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第3話 もう一人の異端聖職者

隣町への護衛任務を無事に完了したガルスとリリアが王都に戻ったのは、夕暮れ時だった。商人のロベルトは感謝の気持ちを込めて追加報酬まで支払ってくれた。


「今日は良くやった」ガルスがリリアに声をかけた。「短縮詠唱も安定してきているし、戦況判断も的確だった」


「ありがとうございます!」リリアは嬉しそうに笑った。「でも、まだまだガルス様の戦い方には驚かされます。魔法を拳で相殺するなんて、魔法学院では絶対に教わりませんから」


「教科書にないことほど、実戦では役に立つ」

二人がそんな会話をしながらギルドに向かっていた時、街の大通りで異様な光景を目にした。


人だかりができている。野次馬たちが何かを囲んで騒いでいる。そして、その中心から聞こえてくるのは


「申し訳ございません。もう少しだけ我慢してくださいね」

女性の丁寧な声と、男の悲鳴だった。


「何があったんでしょう?」リリアが首をかしげる。


ガルスは眉をひそめた。あの声には聞き覚えがある。昨日、森で感じた視線の主と同じ気配だ。


人垣を掻き分けて中を覗くと、そこには信じがたい光景が広がっていた。

白い聖職者のローブを着た女性が、鉄の棒で三人の男を殴り倒していた。男たちは既にボロボロで、地面に這いつくばっている。


「本当に申し訳ございません。でも、悪いことをした方には適切な指導が必要ですから」

女性は腰を丁寧に折って謝りながら、容赦なく鉄棒を振り下ろす。男の一人が悲鳴を上げて気絶した。


「良い声で鳴いてくださいね」


彼女の声は天使のように美しく、表情は聖母のように慈悲深い。だが、手にした鉄棒から滴る血が、その異常性を物語っていた。


「あの人…聖職者ですよね?」リリアが青ざめて呟く。「なぜあんなことを…」


野次馬の一人が説明してくれた。

「あの女性が通りかかったとき、あの三人組がスリをしようとしてたんだ。それで彼女が『すみませんが、そういうことはいけませんね』って丁寧に注意したんだが…」


「そうしたら連中が逆上して、彼女に掴みかかったのさ」

「それで、こうなった」


ガルスは理解した。正当防衛というわけだ。だが、その手段が常軌を逸している。


女性が三人目の男にとどめの一撃を加えたとき、ようやく静寂が訪れた。倒れた男たちは全員気絶している。だが、呼吸はしている——手加減はしているのだ。


「皆様、お騒がせして申し訳ございませんでした」

女性は群衆に向かって深々と頭を下げた。その瞬間、彼女の視線がガルスと合った。


彼女の瞳が、一瞬だけ鋭く光る。

「あら…」



「初めまして。私、セレーネ・アルティミアと申します」


ギルドの一角で、三人は向かい合って座っていた。セレーネは背筋をピンと伸ばし、膝に手を置いた端正な姿勢を保っている。だが、傍らに立てかけられた鉄の棒が不穏な存在感を放っていた。


