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「テメェラァアァッ! コロセッコロセッコロセッコロセェッ!」
『アァアァァアァァ――!』
――丘を下る十万の死兵軍。
蠢く死の河はついに、街へと到達せんとしていた。
「ブッコロしまくッて、いっぱい血をダスんだヨォオオオーーッ!」
その陣頭指揮を執るのは、野獣の如き顔付きをした青年――『吸血公ヴァンピード』である。
幹部陣の中では最も若く、最も血の気の多い彼。
そんなヴァンピードが最後列で待機などできるわけもなく、異能で出した『鮮血の竜』に乗りながら、ほぼ最前線を翔けていた。
「血だァーーーーーッ! 血をミセロヤァアアアアアーーーーーーッ!」
そうしてついに。街の外壁まで、わずか数百メートル。異能持ちなら瞬く間に詰められる距離までやってきた。
「いよいよダッ、イヨイヨダァアアアーーーッ!」
知性と理性を完全に沸かし、死兵と共に襲いかかるヴァンピード。
外壁の前に無数の人影があるが――ドーデモイイ。
よく見れば、何万もの民衆たちが出ているが――ドーデモイイ。
何か鉄の棒らしき者を持っているが、どうせほとんどは無能力者――ならば細かいことはどうでもいいコロスッ!
「死ねや雑魚ガァアアアーーーッ!」
ヴァンピードに『警戒』などという二文字はなかった。
配下は死兵。そして己は絶対的な異能持ちとなれば、民衆の群れに臆する必要がどこにある。羊の群れを前に臆する狼の群れなどあるものか。
そうでなくても――ヴァンピードは死んでも相手を殺すように、《《教育》》されてきたのだから。
かくして。
「――全員、撃ちたまえ」
「は?」
羊の群れが放った一撃――万を超える鉄の弾が、狼たちへと殺到した。
◆ ◇ ◆
――炎の弾ける音が響く。薬品らしきモノが焼けた匂いが、ハンガリアの大地に立ち込める。
「さぁ撃ちたまえッ! ホレ撃ちたまえッ!」
「……うわぁ」
わたしの眼前にはとんでもない光景が広がっていた。
玉の充められた鉄筒――『銃』という武器を扱い、どこにでもいるような民衆たちが、死の軍勢を打ち払っていた。
「なるほど。これが前々から言っていた、ドクターの新兵器なのね」
優れた射手たるザミエルくんを巻き込み、開発テストを繰り返していたという。
これはなんというかすごいわね。
引き金というものを引くだけで、音が響いて弾が発射され、死兵に明確なダメージを与えていく。
連中は不死だけど無敵じゃない。強い衝撃を受ければ転び、手足に当たって穴が開けば、その部位の動きが悪くなる。
それでもじわじわと進んでくるけど、相手が普通の兵士だったら、もうゲームセットになっていたはずよ。
「本当にすごいわね……何よりも、ただの民衆が戦えていることが」
剣を振るったことも槍を振るったこともない。
そんな一般的な者たちが、銃という武器を手にするだけで、強力な兵隊と化していた。
そこが何よりもすごく――恐ろしい。
「ドクター……アナタ、こんな武器をわずかな間に開発したの……?」
「おっと、買い被りだよレイテくん。銃で最も大切な素材――『火薬』というモノは、実は前々から生み出していた」
異音、そして異臭が溢れる中、ドクターが語る。
――そういえば、わたしがドクターを『たまに臭い』と言ったときに嗅いだ匂いは、まさにコレだった。
「理性がパーな私でもわかるよ。火薬は、間違いなく世界の在り方を変えるシロモノだ。無能力者が、異能力者を狩れるようになる。バレたら、国を挙げて私ごと葬られただろうね」
だから封印していたんだけど……と言うドクター。
まぁ賢明な判断ね。ぶっ飛んでるけど賢い彼だもの、研究が続けられなくなるような面倒ごとはそりゃ避けるわ。
「そう。それをどうして、解禁を」
「この地にキミがいるからさ、レイテくん」
「っ」
彼はわたしを見つめて言った。前髪から覗く目は、真剣だった。
「ザクス・ロアに同意するよ。キミは最高に愉快な女性だ。だからまぁ――悪くないと思ったんだよね。キミのためなら、国を敵に回すのもねぇ」
「……そう」
なるほど。よくわかったわ。
「杞憂よ、バカドクター」
「!」
わたしは馬上から彼の頭を蹴ってやった! 「んぎゃっ!?」と呻くドクター。
わっはっはっ、いつも硬くて防がれたけど、ついに極悪令嬢キックが効いたわね!
