酒豪戦士ソーマリオン
ひと昔前の事である。
一人の遺伝学者がぶっ飛んだ仮説を立てた。
曰く、人間はデザインされた存在であると。
ただしそれは神に、ではなく人間を食料とする何者かによってであると。
そしてその証拠は、サッカロマイセス――約一億年前の白亜紀に登場した、他の微生物を排除しうるエタノールを生み出す酵母の中にあると。
当時の学界は、この仮説を信じなかった。
それどころか鼻で笑った者もいた。古代宇宙飛行士説にでも頭をやられたんじゃないかと思う者さえいた……当たり前である。
あまりにもありえない仮説なのだから。
そしてその後、その遺伝学者は学界から姿を消す事になる。
その際に他の専門分野の学者も何人か姿を消したのだが……彼らの行方を知ろうとする者は、当たり前だが一人もいなかった。
※
酒は大嫌いだ。
人間へのメリットは高揚感を与える以外何もないし、その高揚感だって、下手をすれば人間を狂暴化させる原因になる。
そしてその高揚感のせいで、警察の世話になるような事件が度々起こっているというのに……それでも大抵の人は酒を求める。
なぜ人は酒を飲むのだろう。
まさか人間はすでに酒に支配されているのだろうか。
「あー、よかった。あったあったこれこれ~♪」
そんな事を、俺は酒を目にする度に思う。
そういう俺もまた、酒に囚われている一人かもしれないけど……とにかく俺は、コンビニの酒の陳列スペースから酒を手に取って、レジに持っていったオヤジへと思わず視線を向ける。
これ以上、見てはいけないのに。
嫌な意味で酒を意識してしまうが故に、どうしても見てしまうけど……それでもなんとか目を逸らし…………嫌な記憶が脳裏を過ってしまった。
それは、小さい頃の記憶。
両親が事故で亡くなった後の思い出したくもない出来事。
「ッ!? いかんいかん!」
俺はすぐに頭を振って、続けて深呼吸をした。
もう過ぎた事なのに、姉さんのおかげであの時よりも幸せなのに……気を抜くとすぐにあの時の事を思い出してしまう。
それもこれも、この世に酒があるせいだ……なんてのは言いすぎかなと思うが、それも一つの事実だから完全には否定しない。
「それよりも」
俺は漫画の陳列スペースに移動した。
電子書籍で漫画を読む人が最近増えたけど、俺は今でも本屋とかで漫画を買って読む派だ。
その方が、読んでるって……感じがするから。
「前回、気になるところで終わったんだよな。早く買わないと」
だけど、漫画だけ買うのはなんだか申し訳ない。
せめて夕食になりそうな食材くらいは一緒に買おう。
「今日もまた、姉さんは友達と一緒らしいし」
姉さんは昔から頭が良い。
それは亡くなった両親も認めるほどだった。
ちなみに、俺は姉さんと違って人並みで。
動画サイトの漫画アニメなどでは、優秀じゃない方はあまり親に構われないなどの酷い扱いを受けるものだけど、俺の場合はそうじゃなかった。
両親共に、俺と姉さんを平等に愛してくれた。
そしてそれ故に、両親が亡くなったのはとてもショックだった…………おっと、ちょっと暗くしちゃったな。
いや、俺が言いたいのはそういうのじゃなくて。
それで俺と姉さんは、親戚の世話になったんだけど、姉さんは頭が良かったからすぐに自立するほどの力を手に入れて、それで俺を連れて一緒に暮らして……今がある。
だから俺は、姉さんに一生頭が上がらな……おっと、また脱線しちゃったな。
とにかく姉さんは、凄く頭が良くて。
それで……時々だけど、大学で出会った、同じくらい頭が良い人達と集まるため外出する事がある。
俺が家事を習得してからは、その頻度はさらに増えた。
信頼してもらえるようになった、と捉えるべきか。
それとも…………弟の世話からようやく解放されたから、いい加減自分の時間が欲しいとか、そう思っていると捉えるべきか。
いや、二番目についてはあまり気にしていない。
俺が姉さんの世話になりっぱなしなのは事実だし、それに俺は……俺が姉さんの助けになって、姉さんに自分の時間を持ってもらうなどで、少しでも恩返しができたらいいなと思ってるから。
とにかく、そんなワケで今日も姉さんはおらず……俺は一人寂しく留守番だ。
「ま、俺としても気楽だけど」
ていうか俺は、もう高校生。
なのでいろんな意味で自分の時間が欲しいからお互い様な部分もある。
とにかく俺は、必要な物を全て買ってコンビニを出た。
時刻は午後の五時過ぎ。
少し暗くなった時間帯。
逢魔が時とされる午後六時ではないけれど、それでも時間帯的に見れば変なのが出てもおかしくはない時間帯だ。
というか最近、夕方は物騒だから早めに帰らなければいけない。
なので俺は、少しでも早く帰れるよう乗ってきた自転車に乗って家路を急ぐ。
住んでるトコまで約五分。
だけど警戒だけは緩めない。
どうもニュースによれば、最近、夕方頃に行方不明になる人が増えてきたとか、夕闇に溶け込むようなスーツを着た人が、何者かを相手に大立ち回りしてたとか、とにかく怪しいニュースが増えてきたらしいから。
警戒だけは、緩めちゃいけない。
「ん? え? ええっ!?」
そして、周囲を警戒しながらようやく帰宅した時だった。
俺と姉さんが住んでるアパートの、二階へと続く外階段の前で、誰かがうつ伏せで倒れているのを見たのは。
その人は、長い髪を生やしてて、黒いライダースーツを着ている女性だった。
というか、こう言っちゃ悪いと思うけど……ピッチリしたライダースーツであるため、ボディラインが丸わかりで…………体つきからして、それは間違いない。
まさか、階段から落ちたのだろうか。
そ、そうだとすると早く救急車を呼ばないと……いやその前に声かけをした方がいいんだったっけ? いやでも最近は女性に対して男性がそういう事をしちゃいけないような風潮になってきたとかって――。
