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続・二つ名認定人のバードさん

作者: 廃くじら

「婚活するのによさそうな二つ名を見繕って欲しい」




しばしば勘違いされがちだが、二つ名とは単なるカッコつけの道具ではない。


冒険者や傭兵の多くは二つ名によって己の名を売る。そもそも世間からみた冒険者や傭兵などただのゴロツキ。国家レベルの功績を挙げたならともかく、多少優秀な程度では世間からは十把ひとからげにならず者として扱われてしまう。


二つ名とはそんな彼らにとって自分たちの実力や功績を対外的に誇示するための大切なツールだ。


【赤竜殺し】【鉄壁】【銀の錬金術師】【ハイランドの守護者】──こうした二つ名を名乗ることによって、彼らは名声、誇り、社会的信用、多くのものを手にしてきた。


だがいくら立派な二つ名を名乗ろうと周囲から認めて貰えなければ意味がない。


かつては吟遊詩人たちに金を握らせ、自分たちに都合の良いサーガを語らせ、勝手な二つ名を名乗る者たちが多くいたが、しかしそんなことを続けていれば二つ名──ひいては英雄と呼ばれる存在そのものの信憑性が失われてしまう。


そこで吟遊詩人たちは二つ名の認定に特化したギルドを設立し、二つ名の存在に権威による裏付けと信憑性を持たせることにした。


それこそが二つ名認定人ギルド。


あらゆる偉業と技能の真偽を見抜く目を持った精鋭だけが所属することを許されたエリート集団である。




『特級二つ名認定人』の資格を持つギルドのエース、ヨシュアはその日依頼人から告げられた言葉の意味を理解できず、ポカンと大口を開けていた。


「…………」

「ん? 聞こえなかったか?」


そんな彼の態度に眉をひそめたのは、ナイフのような鋭利な美貌を持つ金髪の美女。


赤褐色のローブを身に纏い、湾曲した魔獣の骨で出来た杖を持つ彼女こそが今回の依頼人イレーネ。この都市でもトップクラスの実力を持つ傭兵であり冒険者だ。


複数の魔神と契約した妖術師ソーサラーである彼女は既に立派な二つ名を保有しているのだが、今回新たに二つ名を認定して欲しいとギルドに依頼があり、ヨシュアが派遣された。


しかしいざ話を聞いてみると、彼女の口から飛び出した言葉は何と──


「もう一度言うが、婚活こんかつするのによさそうな二つ名を見繕って欲しい」

「…………」


コンカツ。コンのカツ。


「その……一応、認定人ギルドは国家公認組織なので、そうしたいかがわしいことに利用されるのはちょっと」

「あたしの婚活のどこかいかがわしいって!?」


イレーネが気色ばみ宿備え付けのテーブルを叩くが、ヨシュアは至極真面目な顔で己の推理を口にした。


「いえ、『コン』って狐のことですよね? 『狐=娼婦』の隠語なので、そういう活動をする上で箔のつく二つ名をつけて欲しいという意味かと──」

「ンな訳あるかい! 普通の婚活に決まってるだろ!?」

「普通──ああ。狐のカツを出す飲食店を──」

「だから狐から離れなっ!! コンは結婚のコン! カツは活動のカツ! 結婚相手を探す活動──婚活!!」


説き聞かせるようなイレーネの言葉に、ヨシュアは真顔でポツリ。


「冗談でしょう?」

「マジぶっ殺すぞ小僧」


ドスの利いたマジの声に、ヨシュアはコホンと咳払い。そして真顔でいけしゃあしゃあと言ってのけた。


「……失礼しました。今のは二つ名を認定する行為と婚活が結びつかない、という意味でして、決してイレーネ様が婚活に勤しむことを指して冗談と言ったわけではございません」

