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第6話「ここに君がいて、ここに私がいるっていう定番(3)」

「敵でも味方でもいい。他人がいないと、私は自分の居場所がどこにあるのか分からないから」


 どこにいても、誰といても、なんか違う。

 ずっと抱えている感覚は、自分の居場所を惑わせる。迷わせる。


「透明人間みたいな感覚」


 もうすぐで姿を隠してしまう夕陽を浴びながら、私はらしくない言葉を吐露していく。

 なんだか青春っぽいって思うけど、その青春さを感じながら言葉を紡いでいくのは恥ずかしいような気もする。


「誰かに必要とされるから、生きてるって実感できるんだよな」


 蒼と話していると、自分の口角が自然と上がってくるのに気づいてしまって嫌になる。

 嫌になるという表現は違うのかもしれないけど、自分ばかりが羞恥の感情を抱くってことへの戸惑いを隠しきれなくなっている。


「みんなと仲良くしたいけど、無理もしたくない……わがまますぎだよね、私」


 何が面白いのかなんて、一切説明できない。

 それでも笑みが溢れてしまうのは、綺麗すぎる夕陽と青春パワーってもののおかげかもしれない。


「俺は、いつ消えるかわからない存在」

「っ、まだそういうこと言わないで」

「最後まで話を聞く」


 陽の光が弱くなると、なんだか思考も落ち込んでくるような気がする。


「俺のこと、利用すればいいよ」


 考え方が後ろ向きになって、私も蒼もお先真っ暗な人生になってしまうんじゃないかって錯覚を沈みかけの太陽の光が与えてくる。


「莉雨の存在を認める一人が、ここにいるっていう安心感に利用して」


 これは、物語の世界の話じゃない。

 これは、有栖川蒼が生きる現実の話。

 それなのに彼は、私に物語を与えようとしてくる。


「亡くなってるから、思う存分、利用しろなんて……」

「罪悪感なんて、抱かなくていいんだって。そのための幽霊のようなものなんだから」

「蒼」


 有栖川蒼は、幽霊として生きていかなければいけないのか。

 有栖川蒼を、どうやったら天国に向かわせることができるのか。

 何をどうやって、どんな選択肢を選んだら彼の幸せになることができるのか。

 考えても考えても答えが出ないから、焦る。


「私は、利用したくないよ」


 声のトーンを明るく保っていなければいけないっていう意志が働いたのかもしれないけど、どっちにしろ有栖川蒼との会話で後ろを向いてしまうのは嫌だった。


「私が、蒼といることを願ったの」


 これは、深刻になることじゃないって。

 そんな雰囲気を作り出すことをやめたくなかった。


「そうしたら、蒼は桝谷莉雨の存在を認めてくれた」


 だから、精いっぱいの笑顔を作り込む。


「桝谷莉雨は、有栖川蒼の存在を認めた」


 元子役は、笑顔を作り込むことを得意としている。

 それが、いいと思った。

 それで、いいと思った。


「これって、互いの居場所にならないかな」


 蒼は、綺麗に笑った。

 私たちを包み込む夕焼け色も美しすぎて、大昔の子役時代を思い出した。

 ドラマ現場で見た、あのときの夕陽に似ているような気がして胸が切なくなった。


「莉雨が傍にいてくれると、なんでもできそうな気がしてくる」

「孤独仲間が一人増えたから、そういう気持ちが増えたんだと思う」

「ふっ、孤独仲間って……」


 孤独を選び続ければ、不自由も不便さもない幽霊生活なのかもしれない。

 生きている人間は蒼に触れることができなくても、有栖川蒼の意思さえあればなんだって触れることができる。


(でも、まだ、息を吸い込むのが苦しい)


 それはきっと、これから先の人生で、蒼は家族に抱き締めてもらうことができない。


 これから先の人生で愛する人ができたとしても、蒼は愛する人から抱き締めてもうことはできない。

 そんな残酷な未来が、思い浮かんでしまうからかもしれない。


「蒼が独りを選ぶなら、私は蒼に触れていくよ」


 蒼から触れることはできるけど、生きている人間(私たち)は蒼に触れることができない。現実って、こんなにも酷なものだったのか。


「莉雨?」

「なんでもやってみよう」


 酷な現実だからこそ、声を大きく出してみようと思った。

 声のボリュームが変わったからって、現実は何も変わらない。

 それでも大きな声を出すことで、なんとなく未来が変わるような気がした。


「いつ消えてもいいように……って言うと、縁起悪いかな」


 すべては気のせいに過ぎない。

 私は、私が演じる環境を整えているだけに過ぎない。


「有栖川蒼がやりたいこと、なんでもやってみよう」


 それでも、そのほんの少しの変化が蒼の未来に何かしらをもたらしてほしい。

 私は、有栖川蒼の未来のために口角を上げていきたい。


「二人だけの青春ストーリーの始まりだね」

「そうやって言葉にされると、すっげー恥ずかしい」

「そうこうこと言わない」


 孤独になりたくないけれど、孤独を選んだ高校生の青春がいま始まる。

 そんな陳腐なキャッチコピーでは、売れる映画も売れないかもしれない。

 語彙力のなさを反省してはみるけど、私たちには相応しい言葉の気がしてくるから不思議だった。


「私が協力者になるから、大船に乗ったつもりでね」

「大船に乗ったつもりとか、実施に使う奴いるんだな」

「蒼、さっきから失礼だよ……」


 口では、次から次へと私を否定する言葉を投げてくる蒼。

 でも、彼の口元を見ると、彼の口角が上がっていることに気づく。

 蒼も、今、この瞬間を楽しんでくれているのかなっている自惚れが生まれる。


「未練とか、そういうのよくわかんないけど」

「うん、重たく未練って言葉で考えなくていいと思う」

「俺なりにやりたいこと、見つけてみるよ」


 魂が天国に向かわずに、さ迷っている。

 それはあってはいけないことなのかもしれないけど、目の前にいる蒼は生きている。


(蒼は、生きてもいいよって言われたんだよ)


 神様的な存在に、声をかけてもらえた。

 だから、蒼は私と出会うことができた。

 私と一緒に、青春を謳歌することを許されたんだと思う。

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