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第三部:『地獄狼』決戦扁

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「テメェラァアァッ! コロセッコロセッコロセッコロセェッ!」


『アァアァァアァァ――!』



 ――丘を下る十万の死兵軍。

 蠢く死の河はついに、街へと到達せんとしていた。



「ブッコロしまくッて、いっぱい血をダスんだヨォオオオーーッ!」



 その陣頭指揮を執るのは、野獣の如き顔付きをした青年――『吸血公ヴァンピード』である。


 幹部陣の中では最も若く、最も血の気の多い彼。

 そんなヴァンピードが最後列で待機などできるわけもなく、異能(ギフト)で出した『鮮血の竜』に乗りながら、ほぼ最前線を翔けていた。



「血だァーーーーーッ! 血をミセロヤァアアアアアーーーーーーッ!」



 そうしてついに。街の外壁まで、わずか数百メートル。異能持ち(ギフトユーザー)なら瞬く間に詰められる距離までやってきた。



「いよいよダッ、イヨイヨダァアアアーーーッ!」



 知性と理性を完全に沸かし、死兵と共に襲いかかるヴァンピード。

 外壁の前に無数の人影があるが――ドーデモイイ。

 よく見れば、何万もの民衆たちが出ているが――ドーデモイイ。

 何か鉄の棒らしき者を持っているが、どうせほとんどは無能力者――ならば細かいことはどうでもいいコロスッ!



「死ねや雑魚ガァアアアーーーッ!」



 ヴァンピードに『警戒』などという二文字はなかった。

 配下は死兵。そして己は絶対的な異能持ち(ギフトユーザー)となれば、民衆の群れに臆する必要がどこにある。羊の群れを前に臆する狼の群れなどあるものか。

 そうでなくても――ヴァンピードは死んでも相手を殺すように、《《教育》》されてきたのだから。

  

 かくして。

 


「――全員、撃ちたまえ」


「は?」



 羊の群れが放った一撃――万を超える鉄の弾が、狼たちへと殺到した。



 ◆ ◇ ◆




 ――炎の弾ける音が響く。薬品らしきモノが焼けた匂いが、ハンガリアの大地に立ち込める。



「さぁ撃ちたまえッ! ホレ撃ちたまえッ!」


「……うわぁ」



 わたしの眼前にはとんでもない光景が広がっていた。

 玉の()められた鉄筒――『銃』という武器を扱い、どこにでもいるような民衆たちが、死の軍勢を打ち払っていた。



「なるほど。これが前々から言っていた、ドクターの新兵器なのね」



 優れた射手たるザミエルくんを巻き込み、開発テストを繰り返していたという。

 これはなんというかすごいわね。

 引き金というものを引くだけで、音が響いて弾が発射され、死兵に明確なダメージを与えていく。

 連中は不死だけど無敵じゃない。強い衝撃を受ければ転び、手足に当たって穴が開けば、その部位の動きが悪くなる。

 それでもじわじわと進んでくるけど、相手が普通の兵士だったら、もうゲームセットになっていたはずよ。



「本当にすごいわね……何よりも、ただの民衆が戦えていることが」



 剣を振るったことも槍を振るったこともない。

 そんな一般的な者たちが、銃という武器を手にするだけで、強力な兵隊と化していた。

 そこが何よりもすごく――恐ろしい。



「ドクター……アナタ、こんな武器をわずかな間に開発したの……?」


「おっと、買い被りだよレイテくん。銃で最も大切な素材――『火薬』というモノは、実は前々から生み出していた」



 異音、そして異臭が溢れる中、ドクターが語る。

 ――そういえば、わたしがドクターを『たまに臭い』と言ったときに嗅いだ匂いは、まさにコレだった。



「理性がパーな私でもわかるよ。火薬は、間違いなく世界の在り方を変えるシロモノだ。無能力者が、異能力者を狩れるようになる。バレたら、国を挙げて私ごと葬られただろうね」



 だから封印していたんだけど……と言うドクター。

 まぁ賢明な判断ね。ぶっ飛んでるけど賢い彼だもの、研究が続けられなくなるような面倒ごとはそりゃ避けるわ。



「そう。それをどうして、解禁を」


「この地にキミがいるからさ、レイテくん」


「っ」



 彼はわたしを見つめて言った。前髪から覗く目は、真剣だった。



「ザクス・ロアに同意するよ。キミは最高に愉快な女性だ。だからまぁ――悪くないと思ったんだよね。キミのためなら、国を敵に回すのもねぇ」


「……そう」



 なるほど。よくわかったわ。



「杞憂よ、バカドクター」


「!」



 わたしは馬上から彼の頭を蹴ってやった! 「んぎゃっ!?」と呻くドクター。

 わっはっはっ、いつも硬くて防がれたけど、ついに極悪令嬢キックが効いたわね!



