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農村巡りを終えて数日。
あれからザミエルくんのような、農業の才はないけど実は戦士向きって人を数名見つけて、連れ帰った。
中には音楽家向きの子もいたりね。その子も回収よ。慣れない作業で怒られてるばっかよりマシでしょ。
実際、楽器渡したらすぐに上手な演奏ができて、「ありがとうございますレイテ様! 生きがいを見つけましたッ!」って喜んでたしね。
ま、感謝してるのは最初だけ。そのうちわたしの悪行っぷりを見て心は慣れていくんでしょうけどね~。
わたし極悪系女子だから~。
「さてヴァイスくん。実は今日ね~」
「どうしたんだレイテ嬢?」
朝食後のなごやかな空気の中、わたしはヴァイスくんに声を掛ける。
「ドクター・ラインハートにお呼ばれしたの。〝キミに打ち明けたいことがある。将来に関わることだ〟って」
「あの男ッッッ!」
ってうわぁ!? ヴァイスくんがいきなりキレた!?
「どどっ、どーしたのよヴァイスくん!」
「どうもこうもない! キミを狙うロリコン野郎を殺処分するッ!」
「ってなんでわたしを狙うとロリコンになるのよ!?」
わたし、十六歳なんですけど!
大人の仕事(領地運営)してるんですけど~!
「そんなんじゃないわよ。ドクターはオッサンだから、十代の子なんて恋愛対象外でしょうし」
「その認識はどうかと思うが……」
「それにわたしみたいな性格ブスに惚れる奴いないでしょ」
「その認識はどうかと思うが!?」
なんか今日は元気ねヴァイスくん。
え、ライバル増えたから張り切ってる? よくわからないけどまぁ元気ならいいわ。
とにかくお呼ばれされたんだから向かわないとね。『女王の鏡眼』が進化した時は、病気かもと思って心配かけないようヴァイスくんに黙って行ったんだけど、あのあと彼ってば『俺は護衛として不足か……?』とかちょっとへこんじゃったから。
だから今回は声を掛けていくわ。
「何の用かしらねあのロン毛。とりあえず行ってくるわヴァイスくん」
「俺も行く」
「別にいいわよ。ヴァイスくんは今日も建築の手伝いを」
「俺も行く」
「あの」
「他の男の――いや、あの危険な男のところに、キミを一人でやれるか」
「そ、そう?」
……ヴァイスくんってば前にも増して過保護よね~。乗馬も許してくれなかったし。
わたしが一回倒れちゃったせいかしら。信用、なくしちゃったのかも。
「むう。体調管理できてなかったのは反省するけど、子供扱いは勘弁よ。おでかけくらい一人でできるわ! ドクターだって変なことしてきたら蹴ってやるし! 極悪令嬢キックよ!」
「別に子供扱いしているわけでは……。ああ、ところでレイテ嬢」
なによなによ?
「転んだら危ないからな。だ、抱き抱えていってもいいだろうか?」
子供どころか赤ちゃん扱いしてる!?
◆ ◇ ◆
ドクターが呼び出した先は、研究所じゃなくて『魔の森』方面の街の出入り口だった。
というわけでやってきたんだけど……。
「ブッヒャッヒャッヒャッヒャッ! レイテくん、王子様に抱えられながらやってきたのか~いッ!?」
「笑うなー!」
結局、過保護なヴァイスくんに抱っこされてきてしまった。
うぐぐぐぐっ。恥辱よ恥辱……!
「まるで猫ちゃんみたいだネェ! かわいいヨ♡」
「うっさいわオッサン! 極悪令嬢パンチッ! ――ぎゃあああああ拳痛い~!? こいつの身体無駄に硬いぃ~!?」
「ギヒヒヒヒヒヒヒヒッ!」
「だから笑うな~~~~!!!」
腹を抱えて転がるオッサン。こんなやつこそが天下の天才、すべての学問を一代進めたドクター・ラインハート様とは詐欺よねぇ。
「失礼なやつっ。あ、ヴァイスくんもう降ろしていいわよ?」
「む……いや、年増なドクターの近くだ。地面に抜け毛が散らばってるかもしれんぞ?」
「ぎゃあっ! それは勘弁よ!」
しばらくヴァイスくんに抱えられることにするわ! オッサンの抜け毛やだー!
