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第2話「叶えてもらわなくていいよ、私が叶えてみせるから(2)」

「莉雨、泣いて……」

「泣いてない」

「……だな。俺たちの間には、うれし涙しか存在しないもんな」

「約束、覚えててくれてありがと」


 私が泣いている? 何を言っているの?


「で、なんで涙が流れんの?」

「蒼に会えたから」


 泣くときは、うれし涙。

 そんな約束を持ちかけた張本人が、悲しみを含んだ涙なんて流してはいられない。


「蒼が突然、私の傍に現れるから」


 頬を何かが伝っていく。

 なんだろう、これ。


「うれしすぎて、泣いちゃった」


 蒼に駆け寄って、蒼の体を抱き締める。

 たったそれだけのことなのに、凄く幸せに思う。


「蒼……蒼……蒼……」


 大好きな人の体温を感じることはできない。

 私は蒼のことを抱き締めることができていないはずなのに、この瞬間を、ただただ幸せに思う。


「本当は……」


 蒼を強く抱き締めるこの腕が、一生彼のことを離すことなく、彼を包んでいられたら、どんなに幸せかな。どれだけ多くの幸せに包まれるのかな。


「蒼と生きたい……朝、挨拶して……部活が終わったら一緒に帰って……」


 涙で顔がぐちゃぐちゃな状態。

 涙が蒼の制服に溶け込んでくれればいいのにって思うけど、私はやっぱり蒼に触れることはできない。


「休みの日は一緒に勉強したり、一緒に出かけたり……」


 いつかは蒼の存在が消えてしまうのに、私は何をやっているんだろう。何を言っているんだろう。


「ほかにも蒼とやりたいこと……」


 泣いたり怒ったり、怒ったり泣いたり。

 それらを繰り返していた私をなだめるために、蒼は私が惹かれた綺麗な笑みを浮かべてくれた。


「蒼……」


 額に、蒼の右手が下りてくる。

 視界いっぱいに蒼が広がっているはずなのに、私は蒼の手の熱を感じることができない。


「蒼……蒼……蒼……っ!」 


 手を繋ぐ。

 互いの存在を確かめるように、強く。そっと。

 強く、そっと、指を絡めて確かめ合う。

 でも、彼の熱が届かない。

 だって、彼はもう、この世にいない人だから。


「莉雨の居場所になったこと、本当は後悔してた」


 私たちを照らす陽の光も眩いけれど、蒼の表情も負けず劣らず美しく見えて、涙を止めたいのに涙は止まることができない。


「でも」


 人間美しすぎるものを目にすると、こうも涙が止まらなくなるんだってことを実感する。

 この美しい景色に、私はずっと目を向けていたい。


「やっぱ莉雨の居場所になれて良かったなって」


 繋いでいるはずの手には、蒼の感覚がない。

 握っているはずの手が、誰の手を握っているのか分からない。


「後悔するの、もうやめにする」


 蒼の手を握っているはずなのに。

 蒼と手を繋いでいるはずなのに。

 いつかは私の脳が、それは違いますよと訴えかけてくるかもしれない。

 あなたは何も握っていません。

 あなたは誰とも手を繋いでいません。

 そんな風に訴えかけてくる日が訪れるかもしれない。


「蒼……蒼、蒼……!」


 蒼の名前を呼ぶ。何回も、何回も、何回も。

 しつこい、うるさい、なんてことを思われるかもしれない。

 でも、いつかは最後になってしまうから。

 蒼の前で、蒼の名前を呼ぶことができるのは最後になってしまうから。

 いつかは別れが訪れると知っているから、今のうちに蒼の名前をたくさん呼びたい。


「ありがとう、蒼」

「こちらこそありがとう、莉雨」


 蒼のご遺体は火葬されてしまって、とんでもない奇跡が起こらない限り蒼が私の生きる世界に戻ってくることはない。

 それは当たり前のことで、誰もが受け入れなければいけない現実。

 どんなに別れを拒んでも、いつかは別れというものが訪れる。


「俺のこと、覚えていなくてもいいから」

「嫌……」


 心の中で、大切なあなたはずっとずっと生き続けてくれる。

 あなたと過ごした思い出があれば、これから先も強く生きていける。

 そう、思い出があればいい。

 あなたと過ごした時間を覚えていたい。


「忘れていいんだよ」

「なんで、そんなこと言うかな……」

「莉雨には、これから多くの人たちに出会っていってほしいから」


 分かってる。

 蒼に言われるまでもなく、分かってる。

 私だって、これから訪れる出逢いを楽しみにしているよ?

 これからは、積極的に人と関わっていくよ?

 だから、そんなことを言わないで。


「私は、蒼と過ごした時間を忘れたくない」


 私は蒼の温もりを感じることができなくても、蒼は私の温もりを感じてくれているかな。

 涙を拭う彼の熱すら感じられないけれど、涙は止まろうと意識を働かせていく。


「あの、蒼……」

「少しは冷静になった?」

「あの、これ……両手で握手してるみたいで、恥ずかしい……」

「いまさら」


 涙の跡を拭いたいのに、蒼は私の両手を解放してくれない。

 私は綺麗でもなでもない不細工な笑みで、彼の表情を真っすぐ見た。


「何も問題ないよ」


 彼の瞳は優しく笑っていて、私は蒼の綺麗な笑みに再会することができた。


「莉雨は、生きてるんだから」


 蒼と向き合うことから、逃げない。

 蒼に繋がれた両手を振り解くことも、しない。

 私は、蒼から逃げたいと思えなくなってしまったから。


「どんなときも挫けない、頑張り屋の莉雨のこと……ずっと尊敬してた」


 夕陽と一緒になって、蒼まで綺麗に見えてきてしまう。

 そう思えるのは、きっと気のせいじゃない。


「これからも、莉雨のことを尊敬してるよ」


 もしも、蒼が世界から消えてしまう日が訪れたら。

 私は笑顔で、空に言葉を送りたい。

『頑張って』

 新しく生きる世界でも、彼にエールを送れるように強くなりたい。

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