【第二章】契約
「——ハッ!」
何か大変なことが起きてしまうような気がして、目を覚ました。どのくらいの間気絶していたのだろうか。
「あ、戻ってきました!」
エミィ様が声を上げる。
「ええー。最後まで話したかったぁー」
アミラ様が不満そうな声を漏らしたので、俺はとりあえず否定しておく。
「絶対にやめてください」
「私も聞きたいわね」
「鬼ですか?」
ソフィア様が同調してしまった。
え、鬼だよね? 鬼でしかないんだけど。怖い。恐ろしい。
「ねえねえ! キミ、〈本条〉くんって名前なの?」
「え……なんで知って……」
「アミラが言ってた!」
「え、なんで知ってるんですか?」
「神だからかな!」
「ていうかその喋り方なんなんですか?」
「あ、これが、あたしです」
「どゆこと??」
「簡単に言えば、『神』っぽく振る舞ってたってことよ」
「少しボロが出ていたような気がしますけれど」
ええ……わざわざキャラ作りしてたってこと? 意味分かんない。
助けて欲しい。どんどんキャパオーバーしていくんだけど。
「えーと……まず、確認なんですけど……。全員、神、ってことですか?」
「そうよ」
「ちなみにあたしは、火・炎魔法の制を司る神ですっ!」
うわぁ……初っ端からのキャラ崩壊ぃ……。ちゃんと神様の仕事できてるのやら……。
「言っておきますけれど、ここは『神聖なる空間』、などではありませんわよ? ああいえ、確かに神聖ではありますけれど。神しか存在していませんものね? ここは——」
「——『時空の狭間』、よ」
「ちょっとソフィアさん。わたくしの大事な台詞を奪わないでくださる?」
「貴女の喋り方はゆっくりすぎる。時間の無駄よ。はぁ。……ここは、『時空の狭間』。貴方がいた、もとの世界でもなく、貴方が先程までいた世界でもない。また、他のどこの世界でもない場所。簡単に言えば、神の世界よ」
「神の住居じゃないんですか?」
「まあ、そうでもあるわね」
えーと。つまり、今聞いた情報をまとめると……。
アミラ様が火・炎魔法の制御を司る神。
ソフィア様が水・氷魔法の制御を司る神。
リナ様が植物魔法の制御を司る神。
エミィ様が治癒魔法の制御を司る神。
フワリ様が風魔法の制御を司る神。
ヒラリ様が雷魔法の制御を司る神。
ユイハ様が重力変化魔法の制御司る神。
そしてここは、『時空の狭間』で、『神の世界』……。
…………多い。情報が、多い。整理よーやっと追いついたわ。
……あれ? そういえば、アミラ様って、最初、『アミラ・カーラリア』って言ってなかったか?
「アミラ様の名前には、姓があるんですか?」
「あぁ……それは、その……」
「『カーラリア』って言うのは、初代の神の名前よ」
「初代の神……」
「何年前だったのかしらね?」
「さぁ……わたくし達も詳しくは知りませんのよ」
「御伽話みたいな感じですよねー」
「まあ、そうだね」
「うん」
「そうだな」
へえ……。神様にも知らないことってあるんだな……。
まあ、俺なんて知らないことばっかだし、理解できてるのなんてほんの僅かなんだけど。
……いや神達と同列にしちゃいかんか。
「えっと……ずっと気になってたんですが。なんで急に笑い始めてたんですか?」
「へっ!? な、ななななな……ナンノコトカナ?」
「…………」
急に慌て始めたアミラ様をジトッと見つめる。するとソフィア様がアミラ様の代わりに答える。
「……認識の違いよ」
どーゆーこと?
「はぁ……。貴方は自分が赤ん坊になったことを確認したのよね?」
「え、あ、はい」
「『どうやって』?」
どうやって、と言われても。
「鏡とか、見たわけじゃあないのよね」
たし、かに。言われてみればそうだ。
「い、いやでも。目が、見えにくくて……手がぼやっとしてたけど……小さくて……バランスも取れなくて……」
あれ? でも……これだけの情報では、赤ん坊になったと、確信して言えないのではないか。
……いや。いやいやいや。
「いや。確実に赤ん坊にはなってました。少なくとも、あそこにいた時は」
「……そう。あそこにいた時は、なのね? こちらに来てからは確認していないから不正確だと。そう言いたいわけね?」
「はい」
そう、不正確なだけ。確実に違う、とは言い切れないはず。そうだよね? ね? うん。そうに決まってる。……よね? いや……。うん。確実に、あそこにいた時はそうだった。だが、こちらに来てからは? ……分からない。正直に言えば、目線の高さからみて……。うう~ん……?
