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第1話「叶えてもらわなくていいよ、私が叶えてみせるから(1)」

 蒼がいなくなった世界でも、私はやっぱりこう思う。

 彼は、強い人だったって。


「さっさと帰ろー」

「だね」

「私、部活行ってくる」


 有栖川蒼の風邪は続いていて、今日も教室には彼の机が残されている。

 それなのに、誰も蒼のことを話題にしない。

 担任が出欠席を確認するときに蒼の苗字が出てくるくらいで、誰も蒼が学校を三日間休んでいても気にしていない。


「あー、写真部だっけ?」

「名義貸してくれって頼まれて」


 私は、相変わらず嘘吐きが得意だった。

 でも、嫌で嘘を吐いているんじゃない。

 率先して嘘を吐いて、私はすぐにいつもの明るい笑みを振りまく。


(蒼も学校に来れるようになったら、笑ってくれてるかな)


 廊下をスキップで歩きたくなるような気分に駆られるけど、さすがに高校生にもなると躊躇われる。

 嘘は得意でも、私は女子高生のままでいたかった。


「失礼します」


 蒼が生きていた頃、私は蒼との関わりがほとんどなかった。

 それなのに、蒼が幽霊になってから関わりというものが生まれた。

 それは一体何を意味するのか、それとも特別な意味なんてものはないのか私には分からない。


「って挨拶しても、相変わらず一人だけど」


 鳥屋先輩は放課後に開催されている特別講義に出席してから部室に来るから、しばらくは私が部室を独占することができる。


「…………」


 この部室は、朝陽は綺麗に見えるけど夕陽が見えない。


「よしっ」


 顧問からお借りしているカメラを持って、屋上の鍵を借りに行く。

 顧問の元に辿り着く途中で、夕陽が眩しすぎるくらい廊下を歩く私を照りつけてきた。


(蒼と一緒に見たかったな……)


 あまりに綺麗な夕陽で、ちょっとだけ気分が落ち込みそうになった。

 綺麗な夕陽とも言えるかもしれないけれど、誰もが毎日夕陽を見てキャーキャーと騒いではいられない。


「いいね、貸し切りの屋上は」


 私が生きていて、蒼は死んでいる。

 これが事実だとしたら、私はいつか蒼の年齢を追い越してしまう。

 それは当たり前のことだけど、その当たり前を受け入れられるほど私はまだ訪れた現実を吹っ切ることはできていない。


「…………」


 私の独り言が詰まってしまったのをいいことに、ほんの少しだけ強い風が吹いた。

 驚きというよりも衝撃の方が大きくて、姿が見えなくなった蒼が私の傍にいてくれるんじゃないかと自惚れる。


「今日も一緒に写真を撮りますか」


 彼は、強い人。

 悔しいけれど。

 蒼の強さに対抗できるくらいの経験を、私は持ち合わせていない。

 だから、ときどき涙腺が緩む。


「私は、もう少しここで踏ん張るよ!」


 この先、何度。

 こんなにも綺麗な夕陽を目にしなければいけないのか。

 今日も相変わらず夕陽に魅入られているのに、夕陽の美しさなんて知らないままでいたかったとも思う。


「…………」


 ああ、憎らしい。

 人の手が加わっていない自然は、なんでこんなにも美しく見えてしまうのか。

 この夕陽に自分を写したいと願ってしまうのは、確実に気のせいのはずなのに。


「眩しっ……」


 屋上が貸し切りということを利用して、私は姿が見えなくなった蒼に話しかけ続ける。

 生まれ変わるということは、きっと記憶を失うということでもある。

 それは、ほんの少し寂しいことかもしれない。

 けれど、どうか蒼にとっては救いであってほしい。


「夕陽が眩しすぎ……」


 幸せ。

 不幸せ。

 幸せ。

 幸せが、積もる。

 積もっていく。

 それなのに、その気持ちを伝える相手は傍にいない。


「言えなかった……伝えるつもりだったのに……」


 ありがとう。

 ありがとう。

 ありがとう。

 私の存在を見つけてくれた蒼がいたから、私は自分の居場所を見つけることができた。


「莉雨?」


 幻聴が聞こえた。


「莉雨、そんな入り口で突っ立ってると鳥屋先輩が入れな……」


 蒼の声が聞きたかった?

 そんなわけがない。

 蒼がいなくなって世界でも、私はしっかりと自分の足で歩いていくって決めた。


「蒼」


 校舎の中で、一番見晴らしがいい場所。

 空が見渡せて、風を感じられて、美味しい空気をたくさん吸い込むことのできる屋上で、私はある男の子の名前を呼んだ。


「私、蒼と出会えて、すっごく幸せ」


 弱い声。

 本当は、これでもかってくらい叫びたい。

 人生で一番大きな声を出したって自信を持って言えるくらい、大きな声で叫びたい。

 喉が張り裂けたっていい。

 蒼に届けることができれば、蒼に聞こえるためだったらどんなに大きな声を出したって構わないって思っているのに、私の声は小さいまま。

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