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第3話「ねえ、私はこの世界に存在する人ですか?(3)」

(……やる気のない学校)


 そんな高校を選択したのは、ほかでもない自分だけど。

 もっと上のレベルの、自分の学力に合った高校を選ぶということもできたのに、芸能科都合が許可されている高校を優先させたのは自分。


(ここが、私の生きる場所)


 中学のときの進路相談で、両親は私に自由を与えてくれた。

 子役を引退したときと同じで、両親は私に選択する権利をくれた。


『世の中、勉強がすべてじゃないわ』


 両親に対して、何も言えなかった。

 相談に乗ってほしいって、言うことができなかった。

 いつだって両親の中には、最終的には芸能界に逃げ込めばいいんだからっていう声が存在するから。


『莉雨には、大好きなお芝居があるんだから』


 これは、両親が私に与えてくれた優しさ。

 両親が、私に気を遣ってくれている。

 私には、戻る場所がある。

 芸能界っていう輝かしい世界に私が戻ることを、お母さんもお父さんも待っている。


(ごく普通の、ありふれた日常に、私の需要はない)


 両親は、芸能界で活躍する私が好きなんだって気づいた。


(今の芸能界にだって、需要があるかなんてわかんないのに……)


 どこにいたって、どこをさ迷ったって、今の私に居場所はない。

 どこにいても、誰といても、なんか違う。


(桝谷莉雨は、もう死んだんだよ)


 両親が、娘の人生を決めてくれるのはありがたいことかもしれない。

 両親は私の人生に無関心というわけでもないし、きちんと話を聞いてくれる。

 人間には向き不向きってものがあると諭す優しさが両親にあるからこそ、どう生きたらいいのか分からなくなった。


(未来を選んでもらえるのは、幸福なこと……)


 自分の望む人生を歩むということは、自分が生きる環境を変えるくらいの強さを持ちなさいということ。


(自分の人生に挑むのは、自分しかいない)


 強くなりたいとは思う。

 けど、強くなるための方法なんて分からない。見つからない。

 強く生きる方法を知らないのなら、私はまた逃げるしかない。

 幼い頃の逃げ癖が、ここで発揮された。

 自分が進学してみたい高校ではなくて、自分が演技をしやすそうな高校を選んだ。

 自分が染まりやすい環境を、私は選んでしまった。


「っ」


 心臓付近が苦しくなるような胸の痛みに襲われるけれど、それは絶対に気のせいだって思いたい。

 家と学校に自分の居場所がないから苦しいとか、寂しいとか。

 そんな感情を見つけてしまう人生なんて、虚しすぎるから。


(芸能界になんていたから、こんなに弱くなったのかな)


 常に、誰かが傍にいることが当たり前。

 常に、誰かの視線が向けられて当たり前。

 独りになる余裕も時間も与えられないのが芸能界に慣れ過ぎて、孤独を与えられると途端に弱くなる。


(私も、独りが平気になりたかった)


 自分を特別扱いなんてしたくない。

 こんな生活を送っている人は、世界探せば大勢いる。

 悲劇のヒロインになったところで、救いのヒーローなんてものは現れない。


「弱すぎ……」


 有栖川蒼は、どうして独りでいられるの?

 有栖川蒼は、どうして独りの時間を選ぶことができたの?

 だって、独りの世界は、こんなにも寂しくできているのに。


「……っ、こんな毎日、嫌だ……」


 そんなことを思ったところで、私の日常は変わらない。

 そういう日々を選んだのは自分だけど、もっと違う道を歩んでみたいって凄く後悔をしている。

 家と学校の両方で偽りの自分を演じる覚悟があれば、自分の望む人生を歩むことができたかもしれないのに。でも、私はそうしなかった。


(演じることを面倒くさがったのは、自分……)


 自分を偽れば、みんなの輪に入れるってことは証明できた。

 自分もみんなの生活に溶け込むことができるんだって自信にも繋がった。

 だけど、血の繋がりがある家族が住む環境下でも自分を偽らなきゃいけない。

 それが、ただただ辛かった。


(居場所……欲しかったな……)


 図書室の扉を開く。

 毎日やっていることの繰り返し。

 今日も俺は、閑散とした図書室で自主学習をして家に帰宅する。


(ある意味、図書室が閑散としているのは当然のことだけど……)


 閑散としているってこと自体が、寂しいと思ってしまう。

 そんな自分は、感傷的になりすぎているのかもしれない。


(外……)


 私を出迎えてくれた図書室の窓は、外の景色が暗く沈んだものだということを知らせてくれた。


(傘、持ってこなかった……)


 青空が、嫌いだった。

 眩しすぎて、嫌いだった。

 なんか、自分の人生と真逆の人生を進んでいるように見えてしまうから。

 どれだけ自意識過剰だよって言われようと、世界を明るく照らして希望ってものを押し付けてくる青い空が私は大嫌いだった。


(これくらいの天気が、ちょうどいい……)


 高校の図書室に、どれだけの本が置かれているのかは分からない。

 だけど、ちょっと図書室を見渡すだけで、ここには物凄い数の書物が置かれていることが分かる。


(ほとんどの本が、きっと手つかずのまま終わる……)


 これだけ数えきれない本が詰め込まれている、知識の宝庫である図書室を有効に活用しない生徒たち。

 ここは進学校じゃないから仕方がないと言われても、やっぱりそれを理由にしてしまうのはあまりにも寂しすぎる。


「あー……なんか、今日の私、暗っ……」


 今日の図書室には、誰もいない。

 それが幸いなことなのか、なんなのか。

 自分の独り言を聞かれないっていう点ではラッキーだとしても、人に会いたい時に限って人一人いない場所を訪問する自分はなんなのか。


「ただの……勉強好きのもの好きか……」


 独り言を許す環境を望んでいるくせに、独りの環境を居心地悪いと思う。

 創作物に出てくるような青春を送ってみたいわけじゃない。

 ただ、普通の高校生ってものをやってみたかった。

 特別な毎日なんていらない。

 良い日もあって、悪い日もあって、平均するとちょうどいいくらいの学生生活を送ってみたかった。

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