ミーナの夢のおはなし
森に住む妖精のミーナは困っていた。
近ごろ、よく眠れないのだ。
夜にベッドに入ると、いつも同じ夢を見る。
それはこわい夢だ。
なにかに追いかけられて、あちこちかくれながら逃げているうちに朝になる。
ここのところ毎日そんなだから、起きてからもグッタリしてしまい、なにもする気にならない。
本当はもうすぐ新しい年がくるので、家じゅうをピカピカにしたいのだが、とてもそれどころではない。
なにも手につかないまま、あっという間に眠る時間になってしまい、このままではいけないとミーナは考えた。
「そうだわ。最初から見つからないようにすればいいのよ。そうすれば、追いかけられないはずだわ」
ミーナはポンと手をたたいた。
かくれるならどこがいいだろうと部屋を見わたす。
「クローゼットの中なら見つからないかも」
そう言うと、さっそくクローゼットを開けて、服やぼうし、カバンやくつ下など、中のものを全部出した。
そして、ベッドからおふとんを持ってきて中に入れる。
ミーナも中に入って、内側からクローゼットのとびらをきっちり閉めた。
「よし。これならきっと見つからないわ」
ミーナは安心して眠った。
しかし、やっぱりまた追いかけられてしまった。
ちゃんとクローゼットの中で、かくれて眠っていたはずなのに、夢の中では、いつのまにかクローゼットの外にいたのだ。
「困ったわ」
その日は一日中、どうしたら逃げ切れるかということばかり考えてすごした。
そして、なにか役に立ちそうなものはないかと、部屋のあちこちをひっくり返した。
すると、ずいぶん前に買って放置していた速く走れるくつを見つけた。
「このくつをはいていれば、速く走って逃げられるかもしれないわ」
夜になり、ミーナは今日こそはと、速く走れるくつをはいて眠った。
しかし、これもだめだった。
ちゃんとくつをはいてベッドに入ったはずなのに、夢の中でははだしになっていたのだ。
それからも毎日のようにミーナは、追いかけられる夢に対抗する方法を、考えては試した。
びっくりさせようと、おばけの格好をしてみたり
つかまえようと、部屋中にネバネバの葉っぱをおいてみたり
追い払おうと、ベッドにほうきを用意してみたり
おいしいもので気をそらそうと、家の外に真っ赤なリンゴをたくさん置いてみたり
外に追い出そうと、部屋の中をイヤなにおいでいっぱいにしてみたり
(これは目が染みて、眠れなくてだめだった)
それでもやっぱり追いかけられる。
なんなら、前よりももっとこわくて、もっと大きな何かに追いかけられる。
「もしかして、おうちにいるから追いかけられるのかしら?」
そう考えたミーナは、ついに家の外で眠ることを決心した。
森の中の、小さな家で暮らしているミーナは、これからどこへいこうかと、おふとんを両手に抱えて外に出た。
草も木ものび放題の小さな庭をぬけて、小道を歩いていく。
キョロキョロしながらしばらく歩いていくと、大きな木のウロが見えた。
「今夜はあそこで眠りましょう」
先客がいないことを確認して、木のウロにおふとんを入れて、ミーナも頭からそろそろと入った。
中は真っ暗でジメジメしている。
何も見えないので、手探りで中を歩くと、木のコブがあったようでミーナはつまづいてしまった。
「きゃっ」
ミーナは思いきり転んだ。
そして、両ひざをすりむいてしまった。
血は出ていないが、ズキズキ痛むひざをおさえる。
見つからないように、あかりを持たずにここまできたが、こんなことならロウソクを持ってくるべきだったと後悔した。
しかし、いまさら家に戻ることもできない。
いっそこのまま眠ってしまおうと、平らな場所を選んで体をちぢめて横になった。
「ううっ、寒いわね」
いつもと違う場所で夜をむかえる不安で、ミーナはおふとんをギュッと体に巻きつけた。
シンと静まりかえった真っ暗な森の中で、ガサガサ何かが通る音が聞こえる。
