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 4


 4名の生徒が亡くなったと知らされたのは、体調不良をうったえてから翌日の午後だった。


 誰もが良くなると思っていただけに、その知らせは衝撃的なものだった。


 その日の午後、緊急の集会が行われて、体育館に全生徒が集まった。校長先生がステージへ登壇すると、重々しい口調で4名の氏名と生徒の死亡を知らせた。


 死因は言わなかった。だた、死亡したとだけの知らせ。生徒たちはざわざわと話し始める。


「静かに。私語は慎みなさい」司会進行役の体育科教師がマイクを使って言った。口調はとても穏やかだった。


 集会が終わると、普段の授業は行わずに担任の教師が教室へ入ってきた。席に着けとだけ言って教卓に両手を置いてわたしたちを見た。


「とてもショックな出来事が起きた。同級生、クラスメイトが亡くなった。俺や別の先生でもいいから話したいことがあれば言うんだぞ」担任の教師は言葉を選びながらゆっくりと言った。


 教室の中の空気は重かった。誰も話そうとしない。教師は口を再び開き、話を続けた。


「来週からスクールカウンセラーの先生も来ることになってるからな……残りの時間は自習とする。県立の受験を控えてる者は勉強を。他は、読書とか各々過ごしてくれ」担任の教師もまいっている様子だった。後半になるにつれ話す力が弱くなっていった。


 5


 中学校の校門の前で土田稀つちだまれ刑事は小さく溜息をついた。この学校へ来るのは去年の9月以来だ。


 時刻は15時半。そろそろ授業も終わり、放課後になる頃だ。スーツ姿の2人組が校門の前に立っていては警戒されてしまう。急いで来賓用の入口から職員室に向かった。


 職員室に入った土田たちは、奥の応接間に案内されて黒い2人がけのソファへ座った。


「なんだ、緊張してるのか?」隣に座った先輩刑事がぶっきらぼうな口調で聞いてきた。


「いえ、別に」


「ふうん」


それ以上、先輩刑事が言ってくることは無かった。


 ここへ来た理由は、4名の生徒が食中毒により死亡した件について保健室の教師と、ある生徒に話を聞いたうえで事件性の有無があるかどうか判断するためだった。


 保健室の教師は緊張した面持ちで低めのテーブルを挟んで、土田たちと向かい合うように腰を下ろした。


「緊張しなくて大丈夫ですよ。にさん聞きたいことがあるだけなので」隣の先輩刑事は穏やかに言った。

「申し遅れました。刑事の白井と土田です」


「聞きたいことというのは……」教師は2人の刑事を交互に見ながら言った。


「生徒が来てから一緒にお伺いするので少々お待ち下さい」わたしは教師の緊張を和らげるように笑顔を作った。


 職員室の木の引き戸を開ける音がした。わたしたちはそちらへ首を動かすと、一気に向けられた視線に驚いた表情をしている1人の女子生徒がいた。


 軽く頷くと、保健室の教師はこっちこっちと言って手招きした。


 女子生徒は土田を見て体が固まったあとに視線を逸らして保健室の教師の隣に腰を下ろした。


 白井刑事は土田と女子生徒を交互に見たあと、口を開いた。


「改めて、刑事の白井と土田です。4名の生徒が亡くなってしまったこと、お悔やみ申し上げます」白井がその場で深々と座礼した。


 土田も倣って座礼した。先輩刑事が元の姿勢に戻るのを確認したあと彼女も元の姿勢に戻った。


「今回の件、他に被害にあわれた生徒はいますか?」白井が質問を始めた。土田は脇に置いたバックからメモ帳とペンを取り出し、書く姿勢になった。


「いえ、本日の欠席者はいません。昨日と同様の症状をうったえた生徒もいません」


「そうですか」白井は両手を前で組んで前のめりになる。「被害が大きくならなくて良かったです」


「はい。昨日、保健所の方にも話したんですが、チョコは食中毒を起こすような保存状態ではなかったんです。なので、別の原因があるんじゃないかと」


「それは、保健所とわたしたちで判断します。今はご遺体から検体をとって、専門の機関に調査を依頼しているところです。結果がわかればなぜこのようなことが起きてしまったのかがわかると思います」


「わかりました」教師は力のない返事をした。


「話を聞いても良いかな?えっと……」白井は女子生徒の方に体を向けた。


「緑……愛梛です。チョコを作りました」弱々しく、声が震えていた。


「ごめんね。これもわたしたちの仕事なんだ。すぐに済ませるから頑張ってくれるか?」


「はい」


「チョコはどのくらい作ったの?」

まずは遠回しな質問からして、緊張を和らげつつ聞いていく作戦のようだ。


「120個です。3年生全員に……もうすぐ卒業なので感謝を込めてというか……」


「大変だったね。みんなに配って回ったの?」


「いえ、大袋に分けて、朝……教卓の上に置いて、1人1つご自由にどうぞって言って……」緑は、緊張しながらも呼吸を整えて順序立てて説明した。


「そうか……1人でチョコを作ったの?」


「いえ、友人と3人で作りました」


 少し考え込むように指で頬をかいたあとに、

「わかった、ありがとう。その……作ったチョコは残っていたりするかな?検査させて欲しいんだけど」


「すみません、もうないです。みんな食べちゃって」申し訳無さそうに緑は言った。


「あー良いんだよ。なかったらなかったで」と言った白井はうーんと言って溜息をついた。

「わかりました。これで聞き取りは以上です。ありがとうございました」


「あの……」土田が小さく手を挙げた。


「なんだ」白井が冷たい口調で聞いた。


「緑さんに聞きたいことが」土田が言った。「チョコを教卓の上に置いたって言ってたけど、不審な点はなかった?例えば誰かが緑さんの作ったチョコに食中毒になるような別のものを紛れ込ませていたりとか」


