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「露払いは任せたぞッ、ケーネリッヒ!」
「はい、王子!」
みんながそれぞれ宿敵に向かう中。わたしはヴァイスくんの背に縋りつき、戦場を馬で突っ切っていた!
『アァアアアァアァアーーーーッ!』
「二人に手出しはさせないぞッ!」
死兵の群れを旋風烈脚が吹き飛ばす。
助けてくれているのはケーネリッヒだ。まさしく激流を払うように、彼は迫りくる死兵たちを薙ぎ払い、わたしたちの行く道を確保してくれていた。
本当にすごい。中央は一番敵の猛攻が激しくて濃密なのに。まるでヴァイスくんがもう一人いるみたい。
「はぁ、はぁ……! 俺だって、『地獄狼』に怒ってるんだ……!」
彼が足を振るうごとに、戦場に暴風が巻き起こる。
次々と迫る死兵の軍勢。されどケーネリッヒも一歩も引かず、深く息を吸い込み、より強烈な蹴撃を放つ。次の瞬間――空気が裂けた。
「気弱だけど、優しいじいやを殺された! 自分勝手だけど、それでも俺を生んでくれた父を殺されたッ!」
雄叫びとともに放たれた蹴りが地を叩き、周囲の空間を震わせた。爆音と共に渦巻く風の刃が足元から螺旋を描いて広がり、前方の敵をまとめて呑み込む。
その刃は木の葉を切り裂く嵐のように凶悪で、触れるものすべてを粉砕していく。鎧をまとった死兵が何十体も宙に浮き、砕け散る骨の音が空気に響く。
「その上でザクス・ロアめ! 〝オーブライトの屋敷で待つ〟と!? ふざけるなッ!」
まだまだ彼は止まらない。
次瞬、跳ね上がるような回し蹴りが空を斬った。そして発生する真空飛刃。蹴りの軌道に沿って放たれた刃が、まるで鎌鼬のように前方を薙ぎ払い、敵の列をさらに深く切り裂いた。死兵たちは怯むことなく迫り来るが、それが滑稽に思えるほど、一撃ごとに隊列が崩壊していく。
「我が物顔で名を出すな! オーブライトは、俺の土地だッ! この《《新当主》》ッ、ケーネリッヒ・オーブライトのなァーーーッ!」
野獣のごとく吼え叫び、手を地面について猛回転する。それと共に放たれる蹴り技が風を呼び込み、四方八方に飛び散る真空の刃が辺り一帯を吹き飛ばす。敵の大軍が瞬く間に瓦解していく様は、まるで嵐に吹き飛ばされる枯葉のようだ。
風の衝撃波が後方の死兵まで到達し、列ごと巻き込む。
「だが俺ではッ、ヴァイス師匠を殺しかけるようなバケモノには、まだ敵わない! だからこそっ」
地を蹴って高く、どこまでも高く跳躍した。
もはや彼は超一線級の戦闘者。そのうえでケーネリッヒは『俺は力不足』だと断じて、遥か天空のカナタより、決意の宿った眼差しでわたしたちを見た。
「親愛なる王子とレイテに託すッ! どうか、俺の領地を取り戻してくれ――!」
――異能『旋紅靴』、限界発動!
彼が叫ぶや、両脚より暴風が溢れ、溢れ、溢れ、溢れ溢れ溢れ溢れ溢れ溢れ溢れ溢れ溢れ溢れ溢れ溢れ溢れ溢れ溢れ溢れ溢れ溢れ溢れ溢れ溢れ溢れ溢れ溢れ溢れ溢れ溢れ溢れ溢れ溢れ溢れ溢れ溢れ溢れ溢れ溢れ溢れ溢れ溢れ溢れ溢れ溢れ溢れ溢れ溢れ溢れ溢れ溢れ――どこまでもどこまでも風が溢れ続け、やがて天壌に渦巻く数百メートルの大嵐が巻き起こり、そしてケーネリッヒは流星となった。
「おまえたちの道はッ、俺が切り拓く――!」
天墜一閃。嵐と共にケーネリッヒは降り注ぎ、敵陣めがけて超音速の飛び蹴りを放った。
そして空前の大爆発。巨大な風圧が地面を砕き、周囲の敵をまとめて叩き潰した。地鳴りのような轟音が響き渡り、何万もの死兵たちが微塵と化した――!
「だから……どうか、頼んだ……ぞ?」
「任せなさいっ!」
片膝を突いた彼の脇を、わたしたちは馬で駆け抜ける。
ケーネリッヒが全力を尽くした後には――なんの障壁もない、緑の大地が存在していた。
彼は死の河の中央を……十万を超える死兵軍団の半数以上を、たった一人で滅ぼし尽くしたのだ。
残骸が風に散らばるだけで、わたしとヴァイスくんの駆ける道には、もはや敵の影すらあらず。
風の余韻を感じながら、境界の丘を駆け上った。
◆ ◇ ◆
『よく死の河を突き抜けた。さァ、第二ステージだ。《《鉄火の雨に呑まれて死ねや》》』
「!?」
丘の頂上にやってきた瞬間だった。
どこからか響く『地獄狼』総帥ザクス・ロアの声。それと同時に、遥か先の――オーブライトの街が輝いた。
いくつもいくつも、ポツポツと。地上に星が現れたような光が走った。
その光は決して人の営みの火にあらず。凄まじい速度で天へと上り――、
「ッ、来るぞレイテ嬢!」
「う、うん!」
空中で光が楕円を描き――無数の巨大な熱炎弾が、わたしたち目掛けて降り注いできた!