「…………ん?」
なんて、考えていた時だった。
その女性の顔を見て、俺は気づく。
「小夜姉ちゃん?」
倒れている女性が、俺と姉さんの幼馴染にして、姉さんと同じ大学に通っている女性である事に。
小夜姉ちゃん――フルネームを森本小夜というその女性と出会ったのは、両親が死ぬ前の事だった。
当時小学生だった姉さんと友達になった女性であり。
さらに言えば、姉さんが彼女を家に連れ帰ってきたある日――その時に家にいた俺が、綺麗な人だなぁと憧れた人でもある。
でも次の瞬間、小夜姉ちゃんが、俺の姉さんどころか、年下である俺に対してもオドオドしたのを見て……可愛いとは思うけど、年上にしてはなんだか残念な美人さんだなぁとも思った。
ちなみに姉さんの説明によれば、彼女は人見知りらしく……さんづけよりちゃんづけの方が似合いそうな感じがしたため、俺は今もちゃんづけにしている。
小夜姉ちゃんがこの事を聞いたら、すぐに忘れてと言いそうだな。
といっても、そんな俺も小夜姉ちゃんとはここ数年会っていないから……彼女が本当にそんな事を言うとは断言できないけど。
ちなみに、数年経ってはいるけど彼女の顔は忘れていない。
なぜならば……もし姉さんが通う大学でミスコンが開かれたら、小夜姉ちゃんが絶対にトップになると思うほど、小夜姉ちゃんは今も美人だから。
「小夜姉ちゃん! 小夜姉ちゃん! 大丈夫!?」
そして今、その小夜姉ちゃんが一大事だ。
すぐに俺は小夜姉ちゃんに何度も声をかけ……うっすらと、その目蓋が開かれて「…………や、まと……くん……?」と声を出してくれた。
ちなみに言っていなかったが、俺の名前は塩釜大和。
地元の高校に通う高校一年生であり、今日は休みのため施設の清掃のアルバイトをして……おっと今はそれどころじゃない。
「小夜姉ちゃん! 今から救急車呼ぶからね!」
小夜姉ちゃんに、今も顔と名前を覚えてもらってる事を、嬉しく思ったりもするけれど、今はそれどころじゃないのでマイフォンを取り出し、
「待って!」
しかし番号をタップしようとしたその瞬間。
なんとその小夜姉ちゃんの、力強い声によってそれを止められた。
なぜそこまで真剣になって……俺の知る小夜姉ちゃんとは思えないほど力強く、救急車を呼ぶのを止めようとするのか分からず、俺は動揺した。
すると小夜姉ちゃんは、一度、倒れたまま深呼吸をしてから、ゆっくりと慎重に上半身を起こし「……それより……早く逃げて!」と、熱でもあるのか、顔を赤くし、焦点の合っていない目をしつつ言った。
「いや何言ってんだよ小夜姉ちゃん!?」
ていうか今の状態の小夜姉ちゃんを置いて逃げられないよ!?
その前に救急車を呼んで、小夜姉ちゃんに付き添わないといけない状況じゃないかな!?
いやそれ以前に、さっきも思ったけど小夜姉ちゃんいったいどうしたの!?
風邪をひいた……ように見えるけど、なんだろう……なんだか凄く、一緒にいるだけで嫌な感じがするような……?
「お姉さんが、あなたを――」
そして、小夜姉ちゃんが何か重要な事を言おうとした時だった。
「やっぱりここだったね、サヨちゃん」
聞き覚えのある声――先ほど小夜姉ちゃんが言ってたお姉さんこと、俺を地獄のような家から助けてくれた実の姉である、塩釜舞奈の声が後ろから聞こえたのは。
「ッ!?」
すると小夜姉ちゃんは、俺に今まで見せた事がないほどの怖い顔を急にすると、ふらつきつつ立ち上がり……なんと目にも留まらない速さで俺の後ろに回った!?
途端に俺の中で、小夜姉ちゃんへの懸念が高まり、と同時になぜふらついているのに急に素早く動けるようになったのか……その疑問も生まれた。というか、正直に言って同じ人間とは思えない移動速度だった。
いったい小夜姉ちゃんの身に何があったのか。
というか、何度も思って申し訳ないけど、俺に対してもオドオドしてしまうほど人見知りだった小夜姉ちゃんは、いったいどうしてしまったのか。
気になった俺は、すぐに小夜姉ちゃんが回り込んだ後ろを向く。
すると目に飛び込んできたのは……俺を護るように、俺の前に立ちはだかる小夜姉ちゃんと、彼女が対峙している、改造した制服に実験用白衣を羽織った女性――俺の姉さんの舞奈だった。
ていうかいったいどういう状況になってんのこれ!?
いや姉さんのファッションセンスについては昔からだけど!?
「…………行かせ、ないよ……マイちゃん……ッ」
「そうはいかないよ、サヨちゃん」
立ったまま大の字になり、俺を護ろうとしている小夜姉ちゃんへ、姉さんは目を細め、悲しそうな顔をしながら言葉を返す。
「サヨちゃんの体は、もう限界が近いんだよ。いい加減に休んで、僕の弟にバトンタッチしないと大変な事になるよ」
「それでも!! 大和くんを巻き込むのはッ!!」
「気持ちは分かるよ。でも僕は……君も心配なのさ」
「ちょ、ちょっと待って!?」
俺には何が何だか分からないので、さすがに横槍を入れさせていただきたい!
ていうか、話を聞く限り俺が議題として上がってるっぽいのに、肝心の俺が何も知らないってどうなんだよ!?
「いったい何の話をしてるんだよ、二人共!?」
「その話はちょっと待ってて、大和」
そう言うと姉さんは……何を考えてるのかゆっくりと小夜姉ちゃんに近づいて、なんとそのまま彼女を抱き締め――。
「それとごめんね、サヨちゃん。君に嫌われてでも……僕は戦友達と一緒に、君のお父さんの遺志を継がなきゃいけないんだ」
「…………ッ!?」
――そう言って小夜姉ちゃんの首に、右手の爪を食い込ませ。
次の瞬間。
小夜姉ちゃんはその場で倒れそうになった。
姉さんは慌てて彼女を支えて……って、いったいどゆ事!?
