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第6話「私という存在が消えて、彼という存在が残ればいいのに(6)」

「誰からも必要とされないまま、俺の人生は終わるんだなって」


 誰かに必要とされることで、ようやく私たちは自分の存在を世界に認めてもらえる。

 でも、幽霊になった蒼に、自分の存在を認めてもらうというささやかな願いは叶えることができない。

 弱くなっていく蒼の声を受け止めるように、私は自分の腕にしっかりと力を込めていく。


「でも、莉雨が、俺を見つけてくれた」


 すると、蒼の声に変化が訪れた。


「やっと、自分でいられる場所を見つけられた」


 抱き締め合っていると、互いに顔を確認できないことに気づいた私たち。

 そっと距離を取って、互いに互いの顔を覗き込む。

 そんな動作が一緒に重なって、そんな奇跡に涙腺が揺さぶられる。


「俺、ちゃんと生きられたんだって」


 蒼は涙を零すんじゃなくて、笑ってくれた。


「ちゃんと、ここに残れた」


 蒼の涙じゃなくて、蒼の笑顔と出会えたことを幸福に思う。


「莉雨がいると、涙腺が緩みすぎる」

「蒼が、諦めなかったからだよ」

「俺……が?」


 蒼は自分が言った言葉の意味に関してだけは無頓着みたいだから、何度でも伝え直そうって思った。


「私と言葉を交わし続けてくれたから、未来が変わったんだよ」


 蒼は、たくさんの言葉たちを私に届けてくれたんだってことを伝えていこうと思う。


「莉雨は……高校卒業してからの進路、決めた?」

「進路……?」


 残酷な言葉かもしれない。

 心を傷つける言葉かもしれない。

 でも、蒼は自ら未来の話を振ってくれた。


「高校を卒業してから、か」

「高校の先の進路って、選択範囲が広まりすぎて困るよな」


 どんなに頑張ったって、恐らく私の未来に蒼はいない。

 蒼の未来にも、私は存在していない。

 それでも、私たちは必ず未来があると信じて笑みを深めていく。


「蒼は? 蒼は、どんな未来を描いてるの?」


 言葉を発している私ですら、泣きそうになっている。

 震えるような声で、未来の話をするなんて予定していなかったのに。


「俺は……町の外、出てみたいかも」


 涙がぽろぽろと零れてきそうになる。

 泣かないけど。

 絶対に泣かないけれど。


「幽霊が街の外に出れるのかって、ずっと躊躇ってたけど」


 蒼の笑顔が大好きで、蒼の笑顔をずっと見ていきたい。

 大好きな人の笑顔を守りたい。


「莉雨が見てきた世界、俺も見てみたい」


 有栖川蒼という人間が美しく見えるのは、未来への想いを強く秘めていたからだと気づいた。

 確かな未来を描くことができるからこそ、人は綺麗に生きられるのだと蒼に教えてもらった。


「ある意味では、綺麗な場所だったよ」

「子役時代の経験から?」

「ここにはない美しさと残酷さが、都会にはあると思う」


 二人して、我慢大会のようになってしまっているかもしれない。

 ここでは絶対に泣かないって、意地を張り合っているみたいにも思える。


「家族のことは大切だけど、一人暮らしもやってみたい」

「蒼の夢が、いっぱい膨らむね」

「一年と少しなんて、あっという間だよな」


 泣いてしまってもいいはすなのに、私たちは泣かない。

 それは、未来に希望を抱き続けていきたいという意地があるから。

 どんな現実にも屈しないで、私たちは未来を手にしたいと思うから。


「鳥屋先輩が卒業するときは、パーティーでもする?」

「俺たちが、先輩を追い出すことになるなんてな」


 鳥屋先輩を見送ったら、私たちの高校生活はあと数か月で終わることになってしまう。

 この間入学したばかりだと思っていたのに、私たちの高校生活はあと少しで終わってしまう。


「俺たちを追い出す後輩たち、どっかにいるといいんだけど」

「まだまだ青春したいのに、もう卒業の話?」


 来ないかもしれない未来の話をすることほど、馬鹿げた残酷なものはないかもしれない。

 事故で亡くなってしまった蒼は、いつか必ず人生を終える。

 だから私は、せめて、せめて、蒼に希望を与え続けたい。

 明日も明後日もし明後日も、生きていきたいって思い続けてほしい。


「大人になったら時の流れが速く感じるとか言うけど、高校生だって時間が足りなすぎるよ」


 私たちが一緒に生きていくという未来はないかもしれない。

 でも、まだ、今の段階では、未来は決まっていない。


「時間が、止まればいいのに……」


 一緒に生きていくという未来が存在するかもしれない。

 諦めるな。

 まだ、諦める段階じゃない。


「あー……」

「蒼?」


 笑顔を作るって、難しい。

 相手に見られていないのに、自分の顔を整えなきゃいけない。


「泣きそう」

「うれし涙なら、大歓迎」


 だって、嘘でも笑顔を作っていないと私まで一緒に泣いてしまいそうだったから。

 蒼と一緒になって泣きじゃくるなんて展開、私は望んでいない。


「消えるその日まで、蒼には幸せな毎日を過ごしてもらうから」


 蒼と一緒に、空の色に会いに行きたい。

 そんな願いが生まれるけれど、カーテンで閉め切られた部屋では空の色を確認することができない。

 そんなもどかしさを抱えながら、私は繋ぐことのできない彼の手に力を込める。


「俺、生きたい……」


 ただ、生きたい。

 ただ、それだけの願いが叶わない。

 だからこそ、私は起きるはずのない奇跡を起こしにいきたいと思う。


「また、生きてみたい……!」

「生きたいって気持ち……失わないでほしい……」


 一緒に生きたい。

 これからも一緒に、同じ時間を歩んでみたい。


「生きること、諦めないでほしい」


 蒼が、ゆっくりと顔を上げる。

 また瞳が重なって、それが恥ずかしくて。


「蒼と」


 涙を必死に堪える。

 ちょっとの油断で、恐らく私たちの涙腺は決壊してしまう。

 泣くな、泣くな。

 私たちの未来には希望しかないって、思い込みたい。


「思い出をいっぱい作りたい」


 二人で向かい合って、それぞれの笑顔を見せ合う。

 きっと蒼には、作り物の笑顔だってことがばれているかもしれない。

 泣くのを我慢していることなんて、蒼には見透かされているかもしれない。

 それでも今は、笑いたい。

 私は、蒼に安心してもらえる存在になりたいから。


「これからもよろしく、蒼」


 これからも、これから先も、どんな未来が待っていても、私たちは私たちだけの関係を続けていく。

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