第二部エピローグ:暖かな腕と獣の腕《かいな》
収縮する爆炎。風の中に消える炎。そして後に残ったのは、わずかばかりの黒い灰のみ。
災厄の龍と数千の魔物は、もの皆等しく消え去ったのだった。
『や――やった――』
一拍の沈黙の後、誰かが、あるいは領民の全員がそう呟き、やがて叫んだ。
『ヴァ――ヴァイスさんがやってくれたぞぉおおおおーーーーーーーーーッッッ!』
大歓声が一気に響いた!
「ヴァイスくーーーーーーんっ!」
わたしも空に向かって叫ぶ! その声に応えるように、彼は舞い降りてきてくれた。
「終わったぞ、レイテ嬢」
「わっ、ヴァイスくんスッーて降りてきた!?」
どうやら放射光を下に出力しているらしい。上手い具合に落下速度を殺して、空を滑るようにこちらに来た。
「なんかモモンガみたいね、ヴァイスくん」
「モモンガヴァイスくんだ」
地に降り立つヴァイスくん。その顔はいつも通りの天然無表情だった。ついさっき天を焼き尽くすような大爆発を起こしたとは、とても思えないわね。
「うぉおおおおおおドラゴン殺しヴァイスさんだぁあああーーーッ!」
「魔物絶滅ヴァイスさんだぁーーー!」
「握手してくださいヴァイスさーーーんっっっ!」
ワッと領民たちが押し寄せてきた。元から兵士や職人からは強くて力持ちだと慕われていたけど、彼が大々的に力を見せつけるのは初めてだもんね。
いや、あそこまでの強さを見せるのはわたしにとっても初めてなんだけど。
「ドラゴン殺しヴァイスさんだ。魔物絶滅ヴァイスさんだ。握手してくださいヴァイスさんだ」
対するヴァイスくんも嬉しそうね。顔は相変わらず無表情だけど、ちょっと声が半トーン高い気がする。握手してくださいヴァイスくんってなによ。
「ヴァイスくんヴァイスくん」
「ヴァイスくんヴァイスくんだ」
「そうじゃなくて、一応怪我とかは……」
と、無駄な質問(※魔物の大軍を滅ぼして無傷ってなに?)をしようとしたところで、ハッと気付いた。
「あぁそうよっ、敵は空からだけじゃないわ!」
地上からも迫っていると伝令の兵は言っていた。
「ヴァ、ヴァイスくんっ! 急がないと私たちの街がっ」
「大丈夫だ」
そう言うとヴァイスくんは、懐から『双眼鏡』を出して渡してきた。ドクターの開発品で、遠くのものが見えるという代物だ。
「な、なんなの?」
「そう焦る必要はない。なにせ……」
彼に突然抱き上げられる! それに抗議する間もなく、気付けばわたしは、ヴァイスくんと共に空に舞い上がっていた! わひゃぁーっ!?
「見てみるがいい、レイテ嬢」
「ふぇっ!?」
彼の示した視線の先。『魔の森』の方角に広がる草原。そこには、街に押し寄せんとする魔物の群れと……、
「俺ほどではないが、この街には頼れる男たちがいるのだからな」
アシュレイにせっちゃんにケーネが戦っていた!
「――ヴァイスには負けられませんね。お嬢様を先に愛したのは、私ですゆえっ!」
灰の燐光を纏ったアシュレイが駆ける。放射光を出力に敵軍へと突っ込み、裂帛の拳で周囲の魔物を殴り飛ばした!
「――この地はもはや第二の故郷。姫への恩義ッ、我が刃に込める!」
桜色の重力光を噴きセツナが切り込む。魔物たちを地に押し付け、一方的に敵を嬲っていく。
「――あの王子にはッ、負けられるかァーーーーッ!」
最後に紅の風光を放ち、ケーネリッヒが蹴り込んだ。まさに縦横無尽。次々と敵を蹴り穿ち、天を舞いながら必殺の烈蹴を放って行った。
地を埋め尽くすほどの魔物たちが、輝き放つ三人によって攻め滅ぼされていく……!
「みんな、すごいっ……!」
「セツナとケーネリッヒは日々俺の下で頑張っているからな。実はアシュレイも、夜中には恥を忍んで俺に学びに来ている」
そうだったんだ……って、
「ヴァイスくんはいつ寝てるの?」
「明け方」
「もっと寝なさいッッッ!」
結果的にアナタが一番修行してるじゃないのッ!? そりゃドラゴンワンパンするくらい強くなるわよ!