「安心して。つけ爪の先端につけておいた睡眠薬で眠ってるだけだから。それから大和、ちゃんと話すから……サヨちゃんをおぶって、僕とその戦友の本拠地まで、連れてきて」
しかし全ての答えは、すぐに得られず。
俺は……いったい何が起こってるのかは分からないけど、それでも小夜姉ちゃんが心配だし、姉さんがいったい何に関わっているのか、家族としてとても気になるので、姉さんの言う事に従った。
小夜姉ちゃんが俺を護ろうとしたワケは、気になるけど……少なくとも、姉さんは小夜姉ちゃんの体を心配していた。
だったら、俺の事も……あの地獄みたいな家から助けてくれた時のように、気にしてくれていると……俺は信じる。
おぶった小夜姉ちゃんの体は……とても柔らかかった。
いや、どっちかというとゴツゴツしてる方の男の体とは違うから、当然とは思うけど……なんというか、思った以上に柔らかかった。特に俺の背中の辺りが。
姉さんに眠っている小夜姉ちゃんを渡された時にも、正面からつい見てしまったけれど……数年見ない内に小夜姉ちゃんは、姉さんよりも育っていた。ピッチリとしたライダースーツを着ている分、それがより強調されている。
なのでおぶっている最中、俺はドキドキしてしょうがなかった。
しかし不思議と、あまり自分の顔は熱くならなかった…………小夜姉ちゃんから感じる、嫌な何かの正体が分かったからかもしれない。
「…………まぁ、大学生だし。飲むよね」
小夜姉ちゃんは酒臭かった。
俺の大嫌いなニオイだった。
かつて俺と姉さんが預けられていた、最悪な親戚を思い出すニオイだった。
「何か言ったかい、大和?」
「ううん……なんでもない」
一方で姉さんには、俺とは違って気にした様子がなかった。
姉さんは俺とは違って、あの家での事を乗り越えているからだ。
「着いたよ。ここ」
そんな暗い事を考えていると、本当に辺りが暗く……じゃなくて日が沈んだから暗くなって……それと同時に目的の場所に着いた。
周囲の景観を気にしてなかったから、ここがいったいどこなのかすぐには分からなかったけど、目の前に立っている建物を見て……大体分かった。
ここは、かつて賑わっていた地元の繁華街の片隅。
そして俺達が、姉さんの案内で辿り着いた場所にあったのは――。
――ラブホテルだったッッッッ!?!?!?
「え、えっ!? ちょ、まっ!? 姉さんなんでここに!?」
ちょっと待ってちょっと待ってマジでワケが分かんないんだけど!?
小夜姉ちゃんを姉さんの戦友? が待っている場所まで連れて来たハズがなんでラブホテルに入んなきゃいけない流れなの!?
「あ、大和。言ってなかったけど、これは表の顔だから」
表!? いったいどういう事!?
ていうか姉弟でこんなこと思いたくないけど……姉さんが着てる服が、そういうプレイ用の服に見えてきたんだけど!?
「あー。勘違いするのも分かるけど。最後まで聞いてほしいな」
姉さんは顔を赤くしながら言った。
というか姉さんも恥ずかしがるんだ……俺とは違って頭が良いから、ものの考え方とか違うんじゃないかと思っていた時期があるから、新鮮だ。
…………っていやいや、それはそれとして!
「いったいどういう事なの姉さんッ? いい加減に話してッ」
場所が場所なため、声を抑えて俺は訊いた。
すると姉さんは、なんと小夜姉ちゃんをおんぶしたままの俺の手を引いて、強引にラブホテルに入って――!?
「このラブホテルは世間の目を欺くための表の顔さ」
さらにはそう言いつつ、俺達をエレベーターに乗せて、
「そしてその実態は、現在世界中で起きている失踪事件の原因の一つの対策をするための秘密基地なんだッ」
ドアが閉まるのと同時に、反対側の壁を押して…………なんと隠されていたドアが開いて下へ行く階段が現れた!?
「はぁ!?」
俺は思わず声に出して驚いた。
驚かずにはいられない……その階段を含む空間は、まるで近未来的だと思うほど綺麗な素材と明るさだったのだから。
「ごめんね。外では誰かに聞かれるかもしれなかったから、話せなかったけど……今からちゃんと、最初から話すね」
姉さんはそう言うと、その近未来的な空間に入り、階段を下がり始めた。
俺は、一瞬入るべきかどうか迷ったけど。
でも小夜姉ちゃんが心配だから……進む事にした。
「日本では年間、八万人もの人が行方不明になってる」
姉さんはまず、そう言って説明を始めた。
「世界全体で見れば少ない方。イギリスなんか日本のうん十倍はヤバい……おっと脱線しちゃったね」
俺と同じく、姉さんにも脱線癖がある。
兄弟共にこの辺は長年の反省点である。
「そしてその行方不明の原因はいろいろあるけど、その中の一つが実は……調べてみたところ事実ではあるけど、世間からすれば荒唐無稽なものだった」
「…………い、いったい何が原因だっていうの? 姉さん」
「その前に大和、嫌な事を思い出させるようで悪いけど……『酔っぱらい猿仮説』というのを知ってるかい?」
「ッ!?」
猿顔の親戚が、俺を小突いたり罵倒したりする映像が脳裏に甦る……俺が大嫌いな親戚の顔だ。
「…………ごめんね、でもこれは重要な事なんだ」
姉さんは申し訳なさそうな声を出した。
顔が見えていないから、どんな顔をしているかは分からないけど……きっと、顔を歪ませているんじゃないかと思う。
「果物を食べるのは動物だけじゃない。微生物もまた果物を求める」
姉さんの説明が、再び始まる。
「そして大昔――白亜紀に、とある微生物が登場した。サッカロマイセス……エタノールを生成し他の微生物を排除する酵母だよ。そして時代は飛び、今から千万年前。僕達の祖先は、サッカロマイセスによってエタノールだらけになった果物を、結果的に、大量に摂取する事になった。寒冷化が起きて木々が少なくなり、地上で生活をするようになり、地上に落ちた果物が無害かどうかを判別する能力が飛躍的に進化し……そして、その無害な果物が大量のエタノールを含む物だったからさ」
どれもこれもが、初耳の情報だった。
俺は、怒涛の新情報を前にどう返していいのか分からず……とりあえず、姉さんの後を追った。