「まだ抜け毛は起きてないヨ……。しかし王子くん、キミってば……フッフッフ……!」
「むむ。なんだ、ドクター」
「イヤイヤイヤイヤ~! 欲にいまいち欠けていたキミも、男になったのだとネェ。王を目指すなら必須の要素だ。若者よ、絶えず燃やし続けたまえ」
「……言われなくても、だ」
何やらニヤニヤするドクターと、ちょっと気恥ずかしそうにするヴァイスくん。なんの話してるのよ?
「まぁ欲に飲まれたら終わりだがネェ。……王都にはかつて、『切り裂きブルーノ』という殺人鬼がいた」
え、それこそなんの話よ?
「妻を愛しすぎるがあまり、身体どころか命すら乱暴にしたいと思って殺してしまったアホな男さ。たとえ誰かを愛しても、そうはならないように――って、話が逸れたネェ」
ドクターは咳払いをすると、「今日レイテくんを呼んだのは他でもないヨ」と前置きした。
「なによ、もったいぶっちゃって」
「フーッフッフ。実はとんでもない発明をしちゃったんだよネ~! というわけでっ、はいこれ!」
ドクターが懐から取り出したのは、何の変哲もない眼鏡だった。いやなにこれ。
「レイテくんどーぞ。王子くんの分もあるから、かけてみたまえ」
「「どれどれ……」」
二人で手に取って眼鏡をかけてみる。
「ん~? 度が入ってないのかしら。特に何の変化もないわよ?」
「俺もだ」
ヴァイスくんと共に首を捻る。ただこれじゃヴァイスくんがメガネ男子になっただけじゃない。
「む、レイテ嬢のメガネ姿……うむ……!」
「な、なによヴァイスくん!? 似合ってなかった!?」
まぁ仕方ないわね。わたし、やたら視力いいから眼鏡付けたことないし。
「ハーイハイハイ、王子くんは自重してネ~」
「むむぅ……」
「じゃあ次だヨ。その眼鏡にちょぉ~っとだけ、『アリスフィア放射光』を注いでみたまえ」
えぇ? 放射光って、わたしたちの持つ異能の根源エネルギーよね?
「い、いまいち操る感覚がわからないんだけど、とりあえずやってみるわ。むむむむ……!」
目のあたりに力を込めると、どうにかポヤ~と青い光が出て、眼鏡を包んだ。
「ん~、特に変わりないけど……?」
どういうことかしらと思ったときだ。
蒼白の光を放つヴァイスくん(メガネ男子モード)が、「これはっ」と驚きの声を上げた。
「ど、どしたのヴァイスくん!?」
「な、なんといえばいいのか……! 視界が、とても細かに見えるんだ。普段の景色を濃霧の中で見たものとすれば、この眼鏡をかけてからは晴れやかな青空の下で見たような……」
そーなの!? わたしは特に何も変化ないんだけど……!?
「レイテ嬢のことも、輪をかけてうつく――ぐッ!?」
何やら言いさしたところで、ヴァイスくんが目元を押さえた。ドクターが「限界みたいだネ」と言って眼鏡を取り上げる。
「これはね、『解像度が上がって見える眼鏡』なんだ。正確には、レイテくんの魔眼による視覚を再現したものだネ。流石に進化後はムリだけど」
「わたしの視覚をっ!?」
なにそれどういうことよ!?
「キミの異能『女王の鏡眼』。その進化前の能力は〝弱点看破〟。……たとえば心臓や病気の部位、あと魔物の魔晶石など、肉体的に負荷がかかっている部分を見抜くというものだよネ?」
「そーよ。人の弱みがわかるなんて、まさに悪の女王様ね!」
「ハハハ」
なに笑ってんのよ頷きなさいよ!?
