第2話「愛をくださいと叫ばなくても、愛をくれる人(2)」
「蒼の笑顔って、綺麗だね」
「は?」
今、笑ってもいない人間に向けて、笑顔が綺麗って話しかける私は不思議ちゃんに該当するのかもしれない。
けれど、目的の場所に辿り着くまでの間に楽しい話が展開されるわけがないと想像できたからこそ話しかけてしまった。
「私は笑顔を意識的に作らないと、そんなに綺麗に笑えないから」
優しく笑って、人に安心感を与えることができる有栖川蒼。
無理矢理に笑顔を作り込んで、人から信頼を得ようとする私。
同じ笑顔でも、その中身に大差があるところが悲しい。
「綺麗だと思ったよ」
「何が?」
「莉雨の笑ったときの顔」
どんな顔で、その台詞を吐いたのか。
覗いてやるって意気込んではみたものの、隣を歩く彼の表情には照れというものがまったく含まれていないように見えるから驚かされる。
こんなことを言われてしまったら、普通の女の子は彼に恋をしてしまうこと間違いない。
「蒼って、多分モテるね」
「幽霊だけど」
「幽霊業界でも、きっと大人気だよ」
有栖川蒼が照れていないのだから、私が照れてどうする。
そう自分に言い聞かせながら、私は平静を装って有栖川蒼の隣を独占した。
「この世から無事に消えることができたら、ハーレム生活を満喫してみるよ」
「蒼なら、すぐにでも叶えられそう」
私は、普通じゃないのかもしれない。
ドキドキはしているけれど、恋のときめきとは違う気がする。
昨日まで赤の他人に等しかった彼と、話をしなければいけないというプレッシャーを抱いているから心臓が速まっている。
多分、きっとそう。
「ようこそっ! 桝谷ちゃんっ」
この高校に、こんなにも爽やかで前向きな声を飛ばすことのできる人がいるんだと驚いた。
「いや~、廃部寸前の写真部に入部してくれる子がいるなんてね~」
部活動を真剣にやっている人が少ない高校で、こんなにも楽しそうな笑顔を浮かべることのできる人がいることに言葉を失った。
「えっと……?」
言葉を失った理由は、それだけではないけれど。
何も事情を告げられることなく、写真部に入部することになりそうな流れにも驚いてはいるけれど。
「私は写真部部長の鳥屋奏世。奏でるに世界で、奏世ね」
「三年の先輩だから、あと少しで引退」
「そう! せっかく桝谷ちゃんが入部してくれることになったのに、もうすぐ引退なんてねー」
口が達者な鳥屋先輩にツッコんでいる暇はなく、私が写真部に入部するのは確定事項らしい。
断る理由もないから、この流れはこの流れで別に構わない。
けれど、事情も説明しないで写真部の部室に連れてきた有栖川蒼には文句を言いたい。
(特に文句という文句も浮かばないけど……)
恨みがましそうな目を有栖川蒼に向けるけど、彼は私からの突き刺さる視線に痛さも痒さも感じてくれない。
「私、読書部入っているんですけど大丈夫ですか?」
「問題ないよ。この高校は兼部可だから」
鳥屋先輩は眩しいとすら感じる笑みで、私を快く迎えてくれた。
窓向こうの空は相変わらずどんよりとして、今にも雨が降ってきそうな色をしているのに。
自分の《《好き》》が詰め込まれた写真部の部室だけは、色彩が豊かすぎて困る。
「ささっ、ここに桝谷ちゃんの名前を書いちゃって」
用意された入部届けに記入をするだけのことなのに、何かが始まる瞬間はほんの少し怖い。
「ありがとう! じゃあ、私は顧問に提出してくるね!」
あとは有栖川宜しくと言って鳥屋先輩は去っていったけれど、有栖川蒼に何かを託したところで私に変化は訪れないような気もする。
「有栖川蒼」
それだけ、私は自分に自信なんてものを微塵の欠片も持っていない。
自分の未来に期待をしていないからこそ、有栖川蒼との出会いで自分が感化されずに一人佇む未来が想像できてしまう。
「未練、いっぱいあると思う」
鳥屋先輩がいなくなって、たった二人しかいない部室。
大きな声を出してもいいはずなのに、私の声は少し小さい。
でも、有栖川蒼なら聞き逃さないでくれるんじゃないかって。
どんなに小さな声だって、彼なら必ず拾ってくれるんじゃないかって希望が生まれてしまうなんて、私たちの信頼度が高まりすぎて怖い。
「家族のこともだけど、部活だって……」
彼のことを知るには、まず私のことを話さなければいけないのかもしれない。
彼ばかりに、すべてを曝け出せなんてさすがに平等ではないのかもしれない。
「蒼がいなくなったら、鳥屋先輩独りになっちゃう」
でも、有栖川蒼に時間があるのかないのか分からない状況。
喋るしかないって思った。
信頼度の上がり方が可笑しいと気づいても、言葉を交わし続けるしかないと思った。
「しんみりしてくれんのはありがたいけど、何が未練なのか……正直、わかってない」
それが、消えることができない理由なのか。
答えを教えてくれる神様的な存在が現れないからこそ、蒼は蒼なりに答えを見つけて、幽霊としての人生を歩んでいかなければいけない。
「莉雨は知ってるんだな。自分の未練」
ずばりと指摘してくる彼は何者か。
あまりにも高い観察力で、私は再び言葉を詰まらせそうになる。
有栖川蒼の前だと、いつも私は言葉を迷わせてしまう。
でも、言葉を紡がないと、蒼が先に進めなくなると思ったから。
だから、無理矢理にでも言葉を発してみる。