悩んでいるとフワリ様がロを開いた。
「やはり記憶が朧げなよう。わたしが順を追って説明する」
「フワリ様が?」
ちょっと意外——
「——何か文句がある?」
「いえ何もござらんすよ」
フワリ様の圧に即負けた。
「ふうん? まあいい。最初から説明する」
ほんとに分かるのかな。……ジトっとフワリ様に睨まれた。…………心読めんのかな? いやだな、それ。
「こほん。……まず。本条は、異世界に転生した」
「転生したんですか?」
「そう。元の世界で不慮の事故にあった。そして即死」
「そ、そくし……」
事故ってどんな事故だろ? 衝突事故……的な? 即死……ってやばくね? 俺。
「その後、今の世界へ転生した。つまり。確かにその時、本条は赤ん坊の姿だった」
やっぱりか……。なら、今はなぜ? その心の問いに答えるように、フワリ様は言った。
「ここはさっき言ったとおり、『時空の狭間』。どこの『世界』でもない」
「えっと……つまり?」
「ここでの姿は、自分の認識による姿。つまり自分が記憶にある、〈今〉の姿ということ」
「…………」
どういうことだ? え、ちょっと分かんない。〈今〉の〈俺〉は俺が認識している〈俺〉の〈今〉の姿だった……? 今の俺が、俺の今……?
「本条が一番イメージに高く残っているのが〈今〉の本条の姿、ということ」
「な、るほど…………?」
なるほどなるほど? まあなんとなくのイメージは掴めた。うん。おっけー。ひとまずはおっけー。
「こちらで契約をすれば、その姿のまま元の世界——君がいうところの〈異世界〉に戻れるよ」
ユイハ様がそう言った。
「赤ん坊の姿でまた成長、というのは大変であろう?」
「それはありがたいですけど……」
一つ気になることがある。
「あの。そう言えば、俺ってどうやったら帰れるんですか? 異世界? 元の世界? へ」
「それは簡単。ここにいる全ての神と契約を結ぶ」
簡単じゃないじゃん。
「まあ、言うなれば、〈お友達〉って感じですね」
「嫌ならば、ここに滞在することになりますわ」
「契約方法はどんなのなんですか?」
「キスだよ!」
「……はい??」
「魔力を結ぶのだ。その方法が、接吻なのだよ」
「は、はぁ……」
なんで?? 誰だよ、決めたやつ。それしか方法ないんか? この世界、怖い。ええ……。どうしよ……。……え、全員? ここにいる全員? ……七人いますが? 七人全員とキスをしろと? ふざけてるだろ……。どういう物語の展開を求めてるんですかねぇ?
俺がその場で硬直したまま悩んでいると、
「——え? 手を繋ぐ、とか、おでこくつける、とかでもいいんじゃないですっけ?」
え? ……あるじゃん、方法。あるんじゃん! エミィ様ぁ……早く言ってよ……。ねぇ? 他にさぁ、方法あるんじゃん……。
「え、でもそれじゃ少ししかできないよ?」
そしてまた他意はないんだろうけど話を引き戻してくるヒラリ様。やめて? 俺やだよ?
「だって、そんなに深く魔力を繋ぐ必要あります?」
どうやらキスだと、手を繋いだりおでこくっつけたりするよりも深く魔力を繋げられるらしい。
……ん? そういえば、俺って…………。
するとソフィア様が合理的かつ効率的で、最悪なことを言う。
「契約量まで、ずっとやらないといけないのよ? すぐに終わったほうがいいじゃない」
ほんとやめてほしい。
「ええ……私は、ちょっと……」
しかしエミィ様粘る。頑張れ、頑張ってくれ。まじ、応援してるんで。
「ちょっと、何?」
そしてフワリ様までもが敵へ回っていく。もはや味方はいないと見える。
「嫌かなぁ、と……」
Oh……。思ったよりダメージ来た。いや、普通だと思うけど。思うけども。というかむしろもっと嫌悪感あってもいいと思うんだけどなぁ!?
と、そこまで考えたところで。内心で壮絶なツッコミを入れたところで。
「あの。俺って、そもそも魔力あるんですか?」
先程感じた疑問を口にする。
「あるよ?」
「え、あんの?」
どれよ。
「今はおそらく 〈視えていない〉んでしょうけれど」
「みえる?」
「魔カ——わかりやすく言えば、オーラ、かしら」
「オーラ……」
「じゃあ、〈起こす〉?」
「おこす?」
「通常ならばじっくりと、ゆっくりと〈起こし〉ていくのだが……。無理矢理〈起こす〉こともある。まあ、主には才能がありそうだ」
え、なに? なんの話? え分かんない分かんない。
「ちょ、ちょっ、フワリっ!?」
と、突然ヒラリ様が大声を上げた。
「何」
と言ったフワリ様の指先には、いつの間にか、瞬く光の珠が。
「なに、って……、いやっ、なにしてっ」
「あ」
ヒュー……と言う音が聞こえたかと思うと、直後、俺の身体に衝撃が走った。