「オイオイ、いきなり酷いなぁ……!」
「変な勘違いしているからよ。国は敵に回らないわ」
だって、
「主君のために頑張った男を――未来の王が、『仲間』のヴァイスくんが罰するわけないでしょう?」
「無論だ」
――「ッ」と、ドクター・ラインハートが目を見開き、鋭く呼吸音を漏らした。
あらあら。そんなに驚くことはないでしょう? ねぇヴァイスくん。
「……ドクターよ。わかっていると思うが、俺はおまえが嫌いだ」
「それは、まぁ」
「おまえはレイテ嬢を平気で危険な目に合わせるからな。だから何度も処罰してやろうと思ったが――しかし」
馬上より堂々と。未来の王様は睥睨し、そしてフッと優しく笑った。
「……少女のために尽力したアナタを、どうして嫌えようか。今のアナタは、尊敬すべき国の偉人だ」
「…………そうかい」
ドクターは顔を背けながらそう答えた。彼には珍しい、呟くような声だ。
あれぇ。あれあれあれあれぇ?
「ドクター、照れてる?」
「うるさいヨッ!」
わぁ怒鳴られた! この人を怒らせれたのは初めてかもっ!
「ふぅ~肌がつやつやになるぅ~! わたし、極悪系女子だから~!」
「はぁまったく……。貴族の実家から疎まれ、学界からも追放された私が、よもやこんな田舎で王族に褒められて、『仲間』なんてものを得るとはねぇ……」
彼がしみじみと言った時だ。――戦場のほうから、「フザケルナクソガァアアアッッッ!」と、血の息交じりの怒号が響いた。
見れば凶相の青年――ヴァンピードという男が、全身を血塗れにしながら唸っていた。
「オレじゃなァいッ! 血を流すのはッ、無力な無能力者共ダァアアアーーーッ! テメェらが死ねテメェらがシネェエエーーーッ!」
男の手首が弾け抉れ、そこから二匹の『鮮血の竜』が現れた。
双竜は壁となり、弾丸の雨を防いでいく。
さらに――死兵の軍勢の向こうで、いくつかの『アリスフィア放射光』が立ち上った。
善戦する民衆らを見て、敵能力者が本気を出し始めた合図だ。
「ククッ……そろそろだね」
殺意極まる光景を前に――ドクターは、笑った。
自ら指揮を引き受けると言った彼。普段から緊張とは縁遠く見えるこの男だが、今はなぜか、いつにも増して、気がラクそうに見えた。
「さてさて序盤は凌いだ。ここからは早くも中盤戦。速攻勝負を逃した敵が、死兵より上の戦力で圧倒してくるターンだ」
指を振るドクター。すると目の前に光の絵図が現れる。
ヴァイスくんが「アリスフィア放射光で絵を!? なんて器用な……」とドン引きしているが、今は絵の内容に集中よ。
「これは、戦場の俯瞰図?」
「あぁそうさ」
そういえばドクター、外壁上の兵士から逐一報告をもらってたものね。
「死兵グループはおよそ八つに分かれている。これはヴァイス王子に一撃で葬られないようにするためだね。そして最も数が多い最前列のグループにあの血塗れ青年が。中列に老人が、後列右側に紳士が、左側に女が混ざっている。仮面の男はどこかに潜んでいるようだが……」
「『五大狼』の連中ね」
紳士は知らないけど、老人はランゴウ、女はエルザフランと言ったか。
その報告を聞き、出撃を待っているセツナとシャキールくんが激情を滾らせた。
「さぁ、銃だけで足止めも限界だ。距離というアドバンテージがなくなれば民衆は臆する。接近しすぎた死兵は、兵士たちが剣を以って当たるべきだ」
ドクターの言葉に、『ハンガリア領守護兵団』が短く吼えた。
ずっと魔物と戦ってきた戦士たち。しかも三か月前にはソニアくんたち王国騎士団残党が加わり、最近ではわたしが天才たちを引き連れてきたことで、圧倒的に強化されている。
近接戦なら民衆銃撃隊以上の戦果を出してくれるだろう。
「そして能力者連中は能力者で当たってみせる。そうして空いた隙を突き――」
ドクターが、それにみんなが馬上のヴァイスくんとわたしを見る。
「二人を無傷で、敵将の下に送り届ける! さぁさぁ、やるよ諸君――!」
『応ォオオオ――ッ!』
かくして中盤戦。決着の趨勢を左右する、戦争の本番が始まるのだった――!
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