第10話 魔王復活と最終決戦(物理)
王都の空が血のように赤く染まった朝、世界に終末の知らせが届いた。
大陸最果ての『絶望の山脈』から、千年の封印を破って魔王が復活したのだ。
その名は『破壊王デストロイ』。かつて世界を恐怖に陥れた最強の魔王が、ついに蘇ったのである。
ギルド本部は緊急事態宣言が発令され、王国中の冒険者たちが召集されていた。
しかし、魔王の放つ絶望的なオーラに、多くの冒険者が戦意を失っている。
そんな中、いつものように三人は冷静だった。
「魔王復活…」リリアが重い口調で呟く。「これまでの冒険とは次元が違いますね」
「つまり、今度は魔王を殴るのか」ガルスが拳を握りしめる。
「魔王も鉄棒で叩けるでしょうか」セレーネが鉄棒を眺める。
「だから!相手は魔王ですよ!?もう少し緊張感を持ってください!」
ギルドマスター・バルドが重々しい表情で現れた。その手には古い巻物が握られている。
「諸君、事態は最悪だ。魔王デストロイは既に三つの街を壊滅させ、王都に向かって進軍している。このままでは人類全体が危険だ」
「王国軍は?」リリアが尋ねる。
「魔王の前では無力同然。魔法も剣も効かない。唯一の希望は…」バルドが巻物を開く。「この『勇者召喚の秘術』だ」
「勇者召喚?」
「異世界から伝説の勇者を呼び出し、聖剣を授けて魔王を倒してもらう、古来から伝わる最後の手段だ」
ガルスが首を振る。「他人任せか。拳で何とかならないか」
「鉄棒でも解決できそうですが」セレーネが微笑む。
「魔王相手に物理で挑むのは無謀すぎます!」リリアが叫んだ。
しかし、勇者召喚の儀式は失敗に終わった。
魔王の魔力が強すぎて、異世界との通路が開かないのだ。絶望が王都を覆い始める。
「もう手段がない…」バルドが呟く。
その時、王都の上空に巨大な影が現れた。賢竜アルテミスが舞い降りてきたのだ。
「我が友よ!一大事と聞いて駆けつけた!」アルテミスが着地し、謁見の間(修理済み)の壁をまた壊す。
「アルテミス様!」リリアが駆け寄る。
「魔王デストロイめ、我の縄張りで好き勝手を…許せん!」アルテミスが怒りに震える。「だが、奴は強い。我一人では勝てぬかもしれん」
「一緒に戦いましょう」リリアが決意を込めて言う。
「だが、魔王は魔法を無効化する力を持つ。物理攻撃も並の威力では通用しない」
ガルスが立ち上がった。「なら、並でない拳を使えばいい」
「鉄棒も、並でないものを使います」セレーネが鉄棒を握り直す。
「二人とも…」リリアが感動する。「分かりました。私も『並でない魔法拳』で戦います!」
「ついに魔法拳が正式技術に…」リリアが自分で言って苦笑いした。
ー
絶望の山脈は、その名の通り絶望的な光景だった。
黒い雲が渦巻き、地面は枯れ果て、空気さえも重苦しい。
山頂の魔王城からは禍々しいオーラが立ち上っている。
「ここが魔王城…」リリアが緊張で声を震わせる。
「意外と普通の城だな」ガルスが城を見上げる。
「もっと鉄でできているかと思いました」セレーネが首をかしげる。
「そんな魔王城嫌です!」
アルテミスが翼を広げる。「さあ、決戦の時だ。我が友よ、最後まで共に戦おう」
四人(一匹含む)は魔王城に突入した。城内は暗闇に包まれ、不気味な笑い声が響いている。
しかし、三人は迷わず最上階の玉座の間へと向かった。
魔王城の玉座の間は、想像を絶する巨大さだった。
天井は見えないほど高く、玉座は巨大な岩を削り出して作られている。
そして、その玉座に座るのが破壊王デストロイだった。
身長は三メートルを超え、全身を漆黒の鎧に包んでいる。
赤く光る瞳は、見る者の魂を凍らせる恐怖を宿していた。
まさに、世界を滅ぼす魔王の威容である。
「来たか、愚かな勇者どもよ」デストロイの声は地響きのように響く。「千年の封印から解放された我に、挑もうというのか」
「魔王デストロイ!」リリアが勇気を振り絞って叫ぶ。「あなたの悪行はここで終わりです!」
「ほう…魔法使いか。だが、我には魔法は通用せん」デストロイが立ち上がる。その瞬間、リリアの魔力が無効化された。
「魔法が…使えない!」
「魔法が効かないなら、拳だ」ガルスが前に出る。
「はっはっは!拳など、原始的な!」デストロイが嘲笑する。「我を倒すには聖剣エクスカリバーか、少なくとも伝説の武器が——」
「鉄棒です」セレーネが鉄棒を構える。
「…は?」
魔王が困惑した隙に、ガルスとセレーネが同時に攻撃を仕掛けた。
「人間最強拳法・天地崩壊拳!」
ガルスの拳が魔王の鎧を捉える。千年の修練で鍛えられた魔王の防御も、想定外の物理攻撃に動揺した。
