの尻尾が鞭のように振られ、まさに巨大な棒として機能する。
「尻尾棒術だ!」
「なんでもありになってきました!」リリアが頭を抱える。
三つ巴の戦いが続く中、リリアは必死に考えていた。このままでは王宮が完全に崩壊してしまう。何か、この状況を打開する方法はないだろうか。
その時、リリアは気づいた。アルテミスの攻撃パターンに一定の法則があることを。数千年の修練で身についた型が、わずかに読み取れる。
「そうだ…魔法拳で対話してみよう」
リリアは意を決して前に出た。
「アルテミス様!私も対話に参加させてください!」
「おお、拳法の開祖自らが!」アルテミスが興奮する。
リリアは魔力を拳に込める。しかし、今度は攻撃ではなく、意思疎通のために使った。
「魔法拳・心話術!」
リリアの拳から光が放たれ、アルテミスの心に直接語りかける。
『アルテミス様、なぜ人間との対話を求められたのですか?』
アルテミスの動きが止まった。その黄金の瞳に、深い孤独の色が浮かんでいる。
『…我は長く生きすぎた。数千年の間、真に対等に語り合える相手がいなかった。だが、神聖拳法という新しい技術を知り、もしやと思ったのだ』
『対等に語り合える相手…』
『そう。強さだけでなく、心も通わせることのできる相手を』
リリアはアルテミスの真意を理解した。この古い竜は、長い孤独の中で仲間を求めていたのだ。
「皆さん、戦闘をやめてください!」リリアが叫ぶ。
「アルテミス様は敵ではありません。ただ、友達が欲しかったんです」
ガルスとセレーネが攻撃の手を止める。アルテミスも静かになった。
「友達…か」アルテミスがぽつりと呟く。「我にそのような概念があったとは」
「はい。私たちも最初は違和感がありましたが、今では大切な仲間です」リリアが微笑む。
「ガルスさんは拳一筋ですし、セレーネさんは鉄棒が全てですし、変わった人たちですが…でも、一緒にいると楽しいんです」
「おい、変わってるって何だ」ガルス抗議する。
「鉄棒が全てなのは事実ですが」セレーネが苦笑いする。
アルテミスが笑った。数千年ぶりの、心からの笑いだった。
「なるほど…これが友情というものか」
結局、アルテミスは王宮の修理を手伝うことになった。竜の力で石材を運び、ブレスで溶接作業を行う。意外にも器用な作業ができることが判明し、職人たちは感心していた。
「アルテミス様、本当にありがとうございます」王様がお礼を述べる。
「礼には及ばん。我も良い経験をさせてもらった」アルテミスが答える。「特に、この三人との出会いは貴重だった」
「私たちも楽しかったです」リリアが笑顔で答える。
「また拳の稽古をつけてくれ」ガルスが期待を込めて言う。
「鉄棒と尻尾棒術の練習も」セレーネが鉄棒を振る。
「喜んで。我も『神聖拳法』と『鉄棒学』を学びたい」
「まだ学問扱いされてる…」リリアが苦笑いする。
夕暮れ時、アルテミスは王都を発つことになった。しかし、今度は破壊のためではなく、友情のために戻ってくることを約束して。
「また会おう、我が友よ」アルテミスが空に舞い上がる。
「はい!いつでもお待ちしています!」三人が手を振る。
「それにしても、まさか竜と友達になるとは思いませんでした」リリアが呟く。
「拳は種族を超える」ガルスが満足そうに頷く。
「鉄棒も種族を超えます」セレーネが微笑む。
「もう何でも超えますね…」
空に消えていくアルテミスを見送りながら、三人は新たな冒険への期待を膨らませていた。今度はどんな出会いが待っているのだろうか。
「次は何と友達になるのでしょうね」リリアがふと呟く。
「魔物でも神でも、拳があれば友達だ」
「鉄棒があれば、宇宙人でも友達です」
「スケールが大きくなりすぎです!」
三人の笑い声が、夕暮れの王都に響いていた。友情に種族の壁はない。
それを教えてくれた古い竜との出会いは、きっと忘れられない思い出になるだろう。