「…………」


イレーネの視線は明らかに納得していなかったが、ヨシュアは無視して続ける。


「それで具体的に『婚活するのに良さそうな二つ名』とは一体? 差し支えなければ、イレーネ様がそうした二つ名を希望する事情を含めて教えていただけないでしょうか?」

「…………はぁ。まぁ、そこからか」


イレーネは色んな感情を押し殺すように溜め息を吐き、長い髪をかき上げながら少し考えるようにして口を開く。


「って言っても、結婚したくなったから婚活を始めた、ってだけの話なんだけど……あ~、どこから説明したもんかね」

「ふむ。では、結婚したくなった切っ掛けを伺っても?」


ヨシュアの言葉に何故かイレーネは顔を顰めてそっぽを向く。


「……別に。あたしももういい歳だ。そろそろ結婚を考えてもおかしかないだろ」

「…………」

「何だい、その顔は? 何か言いたいことでも?」

「…………いえ」


今度は何故かヨシュアが言い難そうに視線を逸らした。


「ハッキリ言いな!」

「……怒りません?」

「怒る──けど言え」

「…………はぁ」


ヨシュアは深々と溜め息を吐き、イレーネに向き直って正論を突きつけた。


「そろそろっていうか、遅すぎませんか?」

「よし、ホントに言いやがったないい度胸だ小僧。そこになおれ。魂の一欠けらも残さず燃やし尽くしてやる」


そう言って杖を手に取り、本気で冥府の炎を召喚しようと詠唱を始めるイレーネ。


彼女の年齢は二十七歳。傭兵や冒険者として今が一番脂がのっている時期で、呪文遣いとしては若いとさえ言える年齢だ。だがそんな彼女も、こと結婚という分野においては立派な嫁き遅れである。


この国ではヒューマンの成人年齢は十五歳とされていて、女性の多くは十五歳から二十歳の間に結婚する。二十代に入っても未婚だと女性たちは焦りはじめ、二十五歳を超えると婚活市場では大年増扱い。


今更結婚を考えても遅すぎないかというヨシュアの指摘はクリティカルにイレーネの胸を抉っていた。


──扉の外に一人……これはどっちかな──と、その前に。


ヨシュアは考え事をしながら細剣に魔力を込め、術理を再現。


──ヒュン!


「────!?」

「落ち着いてください」


発動寸前まで至っていたイレーネの呪文が、ヨシュアの細剣の一閃で掻き消える。完璧な【対抗呪文カウンタースペル】に目を見開くイレーネに、ヨシュアは何事もなかったかのように淡々と言葉を続けた。


「私を殺したところでイレーネ様が結婚できるわけではありません。まずは冷静に話をしましょう」

「冷静でなくしたのはあんただけどね」

「言わせたのはそちらでしょう」

「…………」

「…………」

「……まぁいいだろう」


イレーネが一先ず矛を収めた隙にヨシュアは質問を口にした。


「経緯はともかく、イレーネ様が結婚したいという事実は理解しました。ですがそれなら、二つ名云々より前に仲人ギルドにでも仲介を依頼するのが筋では?」

「もうとっくに頼んだよ」


イレーネはブスッとした表情で唇を尖らせ吐き捨てた。


ヨシュアがどういうことかと言葉の続きを待っていると、彼女は溜め息を吐いて仕方なくといった風に口を開く。


「……頼んだけど、あいつら『現実を見ろ』とか『自分の言う通りにしろ』とか言うばかりで、ちっともマトモな男を紹介してくれやしない」

「はぁ……」

「あ! あんたその目、あたしが高望みしてると思ってるんだろ!? 別にあたしだって自分が年増だって自覚はあるし、今さら白馬の王子様なんて夢見てやしないよ」


むしろ夢見てた時期があったのかよ。


「歳が近くて真面目な男なら文句言わないって言ってんのに、あいつら歳が倍ほども離れた爺の後妻だったり、碌に仕事もしてない豚みたいな野郎しか紹介してきやしない」

「……なるほど」


若くて真面目で社会的に明白な瑕疵がない男は滅多に婚活市場には出てこないので仲人ギルドからすれば立派な高望みだが、実際に問題だらけの男を紹介されて文句を言いたくなるイレーネの気持ちも分からなくはない。


「あたしも色々考えたんだよ。確かにあたしは歳はちょっといってる。だけど自分で言うのも何だけど見た目は悪くないし、金だってある。もうちょっといい──というかマシな男が紹介されてもいいんじゃないかってね」

「ふむふむ」

「それで思ったんだ──あたしの二つ名が足を引っ張ってるんじゃないか、って」

「…………」


そう繋げちゃったか、とヨシュアは内心で溜め息を押し殺した。


「あたしの二つ名、知ってるよね?」

「……【冥府の蝶】。数多の傭兵団を渡り歩き、かつての雇い主であっても容赦なく牙を剥き滅ぼしてきたことから付けられた二つ名だと伺っています」


移り気で傲慢な魔女──そうした悪意に満ちた声を、むしろイレーネは積極的に受け入れ誇示してきた。それは男社会で舐められないための彼女なりの戦略で、それ自体は十分な成功を収めていたと言える。だが──