「聖職者でいらっしゃいますよね?」リリアが恐る恐る尋ねる。


「はい。正確には、元聖女候補でございます」セレーネが微笑んだ。その笑顔は美しかったが、どこか冷たい。「残念ながら、聖女にはなれませんでしたが」


「聖女候補?」リリアの目が輝いた。「それはすごいです!なぜなれなかったのですか?」


セレーネの笑顔が一瞬だけ歪んだ。

「『慈悲の心が足りない』とのご判断でした」


確かに、先ほどの光景を見れば納得できる評価だった。


「で、俺たちに何の用だ?」ガルスが直球で尋ねた。


「昨日から、お二人の戦闘を拝見させていただいておりました」セレーネが丁寧に頭を下げる。「特にガルス様の戦闘スタイルに、深く感銘を受けました」


「感銘?」

「はい。聖職者でありながら物理戦闘を主体とする戦い方…まさに私が求めていたものです」


セレーネの瞳に、熱狂的な光が宿る。


「実は私も、魔法よりも物理的な制裁…もとい、指導の方が効果的だと常々考えておりました」


リリアが引きつった笑顔を浮かべた。


「制裁って…」

「申し訳ございません。指導、と申し上げたつもりでした」セレーネが慌てて訂正する。だが、その表情には微塵の反省も見えない。


ガルスは彼女をじっと観察した。確かに強い。先ほどの戦闘を見る限り、相当な実力者だ。だが——


「なぜ俺たちの前に現れた?」

「お願いがございます」


セレーネが深々と頭を下げた。


「弟子にしてください」


「弟子?」リリアが驚いた声を上げる。「でも、あなたの方が先輩の聖職者じゃないですか?」


「確かに聖職者としての経歴は私の方が長いかもしれません」セレーネが顔を上げた。「ですが、真の戦闘技術においては、ガルス様の方が遥かに上でございます」


彼女はガルスを見詰めた。


「聖職者が物理戦闘を極めるということ。それがどれほど困難で、そして美しいことか…昨日のお戦いを拝見して、心の底から理解いたしました」


「美しいって…」リリアが呟く。彼女にとって、ガルスの戦闘は確かに圧倒的だが、美しいという表現は思い浮かばなかった。


「そうです」セレーネの声に陶酔的な響きが混じる。「拳に込められた正義の意志、敵を打ち倒す時の気迫、そして何より——」


彼女は鉄棒を手に取った。


「相手に苦痛を与えることで、真の反省を促すという慈悲深い行為」

「それ慈悲じゃないですよね?」リリアが突っ込む。


「いえいえ、立派な慈悲でございます」セレーネが首を振る。「痛みを通じて過ちを理解させる。これ以上の教育法があるでしょうか?」


ガルスは頭痛を覚えた。確かに彼も物理戦闘を重視するが、この女性の思想は明らかに危険だ。


「お断りする」


「え?」セレーネの表情が凍りついた。

「俺の戦いは復讐や制裁のためじゃない。人を守るためだ。お前とは根本的に考え方が違う」


セレーネは数秒間、沈黙した。そして——


「では、実力で証明させていただきます」

彼女が立ち上がり、鉄棒を構えた。


「お手合わせ願います、ガルス様」


ギルド内が一瞬で静寂に包まれた。他の冒険者たちが恐る恐る距離を取る。


「おい、ここで戦うつもりか?」ガルスが眉をひそめる。

「ご心配なく。手加減いたします」セレーネが微笑む。「死なない程度に」


「それ手加減って言うんですか!?」リリアが叫んだ。



「いいだろう。表に出ろ」

ガルスは仕方なく立ち上がった。このまま放置すれば、セレーネは本当にギルド内で暴れ出しそうだ。


ギルドの裏庭に場所を移すと、既に野次馬が集まり始めていた。聖職者同士の戦いなど、滅多に見られるものではない。


「ルールは?」ギルドマスターのバルドが仲裁に入った。


「殺さなければ何でも」セレーネが即答する。


「それルールになってない!」リリアが再び突っ込む。


「では、相手が戦闘不能になるまで」ガルスが提案した。「ただし、致命傷は負わせない」

「承知いたしました」


セレーネが鉄棒を構える。その重厚な武器は、見るからに人を殴り潰すために特化されていた。


「硬化魔法:鉄壁」

セレーネが呟くと、鉄棒の表面が鈍く光った。硬化魔法による強化だ。これで普通の武器なら一撃で粉砕される。


「始め!」