「それでね、話はちょっと変わるけど、今の僕の師匠……サヨちゃんのお父さんはその『酔っぱらい猿仮説』を調べてた遺伝学者だったんだけど。そのサッカロマイセスを微生物学者の友人と調べていたところ…………巧妙に隠されていたけれど、人の手が加えられた痕跡を発見したんだ」
「…………は?」
なんだか雲行きが怪しくなってきた。
「いきなり現れたかと思いきや、他の微生物に対して無双し、果物を独占する……その最近のチーレム系主人公じみた点からしておかしいと僕は以前から思っていたけれど、まさか本当に第三者の手が加えられた存在だったなんて」
「…………えーと、姉さん?」
姉さんがとても心配になってきた。
変な宗教に引っかかったりしてるんじゃないかと。
「そして僕達は、その決定的な証拠と戦っているんだ」
「決定的な証拠?」
ここまで来たんだから、一応聞こう。
「僕達の敵……僕達は便宜上アルハラのヒトと呼んでいるけれど、そのアルハラのヒトがこの地球に送ってきた……怪物だよ」
姉さんがそんなぶっ飛んでる、というかフザけている事を言うと同時に、俺達はドアの前に辿り着いた。そして姉さんがそれを開けると……そこにあったのは多くの近未来的なモニターと座席が並び、それぞれに人が座ってる……まるで防衛組織のモニタールームのような空間だった。
階段の時点から思ってはいたけど、あまりにも非現実的な場所だ。
なんでラブホテルの地下に、こんな空間があるんだ……なんというか、ドッキリとかにしては手が込みすぎている。
まさか本当に、アルハラだなんて嫌な印象しか覚えないワードと同じ名前の場所(それっぽい名前をテキトーにつけただけかもしれないけど。便宜上とか言ってたし)から怪物が送られてきて、姉さん達が戦ってるのか。
いや、ばんなそかな。
「あ、マイちゃ~ん!」
その時、モニタールームにある椅子の一つに座っていた少女……見た目が完全に長めの髪をツインテールにして、体操服に実験用の白衣を羽織った小学生という、この建物の立地的にとてもヤバいんじゃないかと思われる子が、姉さんに気づいて話しかけてきた。
「連れてきてくれたんだね、第二戦士くんを!」
「せ、セカンド?」
「まだ説明が終わってないから行ってくれるか分からないよ、アヤメちゃん」
俺の疑問をよそに、姉さんはそのアヤメちゃんに言った。
「あー。その子が弟のヤマトくんか」
今度は、同じくモニタールームの椅子に座っていた、天然パーマなショートヘアと着崩した事務服、そしてそれに羽織った実験用の白衣が特徴の女性が話しかけてきた。先ほどの子とは違い姉さんと同い歳……おそらく姉さんの友人だろう。
「ごめんねヤマトくん、わざわざ来てもらって。恥ずかしかったでしょ?」
「え、いや……まぁ」
姉さんも、この人も、アヤメちゃんも、今の小夜姉ちゃんさえもそうだけど……なんというか立地的に、男の俺が来るにはちょっと刺激が強すぎる人ばかりの場所だった。
なんというか、前も後ろも卑猥な感じでどこを見たらいいか分からない。
ここで男として卑猥な反応をしないのは……小夜姉ちゃんから酒のニオイがするからかな。俺の嫌いなモノが欲止力になるとは皮肉なものだ。
「じゃあ改めて説明をするけど」
そんななんとも言いがたい俺の心境を察してくれたのか。
姉さんはそう言って、苦笑しつつ俺から小夜姉ちゃんを取り上げると、着崩した事務服の女性に小夜姉ちゃんを預けて、すぐに説明を再開した。
「少し前に奇妙な事が起きた。大和は知っているか分からないけど、帰宅したハズの会社員の内の数十人が謎の失踪をした事件が。全国規模で」
それは知らない事件だ。
新聞やニュースをあまり見てないから。
ん? でもちょっと待て?
最近偶然見たニュースにそんなのがあったような……?
「それを知った僕達は、独自に調査を進めて……ずいぶん前に、サヨちゃんのお父さんが出現を予言した、と言ってもいい存在――サッカロマイセスをこの世に生み出したアルハラのヒトが送り込んだ、怪物と遭遇した」
姉さんがそう言うと、姉さんの戦友の一人、と思われるアヤメちゃんがリモコンを手に取り、モニターに映像を表示して……画面上に、まるで昔TVで紹介されていた、火星人のイメージイラストの火星人に似た姿をした、ゼリー状の何かが……居酒屋から出てきたサラリーマンを捕食する場面が映った。
よくできた、CGかと思った。
けど、あまりにもリアルすぎる映像だった。
「そしてその怪物に対抗するため、僕達はそれぞれの父親の代……と言っても、僕からすればサヨちゃんのお父さんが師匠なんだけど。とにかく彼らが開発していた兵器である、今サヨちゃんが着てるスーツを完成させ、この怪物に対抗しうる存在――人類が持ってるアルコール脱水素酵素『ADH4』がより進化した『ΩADH4』を持つ存在の一人であるサヨちゃんに着てもらって……今まで可能な限りこの怪物を駆除してきたんだ」
「な、なんだって!?」
俺は驚くしかなかった。
と同時にダウンしてる小夜姉ちゃんを思わず見て……俺はふと、最近偶然聞いたニュースを思い出した。
「…………え、ちょ、ちょっと待って? まさか最近ニュースで言ってた、夕闇に溶け込むようなスーツを着た人が、何者かを相手に大立ち回りしてたって……?」
「それはサヨちゃんだね!」
アヤメちゃんが、ピコピコとツインテールを動かしながら言った。
というかそれどういう仕組み!? まさかだけど、姉さんと同じく頭が良いからそういう動きを実現する発明をしちゃったの!?
「そして、サヨちゃんは確かに強かったけど……それでも限界があった」
今度は、着崩した事務服の人が説明する。
「なにせ相手は、常人では絶対に分解しきれない特殊なエタノールで構成されてる存在。そんなヤツと戦う内にサヨちゃんは、こうして泥酔しちゃったんだ」
「……………………え?」
だがその説明を、俺は一瞬理解できなかった。
あの怪物が、アルコールの一種であるエタノールでできてるだって?
でもって、小夜姉ちゃんはそのエタノールを分解できる酵素を持ってて、それがあるから怪物と戦えてた……?
確かに最初に言った通り荒唐無稽!!
