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第3話「馬鹿正直に愛をくださいと叫んだ、その結果(3)」

「蒼と知り合ってから、なんか自分が弱くなってる気がする」

「ずっと強がってきたんなら、ここで弱くなったって何も問題ないだろ」


 弱さを否定しない彼は、何者なのか。

 私との会話がつまらない。

 そう言ってくれてもいいところなのに、彼は決してそういうことを口にしない。


「私にも、誰かを励ます力が欲しい」


 ずっと、そうだった。

 蒼とは同い年、もしくは同じ学年のはず。

 それなのに、蒼は遥か遠い先に入る大人みたいに気を遣うことが上手だった。


「そんな力なくても、莉雨が生きているってことに価値があるんだよ」

「ありがとう……って、また私がお礼を言う側になってる!」

「だから、気にしすぎだって」


 私がお礼の言葉を返すと、蒼がはにかみながらも優しい笑顔を見せてくれる。

 この笑顔が大好きだけど、蒼とクラスメイトという関係でいられるのも今年が最後かもしれない。

 これからもずっと一緒にいたいと願ったところで、三年に進学したときの環境を神様は保証してくれない。


(きっと蒼が生きていたら、私だけが特別じゃなくなるんだろうな……)


 私は蒼という、青春遠ざけ仲間と出会うことができたおかげで今日までやってこられた。

 蒼が亡くなっていなければ、クラスのみんなから頼りにされる人気者になっていたはず。

 それだけの確信が生まれてくるくらい、私は蒼からたくさんの力をもらっている。

 蒼は、みんなに対して優しい人になる。


「莉雨の肩」

「え?」

「肩」


 蒼は自分の肩をトントンと叩いて、私の肩に何かあることを示した。

 私は蒼が示す何かを確かめるために、自分の肩へと視線を下ろした。


「……花?」


 肩の上に乗っていたのは、よく見ないと花かどうかも分からないくらい小さな花。

 ふわりという表現がよく似合うくらい、私の肩に小さな花がそっと舞い降りていた。

 花びらの淡い紅色は、自分は楓の花ですよと私に訴えかける。


「窓、全開だからかも」


 まるでこの花は、私の元を目指して運ばれて来たんじゃないかと思ってしまう。

 大袈裟すぎる言い方をしているのは自分でも分かっているけど、そんな風に感じてしまう。

 理由は分からないけど、そんな風に思ってしまう。


「桜なら、もう少しロマンあった気がする」


 席から立ち上がった蒼。

 何か用でもあるんですかと問いかけるよりも早く、蒼は私の肩から小さな花を奪い去った。


「この花に、莉雨の願いを託しておいたから」

「楓が願いを叶えてくれるの?」

「どっかの街に、桜の木が願いを叶えてくれるって噂があった気がする」

「ふふっ、何、それ。適当すぎ」


 私の元を離れた赤紫色の花びらは、今では蒼の手中にいられることを喜んでいるみたいだった。


「楓に託さなくても、俺が莉雨の願いを叶えることができたらいいのにな……」


 ポツリと呟いた蒼の独り言に、妙に反応した自分がいた。


「莉雨?」


 肩を叩かれる。

 誰に?

 蒼に。


「もしかして体調悪い?」


 ああ、狡いな。

 私から蒼に触れることはできないのに、蒼は私に触れることができるなんて。


「ううん、そんなことないよ」


 早く誰か登校してほしいって思うときに限って、誰も教室に入って来ないってところも狡いと思う。

 幽霊には不思議な力が備わっているんですかって尋ねたいけど、蒼も蒼で知らない自分のことはたくさんあるはず。


「莉雨?」


 蒼の視線が、自分に刺さる。

 刺さるというほど鋭くはないはずなのに、自分がみんなの心配の種になっているかと思うと心がぎゅっと絞めつけられる。


「蒼の言う通り、少し感傷的になってるみたい」

「来年には三年になって、再来年には卒業だからな」


 蒼は何事も感じていないような口調で言うけれど、幽霊の蒼には来年があるか分からない。

 再来年が待っているかなんて、もっと分からない。


「明日が来るのって当たり前のことなんだけど、明日が来るのって……怖いね」

「俺がいなくなるから?」

「自惚れすぎ」


 そうだよって、蒼の言葉を肯定することができなかった。

 多分、蒼の言うことは当たってる。

 蒼がいない明日が来るかもしれないってことを、私は恐れているんだと思う。


「でも」


 再来年の春には、誰にも頼ることができなくなる。

 大学に通っている未来の自分を想像してみるけれど、再来年の春には私の味方はいなくなる。


「寂しいって感覚は当たってる」


 いつかの春には、蒼との関係が終わっている。

 いつかの夏には、蒼が作ってくれた人間関係が終わっている。

 いつかの秋には、蒼がいない生活が当たり前になっている。

 いつかの冬には、蒼を忘れて日々を生きているかもしれない。


「莉雨が望んでくれるなら、俺はいつでも傍にいるよ」


 私としっかり目を合わせた蒼は、穏やかな笑みを浮かべた。

 明るさを含んだ、その蒼の声に、言葉に、聴覚が熱を覚えていく。


「ずっと、ここにいて」


 一瞬だけ目を瞑って、両手をぎゅっと握り締めて、言葉を吐き出した。


「そういう幽霊がいたって、いいと思うんだよなー」

「私も思う。思うから、ずっと傍にいて」


 ふと教室の窓から見える楓の木が目に入って、蒼と過ごす高校生活が終わらなければいいのにとメッセージを送ってみる。


「幽霊だとしても、生きられるならいいのかなって」


 楓の木にメッセージを送ったところで、通じないのは分かっているけど。

 私は生きようとしている生命力あふれる楓の木に、そう伝えたいと思った。


「……私に話しかけてくれてありがとう」

「俺の秘密を暴いたのは、莉雨の方だけどな」

「その話は蒸し返さないで!」


 いつかの春には、自分一人の足で立たなければいけない。

 いつかの夏には、誰にも頼ることができなくなってしまう。

 いつかの秋には、私の味方はいなくなってしまう。

 いつかの冬には、すべての関係が終わってしまう。


「秘密を知ってもらった莉雨に特典をやるよ」

「え……」


 随分と間抜けな言葉が漏れた。

 思いがけない言葉を投げかけられたからかもしれないけど、蒼にはもう少しまともな言葉を返したかった。


「莉雨の傍にいる権利」


 そんな言葉をかけてもらえるほど、私たちは親しい間柄じゃない。

 親しくなる機会なんて、何度も何十回も何百回だってあった。

 それなのに、私たちは互いの距離をたいして縮めてはいない。


「莉雨に大切な誰かができるまで、その権利をやるよ」

「なんで上から目線なの? かっこよくないよ」


 蒼の優しい瞳と、私の瞳が重なる。

 ずっと、見ていたい。

 蒼の瞳を。

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