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【序章】異世界

「……あ、れ…………? ここ、は……?」

 妙に、見覚えのある光景だった。

 だが、何かが違う。何だ。何なんだ、この違和感は。

 そうだ。一度立ち上がって、周囲を見回そう。きっと手掛かりがある。

 そう思い、立ちあがろうと手に力を入れる。

 ——と、バランスを崩して、転んでしまった。

 なんでだ……?

 そこで、初めて自分の身体を見る。

 ん……?

「え……よく、見えない……?」

 ぼやけていて、あまりよく見えない。手で目を擦るが、ぼやぼやとしていて……まるで、そう、


 ——視力が、悪いかのような。


 そう感じ、もう一度自分の手を注視する。

「小さい……」

 そして、近くのものにつかまりながら、なんとか立ち上がる。

 そうしたところで、ようやく、感じた違和感の正体に気づく。景色の中に、感じた違和感。

 それは——目線の高さ、だった。確かに、いつも見ていた。だが、アングルが——角度が、違ったのだ。いつも見てきた角度ではなく、低い角度。

 これらの現象を分析していく。その結果、俺が編み出した答えは。


 俺は——赤ん坊に、なっている。


 なんだ……? 何が起こっているんだ。状況が分かったところで、理解が追いつかない。

 ——と、そこで、また不可解なことが起こる。ぼやけている視界に、パッと明瞭に、何か、画面のようなものが現れた。

 そこには、『タップしてください』という文字が。

「な、なんだ……、これ?」

 いや……、誰が押すんだよ、こんなの。怪しさしかないじゃん。そのまま、その怪しさしかない文面を見つめる。

 しかし、俺の意思と違い、完全に無意識に、俺の手はその画面のようなものに伸びていた。

 は……? なんでだ……?

 意味が分からないので、とりあえず手の動きを止めようとする。が、

「——っ!?」

 び、びくともしない……!?

 まるで——まるで、操られているかのような。

 そしてその何かに抗えることはなく、画面を指が押し、ピッという音がする。

 ——と、その瞬間。ものすごい閃光が走り、思わず目を閉じた。

 そして数瞬後。目を開けると、そこは、何もなく、見たこともない空間だった。

 ——否。真っ白で無機質な空間の中に、赤い縁に、豪華に装飾された、貴族部屋にあるような扉が、一つあった。

 え……いや、なんで扉?

 開けてみようかと手を伸ばした瞬間、反対側からその扉が開いた。

「っ!」

「——おや、客かの?」

 そこから出てきたのは、美しく、それでいて迫力のある雰囲気を纏った、十代後半くらいの見た目の女性だった。後ろに一つに髪をまとめ、お団子にし、美しい簪で留めている。貴族服と着物を掛け合わせたような赤い服を着ており、身長は百六十センチメートルくらい、といったところだろうか。

 俺は恐る恐る問いかける。

「あ、あの……貴女は?」

「ん? (わらわ)か? 妾は神なる者よ」

「……えぇ?」

 あ、やべ。

 美しいとは思ったけど、神とまでは思っていなかったもので。

 思っていたのと違う返答が返ってきて、俺は思いっきり眉間にしわを寄せてしまった。

「なんぞ?」

 向こうも少し眉をピクッとさせ、眉間にしわを寄せる。

「あ……、いや……な、名前を、聞いたんですが」

「妾のか? それともぬしのか?」

「はい? あ、いえ、貴女のです」

 またもや違う方向からの返答に、相手にとって不快な態度をとってしまった。そしてその神と名乗った女性は鷹揚に笑い、名を告げた。

「む? ふっ、まあよいか。妾の名は、アミラ・カーラリアだ。良き名じゃろ? ん?」

「え、はい、そうですね?」

「むむ? なぜ疑問形なのじゃ?」

 分かりません。むしろこっちが聞きたいです。いっそのこと教えてくれないですかね?

「あ、その……お気になさらず……」

 本当にお気になさらず……。

「むむむ? そうか?」

 あ、そう言えばまだ聞いてないことがめっちゃあるわ。異次元の会話過ぎて忘れてた。

「あの、まだ聞いてなかったんですけど……ここってどこなんですかね?」

「ふっ、それを聞いてしまうのか……」

 アミラ様——様……で、いいよな——は手を額にあてながら言った。

 えっ、何この人——神って言った方がいいのだろうか——厨二病? あ、これ違うわ。雰囲気が厨二病のそれじゃない。どっちかっつーとナルシストっぽいわ。

「ここはだな……」

「…………」

「…………」

「…………?」

 ……めっちゃ溜めるな!? なんで!? もう早く教えて!? 気になるじゃんか! 何!? 何があるのここ!?

「ここは……神聖なる空間、じゃ」

「は……」

 え、なんか溜める要素あった? どこにあるの。なんで溜めてたの。怖いよ。

 んーと……、ん〜?

 もしかして……。

 そこで、俺は一つの結論を生み出す。

「……今、考えた、とか?」

 はっ、いやぁ……自分が言っておいてだけど……まさか、ねぇ?

 すると、アミラ様は急に落ち着きを失くし、意味もなく視線を動かしたり、意味もなく両手を握ったり…………。

 え? なに、その反応。……やめて? 怖いから。

「え……ガチなんですか……」

「っ!? っ、ぃ、いや違う! 違うぞ!? こ、これはその……っ、違っ、くはない、けどぉ……っ、あっ、いや、その……っ」

 ……明らかだった。だって、ものすごく言葉を詰まらせて、もう今やごにょごにょ口の中でなんか言ってるもの。もうこれで違うとか言われても説得力ゼロだもの。

 はあぁ〜~あ。気が抜けるよ、こんなのされたらさ。こっちはなんか異質な空間に急に来て、しかも異質な人……じゃなかった、神が出てきてさ。もー、混乱する混乱する。

 ……てか何しに来たんだっけ? あー……連れてこられたんだった。それで…………、ん…………? ……あれ? …………最初からなんも進展してなくね?

「はあぁ〜〜…………」

 何も考えたくなくなり、無意識に()っが~い()っか~いため息をつく。すると、いつの間にか復帰——どこからかというと、まあたぶん自分の世界からだと思う、知らんけど、知らんけど——していたアミラ様が訝しげに俺の顔を覗き込んできた。

「って、うわぁっ!」

「うわっ! きゅ、急に大声を出すな。びっくり……じゃなかった、驚くであろうっ?」

「な、なんでそんなに近いんすか……?」

 そう、覗き込むは覗き込むでも、マジの覗き込み。普通は、いや、普通とかは知らないけど、大体、顔色を伺う、って感じじゃない? なのにさ、マジで覗き込んできたんだよ? 俯いてる人の顔に、下からグイッて。マジ、グイッて。なんか、ヒョコッとかが合ってるのかもしんないけど、たぶんグイッの方が合ってる。うん、本当に。心臓に悪い。この新人神——推測ですが何か?——さあ、顔と声だけは無駄にいいんだよね。偏差値がバカ低いけど。なんでか分かんないけど、めっちゃ低い。本当に残念なやつの例に出てきそうなやつ。というか、こんな感じだと、自分が赤ん坊であることを忘れてくるんだけど。って、

「——え?」

 え、うそ。俺、いつもの格好してんだけど。俺が異世界——でいいのか?——に来る前に通っていた学校の制服を着ている。なんで気づかなかったんだろうか。どうして——

「ふ、ふふふ……っ!」

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