「これまでは別に気にならなかったんだけど、【冥府の蝶】って素人さんからしたら、『夜の蝶』っていうか、水商売を連想させてイメージが良くないんじゃないかと思ってね」

「…………」


そういうレベルの話ではないと思うが、ヨシュアは肯定も否定もせず黙って話を聞いた。


「とは言え、今さら二つ名を撤回したところで広まっちまったもんは消えやしない。こう、今の二つ名を打ち消して婚活相手にも受けそうないい感じの二つ名を新しくつけてもらえば全部解決するんじゃないかと思うんだよ」

「……言いたいことは理解しました」


イレーネの考えは理解した。その上でヨシュアは二つ名認定人として言うべきことを口にする。


「ですが、二つ名はあくまでその本人の在り方を端的に表したもの。実態にそぐわない二つ名は付けられませんので──」

「どういう意味だい!?」


イレーネが凄むが、ヨシュアは落ち着き払って続けた。


「二つ名はその実力や功績が正しく認められない方を手助けするためのものであって、下駄を履かせるためのものではない、ということです。逆に聞きますがイレーネ様。貴女は何か結婚に向いた技能スキルを保有していますか? 真面目な男性にウケそうな活動をしたことがありますか?」


真っ向から『あんた二つ名に出来るような女らしい何かを持ってんの?』と詰められて、イレーネはたじろぎながら口を開く。


「結婚向きの技能スキルって……あ! 料理は得意だよ? 戦場じゃ、傭兵団の連中も美味い美味いって喜んで──」

「戦場でって、まさかと思いますけど、そこらで狩った獣の丸焼きとかじゃないですよね?」

「……あと、結構きれい好きだって言われるし──」

「そりゃ単に戦場を渡り歩いて拠点にいつかないだけでしょう。あと冗談でも山賊退治とかを掃除って言わないでくださいね」

「……洗濯──」

「よく呪文遣いが勘違いしてますが、呪文で殺菌処理することを洗濯とは言いませんからね」

「…………」


黙り込んだイレーネにヨシュアは溜め息を一つ。二つ名を付ける打ち消すはさておいて、より現実的な提案を口にした。


「というか、身近に適当な男性はいないんですか? ご自分でも仰ったように、イレーネ様は好みは分かれるでしょうが十分に美人でいらっしゃる」

「そ、そうかい……?」


褒められ慣れていないのか、頬を染めて直ぐに機嫌を直すイレーネ。


「ええ。身近でその魅力を理解してくれる男性に声をかければ良いのでは? というか、言い寄ってくる男性も少なくないでしょう」

「そりゃ駄目だわ」


イレーネはすぐにスンとした表情でその提案を否定した。


「あたしに言い寄ってくるような男なんて、所詮、知性や品性の欠片もありゃしないゴロツキどもさ。おまけにあたしより弱い。話になりゃしないよ」

「…………」

「いや、待ちな!? 仲人ギルドの連中と同じ『贅沢言ってんじゃねぇ』って目は止めとくれ! ちゃんとした理由があるんだから!」


この期に及んで男を選り好みするちゃんとした理由?──あるなら聞かせてもらいましょうかと、ヨシュアは半眼で続きを促す。


イレーネは若干言いづらそうに、指先で髪の毛先を弄びながらその事情を説明した。


「……実はあたし、これでも一応実家は貴族でね──いや貴族って言ってもあたしが家を飛び出した時は名ばかりの騎士爵だったんだけど、親父や兄貴が頑張って何年か前に男爵に陞爵しょうしゃくされたらしいんだよ」

「それは素晴らしい。よほど努力なさったのでしょうね」


騎士のような一代貴族とは異なり、男爵以上は継承権のある本物の貴族だ。よほどの功績を積んだのだろうとヨシュアは素直に称賛した。


「ありがと。で、兄貴は後継ぎとして色々頑張ってたんだけど……どうも種無しだったみたいでね」

「あ~……」


ここまで話を聞いてヨシュアにもイレーネが抱えた事情が掴めてきた。


継承権を得たとしても子がいなければ爵位を継がせることはできない。外から養子を迎えるという手もあるが、出来れば自分の血を引く者に継がせたいというのは貴族として自然な発想だろう。