『さぁ、走れや走れや宿敵の男女! 今こそ必死に生き足掻いてみせろォーッ!』
「言われるまでもないッ!」
響く声にヴァイスくんは返し、そして愛馬の横腹を強く突いた。
『ヒィイイーーーーンッ!』
緋に染まった空の下。丘の頂上に高らかな嘶きが轟く。
巨体の馬――『国王号』の黒光りする筋肉が蠢動し、
「――さぁ、魅せてやれ、『国王号』!」
瞬間、『国王号』は一気に駆けだした!
下る大地は荒れている。『魔の森』有する自然豊かなハンガリア領側と違い、頂上からはわかりやすく、オーブライト領側は岩と砂利が入り混じる難路だった。
しかし、騎手たるヴァイスくんは薄く笑ってすらいた。
人馬一体となり、落馬しようものなら岩に当たって微塵になるような道を、彼は高らかに駆け下りる!
「うおおおおおおおおーーーッ!」
降り注ぐ炎弾。凄まじい爆音と灼光。それが何十も次々と絶え間なく起こる中、全てを振り切り、突破していく。
普通の馬ならば躊躇するような急な斜面。しかしてヴァイスくんは『国王号』を見事に御しきり、繊細な手綱捌きで完全に動きを制御。馬蹄が一歩ごとに絶妙な角度で地面を掴み、砂利を蹴りながら滑り落ちるように進むよう操っていた。
そして、
「フフッ――ハハハハハハハハハ!」
「!?」
ヴァイスくんが――めっちゃ笑った!
いつも寡黙なヴァイスくんが!
「なるほどっ、これが才能を発揮する感覚か! ザミエル少年ら、レイテ嬢に見出された者たちが夢中になるのも頷ける!」
鉄火の中の暴走疾走。
それを可能としているのは、異常な巨馬たる『国王号』の性能と、王子の宿した特記才覚『騎乗』によるものだった。
その才を全力で発露させた彼。普段は冷静沈着な口から、喜悦の叫びが吼え上がる。
「今は戦争中だ。ゆえに不謹慎だが――これは楽しい! 練習で乗り回す際にも、これほどの悪路を、火の雨の中で駆け抜けるなんてシチュエーションはなかったからなァ!」
「そ、そうね」
「レイテ嬢! 全てが終わったら、ドクターに投石器でも作ってもらって、またこの走りをやろうッ! キミを乗せて俺は無限に加速するッ!」
「って付き合わないわよこんな危険な走りッ! ヴァイスくんちょっとどうしたの!?」
「ウオオオオオオオーーーーッ!」
か、彼、爆走してハイになってるーーー!?
「ヴァヴァヴァヴァヴァヴァイスくぅん!?」
「ヴァヴァヴァヴァヴァヴァイスくぅんだッ!」
「うっさいわ! それよりアナタいまちゃんと正気!?」
「ああッ! 正気で暴走しているぞ!」
「ダメだぁー!」
ちょっ、マジでこの王子様、目覚めちゃいけない面が多すぎるじゃないの!
もしも剣に目覚めなかったら、女性を堕落させる色魔になるか、危険な走りを楽しむ暴走族になってたってこと!?
なんだこの次期国王ーーーーーッ!
「俺が王になったらッ、国民全てに馬を支給するぞォーーーーーッ!」
「アホなこと言ってるー!?」
脳みそまで暴走しているような有様。されど――王子の身体は、完全に馬と同調していた。
背筋を伸ばしつつも重心を緻密に移動させ、馬のバランスを見事に保っている。
その手綱さばきも一切の無駄がなく、指先のわずかな動きだけで『国王号』の進路を修正していた。斜面の途中で大岩が露出した箇所が現れるも、彼は膝をわずかに絞めて馬に命令を下す。
すると、『国王号』はその場で後脚に力を込め、高らかに跳躍して障害を越えた――!
まるで、空を飛ぶような感覚が全身に走り抜ける……!
「まだだ」
そして着地。ヴァイスくんは異常なテクで、空中で馬体をとそれに伴う空力を掌握し、調整し、巨馬とは思えないほど優雅で静かに、大地に着陸させてみせた。
少しでもミスしたら馬の膝が砕け散っていただろう。まさに神業としか言いようがない。
「まだだ……!」
着地からさらに、さらに彼らは加速する。
坂の途中で道が裂けたように狭くなり、崩れかけた部分が不安定にぐらついている。崩落寸前の岩壁に挟まれた道。普通の乗馬者ならば、降りて歩いて進むしかない状況。だけどすぐ後ろには降り注ぐ鉄火が。さらに、さらに!
『ウォオオオオオオーーーーーーッ! もっと魅せろやァアアアーーーーーーッ!』
無数の炎弾が、正面からも飛ばされてきた!
こんなの避けられるわけがないっ!
「ヴァイスくんっ!?」
恐怖に思わず叫んでしまう。
けど王子様は、こんな極限の死路で、迷うことなく手綱を操り、『国王号』に呼びかけた。
「まだだッ! まだ貴様は加速できるッ! じゃなきゃ馬刺しだッ『国王号』ォオオオオオーーーーーーーーーーーッッッッッッ!!!」
『ブルゥウヒィイイイイイーーーーーッッッ!?』
巨馬はもうヤケクソという具合で嘶くと、その疾走は稲妻と化した。
暴走したように斜め前の岩壁に飛び掛かるや、その壁を蹴って、もう片方の岩壁に跳躍したのだ。
それを超高速で繰り返し、まさに雷の軌道で岩壁の道を走り抜けた。飛ぶタイミングも姿勢もヴァイスくんに完全に制御され、前方より駆け抜けていく炎弾を踏み込む瞬間に全回避していく。
もう意味が分からない……!
「アッハハハハハハッ! 最高に高めた俺の加速で、最速の王の座を手に入れてやる――ッッッ!!!」
「こんな王様やだぁ~~~~~!」
お願いだからヴァイスくんっ、普通の王様を目指してーーーーッ!
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