でもそれなら、今の小夜姉ちゃんの状態も理解できる。
俺が大嫌いな、酒のニオイを発しているその理由に納得できる。
「それでね、大和」
姉さんは再び話を始めた。
「大和はどういうワケだか、僕とは違って……サヨちゃんと同じく、ΩADH4を持っている事が最近分かったんだ」
「えっ?」
しかしその新事実の理解には時間がかかった。
「このままサヨちゃんを戦わせたら、サヨちゃんがエタノールの過剰摂取で死ぬかもしれない。だから大和にはサヨちゃんの代わりに戦ってほしいんだ。サヨちゃんのためにも、人類の真の自由のためにも」
「ッッッッ!?!?!?」
そして、姉さんから改めてそう言われた時。
まだ納得できてない部分があるけど、それでも姉さんが、サヨちゃんを必要以上に戦わせないため、代わりに怪物と戦う存在が必要だから……その資格があった俺を呼んだんだと。そして小夜姉ちゃんが、俺を怪物と戦わせたくないからこそ、姉さんを止めようとしたのだと……やっと理解できた。
「無理にとは言わない。けど……君が最後の希望だというのは知ってて――」
そして、姉さんは続けて、俺に強制はしない旨を伝えようとした……まさにその時だった。
モニタールームに警報が鳴り響いたのは。
同時にモニターに、ここから近い場所の地図と赤い点が表示される。
「まさかまだ生き残りが!? さっきサヨちゃんが分解したんじゃ!?」
姉さんが驚きの声を上げ、そして姉さん以外のスタッフのみなさんの間に動揺が広がった。
「博士! ドローンの映像によれば、エタノルスライムは合体を始めつつ、こちらに向かってきています!」
姉さんでも、小夜姉ちゃんでも、さらにはアヤメちゃんでも、着崩した事務服の人でもないスタッフが、火星人っぽいアレが路地裏で合体していく映像が映ってるモニターを見ながら叫ぶ……ってエタノルスライム!? まさか火星人っぽいアレにそんな名称がつけられてるの!?
「くっ! まさかやられた仲間の復讐でもするつもりか? ていうか合体なんて、初めて見るパターンだ」
「エタノルスライム、徐々に巨大化しています!」
「こいつら、どこまで巨大化を…………もはや、エタノライドスーツじゃダメだ。アルハラのヒト対策で開発していたアレを出そう!」
「ッ!? ついにアレをか」
「ねえねえ! どっちを出すの!?」
姉さんの指示により、さらに動揺が広がる。
「ていうか姉さん、アレって何!?」
しかしそれはそれとして、もはや蚊帳の外なので質問した。
すると姉さんは「アルハラのヒトがどれだけの大きさの連中か分からないから、とりあえず既存のロボットアニメのロボットと同程度の大きさと仮定し開発した、対アルハラのヒト用戦闘ロボット……その名もソーマリオンとハオマリオンだよ」と答えた。
「ソーマリオン? ハオマリオン?」
ソーマは分かる。
インドの神話に出てくる霊薬だろ?
でもハオマってなんだ?
「いやそれ以前に巨大ロボット!?」
「サヨちゃんが着ている、対エタノルスライム用パワードスーツ――エタノライドスーツを着た上で搭乗するロボットで、いやとにかく大和!」
姉さんは、すぐに話を切り替えた。
というか状況からして、時間がないんだろう。
「エタノライドスーツを着てソーマリオンかハオマリオンに乗ってくれ! さっきも言ったけど……サヨちゃんのためにも、人類の真の自由のためにm――」
「させないッ!」
すると、その時だった。
なんと小夜姉ちゃんが目を覚ました。
いや騒がしかったから目を覚ますのは当然かもしれないけど……いやそれより、その小夜姉ちゃんは、着崩した事務服の人の手を振り払い、再び俺の前に立った。
「大和くんは、巻き込ませない……ッ!」
「さ、小夜姉ちゃん」
まだ、顔が赤くて。
目の焦点が合っていないのに。
俺の大嫌いなニオイがするのに。
二日酔いの状態なのに。
それでも俺を護ろうとするだなんて。
「サヨちゃん、もう君の体は限界なんだよ!?」
アヤメちゃんが説得しようとする。
すると俺は、さっきされた説明を思い出した。
小夜姉ちゃんは俺と同じく、常人よりも多くのエタノールを分解できるけど……それはもう限界を超えていて。また戦うと、エタノールの過剰摂取で死ぬかもしれない……そんな説明を。
「そ、それでも……巻き込ませない! 大和、くんは……大切な人だから!」
「ッッッッ!?!?!?!?」
え、ちょ、小夜姉ちゃん!?
まさか酔った勢いで言っちゃった!?
シラフじゃないから、本当かどうか分からないけど、もしも本当だとすれば……え、ちょっと待って? 頭が追いつかない!? 小夜姉ちゃんが俺の事をそれなりに大切な存在だと????
…………シラフの時にでも確認しよう。
いや、今はそれよりも。
小夜姉ちゃんが体を張ってまで俺を護ろうとしてるのに……下手したら死ぬかもしれないのに……俺はただ見ている事しかできないのか!?
「…………小夜姉ちゃん」
見ていられなかった。
ジッとしていられなかった。
自分にどこまでできるのか、分からないけど……それでも今にも倒れそうな人に護ってもらって黙っている事なんて俺にはできない!
「俺だって小夜姉ちゃんを護りたいよ!」
「ッ!? や、大和く――」
「すぐに乗せて、姉さん!」
「ッ! ああ、こっちだよ」
小夜姉ちゃんは何かを言おうとしたけれど……俺は無視してすぐに姉さんの後を追った。普通であれば、恐怖とか感じるべきなんだと思うけど。それ以上に、小夜姉ちゃんが死ぬかもしれなくて。それをどうにかできるのが、自分だけだと考えると……もう俺が戦うしかないじゃないか!