「これは確認ですが、ご実家には他にご兄弟や家を継げそうな方は?」

「いない。親父の子供は兄貴とあたしの二人きりだし、親戚から養子をとるにしても歳を考えると中々候補がいないみたいなんだよねぇ……」

「なるほど。つまり、それでイレーネ様に後継ぎを産む為に戻ってこいとお声がかかったわけですか」

「……そういうことだね。勿論、兄貴が後継ぎってことには変わりないんだけど、あたしが産んだ子供を養子にしてその後を継がせたいらしい」


これが今まで全く結婚に興味を持ってこなかったイレーネが今更結婚したいと言い出した理由というわけだ。


だがそこまで聞いて、ヨシュアの頭には新たな疑問が浮かんでいた。


「これは依頼とは直接関係のない純粋な疑問ですが、無視しようとは思わなかったのですか?」


イレーネと実家の関係がどのようなものかは分からない。だがイレーネは十代で家を飛び出し、その身一つで今の立場と──悪名まじりではあれ──名声を手にしてきた。実家に戻って子を産むとなれば、そうした傭兵・冒険者として築き上げてきたもの全てを捨てなくてはならなくなる。知ったことかと実家からの要請を無視してもおかしくはなかった。


その問いかけに、イレーネはほろ苦い表情で笑みをこぼす。


「……まぁ、多少はね。正直、親父や兄貴とは折り合いがあまり良くなかったし、今さら男爵ごとき知ったことかよ、とも思った。ただねぇ……」

「ただ?」

「その……婆ちゃんが、ね」


そう口にしたイレーネの表情はとても悩ましげだった。


「お婆様、ですか?」

「ああ。婆ちゃんは実家で唯一私の味方だった人なんだ。大魔術師になりたいってガキの頃の馬鹿みたいな夢を、婆ちゃんだけが笑いもせず応援してくれた」

「そのお婆様が、戻ってこいと?」

「……いや。直接そんなことは言われてないよ。ただ、婆ちゃんは元々没落した貴族の生まれで、自分の子供や孫が正式な貴族になることを夢見てた。だから口には出さないけど……」


なるほど。大好きなお婆さんの気持ちを慮って結婚を決意したわけか。


ヨシュアの曖昧な視線に気づいて、イレーネは肩を竦めておどけてみせた。


「……ま。このまま傭兵家業を続けるってのも、気楽ではあるけど先が明るいわけじゃない。それに結婚願望が全くないってわけじゃないから、いい切っ掛けではあったのさ」

「ふむ……そういった事情でしたら、わざわざご自分で相手を探さなくても、実家に帰れば適当な相手を見繕ってもらえるのでは?」

「勘弁してよ」


ヨシュアの疑問に、イレーネは間髪入れず否定を返した。


「騎士上がりの貧乏貴族に碌な伝手なんてありゃしないよ。そうでなくてもあたしはまぁ──歳がいってるしね。親父たちに任せてたらとんでもない事故物件掴まされかねない。それに……」

