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第8話 魔法学院の入学試験と物理的解答

王都にそびえ立つ『王立魔法学院』の白い塔から、朝の鐘が響き渡った。

年に一度の入学試験の日。全国から集まった若き魔法使いの卵たちが、緊張した面持ちで学院の門前に並んでいる。

その列の中に、なぜか三人の冒険者の姿があった。


「なんで私たちがここにいるんでしょうか…」リリアが深いため息をつく。


事の発端は三日前。ギルドに届いた一通の推薦状だった。差出人は王立魔法学院の学院長で、内容は「神聖拳法の開祖として名高いリリア殿に、特別講師としてお越しいただきたい」というものだった。


「推薦状に『護衛として同行者二名まで可』って書いてあるぞ」ガルスが羊皮紙を指差す。

「つまり、学院見学ですね」セレーネが興味深そうに鉄棒を眺める。「魔法学院で鉄棒の有用性を証明する良い機会です」


「だから!なんで私が神聖拳法の開祖になってるんですか!そもそも魔法学院に物理攻撃を持ち込まないでください!」


しかし、抗議虚しく三人は学院にやってきた。そして運悪く、入学試験当日と重なってしまったのである。


-----


学院の正門は荘厳な石造りで、魔法陣が刻まれた巨大な扉がゆっくりと開かれる。受験生たちは一列になって中へ進んでいく。その様子を見ていた三人の前に、慌てた様子の中年男性が走り寄ってきた。