「ちゃんとサポートしてくれる?」
通路――おそらくソーマリオンとかいうロボットやエタノライドスーツとかいうライダースーツっぽい物がある場所へ通じるそこを歩きつつ、俺は姉さんに問う。
「当たり前じゃないか」
すると姉さんは即答した。
「たった一人の家族なんだ。まあここにいるみんなも、僕にとっては家族のようなものだけど……大和は一番大切な家族だ。絶対に死なせやしないよ」
俺をあの最悪な親戚のもとから助けてくれた、あの時のように。
自信満々だと、一目で分かるほどの笑顔で……姉さんは俺に言った。
※
ピッチリしていた。
体のラインが丸見えだ。
改めて着ると恥ずかしさを覚える。
そんなライダースーツ……正確にはエタノライドスーツというらしいそれを小夜姉ちゃんが着ていたかと思うと…………いろんな意味で恥ずかしくなってくる。
「大和にはソーマリオンに乗ってもらう」
俺が着たエタノライドスーツのファスナーを締めながら、姉さんが言う。
「難しい操作はこっちで遠隔でするから、大和はソーマリオンを動かして。こっちは難しくないから」
「動かす方が難しいんじゃない?」
「搭乗者の動きと連動するシステムだから楽なもんさ」
「ああ、なら大丈夫か」
「その代わり、ソーマリオンと搭乗者の感覚は繋がるけどね。いろいろ連動させる関係上。一部の人型ロボットのように」
しかし安心したのも束の間。
俺は衝撃の事実を聞き冷や汗を出した。
まさか、それなりのダメージを受ければ死ぬかもしれないのかッ。
だけど、今さら逃げようとは思わない。
ここで逃げたら小夜姉ちゃんが死ぬかもしれないんだから。
なんて思っている内にファスナーは締まり。
俺はついにソーマリオンがある格納庫に入った。
巨大ロボットなんて、アニメとかでしか見た事がなかったけど……男だからか、感動しかなかった。
同時に、よく知らない怪物と戦う事に恐怖を覚えているけど……小夜姉ちゃんの警告を聞かなかった、罪悪感もあるけど……何度も言うように、ここで俺が逃げると、小夜姉ちゃんが死ぬかもしれない…………そっちの方が怖い。
だから俺は逃げない!
逃げるワケにはいかない!
俺だって小夜姉ちゃんが大切だと思うから!
「言い忘れてたけど」
教えてもらったコックピットへの入り方でコックピットに入ると、姉さんがまた説明をした。
「エタノルスライムは、地球にあるのとは異なる組成のエタノールでできていて、火がつけば大爆発を起こすよ」
「ッ!? 銃火器とかは使えないのか!?」
じゃあどうやって倒すんだ!?
徒手空拳くらいしか方法がないんじゃ……いや、待てよ? そもそも戦う相手は液体だろ? どこぞの液体金属の抹殺者みたいに物理攻撃が通らないんじゃ?
「基本はヒット&アウェイ。そしてその果てに心臓――核の部分が見えたら潰す。それしかない」
「なるほど」
「それとただのヒット&アウェイじゃない。ソーマリオンとハオマリオン、そしてエタノライドスーツには、大和もしくはサヨちゃんの体内にあるΩADH4を取り込んで、瞬時に培養して全身に巡らせ、エタノルスライムから吸収したエタノールを分解して、自分の力に変える力を持ってる。つまりエタノルスライムを徒手空拳で攻撃する度に強くなるんだ」
「敵の力で強くなるって、それ悪役の能力じゃね!?」
最近見た特撮の怪人にそういうのがいた気がするぞ姉さん!?
「とにかく、すぐに出て! 僕は信じてるよ、大和!」
エタノルスライムと戦い、その恐ろしさと厄介さを知っているからだろう。
姉さんは真剣な表情をしてそう言うと、すぐにモニタールームへと戻った。
何を信じているのか、言っていなかったけど。
無事に帰ってくると信じてるとか、そういうのだと俺は信じてる。
まだ、戦術とかに男として納得してないけど。
というか、俺の大嫌いな酒がスライム化したような相手と今から戦う事に嫌悪感を、正直覚えているけれど……小夜姉ちゃんのためにも。
とっとと倒して戻る!!
※
『ソーマリオンとハオマリオンは、想像通り重いけど……かの猫型ロボみたいに足は反重力で浮いてるから、建物さえ壊さなければ問題ないよ』
コックピットのスピーカーから、着崩した事務服の人の声がする。
ていうか知らなかったけど、あの猫型ロボは浮いていたのか……いや確かに普通に考えればアレも重いよな。床がへこむよな。
それにしても、全然ロボットを動かしている感じがしない。
現在俺は、全方向が透明に見えるソーマリオンのコックピット……おそらく外部につけられてるカメラが映す映像だろうけど、それが映るコックピットの中を歩く事で、眼下の繁華街を歩行していた。
外は暗い。
エタノルスライムが捕食する酔っぱらいが現れ始める時間帯だ。
普通に考えれば、繁華街を巨大ロボットが歩くだなんて、ネットとかに載るような事件だけど……こうも暗いと、うまくいけば酔っぱらい達の見た幻覚とか、CGで誤魔化せるかも……なんてふと思う。
「ッ! ホントにいた」
そうこうしていると、目の前に巨大化した火星人……に見える見た目をしてて、時々酔っぱらいを触手で捕まえ捕食する、映像で見たエタノルスライムがいた。
こうして実際に見るまで半信半疑だったけど……というか未だにアルハラのヒトが存在するのかどうかは分からないけど、少なくとも日本の酔っぱらいを捕食する恐ろしい怪物が存在したのは事実らしい。
『気をつけてね、ヤマトくん!』
アヤメちゃんが声をかけてくる。
というか年上をくんづけで呼ぶとは……最近の小学生ってそういうものなのか。
『大和、相手をとにかく挑発して。それで、飛んで上空におびき寄せて。エタノルスライムの核を壊して死んで、エタノールの体が飛び散ったとしても、そうすれば落下中に気化するから!』
続いて、姉さんのアドバイスが聞こえた。
そういえば、エタノールは揮発性が高かったっけ……エタノルスライムが、この瞬間に気化する様子が見られないのは謎だけど、未知のエタノールだからと思う事にしよう。
「まあいい……行くぞ!」
俺はエタノルスライムとの間合いをすぐに詰め、拳を突き立てた。
途端に、嫌な感覚がした。
まるで、酒を飲んだかのような感覚が。
俺に、酒に対する嫌悪感を植えつけた猿顔の親戚が、いくら飲んでも酔わない俺に無理やり大量……溺れそうになるくらいの酒を飲ませる……今で言うアルハラもしてきたのを、今になってようやく思い出したから。
あまりに嫌な記憶だから。
どうやら自己防衛で封印してたらしい。
とにかく、俺にΩADH4とかいうのがあるのは事実みたいだ。
そして、ソーマリオンとエタノライドスーツに、エタノルスライムを構成してるエタノールを吸収する機能がある事も。
実質、これは飲酒だ。
法律違反以外の何ものでもない。
未成年云々どころか飲酒運転……いやこの場合は飲酒操縦か。
とにかく、警察に捕まったら面倒な事になるのは間違いない。
いやそれ以前に、殴る度に嫌な感覚と記憶が……すぐに決着をつけてやる!