「それに?」

「……せめて自分の相手ぐらい、自分で選びたいじゃないか」


頬を染めて恥ずかしそうに呟くイレーネに、ヨシュアはこういう姿を男に見せればイチコロだろうにな、と残念に思った。それはともかく。


「事情は大体わかりました。つまりお相手の『年齢が近い真面目な男性』を、という条件は子供が作れて実家に迷惑をかけない必要最低限の条件、ということですね」

「そう! そういうことなんだよ!」


我が意を得たりと頷くイレーネ。


「だから何とかならないかい? 物騒じゃなくて真面目な男にウケそうないい感じの二つ名が欲しいんだよ」

「二つ名なんて大体物騒なものなんですけどね……」


どうしたものかとヨシュアは頭を掻いて天井を仰いだ。


そんな都合の良い二つ名──実のところないわけではなかった。


「要はモテない男の妄想にヒットしそうなイメージの二つ名を付けろってことでしょう?」

「言い方はあれだけどそう!」

「清楚っぽいワードを入れとけばそういう非モテを騙すのは簡単ですけど──」


そこでヨシュアは言葉を区切り、眉をひそめてイレーネの身体を上から下まで見つめる。


「けど? けど何だい?」

「いや……清楚系ってキャラじゃないでしょ、貴女」

「よし小僧。戦争だ」


笑顔のまま本気の殺意を放つイレーネに、ヨシュアは今更慌てることなくため息まじりに続けた。


「逆に聞きますけど、『乙女』とか『姫』とか『妖精』とか『天使』とか……そういう系統の二つ名を名乗れます?」

「ぐ……ッ」


イレーネはこの歳で周囲からそう呼ばれている自分を想像し、思わず呻き声を漏らした。


もはやそれは罰ゲームやイジメのレベル。もし揶揄いまじりに呼ばれでもしたら報復で殺さないでいる自信がなかった。


「で、でも『聖女』とかならギリありかも……」

「何を図々しいことを。『聖女』系統の二つ名は司祭級でも認定の難しい高位資格ですよ? 聖職者ですらない貴女が名乗れる筈がないでしょう」


むしろ『聖女』もちゃんと恥ずかしがれアラサー。


ヨシュアの冷たい視線に気づいてイレーネはコホンと咳ばらいを一つ。気を取り直して別の案を口にした。


「じゃ、じゃあ……清楚系じゃなくて大人の包容力のある感じはどう? 『慈愛』とか『慈母』とか結婚に向いてそうなイメージじゃない?」


それもイレーネのキャラとは異なるが、清楚系よりは年齢的に幾分現実的な案かもしれない。だが、とは言え、だ。


「そういった『慈愛』とか『慈悲』とかのワードが入れるためには条件がありまして」

「条件? 具体的には?」

「一番簡単なもので最低三年間累積一〇〇〇時間以上の奉仕活動経験──」

「そんなことやってる時間があるわけないだろ!!?」

「……ですよね~」


流石に二十代最後の三年間を二つ名のために奉仕活動に捧げるのは愚かを通り越して狂気の沙汰だ。


「あと『母』というワードを入れる場合も条件があって、実際に出産育児の経験があるか、そうでなければ──」

「なければ?」


不自然に言葉を区切って自分を見つめるヨシュアに、イレーネは何故か不愉快なものを感じて続きを促す。


「……これはあくまで認定人ギルドの基準であって、私が決めたわけではないのですが──」

「早く言いな!」

「胸のサイズが『D』以上であることが──」


──ドゴッ!!


怒りのあまり暴発したイレーネの魔力がヨシュアの背後の壁を大きくへこませる。予め備えて回避していなければ、骨ぐらいは折れていたかもしれない。


「もういい」

「はい」


イレーネの胸は控えめに言って絶壁だった。


しばし気持ちを落ち着かせるための沈黙がその場に流れる。


「……ふぅ。とにかく、だ。あれも駄目これも駄目じゃなくて、どうにかいい案を考えておくれ」

「……そんな無理難題を押し付けて『できない理由じゃなくやる方法を考えろ』って無茶振りするパワハラ上司みたいなこと言われましても」

「い・い・か・ら! か・ん・が・え・ろ!」


イレーネに凄まれるが、彼女の依頼は無理難題ということ以上に認定人の立場上どうも気乗りしない。


「そうは言われましても、二つ名はその人間の実態に見合った評価を与えるためのものですよ? それを実態を粉飾するために使うというのは本末転倒というか──」

「黙れ。それ以上ガタガタ抜かすようなら──」

「ほう? どうするつもりです?」


認定人として脅迫には屈しないと、冷たくイレーネを見据える。


「小僧。貴様を私の婿にする」

「────(ヒュン)」


ガチの目をしたイレーネに、ヨシュアの喉から乾いた音が漏れる。


──な、なんて恐ろしいことを……!!


ヨシュアが恐怖のあまり声も出せずにいると、イレーネは口にしてから何か気づいた様子で口元に手をやる。


「ん? いや、それもありかもな。お前さん顔はいいし、バードなんてチャラついた連中かと思ったがさっきの解呪を見る限り腕も悪くなさそうだ。認定人ってことはエリートだろ? クソ親父もこれなら──」

「一週間下さい。何とかいい案を考えてみます」

「いや、そんな無理をしなくても──」

「何とかします!!」


すっかりその気になっているイレーネの恐ろしい思考を大声で遮り、ヨシュアはプライドも何もかもかなぐり捨てて言い切った。


「……まぁ、いいだろう。だが一週間だ。もしそれでもいい案が出てこなければその時はお前が──」

「失礼します!!!」


最後まで聞くことなくヨシュアは宿の部屋を飛び出す。


逃げるにしても敵は凄腕の妖術師ソーサラーだ。追跡を逃れるには相応の準備をしないと。


──と、その前に……!