「鉄棒最終奥義・鉄天破砕撃!」
セレーネの鉄棒が華麗に舞い、魔王の武器を弾き飛ばす。
「馬鹿な!原始的な攻撃がこの我に!?」デストロイが信じられないといった表情を見せる。
「古代竜拳法・天竜滅殺拳!」
アルテミスも参戦し、巨大な竜拳が魔王を直撃する。
魔王は後退した。千年ぶりに、劣勢に立たされたのだ。
「理解できん…なぜ魔法でも聖剣でもない攻撃が我に通用する!?」
リリアが気づいた。「そうか!魔王は魔法と聖なる武器にしか対処法を知らない!だから物理攻撃が予想外なんだ!」
「なるほど…千年の封印の間に、戦術が進化したのか」デストロイが理解する。
「いえ、これは進化じゃなくて退化だと思うんですが…」リリアが小声で呟く。
しかし、魔王も手強かった。巨大な魔力で城全体を震わせ、暗黒の力で攻撃してくる。一進一退の攻防が続く。
「このままでは勝負がつかない…」リリアが考える。「何か、決定打が必要だ」
その時、リリアは閃いた。これまでの冒険で培った全ての経験。
魔法拳、心話術、仲間との絆。それら全てを組み合わせれば…
「皆さん!私に力を貸してください!」
リリアが中央に立つ。ガルス、セレーネ、アルテミスが彼女の周りを囲む。
「みんなの力を一つにする魔法拳…『友情合体拳法・絆無限大』!」
四人の力が一つになり、リリアの拳に集約される。魔法の力、拳法の極意、鉄棒の真理、竜の古代拳法。全てが融合した究極の一撃が生まれた。
「そんな技があるのか!?」魔王が驚愕する。
「今、作りました!」リリアが笑顔で答える。
「即興で最終技を!?」
「友情合体拳法・絆無限大!!」
リリアの拳が魔王に迫る。
その一撃には、これまでの全ての冒険、全ての出会い、全ての笑いと涙が込められていた。
魔王デストロイの鎧が砕け散る。しかし、その下から現れたのは意外にも普通の人間の男性だった。
「あ…あれ?」リリアが困惑する。
「我は…我は一体…」デストロイが呟く。その瞳から邪悪な光が消えていた。
「思い出した…我はただの魔法研究者だった。力を求めすぎて、邪悪な魔力に取り憑かれてしまったのだ…」
元魔王が涙を流す。「千年間、自分の意志で動けなかった…君たちが我を解放してくれたのか」
「そうだったんですか…」リリアが同情する。
「本当の敵は邪悪な魔力だったのですね」セレーネが頷く。
「拳で心も救えるのか」ガルスが感心する。
「友情の力は偉大だな」アルテミスが微笑む。
元魔王は深々と頭を下げた。「ありがとう…君たちのおかげで、長い悪夢から解放された。これからは、この力を世界の平和のために使わせてもらおう」
ー
こうして、魔王復活の危機は去った。
元魔王デストロイは名前を『ヒール』と改め、回復魔法の研究者として新しい人生を歩むことになった。
王都では盛大な祝賀会が開かれ、三人は英雄として称えられた。
特に『友情合体拳法』は新たな伝説となり、後世まで語り継がれることになる。
「まさか魔王まで友達になるとは思いませんでした」リリアが祝賀会の席で笑う。
「拳は敵をも友に変える」ガルスが満足そうに頷く。
「鉄棒も同じです」セレーネが微笑む。
「もう何でもありですね…でも、」リリアが仲間たちを見回す。「こんな冒険ができて、楽しかったです」
「これからも続くぞ」ガルスが拳を握る。
「まだまだ冒険は始まったばかりですね」セレーネが鉄棒を磨く。
「そうですね…私たちの冒険は、まだまだ続きそうです」
アルテミスが窓の外から顔を覗かせる。「我も参加するぞ」
元魔王ヒールも現れる。「私も、償いを兼ねて冒険に同行させてもらえませんか」
「みんなで行きましょう!」リリアが嬉しそうに手を振る。
ー
こうして、『神聖拳法』『鉄棒学』『竜拳法』『友情合体拳法』を駆使する世界最強(?)の冒険者パーティーが誕生した。
魔法使いが拳を振るい、聖職者が物理攻撃を信奉し、シスターが鉄棒を愛用し、竜が拳法を使い、元魔王が回復役という、前代未聞のチーム編成である。
「次はどんな冒険が待ってるでしょうね」リリアが期待を込めて呟く。
「何が来ても、拳があれば大丈夫だ」
「鉄棒も忘れずに」
「竜拳も必要だ」
「回復魔法でサポートします」
「みんなバラバラですね…でも、それが私たちらしいです」
夕日が王都を染める中、五人と一匹の新たな冒険が始まろうとしていた。
世界は平和になったが、きっとまた新しい出来事が待っている。
そして、どんな困難が待ち受けていても、友情と拳法(と鉄棒)があれば乗り越えられるだろう。
「さあ、次の冒険に出発しましょう!」
リリアの元気な声が、平和になった世界に響き渡った。




