第4話「存在することの意味を知らされるのは、幸福とは言えないかもしれない(1)」
「私、知らなかったんですけど……」
「どうしたの、桝谷ちゃん?」
放課後の屋上では、遠くに運動部だけでなく文化部の声が混ざり合う音がよく聞こえてくる。
高校に入学して初めての特別感に言葉を失っていたけれど、部活動という時間帯の中ではずっと言葉を閉ざしているわけにもいかなかった。
「深刻そうな顔してるよ」
世の中には、等身大の自分で生きることができる人。
ありのままの自分を曝け出すのが難しい人。
そもそも、等身大の自分で生きることを許されていない人。
他人から許可をもらわないと生きられない人もいて、私はどれに該当するんだろうなんて考えても答えが出なさそうなことを考えたことがある。
「この高校、意外と部活を真剣にやっている人がいるんだなーと……」
結局、答えなんてものは見つからない。
それが青春っぽいと諭してくる人もいるのかもしれないけれど、自分の人生に迷っている身からすると答えが欲しい。
「まあ、全員が全員真面目にやっているとは限らないけどね」
屋上で撮影できるものは限られているけれど、今日も写真部の三人は残したいと思うものを各自撮影していた。
「もちろん真剣に取り組んでいる人もいるだろうけど、顔色を窺って強制的に部活動をやっている人、とかね」
グラウンドに視線を向けている私と鳥屋先輩。
グラウンドとは真逆の方向を向いて撮影をしている蒼。
「顔色を窺っている人って巻き込まれた人生とも言えるんだろうけど、結局は巻き込まれる道を自ら選んじゃっているんだよね」
蒼が私と鳥屋先輩の会話を聞いているかは分からないけど、蒼が手にしているカメラからはシャッター音が鳴り響く。
屋上で響くって表現は可笑しいかもしれないけれど、本当にシャッター音だけが響いているような気がした。
蒼の音だけが、鮮明に聞こえてくるような気がした。
「いろんなものが混ざり合って、今ここに私たちは存在しているというわけだよ。桝谷ちゃん」
「鳥屋先輩、教師になれそうですね」
「ならない、ならない。人を育てることに関心はありません」
生きているからには、立ち竦んでばかりはいられないってことを思う。
立ち竦みたくなるときだってもちろんあるけれど、この世界を生きていない蒼のことを考えると立ち竦むことすら悪なのかなって思う。
(まあ、蒼は悪じゃないって返すだろうけど……)
魅力的な人生の歩み方なんて知らない。
魅力的な人生講座なんてものがあったところで、学んだことをすぐに実行できるような実践力もない。
でも、望んでしまう。
(蒼に恥じない人生を送りたいって……)
さっきまで私の隣で雑談していたはずの鳥屋先輩が移動して、蒼が撮影している場所まで向かって行く。
ただそれだけのことだけど、なんとなく目を奪われた。
(こういうのを、嫉妬っていうのかな……)
保育園も小学校も中学校も、充実したとは言い難い人生だった。
みんなが楽しく過ごせる学校生活なんて理想でしかないのかもしれないけど、少しはみんなで楽しく過ごせるようにならないかなって過去を悔やむ。
いくら芸能界で活躍したと言っても、現実の桝谷莉雨の心ってものは意外とポンコツにできていて恥ずかしい。
「あれ? 場所交代?」
自分が抱いていた感情が嫉妬なのか判明する前に、蒼は先ほどまで鳥屋先輩がいた場所へと移動してきた。
「青春に励む姿は、感動のあまりに言葉を詰まらせるとかなんとか」
蒼が、私と鳥屋先輩の雑談を聞いていなかったことが分かった。
鳥屋先輩が内心で何を思っているかを知らないまま写真撮影に集中していた蒼のことを、純粋に凄いと思った。
「屋上からグラウンドにいる人たちを撮るって、限界あるよね」
「俺も、そう言ったんだけど……」
蒼はまったく笑わないわけではないけど、人と関わらないように生きているせいか感情の起伏が緩やか……緩やかどころか、感情が動かないと言ってもいいかもしれない。
そんな蒼を部の部長なりに心配して、クラスメイトの私の元へと送り込んだのかもしれない。
「でも、意外といいものだよ。青春してるって感じで」
青春を避けてきた私。
青春を失った蒼。
そんな私たちに青春という言葉は毒かもしれないけど、その毒は一周周って憧れに変わってくれたらいいななんて願いを込める。
「部活動って、自分の意志の集まりなんだって」
「わかるような、わからないような……」
「ははっ、だよね」
今までの人生の中で、自分で決めたことは何があったのか。
流れに逆らわず流されるだけだったかもしれないけれど、その流れに乗ると決めたのは自分ということ。鳥屋先輩曰く。
「私ね、夢があるの」
「いいじゃん、青春らしくて」
蒼が隣にいるけれど、蒼の顔が見られない。
自分の夢を語るのが恥ずかしいのか、隣に蒼がいることが恥ずかしいのか、真面目に部活動をやっている自分が恥ずかしいのか。
何が理由なのかは分からないけど、全部ひっくるめていいなって思った。今日という日が。
「まあ、たいしたことじゃないんだけど……」
蒼が、写真を撮る音が聞こえ始める。
そんな、些細な音が心地いい。
「自分で、自分の道を決めるってこと」
夕陽って、こんなにも綺麗だったんだってことを大昔に知った。
子役時代に知った感情は時の流れと共に化石となってしまったはずなのに、高校生になって再び化石を発掘することになるなんて思ってもみなかった。