ヨシュアは宿の廊下に出ると、不自然に視線を逸らし無関係を装っている若い男を睨みつけ、つかつかと歩み寄る。


「あ? え?」

「──来い!」


そして困惑する男の弁解を無視してその襟首を締め上げ、引きずりながらその場を後にした。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


一週間後。ヨシュアは当然のごとく現れなかった。連絡もない。逃げたのだ。


イレーネは激怒して報復に向かう──でもなく、拠点にしている宿でほくそ笑みながらこれからどうするか思いを巡らせていた。


「くっくっくっ。街を離れれば逃げれると思ったんだろうが、甘い。甘いねぇ。他人の拠点に立ち入る時には細心の注意を払わなきゃ駄目じゃあないか」


そう呟き笑うイレーネの指が摘まんでいるのは銀色の髪の毛──あの日、この部屋を訪れたヨシュアが落としたものである。


これがあればどこに逃げようと追跡は容易い。イレーネはヨシュアが逃げ、彼を料理する大義名分を作ってくれたことに、むしろ喜んでさえいた。


──まぁ、そうは言ってもあたしと小僧じゃ歳が一回り近く離れてるからね。一先ず一週間ほど監禁してウンと言えばそれでよし。それで駄目なら他の有望そうな男を何人か紹介させるってあたりで手打ちにしてやろうかね。何せ小僧は二つ名認定人だ。有望な連中にも顔がきくだろう。


この時点でイレーネは頭の中からは当初の目的である『婚活するのによさそうな二つ名』については完全に消えており、いかにヨシュアを落とすか、あるいは彼の人脈を利用して婿を捕まえるかに意識が傾いていた。


──コンコンコン


「ん?」


イレーネが長距離転移からの捕獲、監禁、調教のイメージを頭の中で固めていると、ドアをノックする音がした。


普段この宿を尋ねてくる者は滅多にいない。傭兵としての彼女に用があるならまずギルドに話がいくし、数少ない友人の連絡手段は使い魔か念話。


「誰だい?」


何か急用だろうかと、立ち上がりドアを開ける、と──


「…………」

「…………」


見覚えのある若い男が花束を抱え、顔を真っ赤にしてドアの前に立っていた。


無論、ヨシュアが観念してプロポーズしに来たわけではなく──


「……マドル? 何やってんだい?」


そこにいたのは何度か面倒を見てやったことがある傭兵仲間の男。普段の粗雑ないで立ちとは異なりパリッとした正装を身に纏っていて、一瞬どこかの若手役人かと見違えた。


「マドル?」

「────ッ!」


マドルは顔をさらに紅潮させ、俯きその場に跪くと、持っていた花束をイレーネに差し出す。意味が分からず目を瞬かせるイレーネ。


「え? は?」

「──姐さん! ずっとお慕いしてました!! どうか自分と、結婚してください!!」


突然の告白に一瞬頭が真っ白になり──しかしすぐ冷静になる。


マドルが自分をそういう目で見ていたことは何となく察していた。恐らく自分が結婚相手を探していると聞いて、こんな真似をしたのだろう。


だが自分が求めているのは曲がりなりにも貴族家に婿入りできる男だ。平民であることは仕方ないにせよ、粗野で最低限の学もない彼では──


「──ん? 何だい、この手紙?」


花束の中に一枚の手紙が挟まっていた。それだけなら特に気にも留めなかっただろうが、封蝋に使われている印が二つ名認定人ギルドのものであったことに違和感を覚え、手に取って中を見る。


そこに書かれていたのは──


「──プハッ。そう来たか」

「…………」


俯いたまま微動だにしないマドルに視線を落とし、苦笑まじりに問いかける。


「マドル。認定人の小僧に何を仕込まれたんだい?」

「……貴族の前に出ても恥ずかしくないようにと最低限の礼儀作法を。一般教養に関しては、知識神の司祭様を紹介してもらって勉強中です」


ヨシュアたち吟遊詩人バードは、形を真似ることで武術や斥候の業、交渉術、果ては呪文まで使いこなす万能職だ。当然その分野の専門家には及ばないが、付け焼刃で他人に技術や知識を仕込むにあたって彼ら以上の適任はない。


その彼が送り込んできたのだから、マドルが言う『貴族の前に出ても恥ずかしくない程度の礼儀作法』というのはまず信頼していい。


後、問題になるとすれば、どこの馬の骨とも知れない傭兵でしかないマドルの立場だが──それは、この手紙に書かれた彼の二つ名が解決してくれる。


二つ名の命名は決して軽いものではない。イレーネ自身がそのイメージを利用しようとして断られたように、当人の在り方にそぐわない二つ名が付けられることは決してないのだから。


「なるほどねぇ……」


だからと言っていきなり結婚していいとまでは思えない──が、この二つ名を得るためにマドルがしたであろう苦労を思えば、女として嬉しく思う部分はある。


「──とりあえず、男女のお付き合いってやつから始めてみるかい?」




──命名【至誠忠犬のマドル】──

連載してる話で恋愛パートを書こうとして全ボツ → 気分転換でこっちに逃げる。

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