80
「おお、黄金色の麦畑だ。王都暮らしだった俺には新鮮な光景だ」
「都会人アピールやめろー!」
数十分ほど走って、はいつきました。
近隣の農村・リヴィラ村ね。
農村にしてはかなり栄えている印象の村ね。これといった特徴はないけど、ハンガリアの街に向かう旅人とかが最後の休憩地点に立ち寄る場所だから、外貨がぽろぽろ落ちていくってワケね。
「ふむ。領地の主要部が栄えれば、末端にもまた栄養が行くというわけか。経済学というやつだな」
あらヴァイスくん、珍しく賢いこと言ったわね。
「アシュレイには相変わらず勉強してもらってるわけ?」
「ああ。彼は教え上手だ。悪態もついてくるが、修行漬けだった俺にもわかりやすく話を噛み砕いて教えてくれるぞ」
「よかったわねぇ」
なるほど。アシュレイがスキル『指導教育』を持っていたのは、覚えの悪いヴァイスくんに色々教えていたのもあるかもね。
「礼を込めて、俺がつける戦闘修行では一切手を抜かないようにしている。彼には感謝に絶えない思いだ」
「あはは……アシュレイのやつ、めっちゃ強くなりそうね」
お礼にボコってくる王子様とか嫌だけど、戦闘狂気質のあるアシュレイからしたら望むところなのかしら。
ま、部下たちが高め合ってていいことだわ。
アシュレイがヴァイスくんを無視したり追い出そうとしていた最初を思えば、イイ関係になったじゃないの。
「さて、馬に乗ったままじゃ散策しづらいわね。旅人用の馬小屋があったはずだから、そこに預けてきましょう」
「わかった。……国王号よ、逃げるんじゃないぞ?」
『ヒッ、ヒヒィン……!』
あら国王号、ビビりながらも〝このバケモノ主から逃げるチャンスでは……!?〟とか思ってそう。
でもそこで、
「逃げたら――わかっているな?」
『ヒイインッ!?』
……ヴァイスくんの恫喝じみた言葉を聞き、プルプルと馬小屋に向かうのでした。
たぶんヴァイスくん、〝ヘタに外に出て、魔獣に出くわしたら危ないぞ〟って言いたいのだと思うけどね。
◆ ◇ ◆
「農家たちの才覚は……うーん、ほとんどが『耕作』ね」
途中で買った焼きたてパンをハグハグしながら、『女王の鏡眼』で村を見回る。
まぁ仕方ないわね。農村は多くの者が畑持ちになる世界。生まれてからずっと土いじりをしていれば特記才覚と言えるほど耕作技術が身に付くでしょうし、そしてその世界でモテる者は、一番うまく畑を耕せる者になるわけ。
するとその人間が多くの子孫を作り、子孫も当然畑いじりが得意な者が多めって感じで、才覚は一点に集中していくわけね。
「あとは、二次産業である『パン作り』が得意な者が、女性には多めと。……このパンおいひぃ~!」
外仕事ができてモテるのは主に男性。
逆に女性は内仕事が主に評価されるわけだから、古典的だけど料理が得意な者がモテるってわけね。
あむあむ。血筋の中で磨かれた才覚を用い、取れたての麦で作ったパン……これは美味しいわけだわ。
「最近は立ち寄る者が多いから、外様な客を意識してさらに腕を上げているでしょうしね。パン屋の娘さんとか引き抜くのもありかしら……」
っておっと。
それもいいけど、今日は傭兵結社『地獄狼』の襲来に備えて、戦闘で役立ちそうな者を引き抜くんだったわね。
そっちを優先しないと。
「ほら、行くわよヴァイスくん」
「もぎゅ、もがもぎゅもごごごぐ!」
「あ、咀嚼中だった。ごめんなさい」
やがてパンをごっくんしたヴァイスくん。それから「レイテ嬢」とわたしを呼び止めてきた。
なによなによ。パンもっと欲しいわけ? おいしかったものね~。
「いやパンは欲しいが、そうでなく。少し向こうの畑が、騒がしくてな」
「えぇ?」
そういえば、風に乗ってわずかに、幾人かが喚く怒声が聞こえてくるような……。
うぅん。言われるまで気付かなかったわ。聴覚の良さなんかは、ステータスじゃ見抜けない項目みたいね。
「よし、行ってみましょうかヴァイスくん。わたしトラブル大好きよ~!」
野次馬根性に満ち溢れてるの! 極悪令嬢だからねっ、おーっほっほぉー!
「む、レイテ嬢」
あら、ヴァイスくんが目を眇めたわ。
悪趣味とでも言うつもり? いいわよぉー、わたしにとっては誉め言葉だから!
「トラブルを解決するのが好きというわけだな……流石だ」
「って違うわよ!?」




