第5話「存在することの意味を知らされるのは、幸福とは言えないかもしれない(2)」
「いいよね、青春って」
恥ずかしさを紛らわせるために、勝手に会話を終わらせた。
すると、写真を撮っていたはずの蒼は手を休めて私を見ていた。
「え、そんなに真っすぐ見つめられると恥ずかし……」
「俺も同じこと思ってた」
「え?」
「青春っていいなって」
他人と感情が重なり合うことが、こんなにも幸せなことだったんだってことを思い出す。
この高校に私の味方はいなかったはずなのに、すぐ隣に私と同じ感覚を持つ人がいるって奇跡以外の何物でもないような気がする。
「はー」
深呼吸。
ここまで来たら、やり抜きたい。
「私、この高校で大きな思い出を作りたい!」
屋上から、大きな声を上げて叫ぶ
でも、私の声は校舎に残っている生徒たちには届かない。
届いているかもしれないけれど、校舎に残っている生徒は私の叫びに関心を持たずに通り過ぎて行く。
「いいね、桝谷ちゃん!」
私に興味を持ってくれているのは、鳥屋先輩。
「さすがに屋上から叫ぶのは……」
そして、有栖川蒼。
「私はね、自慢できるくらいの誇れる思い出を作りたい!」
屋上から大声で叫ぶという大迷惑行為を犯した私を、蒼は優しい表情で笑ってくれた。
いつもの私なら自分の声を響かせてしまったことに、心臓が弱くなる。
それなのに、今はとても心強い気分。
「蒼も作ろうね、思い出」
二人の味方と出会うことができた私。
蒼にも味方をって言いたいけど、蒼は味方を増やさない道を選んだ。
だったら、私が蒼の最高の味方になるしかない。
「……変わらないとだな」
「そうだね、変わらないと思い出は作れないね」
青春を避けてきた私。
青春を失った蒼。
私たちは、思い出を増やしていくことを約束した。
「桝谷ちゃん! モデルになって!」
「って、なんで撮られる側にならなきゃいけないんですか」
「桝谷ちゃんも、撮る側に回っていいから」
にっこりと笑って、後輩に有無を言わさない鳥屋先輩。
先輩としての権利を思う存分、利用してくる。
そんな先輩を恨めしくも思うけれど、私は鳥屋先輩から送られる眩すぎるから大量のフラッシュを浴びることになった。
「桝谷ちゃん! 空! 空、見て!」
「はーい」
鳥屋先輩は、私が子役として活躍していた時代を知っていた。
私が歓迎されたのは部員の数だけではなく、天才子役の桝谷莉雨を撮影してみたかったという理由もあったらしい。
「成長しまくった私を撮るの、楽しいですか」
「儚くて、最高」
私は鳥屋先輩の玩具ですかと言わんばかりに大量の写真を撮られ続けているのに悪い気がしないのは、数えきれないほどの光を浴びるという過去の懐かしい思い出が影響しているのかもしれない。
「有栖川、この写真どう?」
デジタルカメラを使っていることもあり、写真の出来栄えはすぐに確認できる。
そういえばフィルムカメラがないなーなんて思ってはみるものの、時代だと言われればそれまで。
フィルムを現像する余裕がないと言われても、それまで。
フィルムカメラが絶対王者というわけではないけれど、使用しているカメラがデジタルってところに寂しさのようなものを感じる。
(先輩と蒼……近っ……)
私は鳥屋先輩に近づくことが許されておらず、遠目で蒼を見守ることしかできなかった。
あれだけクラスメイトと距離をとっている有栖川蒼が、部の先輩とは近しい距離で接していることに危機感を抱く。
(あー、もう、幽霊だって、ばれても知らない……っ)
遠くからだと、よく見えない。
蒼の指と、鳥屋先輩の指が触れ合っていないか。
確かめたいけど、確かめられるほど視力が良いわけでもない。
(こんな風に、人と関わりたかったよね)
幽霊だから、他人との距離を縮めることができない。
秘密を打ち明けることができないからこそ、蒼は気の抜けない毎日を送っているのだと気づかされる。
「いやー、満足満足」
「それは良かったです」
「桝谷ちゃん、ごめんね」
撮影が落ち着くと、鳥屋部長はこれでもかっていうくらい頭を下げて私に謝罪してきた。
謝る必要がないのに謝る瞬間って、意外と多いなってことに気づく。
でも、この謝罪はあくまで気持ちの問題なのかもしれない。
「もう謝らなくても大丈夫ですよ」
「そういうわけにはいかないかな」
私に対して、心の底から本気の本気で謝罪をしているのが分かる。
気にしないでくださいって意味を込めて、私は鳥屋先輩に笑顔を向けた。
「桝谷ちゃんは、選んだんだよ」
「引退のことですか?」
「そう! 小さい頃の桝谷ちゃんがたくさん悩んで出した結論を、今になって引きずり出すって失礼以外の何物でもないから」
桝谷ちゃんが、芸能界に戻るなら別だけど。
そう言って、鳥屋先輩は私に紙コップに入った温かいお茶を差し出してくれた。
「挑んでくれて、ありがとう」
「挑むなんて、大袈裟です」
お茶の中身は、ほうじ茶。
ほうじ茶に適した温度は九十度って聞いたことがあるけど、九十度のお茶はさすがに口にすることはできない。
立ち上がる湯気を吹き飛ばしながら、久しぶりに私の世界に入り込んでくれた新しい登場人物の鳥屋先輩と話をしようと意識を向ける。
「子役って、本当なんですね」
鳥屋先輩との会話に集中しようとしたら、蒼が鳥屋先輩に話しかけた。
「ちっちゃい頃、桝谷ちゃんが出てたドラマとか映画、いっぱい見てたんだよね」
「俺は、まったく記憶にないです……」
「有栖川くんどころか、男の子ってそういうものじゃない? 幼い頃の関心事に、ドラマや映画って入ってなさそうな印象」
つい最近まで、たいして親しくもなかった彼と鳥屋先輩。
そんな二人が、私の話をしているってなんだか不思議な気分。
そして、そんな不思議と共に違和感。
(私のことを話題にしているはずなのに、まるで別人の話をされているみたい)
それだけ、子役時代から時は流れたってことなのかもしれない。
自分のことを他人事に感じてしまうほど、私にとっては遠い昔の話になってしまったのかもしれない。
(最後に見たスタッフさんたちの顔は、どんな表情をしていたんだろう……)
いつもみたいに、優しく笑いかけてくれていた?
それともそれは妄想で、さっさと引退してしまえっていう厳しい顔をしていた?
(何も……思い出せない……)
何かを思い出そうとすることが、辛い。
過去の出来事を思い出そうとすると、もういいやって思ってしまう。
今日は休もうって思ってしまう。