「あ、あなた方が噂に聞く神聖拳法の!」男性は息を切らしている。「私、試験官のマルクス教授と申します。実は大変なことになりまして…」


「大変なこと?」リリアが首をかしげる。


「今年の入学試験で出題予定だった『魔法理論の実技問題』の魔法陣が、昨夜の嵐で破損してしまったんです。修復には三日はかかる…でも今日は試験日で延期はできません」


マルクス教授は困り果てた表情で続ける。


「そこで、急遽『実戦形式』の試験に変更することになったのですが…試験官が足りないんです。どうかお力をお貸しいただけませんでしょうか」


「実戦形式?」リリアが不安そうに尋ねる。

「はい。受験生に魔物と戦ってもらい、その戦闘能力を評価するんです。もちろん、安全な魔物を召喚しますので危険はありません」


ガルスの目が輝いた。「魔物と戦闘。拳の出番だ」

「いえいえ、試験官は魔物を制御するだけで——」


「鉄棒でも魔物を制御できます」セレーネが鉄棒を振る。

「制御じゃなくて制圧になりませんか!?」リリアの叫びが学院の中庭に響いた。


-----


試験会場となった大講堂には、百人近い受験生が集まっていた。皆、高度な魔法を習得した若い魔法使いたちで、杖を手に自信満々の表情を浮かべている。


学院長が壇上に現れた。白いひげを蓄えた威厳のある老人で、その存在感だけで講堂が静寂に包まれる。


「諸君、今年の実技試験は特別に『実戦形式』で行う。召喚された魔物を相手に、各自の魔法技術を披露してもらう」


受験生たちがざわめく。予想していた筆記試験とは大きく異なる内容だった。


「なお、試験官として特別に『神聖拳法』の開祖であるリリア先生にもご参加いただく」

学院長がリリアを紹介すると、受験生たちの視線が一斉に集まった。


「え、え?」リリアが困惑する。


「神聖拳法?」

「魔法と拳法の融合技術らしいぞ」

「すごい、伝説の魔法使いだ」


受験生たちのひそひそ話が聞こえてくる。リリアの顔は見る見る赤くなっていく。


「ちょっと待ってください!私はただの魔法使いで——」


「では、試験を開始する。第一問、『水のスライム』を召喚した」


学院長が杖を振ると、試験会場の中央に青く透明なスライムが現れた。プルプルと震える愛らしい姿に、受験生たちも安堵の表情を見せる。


「受験番号1番、ジェームス君、前へ」


最初の受験生が前に出る。彼は自信満々に杖を構えた。


「氷結の魔法で凍らせます!『アイス・ランス』!」

氷の槍がスライムに向かって飛ぶ。しかし、水のスライムは氷を吸収してしまい、逆に大きくなってしまった。


「あれ?効かない…」

ジェームス君が慌てていると、ガルスが立ち上がった。


「魔法が効かないなら、拳だ」

「ちょっと!」リリアが制止しようとしたが、ガルスは既に会場に飛び降りている。


「拳法・水断拳!」

ガルスの拳がスライムを貫通し、水のスライムは霧散した。会場が静寂に包まれる。


「…これが神聖拳法」受験生の一人がつぶやく。

「魔法が効かない相手でも拳なら…」

「すごい実戦的だ」


受験生たちの目が輝き始めた。


「ちょっと!誤解です!それはただの物理攻撃で——」リリアが必死に説明しようとする。


-----


「第二問、『風の精霊』を召喚」


学院長が次の魔物を呼び出す。半透明の人型の精霊が宙に浮かび、風を纏って舞っている。


「受験番号15番、エミリーさん、お願いします」

エミリーと呼ばれた少女が前に出る。しかし、彼女の魔法も風の精霊には効果が薄い。精霊は風の魔法を吸収し、ますます強力になっていく。


「困りました…風系の魔法には風系で対抗するのが定石なんですが…」


その時、セレーネが立ち上がった。


「鉄棒なら、風でも叩けます」


「意味が分からない!」リリアが叫ぶ。


セレーネは優雅に鉄棒を振り回し、風を切り裂くような音を立てる。すると不思議なことに、風の精霊の動きが止まった。


「鉄棒の風圧で、風の精霊の流れを断ち切りました」セレーネが説明する。


「そんな理屈があるんですか!?」


しかし、受験生たちは感動していた。


「物理法則を応用した魔物対策…」

「これが実戦的思考か」

「魔法だけじゃダメなんだ」


-----


試験は続き、様々な魔物が召喚された。しかし、どの魔物もガルスの拳とセレーネの鉄棒の前では無力だった。受験生たちは次第に魔法よりも物理攻撃に関心を示すようになる。


「第十問、『知恵の試練』として『謎かけスフィンクス』を召喚」


今度現れたのは、ライオンの体に人間の頭を持つスフィンクスだった。これは戦闘ではなく、知的な問答で勝負する魔物である。


「謎かけに正解すれば勝利。不正解なら魔法で攻撃される。受験番号50番、リリアさん」


「え!?私が受験生扱いに!?」


しかし、リリアは前に押し出された。スフィンクスが威厳のある声で謎かけを始める。


「我が謎を聞け。朝は四本足、昼は二本足、夜は三本足で歩くものは何か?」

「あ、それは人間です。赤ちゃんの時は四つ這い、大人は二足歩行、老人は杖を使って三本足」


リリアが正解すると、スフィンクスは頷いた。


「見事。では第二の謎。世界で最も強いものは何か?」


リリアが考え込んでいると、ガルスが立ち上がった。


「拳だ」


「えっ?」


スフィンクスが困惑する。これは哲学的な問いのはずだった。


「違う。愛とか、心とか、そういう抽象的な——」


「鉄棒です」セレーネが断言する。


「だから!」リリアが絶叫しかけた時、スフィンクスが驚くべき発言をした。

「…正解である」


「え!?」

「拳と鉄棒。確かに、どんな魔法も破り、どんな問題も解決する。これこそ最強…我が長年の疑問が解けた」


スフィンクスは感動で涙を流していた。


「いやいやいや!そんな答えでいいんですか!?」


-----


試験が終了すると、学院長が総評を述べた。


「諸君、今日は貴重な学びを得た。魔法だけでなく、物理的解決法の重要性を理解できたであろう」


受験生たちは皆、感銘を受けた顔をしている。


「来年から、『神聖拳法』も正式科目として導入することを決定する」

「ちょっと待ってください!」リリアが立ち上がる。


「さらに、『鉄棒学』も新設する」

「それも追加しないでください!」


「リリア先生には、ぜひとも専任教授として着任していただきたい」

「専任って!私まだ19歳ですよ!?」


しかし、受験生たちは拍手喝采だった。


「リリア教授!」「神聖拳法を教えてください!」「鉄棒の極意も!」


-----


その日の夕方、三人は学院を後にしていた。リリアの手には『王立魔法学院専任教授委嘱状』が握られている。


「結局、魔法学院の教授になってしまいました…」リリアが虚ろな目でつぶやく。

「良いことだ。拳法の普及に貢献できる」ガルスが満足そうに頷く。

「鉄棒学の発展にも寄与できますね」セレーネが微笑む。


「だから!私は魔法を教えたかったんです!なんで物理学科の教授になってるんですか!」


王都の夕日が三人を照らす中、リリアの嘆きだけが静かな街並みに響いていた。

しかし、明日からは『神聖拳法』と『鉄棒学』という新たな学問が王国に広まることになる。


魔法学院の新たな伝説の始まりであった。


「でも、学生たちの目がキラキラしてましたね」リリアがふと呟く。

「拳への憧れだ」

「鉄棒への情熱です」

「…まあ、それも悪くないのかもしれませんね」


三人は笑いながら、夕暮れの道を歩いていく。新しい冒険と、新しい責任を背負いながら。

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