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「以上が――けほっ、真夜中に起きた出来事の、全てです……!」
老執事セバスチャンは語ってくれた。
血を吐きながら死力を絞り、『地獄狼』襲来の詳細を。
「そう……ブルリックは死んだのね」
「父上が……そうか……」
目障りな遠縁の男。わたしにはその程度の認識だから、そこまで悲しみは起こらない。
息子であるケーネリッヒもまた、むべなるかなという表情だ。老執事と同じく、半端に悪に走った者は、いつか誰かの逆鱗に触れて殺されるだろうと覚悟していたのだろう。
「ふふっ……私めに後悔があるとすれば、旦那様があのようになる前に、もっと厳しく躾けるべきだったことですかねぇ……。そうすれば、死に際をもっと誰かに泣いてもらえたのに……」
老執事は力なく言った。
それからケーネリッヒを神妙に見つめる。
「お坊ちゃま。ケーネリッヒお坊ちゃまは、本当にご立派になられましたなぁ」
「じいや……」
「日々自分磨きを重ねたのですなぁ、精悍になられたと一目でわかります。先日起きた魔物たちの大襲撃でも、大活躍したと噂で聞きましたぞ……?」
本当に、本当に良かったと……染み入るようにセバスチャンは呟く。
――そろそろ、ね。
「レイテ様を始め……よきお仲間を得ましたなぁ。ゆえに断言できまする。アナタは、旦那様のようにはならないと」
「ああ……あぁっ、そ、そうだぞっ、安心しろ、じいや! 俺は立派な領主になる! オーブライト領は俺が立て直してみせるっ!
赤らんだ瞳で宣言するケーネリッヒ。
そんな彼の姿に、セバスチャンは報われたように目を細めた。
「ふふふ……それは本当も、安心ですなぁ……」
「ああ。だからもう、無理に喋ることは――」
そして――ケーネリッヒは、気付いたようだ。
「じいや?」
老執事が、何の反応も返さないことに。
そうしてさらに数秒。立ち尽くすケーネリッヒの肩を叩き、わたしは告げた。
「もう、逝ったようね」
「ッ!?」
瞬間――じいやぁああッ! と、ケーネリッヒは涙と共に叫んだ。
安心させるために張った虚勢。そんなものは一気に吹き飛んで、幼子のようにセバスチャンの亡骸に縋りついた。
「じいやッ、そんな……そんなぁ!」
泣き喚く幼馴染。そんな彼を横目に、わたしを指を小さく鳴らした。
背後に控えていた執事アシュレイが、前に出る。
「アシュレイ。湯灌と死化粧師の用意を」
「はっ……」
「執事としての先達に、最大限の――敬意を持って接しなさい」
「はっ!」
認めるわ、隣領の執事。そして褒めてあげましょう。アナタは十分に役目を果たしたと。
最後まで裏切らず誰かに仕え、そしてハンガリア領の危機を、命懸けで伝えてみせた。
見事ね。――顔を合わせたこともない『地獄狼』の総帥とは、奇妙だけど同じ意見よ。
「さて、ケーネリッヒ。葬儀はしばらく待ってもらうわ」
「! それは、なぜだ……」
泣き濡れた目でわたしを見てくる。
まったくもう。そんなの、決まってるでしょう?
「この老執事を葬る土地は、オーブライト領に決まってるでしょうが」
「!!!」
「だからこそ」
――滅ぼしてやるわよ、『地獄狼』。
首を洗って待ってなさい。
◆ ◇ ◆
屋敷の外に向かう。
あれこれ協議をする前に、まずは民衆連中に『地獄狼』襲来を告げる必要があるでしょう。
黙って逃げたりとかは絶対にしない。別にあいつらの安全とかは気にしてないけど、まぁ領主だからそのへんはやっておかないとね。
わたしは極悪領主だけど、臆病者だとか無能だとか言われるのは死んでも御免被る。責任はちゃんと果たすわよ。
「さて、大パニックになりそうだけど……」
そう思いつつ外に出た時だ。
ヴァイスくんが瞬間移動的に目の前に現れた。
「ってわぁヴァイスくんっ!?」
「わぁヴァイスくんだ。いやそんなことよりもレイテ嬢、火急の知らせを伝えに来た」
「火急の知らせ。それって、『地獄狼』がオーブライト領にやってきたことよね」
既に聞いているわ。そう言うもしかし、ヴァイスくんは首を横に振った。
「いいや、違うぞレイテ嬢」
「えっ」
「オーブライト領にやってきた、どころではない」
そして、彼は表情をこわばらせながら、こう告げる。
「丘を越え、ヤツらは既にハンガリア領を侵攻している――!」
「なんですって!?」