バルドの合図と共に、セレーネが突進した。その速度はガルスの予想を上回っていた。


鉄棒が唸りを上げて振り下ろされる。ガルスは紙一重でそれを回避した。鉄棒が地面に激突し、石畳に深いひびが入る。


「申し訳ございません。少し外れてしまいました」

セレーネが丁寧に謝りながら、すぐさま横薙ぎに鉄棒を振る。ガルスは上体を反らして回避し、その隙に懐に飛び込んだ。


右拳がセレーネの腹部を狙う——だが、彼女も素早く反応し、鉄棒の柄で防いだ。


「さすがでございます」

セレーネが微笑みながら膝蹴りを放つ。ガルスは腕でガードしたが、その威力に驚いた。見た目以上に膂力がある。


「お前も中々やるじゃないか」

「ありがとうございます!」


セレーネが嬉しそうに鉄棒を突き出してくる。ガルスは横に回り込んで回避し、カウンターの左フックを狙った。


だが、セレーネの反応は予想以上に早かった。彼女は鉄棒を盾にしながら後退し、すぐに反撃に転じる。


「連続鉄槌撃!」

鉄棒が雨のように降り注いだ。ガルスは全力で回避に専念するが、その攻撃速度は尋常ではない。


「すごい…」リリアが息を呑む。「あの人、本当に聖職者なんですか?」


戦いは五分を過ぎても決着がつかなかった。互いに決定打を欠いている。


「お時間をかけさせて申し訳ございません」セレーネが一度距離を取った。「では、本気で参りますね」


「本気って、今までの何だったんですか!?」リリアが叫ぶ。


「聖職者秘技:天罰の鉄槌」

セレーネの鉄棒に眩しい光が宿る。それは聖なる力——神聖魔法だった。


「あの技は危険すぎる!」観衆の一人が叫んだ。「元聖女候補の奥義だぞ!」


セレーネが跳躍した。空中で鉄棒を頭上に構え、ガルスに向かって真っ直ぐ落下してくる。


ガルスは考えた。回避すれば地面が粉砕される。ここは住宅街だ——被害が大きすぎる。

なら、受け止めるしかない。


「聖職者秘技:神拳」

ガルスの右拳に金色の光が宿った。それは彼の持つ最大の奥義——聖なる拳だ。


光る鉄棒と光る拳が激突した。


爆発的な衝撃波が周囲に広がった。石畳が割れ、観衆たちが吹き飛ばされる。


やがて煙が晴れると、そこには二人の聖職者が向かい合って立っていた。どちらも立っているが、ガルスの拳には血が滲み、セレーネの鉄棒にはひびが入っていた。


「素晴らしい…」

セレーネが感嘆の声を上げた。


「これほどの威力の神拳を…まさに私が求めていた師匠でございます」


彼女は鉄棒を下ろし、深々と頭を下げた。


「改めてお願い申し上げます。どうか私を弟子にしてください」


ガルスは拳の血を拭いながら、彼女を見つめた。確かに実力は本物だ。そして——


「お前の戦い方は確かに危険だが」ガルスが口を開いた。「その根底にあるのは、正義感だろう?」


「はい。悪を憎み、正義を愛する気持ちに偽りはございません」

「なら、その正義感を正しい方向に向けることはできるかもしれん」


セレーネの表情が輝いた。


「それでは…」


「条件がある」ガルスが手を上げた。「一つ目、俺の指示には絶対に従うこと。二つ目、不必要な暴力は振るわないこと。三つ目——」


彼はリリアを見た。

「リリアと仲良くやること」


「え?」リリアが驚いた顔をする。


「はい!喜んで!」セレーネがリリアに向かって頭を下げる。「よろしくお願いいたします、リリア様」


「あ、はい…よろしくお願いします」

リリアは困惑しながらも、礼儀正しく頭を下げ返した。


こうして、異色の三人パーティが誕生した。真面目で常識的な魔法使いのリリア、拳で語る聖職者のガルス、そして丁寧語で話す脳筋聖職者のセレーネ。


「それにしても」リリアが不安そうに呟く。「この組み合わせで大丈夫なんでしょうか…」


「大丈夫でございます」セレーネが微笑んだ。「何か問題があれば、物理的に解決いたします」


「それが問題なんです!」

リリアの突っ込みが、夕暮れの空に響いた。


一方、ガルスは密かに思っていた。これから先、リリアの突っ込みの仕事が大幅に増えるだろう、と。

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