「食らえ!」
そう言うと同時に連打する。
全身を、吸収したエタノールが巡る。
それと同時に、ソーマリオンが俺から吸収し培養したΩADH4が、エタノールを分解している……そんな感覚もした。
おかげで、酔っている感覚だけはない。
けどエタノールを感じただけで、何度も言うように嫌な思い出が甦る。
猿顔の親戚……俺と姉さんを冷遇して、さらには家を出るなら今まで使った金を返せなんて言ってくるようなクソ野郎が無理やり酒を飲ませてくるあの思い出が。
「…………フザけるな」
その時から俺は、怒りを覚えていた。
でも無理に逆らえば俺と姉さんの身に何があるか、当時は分からなかったから、怒りを抑えていたけれど……相手は人じゃないし、お前をあのクソ野郎に見立てて殴り倒してやる!!
正拳突き、蹴り、手刀などの思いつく限りの打撃を与える。
けれど相手は液体でできているので、あまり効果がなく……いや、心理的な効果はあったようだ。俺に対してエタノルスライムがヘイトを向けている。
「来いよ!」
俺はすぐに、ソーマリオンの反重力を応用して飛んだ。
すると、相手も相手で上位存在に創られたからか、反重力もしくはそれに準じる何かを操れるようで……それを使い飛んできた。
そこからはドッグファイトだった。
猫の方は女性同士の取っ組み合いなのになぜか犬だと取っ組み合いだけでなく、戦闘機同士の戦いも指すという、あの謎の単語でもあるドッグファイトだ。
どこまでも広く、自由な空で何度も何度も交差する。
ちなみに速さはほぼ互角、いや固体であるこっちと違い液体でできてる相手の方が若干速いかもしれない。
けど相手は俺に触れられる度に、その体を構成しているエタノールを吸収されるため、少しずつその量を減らして…………ようやく見えた!!
それだけ多くのエタノールを、摂取したのだろう。
それも、ソーマリオンで培養した俺のΩADH4でも分解しきれないほどのエタノールを……そう考えただけで、また嫌悪感を覚える。
今までは、怒りでどうにか抑えられてたそれが再び湧き上がる。
「ッ!?」
すると俺の視界が、突如暗くなった。
いったい何が起きたのか。
そう思い周囲を見回して……なんとエタノルスライムが捕食した、酔っぱらいの持ち物と思われる物が、エタノルスライムの消化液が付着しベットリしているそれが、ソーマリオンの外部カメラに貼りついていたのが分かって――。
――衝撃が俺を襲った。
それはエタノルスライムから受けた打撃だ……感触で分かる。
そしてそれを受けた俺は、すぐに姿勢制御に移れず真っ逆さまに、地上へ墜ちていく。
『大和!!』
『『ヤマトくん!!』』
姉さんと、アヤメちゃん、そして着崩した事務服の人の声がする。
それを聞いた俺はすぐにまた飛ぼうとして……ダメだった。逆さまで落ちているから吐き気が増して、姿勢制御に集中できな――。
『大和くんッッッッ!!!! 死なないでッッッッ!!!!』
――その時だった。
今度は、小夜姉ちゃんの声が聞こえた。
今にも泣きそうな……小夜姉ちゃんの声が。
「ッッッッ!!!!」
俺は奮起した。
未だに逆さまで、気持ち悪いけど……それでも俺は、命そのものをかける覚悟で全力を出した!!
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッッ!!!!!!」
俺は吼えた。
そしてその勢いのままに、無理やり姿勢を正しエタノルスライムへと飛ぶ。
「これで……終わりだぁッ!!!!!!」
俺の中の、全速で、まっすぐ……一直線に!!
そしてそのまま俺は、ソーマリオンを操作して、右手をエタノルスライムに突き刺し、さっき目視で見つけた、エタノルスライムの核を握り…………潰す!!
果実を潰すような感覚がした。
とある格闘家のようにリンゴとかじゃなく。
どっちかと言うとイチゴなどの柔らかい果実のような感じがした。
すると、エタノルスライムはその身を維持できなくなったのか。
核を潰すと同時に、その身は空気中に拡散して……雨のように落下してったが、揮発性が高いだろうから途中で消えてしまうだろう。
とにかく、俺の初めてのロボットでの戦いは…………俺の勝利で終わった。
※
気持ち悪かった。
俺の中のΩADH4がどれだけ凄いか分からないけど……普通の人だったら絶対に分解しきれず、死ぬだろう量のエタノールを、ソーマリオン越しとはいえ、摂取したんだ。
これで気持ち悪くならなかったら人間じゃない。
だけど俺は、勝った後になんとか、姉さん達の本拠地であるラブホテル……その隣にある空き地へとやってきた。
実は格納庫は、その空き地の地下にあって……まるでSFの作品のように地面が割れて、ソーマリオンが地上に登場し、発進したのだ。
男のロマンだ。
というか姉さん達は、状況からしてラブホテルの建物と土地だけじゃなく、隣の空き地も所有しているらしい。いやあの近未来的な地下施設が存在してる時点で、姉さん達がべらぼうな金を持ってる事は分かるけど……同じ血を分けた姉弟とは、正直とても思えない。
いや、それはともかく気持ち悪い。
小夜姉ちゃんはまさか、こんな感覚を覚えながら俺の家の前まで来て……改めてその事を思い出すと、とても胸が温かくなる。
いや、ちょっと待て。
今は何も思うな……心を無にしろ。
「大和!!」
「「ヤマトくん!!」」
「大和くん!!」
姉さん達の、声がした。
だけど俺は……返事をする事ができなかった。
くそっ。やっぱり酒は大嫌いだ。
いやだからと言って……小夜姉ちゃんのためにも、出撃した事を後悔、してないけど…………やっぱり大嫌いだ。
人に対するメリットは、高揚感を与える以外ないし。
それに、人に高揚感を与えるメリットも……下手をすれば人を、凶暴化させて、誰かに迷惑をかける事件を起こすし、それに…………。
「うぅッ」