「オイオイ、いきなり酷いなぁ……!」


「変な勘違いしているからよ。国は敵に回らないわ」



 だって、



主君(わたし)のために頑張った男を――未来の王が、『仲間』のヴァイスくんが罰するわけないでしょう?」


「無論だ」



 ――「ッ」と、ドクター・ラインハートが目を見開き、鋭く呼吸音を漏らした。

 あらあら。そんなに驚くことはないでしょう? ねぇヴァイスくん。



「……ドクターよ。わかっていると思うが、俺はおまえが嫌いだ」


「それは、まぁ」


「おまえはレイテ嬢を平気で危険な目に合わせるからな。だから何度も処罰してやろうと思ったが――しかし」



 馬上より堂々と。未来の王様は睥睨し、そしてフッと優しく笑った。



「……少女のために尽力したアナタを、どうして嫌えようか。今のアナタは、尊敬すべき国の偉人だ」


「…………そうかい」



 ドクターは顔を背けながらそう答えた。彼には珍しい、呟くような声だ。

 あれぇ。あれあれあれあれぇ?



「ドクター、照れてる?」


「うるさいヨッ!」



 わぁ怒鳴られた! この人を怒らせれたのは初めてかもっ!



「ふぅ~肌がつやつやになるぅ~! わたし、極悪系女子だから~!」


「はぁまったく……。貴族の実家から疎まれ、学界からも追放された私が、よもやこんな田舎で王族に褒められて、『仲間』なんてものを得るとはねぇ……」



 彼がしみじみと言った時だ。――戦場のほうから、「フザケルナクソガァアアアッッッ!」と、血の息交じりの怒号が響いた。

 見れば凶相の青年――ヴァンピードという男が、全身を血塗れにしながら唸っていた。



「オレじゃなァいッ! 血を流すのはッ、無力な無能力者共ダァアアアーーーッ! テメェらが死ねテメェらがシネェエエーーーッ!」



 男の手首が弾け抉れ、そこから二匹の『鮮血の竜』が現れた。

 双竜は壁となり、弾丸の雨を防いでいく。

 さらに――死兵の軍勢の向こうで、いくつかの『アリスフィア放射光』が立ち上った。

 善戦する民衆らを見て、敵能力者が本気を出し始めた合図だ。



「ククッ……そろそろだね」



 殺意極まる光景を前に――ドクターは、笑った。

 自ら指揮を引き受けると言った彼。普段から緊張とは縁遠く見えるこの男だが、今はなぜか、いつにも増して、気がラクそうに見えた。



「さてさて序盤は凌いだ。ここからは早くも中盤戦。速攻勝負キングス・ギャンビットを逃した敵が、死兵(ポーン)より上の戦力で圧倒してくるターンだ」



 指を振るドクター。すると目の前に光の絵図が現れる。

 ヴァイスくんが「アリスフィア放射光で絵を!? なんて器用な……」とドン引きしているが、今は絵の内容に集中よ。



「これは、戦場の俯瞰図?」


「あぁそうさ」



 そういえばドクター、外壁上の兵士から逐一報告をもらってたものね。



「死兵グループはおよそ八つに分かれている。これはヴァイス王子に一撃で葬られないようにするためだね。そして最も数が多い最前列のグループにあの血塗れ青年が。中列に老人が、後列右側に紳士が、左側に女が混ざっている。仮面の男はどこかに潜んでいるようだが……」


「『五大狼』の連中ね」



 紳士は知らないけど、老人はランゴウ、女はエルザフランと言ったか。

 その報告を聞き、出撃を待っているセツナとシャキールくんが激情を滾らせた。



「さぁ、銃だけで足止めも限界だ。距離というアドバンテージがなくなれば民衆は臆する。接近しすぎた死兵は、兵士たちが剣を以って当たるべきだ」



 ドクターの言葉に、『ハンガリア領守護兵団』が短く吼えた。

 ずっと魔物と戦ってきた戦士たち。しかも三か月前にはソニアくんたち王国騎士団残党が加わり、最近ではわたしが天才たちを引き連れてきたことで、圧倒的に強化されている。

 近接戦なら民衆銃撃隊以上の戦果を出してくれるだろう。



「そして能力者連中は能力者で当たってみせる。そうして空いた隙を突き――」



 ドクターが、それにみんなが馬上のヴァイスくんとわたしを見る。



「二人を無傷で、敵将の下に送り届ける! さぁさぁ、やるよ諸君――!」


『応ォオオオ――ッ!』



 かくして中盤戦。決着の趨勢を左右する、戦争の本番が始まるのだった――!





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