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第1話「愛をくださいと叫ばなくても、愛をくれる人(1)」

 私は、幸せが簡単に壊れてしまうものだということを子役時代に知った。


「芸能界は入れ代わりが激しいな」

「女の子は成長が早いですからね」


 需要のある人間が生き残ることができて、需要のない人間は居残ることすら許されないのが芸能界。

 未来の芸能界を担うために子役として活動を始めたのに、半年後。一年後には、あっという間に子役の勢力図というものは変わっていく。

 数か月で引退する子もいれば、小学校や中学校を卒業する節目のタイミングで引退を迎える子もいる。

 永遠なんて言葉が存在しないのが、人が生きる世界というもの。


「あ、莉雨(りう)ちゃん」

「おはようございます……」


 幸せになることなんて、できない。

 だって、突然。

 ある日、突然、幸せなんてものは壊れてしまう。

 神様も、お守りも、パワーストーンもパワースポットも、誰も人間を守ってくれない。


「莉雨ちゃんママは、こちらに」


 幸せの後には、不幸せが。

 不幸せの後には、幸せが。

 そんな規則正しく順番に、なんていらない。

 みんな幸せでいいのに。

 みんなハッピー、それでいいのに。


「誰が芸能界を生き残るか」


 悪人には不幸ってものが必要かもしれないけど、私みたいな平々凡々みたいな人間には幸せばかりがいい。


(聞こえてます、意味もちゃんとわかってます)


 いちいち人間に不幸を与えなくたっていいよ。

 幸せが続くように頑張っていくから。

 幸せになれるように頑張っていくから。

 だから、だから、こんなところで私を殺さないで。


(って、暗いなー……私の子役時代……)


 高校の授業が終わり、現在は一部の部活動だけが活発に活動する時間帯。

 ほとんどの部活動は名だけのものか、ごく僅かな生徒だけが部活動に励んでいるだけの寂れた放課後。

 クラスに残っている人も若干はいるけど、大抵の人たちは授業が終わると同時に教室を飛び出していく。


(まあ、事実だけど……)


 掃除当番の有栖川蒼を待っている間、誰も掃除していないような図書室の窓硝子と睨めっこ。

 過去を思い出すには十分な時間と、静かな環境が私には与えられてたおかげで、芸能界の敗北者の心は、高校生になった今でも敗北感を引きずっている。


(幽霊が掃除当番……)


 いくら有栖川蒼が幽霊と言っても、みんなから認識されているのは事実。

 掃除が免除されないところを見ると、やっぱり私と有栖川蒼が生きている世界は変だと思ってしまう。


(別に変だからって、どうすることもできないけど)


 窓向こうの景色は、放課後という時間の過ごし方を知っている生徒たちの活気で賑わっていた。

 寂れた校舎の空気が自分にとって心地いいと思っていたけど、部活動に励む人たちの輪に入れてと声をかけたい自分がいるのも本当。

 ふたつの自分が存在することに揺れていると、私の思考を現実に引き戻すための声が聞こえてきた。


「お待たせ」


 青春感で溢れ返っている放課後に、彼の声が染まった。


「どうした?」


 生きていたら、きっと彼は私と人生を交えることなく、普通の高校生生活ってものを送ることができていたんだろうなって妄想を膨らませる。


「あ……考えごとしてたんだけど、まるで彼女を待たせた彼氏みたいな登場の仕方をしたから」


 相変わらず彼の表情は、クラスにいるときと違う。

 違いがあるのは当然で、有栖川蒼(ありすがわあお)はクラスメイトに関心を持たれないように努力している。


「何を考えてたか、忘れちゃった」


 他人との接点を減らすことで、彼は少しでも別れの寂しさを減らしたい。

 そんな彼の気持ちが理解できるようでできていないから、こんな風に私は言葉を詰まらせてしまうのかもしれない。


「一人でいるときって、なんか碌なこと考えないよな」


 未来が希望で溢れていますという確信を得ることができないからこそ、私たち人間は迷う。


「蒼と、一緒」

「意外と共通点あるな、俺たち」


 ある程度、長く生きた大人たちなら上手く生きるための術を知っているかもしれない。

 でも、私たち高校生は正しく道を歩く方法を知らない。

 とにかく道に迷い込んで、未来への不安の渦へと巻き込まれていく。


「もっと早く、蒼に声かけてたら……」

「楽しい高校生活ってもの、送れたかな」


 私が続ける言葉を悩んでいるうちに、蒼が最も相応しい言葉を返してくれた。


「それ、私が言いたかった台詞」

「本当に、同じ考えを持ってるみたいで心強いよ」


 有栖川蒼はどこへ向かうのか目的を告げることなく、これから馴染みが生まれるであろう教室から去るために足の方向を変えた。

 このあとの時間を一緒に過ごすことだけが分かれば十分で、それ以外が分からないところにワクワク感が生まれる。


「ねえ、何か話したいことがあったら聞くよ」


 文化部は校舎のどこかで活動しているはずなのに、大きな声を上げる人がいないせいか放課後の校舎はやっぱり人気がなくて静かだった。


莉雨(りう)と俺が話しているところを見られたら、後々面倒」

「もう校舎に残ってる人なんていなくない?」


 彼の話を聞いたところで、彼が無事に天国に向かったかなんて分からないけれど。

 そもそも、彼が幽霊と言うジャンルに属する存在なのかも分からないけれど。

 それでも、生前の彼の未練や後悔みたいなのは少しでも少なくした方がいいと思うのは生きている人間の勝手な思い込みなのかもしれない。


「とりあえず、特に話したいこともないから気持ちだけ受け取る」


 私なんかが、聞いていい話なんて一つもないとは思う。

 それなのに彼の話を聞きたくなってしまうのは、やっぱり私が彼の人生に関わりたいと思っていたからなのか。

 そんな物語っぽいことを考えたところで、その物語を語る勇気すらないのだけど。

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