ああ。
やっぱり無理だった。
どう我慢しようとも。
いろいろ込み上げてきて…………俺は、
※
「ふむ。ニホンのトウキョウにおけるバヌーニュの育成環境がよろしくないな」
「他の国家では良質のバヌーニュが育つんだがなぁ」
「おい、ソマリアとかにほとんど酔っぱらいがおらんではないか。そういう国からは撤退だ撤退」
「それよりもラトビア、クック諸島、チェコを始めとする国家で飼育してるバヌーニュをもっと増やせ。需要に追いつかんぞ」
「おいおい、トウキョウの事はいいのかい?」
「それよりも、他の国家でのバヌーニュの数が重要だ」
「そうだ。下手に抵抗勢力を潰すための戦力を送れば、余計な金がかかる」
「ううむ、確かに」
「しかしそれはそれとして……他の国家にもあんなのが現れたら少々厄介だ」
「今の内に向こうの世界の動きを、より知る必要があるな」
「そして早い内に反抗の芽を、遠回しに潰さねば」
とある場所で、議論が交わされていた。
地球に送り込んだエタノルスライム――彼らはバヌーニュと呼ぶ怪物についての議論が。
「だったら、向こうにいる小賢しい飼料共に動いてもらおう」
「おいおい、バヌーニュ育成のための飼料でしかない下等生物との繋がりを未だに持っておるのか」
「こいつは変わってるんだ。チキュウにおける、植物と話す変人みたいなものさ」
正確に言えば彼ら――舞奈達がアルハラのヒトと名づけた存在にとって、地球人は食べ物ではなかった。
舞奈の師匠である、学界を追放された遺伝学者である森本博士はそうだと思っていたようだが、正確には、酔っぱらった人間は……彼らがバヌーニュと呼ぶ家畜の飼料でしかなかった。
「変人とは失礼な。あの下等生物にも使い道はあるのだ。というか、我輩しかあの下等生物の価値を理解できていないのか……悲しいものだな」
果たして大和達は、彼らに勝てるのだろうか。
いやそれ以前に、たとえ地球人が彼らの家畜の飼料であったとしても。
真なる自由を、心の奥底から望んでいるのならば。
戦うしかない。
名前:塩釜大和
性別:男性
血液型:AB型
年齢:15
身長:168cm
主人公。高校一年生。
ソーマリオンの搭乗者の資格ことΩADH4の保有者。
名前:塩釜舞奈
性別:女性
血液型:O型
年齢:20
身長:165cm
B:89(E)
W:61
H:87
主人公の姉。大学三年生。僕っ娘。
髪型はセミロングで、俗に言うアメスク風制服より露出度が低いが、それなりに改造されている制服に実験用白衣を羽織ってる。酒豪ロボ開発者の一人。
名前:森本小夜
性別:女性
血液型:B型
年齢:20
身長:170cm
B:97(G)
W:62
H:92
舞奈の友人。大学三年生。
髪型はロングヘアで、敵が使役してるエタノルスライムとは、パイロットスーツも兼ねてる黒いライダースーツことエタノライドスーツを着て戦う。ソーマリオンの兄弟機であるハオマリオンの搭乗者の資格ことΩADH4の保有者。
名前:大門彩芽
性別:女性
血液型:A型
年齢:20
身長:137cm
B:70(B)
W:49
H:71
舞奈の友人。大学三年生。見た目は小学生。一人称はおいら。
髪型は長めのツインテールで、体操服(ちなみに下半身はちょうちんブルマ)に実験用白衣を羽織ってる。酒豪ロボ開発者の一人。
名前:名護雪子
性別:女性
血液型:B型
年齢:20
身長:180cm
B:98(F)
W:65
H:94
舞奈の友人。大学三年生。一人称はあーし。
髪型はショートヘアの天然パーマ。着崩しの事務服に実験用白衣を羽織ってる。酒豪ロボ開発者の一人。
名前:森本金明
小夜の父。学界を去った遺伝学者。
元酒豪ロボ開発者にして舞奈の師匠。
名前:大門秀長
彩芽の父。元酒豪ロボ開発者。
名前:名護倉光
雪子の父。元酒豪ロボ開発者。
名前:美山竜馬
酒豪ロボ開発のスポンサー。
名前:福釜五郎
大和と舞奈の親戚。酒乱。絶縁中。
ΩADH4…地球人が持っている、アルコール脱水素酵素の進化系。現時点までに発見された保有者は、大和と小夜のみ。
エタノライドスーツ…エタノルスライムを構成しているエタノールを吸収して、着用者の体内のΩADH4を抽出・培養した物を混ぜた、全身を巡ってる疑似体液に入れる事でエタノールを分解できるパワードスーツ。
ソーマリオン…大和の専用機の酒豪ロボ。エタノルスライムを構成しているエタノールを吸収・分解して力に変える機能を持つ、エタノルスライムにとっての天敵とも言える巨大ロボット。しかしその吸収・分解には搭乗者の保有するΩADH4が必要不可欠である。ちなみにΩADH4はコックピット内で、保有者に蚊の針を基にして開発した極細の針を刺す事で抽出・培養した後で、全身を巡る疑似体液の中に混ぜている。全長四十メートル。
ハオマリオン…のちに小夜の専用機となる酒豪ロボ。全長やスペックなどはソーマリオンと同じ。
アルハラのヒト…舞奈達がつけた、敵の便宜上の名前。森本博士曰く人類をデザインした存在であるが、その目的は自分達が所有してる食材であるバヌーニュ――舞奈達がエタノルスライムと名づけた怪物を育てるため。
エタノルスライム…酔っぱらいを誘引する香りを放ち、近づいてきた酔っぱらいを捕食する怪物。アルハラのヒトにとっての食材でもある。自分達に危害を加える存在に出会うと合体・巨大化する習性を持つ。空中を高速で浮遊できる。追い詰められると、イカがスミを、サバクツノトカゲが血を出すように、消化液を捕食対象の成れの果てと一緒に吐き出す。液体(可燃性)でできているため物理攻撃は意味をなさないが、体内の核を潰されると死ぬ弱点を持つ。ただしスキャンが通じない特殊なエタノールで覆われているため、核はその身を構成してるそれを減らさない限り確認できない。鼻がいい。アルハラのヒトはバヌーニュと呼んでいる。