 何者かが緑に濡れ衣を着せて、4名の生徒に毒入りのチョコを食べさせたのではないかと土田は疑っていた。


「すいません、わからないです。教卓の上に置いたあと、すぐに2階に行ったので」


「2階?」


「えっと……」緑は俯いた。「彼……恋人にチョコをあげに行ってたんです」


 保健室の教師は緑を見て、土田と白井は顔を見合わせた。


「その彼って」

「赤佐くんです」緑は土田を、まっすぐ見て答えた。


「その赤佐くんを呼んでいただけませんか」白井が教師の方を見て言った。


 はいと言って教師は席を立つと、校内放送で赤佐を呼び出した。


 数分後、赤佐が職員室に入り近づいてきた。途中、ホワイトボードの方へ視線を向けたあと足早に緑の隣に来た。


 ホワイトボードには本日の出席・欠席者と書かれていた。


「こんにちは」赤佐は応接間にいる大人たちを交互に見て言った。


「こんにちは」刑事たちが揃って挨拶する。


「なにかご要件が」赤佐の口調はとても冷静だった。


「チョコを緑さんから受け取った時の話を聞きたいんだ」白井が言った。「君はたしかに緑さんと一緒にいたんだね?」


「はい。少し遅れたバレンタインデーチョコを受け取りました。緑さんは2月中旬に推薦入試を受けていたのでこの時期になったんです」


「そうか。ご丁寧にどうも」


「緑さんを疑うのはお門違いじゃありませんか」


「なぜ、そう思う?」


「傷んだチョコが仮にあったとして、そのぐらいで人が死ぬでしょうか?他の死に至る要因があったのではないかと考えなかったんですか?」


「随分言ってくれるじゃないか。別に最初から彼女さんを犯人だと決めにかかっているわけじゃない。ここへは話を聞きに来ただけなんだ。不快な思いをさせたのなら申し訳ないことしたね」


 赤佐は黙ったまま白井を見ていた。彼女が疑われていると思えば当然の反応だ。


「あと、聞くことあるか?」白井は土田に聞くと、土田は首を振った。

「それじゃ、わたしたちはこれで」


 赤佐は黙ったまま刑事たちに頭を下げた。土田はいったい彼は何を考えているのか表情で読み取ることが出来なかった。緑は俯いたまま座っている。


 刑事たちは職員室を出て、車を停めてあった駐車場に着く。


 白井は、運転席のドアを開けて、入らずに車の上に手を置いて助手席側の土田に声を掛ける。


「この件、お前の見立ては?」


「赤佐くんの言う通り、他の要因も考えるべきだと思います。まずは体内から検出された毒の検査を待ってから……」


「そうだな」白井は遮って続けた。「あの中坊、気に入らん」


 白井は強めにドアを閉めて、エンジンを掛けると学校を後にした。


 6


「大丈夫ですか?」赤佐くんは心配そうに聞いてきた。


「うん。大丈夫」わたしは作り笑いをして誤魔化した。


 職員室を出たわたしたちは、廊下を歩いて昇降口を目指した。あの刑事はわたしを疑っているのだろうか。わたしはチョコに何もしていない。


 まだ心臓の鼓動が早く動いているのを感じた。刑事に言うべきか悩んで結局言わなかったことがあるし、それにあの女性の刑事は……


「まさか土田さんが刑事だったなんて」赤佐くんがわたしの心を読むように言った。


「うん」


 土田さんは去年の9月、自身の妹と恋人を火災事件で亡くしている。なぜそれを知っているかと言うと、犯人はうちの学校の生徒だったからだ。


 その犯人を赤佐くんが突き止めた。土田さんは、記者だと言ってわたしたちに近づき、協力を求めてきた。犯人はもう捕まって、土田さんとは9月以来会っていない。今日が思わぬ再会だった。


「なんか騙された気分ですよ」赤佐くんはチョコから話題を変えようとしてくれていた。


「うん」


 目の前が霞んでいく。頰のあたりが熱くなるのを感じる。徐々に呼吸が苦しくなっていく。


「会長?」赤佐くんはわたしの背中に手を置いた。近くにあったベンチにわたしを座らせてくれた。


 赤佐くんがすぐ隣に座ると、わたしは彼の手を握り、呼吸を整えた。


「どうしよう。わたしが作ったチョコで人が死んじゃった」感情が溢れてきた。せき止めていた涙が一気に溢れ出てくる。


「会長、愛梛あんなさん」赤佐くんはわたしの手を両手で握った。「愛梛さんは喜んで欲しくてチョコを作った。そうでしょう?何も悪いことはしてません。俺が証明します。誰がこんな事したのか突き止めてみせます」


「ありがとう」わたしは赤佐くんに体を預けて号泣した。彼の着ている制服の胸の辺りが、わたしの涙で濡れてしまった。

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