「なんだか目が冴えてしまって、ぜんぜん眠れないわ」
何度も寝がえりをうちながら、がんばって眠ろうとしたが、やっぱり落ち着かない。
ひざの痛みも気になって、いつまでたっても寝つけない。
結局、一睡もできないまま朝がきてしまった。
ミーナは眠たいのに眠れなくて、寒くて冷たくて、ひざも痛くて、こんなところでひとりぼっちで、なんだか悲しくなって涙がこぼれた。
そこにフクロウのボンじいさんが音もなく飛んでやってきた。
「おや? ミーナじゃないか。そんなところで何をしておるんじゃ?」
木の枝にとまった森の物知り博士のボンじいさんは、ミーナの顔を見て驚いた。
「目の下が真っ黒じゃぞ。何があったんじゃ?」
ミーナはしくしくと泣きながら、今までのことを話した。
ボンじいさんは目を閉じて静かに話を聞いてくれた。
それからホウホウとしばらく考えたかと思うと、かっと目を開いて、大きく真っ白な羽根を広げた。
「じゃったら、今夜はワシがお前さんを守ってやろう」
「本当に? うれしいわ!」
「ただ、ワシだけでは不安だからのう。みんなを呼んでパーティーをするんじゃ」
「にぎやかにするのね!」
ミーナはうれしそうに頷いた。
「じゃあ、みんなに声をかけておくから、お前さんは家で準備をしていてくれ」
ボンじいさんはそういうと、木の枝から飛びたっていった。
ミーナは急いでウロから出る。
まずは、すりむいたひざをなんとかしようと薬草を集め、そしてわき水の場所できれいに洗って手当をした。
それからおふとんを抱えて家へ帰ると、とびらの前に、となりに住むネズミのキトがいた。
「キトじゃない。どうしたの? 何かあったの?」
ミーナがたずねると、キトはピンとしっぽを伸ばしてふり返った。
「あ、ミーナ。ボンじいから、今日はパーティーだって聞いてきたんだ」
「そうなのね。でもパーティーはまだなの。これからそうじをして、そのあとパーティーの準備をするから、まだまだ時間がかかりそう」
「それは大変だね。じゃあ手伝うよ」
「いいの? すごく助かるわ」
「一緒にやれば、早く終わるでしょ」
「うん。ありがとう、キト」
そうして、ミーナとキトは家の片づけをはじめた。
部屋に入ると、イヤなにおいが残っていた。
まずは空気を入れ替えるため、窓を全部開ける。
そして、部屋中に置かれたネバネバの葉っぱを拾いあつめる。
おばけの衣装の白い布をたたんで、クローゼットに服やカバンをもどし、ベッドの上に置かれたほうきで床をはいていると
「やっほー。パーティーはまだ?」
窓の外から陽気な声が聞こえた。
窓のほうを見ると、そこにはウサギのルーがいた。
「そうじが終わらないから、パーティーはまだなの……」
部屋の中もまだ終わらないうえに、庭も荒れ放題で、いつパーティーがはじめられるかわからない。
落ち込んでいるミーナと、庭の様子を交互にみたルーは、鼻をヒクヒクさせてから首を少しかしげた。
「それなら、ボク、庭をきれいにするよ?」
「いいの?」
「うん。それで、きれいになった庭でお料理しててもいい? 外に置いてあるリンゴも使って」
「もちろん!」
ルーは料理上手なのだ。
ルーが作ってくれるおいしい料理を、時々おすそ分けしてもらっているミーナは、目を輝かせて頷いた。
そうしてルーは、庭のそうじをはじめた。
そのあとも、森の住民たちが次々とやってきては、あちこちのそうじを手伝ってくれるので、ミーナの家はみるみるきれいになっていった。
とてもひとりでは、ここまできれいにできなかったので、みんなが手伝ってくれることにミーナは心から感謝した。
すっかり家の中のそうじも終わり、外に出てみると、草取りも落ち葉の片づけも、ボサボサだった木のせんていも終わっていた。
そしてきれいになった庭には、たくさんの森の住民がパーティーがはじまるのをワクワクしながら待っていた。
