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ヴァイスくんを連れて街を歩く。
遠出する前に、ちょっと寄りたいところがあるからね~~。
「レイテ嬢レイテ嬢」
「レイテ嬢レイテ嬢よ。なによ」
「人材を見つけてくるそうだが、わざわざ遠出する必要はあるのか? 主都ハンガリアの内で見つければいいのでは」
あーそれね。見渡せば、「レイテ様ァアアッ!」と手を振ってくる領民どもがわんさか目に入った。
今日も媚びまくってるわねぇ。そんなにお金欲しいのかしら。
「あいつらは今はいいわ。なぜなら街に来た者たちは、みんな希望の職をやらせてるからね」
「ふむ?」
移民就労斡旋サービスよ。街に来た連中には、《《本人の希望》》に沿い、その日に職場を用意するようにしている。
税収のためよ。ニート養う気はないしね。
「わかる? 街の連中は大概、自分のやりたいことをやっているの。いわば夢の最中ってわけ。そんな連中にいきなり〝アンタはケーキ屋より兵士が向いてるわよ、やりなさい〟って言うのは、どうよ?」
「……なるほど。たとえ才覚があったとしても、酷だな」
「そういうこと」
別に領民の気分なんてどうでもいい。
けどモチベーションは労働意欲に響くからね。未亡人メイドたちのように〝奉仕作業の一環として、事務手伝いもさせる〟ならともかく、業種ごろっと変えさせるのはやりづらいわ。
「向いてない仕事をやっていたとしても、情熱を持って頑張り続けたら、誰にも負けないスキルになることだってあるでしょう?」
「そうだな。俺も最初は剣術がヘタだったが、師の下で死ぬ気で鍛えて、今に至った」
ヴァイスくんは腰の鞘にそっと触れた。
……剣術に出会ってよかったわねヴァイスくん。そうじゃなかったらアナタ、今ごろ色魔スキルの数々を覚醒させてたわよ。
「そーいうわけで、そこらの農村を回ってこようと思うわ」
ハンガリア領はこの街だけが土地じゃない。
正確には隣領までの一帯がわたしの領地であり、農村がいくつもある。
街から離れているからこそ、土が汚れていなかったり、広大な農地を確保できるわけね。
「でもね。仕方ないことだけど、そういう農地にはいるのよ。〝親が農民だから、畑を継ぐしかない人間〟って」
世襲ってやつね。
それを否定するわけじゃないわ。血でヒトを家業に縛るのは、一番安定した引き継ぎ方だもの。
天才的な他人を跡継ぎにしたら、別の店舗に引き抜かれました――なんてことになったら笑えないし。
「世襲で継ぐことになった仕事。それだけならともかく、もしも自分と合わなすぎたら、地獄よ。家族から疎まれるし何もいいこと一つないわ」
「……たしかにな。なるほどレイテ嬢、キミはそうした者を引き抜きに行くのか」
そ。角も立たないしね~。
「渋るなら金で買ってやるだけよっ。人身売買、極悪ぅ~!」
「なるほどなるほど……」
こくこくと頷くヴァイスくん。それから、わたしのほうを見て、
「疎まれている者を救おうというわけか。レイテ嬢、キミはやはり優しいな……!」
「って優しくないわァーーーッ!」
便利な人材奴隷が欲しいだけだっつの!
◆ ◇ ◆
「ついたわ。馬牧場よ」
「おお」
やってきたのは街の外周。緑豊かな広がる平原前ね。
そこでは木の柵に囲まれた中、元気な馬たちがパッパカしていた。
「愚かな馬たち、レイテ様が来てあげたわよ!」
『ヒヒィ~~ン!♡』
あら可愛いっ。あいさつしたら甘い声で鳴いてくれたわ!
「わたしの極悪令嬢オーラに屈したのねぇ!」
「小さくて可愛いからじゃないか?」
「小さい言うなッ!」
まったく失礼なヴァイスくんねぇ!
「それでレイテ嬢。遠出の前に、どうしてここに? 馬車用の馬なら屋敷にいるはずだが」
「まぁね」
馬車用の馬、カラバッチョくんとスラマッパギくんね。
たしかに屋敷脇の雑木林で遊んでるわ。アホ面だけど力持ちだし、呼べば寄ってくるイイ子たちよ。
「あの二頭はクビか? ……セツナ曰く、馬はナマで食べると美味いらしいぞ。『馬刺し』というらしい」
「って食べないっつの! そーじゃなくて、今日は騎乗用の馬を買いに来たのよ。戦場にも連れていけるヤツをね」
「ほう……!」
ウチに騎乗用の馬はない。
なにせわたしは辺境伯。国境の『魔の森』からやってくる魔獣たちを仕留めるのが仕事だもの。
森の中じゃ馬は機能しないわ。だから守護兵団には与えてこなかった。
けど、
「傭兵結社『地獄狼』。連中が王都方面から攻めてきたなら、戦場は平原になるでしょう。そのときは機動力に優れた馬が必要になるわ」
そして気付いた。
ヴァイスくんのろくでもないエロ未覚醒スキルの中に、『騎乗』なんてのがあるってね。
ナニに騎乗するつもりなのかは知らないけど……ともかく。
「ヴァイスくん。特記才覚って記されるほどなんだから、きっとアナタは馬に乗るのが得意なのよ。ていうかこれまで馬に乗ったことはなかったの?」
王子様と言えば白馬に乗ってそうなのに。
「ああ……それはだな……」
わたしが問いかけると、ヴァイスくんはいつもの仏頂面を、ほのかに翳らせた。
ど、どーしたのよ!?
「俺が寄るとな……馬たちが恐れて、萎縮してしまうんだ」
「えっ」
「それが可哀想でな……乗馬訓練は行ってこなかった」
あ……あー、なるほど。
動物って『生物の格』に敏感だものね。
その点、ヴァイスくんは最強の剣士。『魔の森』から攻めてきた数千の魔物を爆発剣術でブッ殺し祭りした先日の一件は、ハンガリア領の伝説として領民らも話題にしまくってるわ。
マジですごかったわね。
「なるほど……馬たちの事情は分かったわ。――機嫌を損ねようものなら、爆発謎剣術使ってくる不愛想王子様。そんなやつ、背中に乗せたくないわね」
「がーん」
無表情のまま顔を蒼くするヴァイスくん。
まぁどんまい。たぶんヴァイスくんと仲良くなれる馬もいるわよ。
試してみましょ~。
「おーい馬たち~!」
『ヒヒ~ン♡』
「このヴァイスくんの愛馬になりたい子、寄ってきなさーい!」
『ヒヒィイイイイイイーーーーンッッッ!?』
……馬たちは散り散りに逃げていきました。完。
「ががーーん……!」