「ソレを再現しようと試みて作ったのがソレだヨ! いいかぃレイテくん、無から有は発生しないんだ。ゆえに全ての異能には仕組みがあってだネェ――!」
ドクターはテンションを上げつつ長話を始めた。
「たとえば風や炎の発生能力! これらは異能の根源エネルギーたる『アリスフィア放射光』を変換して起こりうるものだ! そして王子やレイテくんのような肉体機能強化・拡張能力は、外部と肉体が反応しあう際に放射光が仲立ちとなって特定の働きをすることで起こるッ! 王子であれば、身体の動きを後押しする形で筋繊維間に走った放射光が同XY方向に負荷をかけるわけだネッ!」
「は、はぁ。要するにモノを握れば、放射光もモノを握る形で圧力をかけてくれるってこと……?」
「そう正解ッッッ!」
うるっさ!
「そしてレイテくんのような魔眼系統の場合は~~~!」
わたしの目を指さしてグルグル指回してきた! きもいやめろ!
「まさに眼鏡のように、放射光の膜が第二の水晶体となって、光の受け取り方を変えるわけだっ!」
「そ、そうだったの……!?」
そんな仕組みがあったのね。ドクター、ふざけてるけど流石は最優の科学者だわ。
「人にもよるけどネ。レイテくんの〝弱点看破〟は、主に生物を見た際に解像度が上がり、筋肉を通した血流の動きから『滞る点』を見抜いてるって感じかナ。心臓や肝臓などの重要な臓器、そして病んだ部位は、良くも悪くも血が一時的に集中するからネ」
「な、なるほど……! それでその眼鏡は、そんな〝弱点看破〟の見え方を再現した代物ってわけね」
「そう! 魔物の心臓部たる魔晶石をグラスとし、キミの放射光の波形パターンをナノレベルで彫り込んでみたんだ。魔晶石は一時的に放射光を保持できると研究でわかったからネ。名付けるならその眼鏡は、『魔晶鏡』と言ったところか」
「魔晶鏡……!」
これまたとんでもないモノを開発しちゃったわね。
ヴァイスくんの様子からして目がめっちゃ疲れるようだけど、ほんの数秒程でもわたしと同じように見えるようになるなら、お医者さんとして大活躍できるじゃない。
「すごいわねっ。最近は領民が増えすぎて、みんなを細かく見てあげれてないから助かるわ! 奴隷にはいつまでも元気でいてほしいものっ」
「ハハハ。相変わらずだネェ悪の女王様」
ドクターはなぜか笑うと、「それだけじゃないダロウ」と言って、わたしの頭を撫でてきた。
「って、なによ……!?」
「キミのためにもなるだろう、レイテくん? その魔晶鏡があれば、魔晶石を集めるために、キミが危険地帯に出る必要はなくなるはずだ」
「!」
それは……たしかに……!
「キミが過労で寝込んだと聞いて作った。これで負担は大きく減るはずだ」
「つ、つまりドクター……わたしのために……」
……って、んなわけないわよね。
「ふーん。そりゃ、スポンサーのわたしがいなくなったら、ドクターは浮浪者のオッサンに逆戻りしちゃうもんねぇ~!」
「ンン? ……ハハハハッ! まぁそういうわけだネっ!」
ほらやっぱり~!
「わたしの目を舐めないでよね? レイテ様には媚びた考えくらいお見通しなんだから~!」
「ハハハ」
ドクターは笑ったままわたしの頭をもう一度撫でる。そしてヴァイスくんに顔を近づけると、なぜか真顔になって、
「王子。彼女のことは、わりと強引にわからせたほうがいいかもしれないネ」
「ああ」
って、なに!? なんか怖い話してるッ!? 反逆ッッッ!?
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・レイテちゃんの目(人の情報がすごく見える/心はまっったく見えてない!)
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