そしてパーティーの準備ができて、そろそろはじめようかという頃合いに、ボンじいさんがカゴを持って飛んできた。
「おやおや、もうすっかり準備万端じゃな」
そういうと、持ってきたカゴをテーブルに置いた。
そこにはみかんやベリーなど、いろんな種類のジュースがたくさん入っていた。
みんな、そうじをして喉がカラカラだったのでカゴから好きなジュースを手にとり、庭にセットされたテーブルを囲んで乾杯した。
ジュースは甘くてさわやかで、みずみずしいフルーツで作られているのがわかった。
ボンじいさんが、あちこちまわって集めてくれたのだろう。
そして、ルーが作ってくれた料理はどれもとてもおいしくて、みんな笑顔でほおばっている。
ちなみに、ミーナが外に置きっぱなしにしていた真っ赤なリンゴは、シャキシャキのリンゴサラダとしっとりジューシーなキャラメルソテー、甘く香ばしいアップルケーキに変身していた。
日が暮れるまでにぎやかにすごして、パーティーはおひらきになった。
みんなが協力してくれたので、あと片づけもあっという間に終わった。
みんなを見送ったミーナは大きなあくびをする。
きのうから眠っていなかったミーナはまぶたも重く、今にも眠ってしまいそうだ。
しかしミーナは、また追いかけられるのではないかと不安で、ベッドに入るのをためらっていた。
すると、窓の外にいるボンじいさんが
「ワシがここで見張っているから、安心しておやすみ」
と優しくいってくれた。
その言葉に背中を押されて、ミーナはベッドで眠った。
夢の中でミーナは、いつもと違って追いかけられることもなく、森のみんなと先ほどのパーティーの続きをして楽しんだ。
とてもとても楽しい夢から目をさますと、すっかり日が昇っていた。
「んー……、よく眠れたー」
ベッドの上で伸びをしていると、窓の外からボンじいさんの声が聞こえた。
「追いかけられる夢は見なかったようじゃな」
ミーナはその声を聞いて、急いで外に出た。
「ありがとう、ボンじい。おかげでぐっすり眠れたわ」
「そうかそうか、そりゃあ良かった」
「ボンじいが追い払ってくれたの?」
そうミーナがたずねると、ボンじいさんはホウホウと笑って、夢の正体を教えてくれた。
「追いかけていたのは、お前さん自身の心じゃ」
「わたしのこころ?」
「そうじゃ。やらなければと思いながら、きのうの朝まで家のそうじができなかったんじゃろ?」
「ええ」
「このまま新年がきてしまうかもという不安が、お前さんを追いかけていたんじゃ」
「まあ! じゃあ、そうじが終わったから、安心して眠れたのね?」
ミーナはボンじいさんの言葉に納得して、お礼をいった。
そして、ふと気になって聞いてみた。
「もしかして、きのう、みんなが早くきて、そうじを手伝ってくれたのは、ボンじいが声をかけてくれたからなの?」
ボンじいさんはそれに対して返事はしないで、ホウホウと笑っていた。
そうして、ミーナは新年を無事にピカピカの家ですごすことができた。
それからミーナは、森の住民たちが自分と同じ目にあわないように、みんなの家をたずねては、お手伝いをするようになった。
「わたしの夢の中は、いつも森のみんなが遊びにきてにぎやかなのよ」
木の実の片づけを手伝いながら、ミーナはそう笑顔で話してくれた。
「それなら、ぼくも誰かのお手伝いをしようかな」
ぼくはその話を聞いて、そう答えた。
なぜなら近ごろ、よく眠れないのだ。
夜にベッドに入ると、いつも同じ夢を見る。
それはこわい夢だ。
ため込んだ木の実がミシミシと家を押しつぶし、ぼくは下じきにならないよう急いで逃げ出す夢だ。
みんなのお手伝いをして楽しい夢が見られるなら、そうしたほうがいいに決まっている。
「うん。それもいいと思うわ。でも、まずは木の実の片づけを終わらせましょう」
ミーナはそういって、なんだかうれしそうに木の実を片づけていた。
おしまい