「さて、そろそろ降りるぞ」
「わっ」
言うやいなや、彼は元居た場所に滑り降りた。……あーお空怖かった。思わずヴァイスくんのことギュッと抱きしめちゃったわ。
「むむむむ……」
「あらヴァイスくん、放射光収めていいのよ? それ出すと疲れるでしょ?」
「無限に出そうだ」
「無限に出そうなの!?」
もう何なのよこの王子様は。頼りになり過ぎて怖いくらいね。
「っと、わたしも甘えてばかりじゃいられないわね」
ヴァイスくんの手から降りる。初めての飛行体験をしたせいか、降りた時にちょっと足元がよろめいた。
「レイテ嬢?」
「街の被害をチェックしないと。すぐにヴァイスくんがみんなを安心させてくれたけど、でもそれまでにパニックになって、転んだり誰かを押しのけちゃったりしてるかもでしょ?」
わたしは悪の女王様よ。ビシバシ容赦なく働かせるために、領民どもの健康は守らないと!
「じゃあヴァイスくんはアシュレイたちの助っ人お願い! わたしはさっそく街を走って――」
と、駆け出さんとした時だ。褐色の手が肩を掴んだ。
「待つがよい、レイテよ」
「って、シャキールくん!?」
何よ公国王子っ。今こうしてる間にも、どこかで苦しんでるかもしれない奴隷が……!
「やれやれ、働くのがクセになっているな。被害確認など代われる仕事だ。そういうのは他人にどんどん任せればよいのだ」
「で、でもっ」
「我が友ヴァイスよ、そなたの姫に少し触れるぞ」
そう言うとシャキールくんは、わたしの目の前に手をかざしてきた。そして、
「ギフト発動――『永夜恋歌』」
あ……という間に、意識が一気に暗くなる。彼の手から溢れた夜色の光が視界を包み、現実が一気に遠のいていく……!
「王家秘蔵の我が異能だ。さぁ姫君よ、そなたはいい加減に一度休め」
「これ、は――」
そしてわたしは、全身の力を失った。でも不安感は何もなかった。
「レイテっ!」
咄嗟に響く、わたしを呼ぶ声。わたしを抱きとめてくれる、力強い腕と懐。誰のものかは、決まっている。
「ヴァイス……くん……」
「ああ、俺だ」
この世の誰よりも頼りになる、わたしの王子様がそこにいた。
「レイテ……どうかゆっくりと休んでくれ。キミのことは、俺が守る」
「うん……!」
心遣いが、泣きたくなるほど優しく感じる。ずっとこうしていたくなる。
かくしてわたしは、彼の温かさに安心しながら、久方ぶりの深い眠りに溶けていくのだった――。
◆ ◇ ◆
そして、物語は終結へ向かう。
「ザクスゥぅぅぅぅッ! どうか私の下から離れないでくれぇぇえ……!」
「あぁ、わかっているさシュバール。お前のことは俺が守ってやるよ」
「ザクしゅぅぅぅぅぅう……!」
妖しき月光が照らす中、『地獄狼』が総帥ザクス・ロアは、焼け落ちた城の玉座に腰掛け、膝に縋りつく青年王を撫でていた。
その手付きはとても優しい。――まるで愚かな愛犬を撫でるかのように。
「泣くな泣くな。男の子だろう。それとも女の子になるかァ?」
「おッ、お前が望むならっ、それでもいいっ!」
青年の心は、完全に砕けていた。
元より繊細な身の上である。忌まわしきヴァイスの死体はいつまでも見つからず、ザクスに唆される形で部下を生贄にした時点で、既に心は大きくすり減っていた。そこにザクスらの寵愛を流し込まれ、前向きになっていたものの……、
「ごわぁいぃぃぃぃッ! わたしから離れないでくれぇええええッ!」
――先日に起きた元騎士団長ベルグシュラインの強襲。それによって城が吹き飛び、死にかけたことで、彼の精神はあっさりと折れた。
今はもう、自分を守ってくれるザクスだけが、彼の心の拠り所であった。
「さて、と」
そんなシュバールを撫でながら、ザクスは――実際は城を異能で焼き滅ぼした張本人であり、ノリで彼を殺しかけた男は――闇に向かって、命令を下す。
「『五大狼』、集結」
『ハッ――!』
黒衣の罪人が月夜に集う。
「――そろそろ出番ですかい、頭ぁ?」
野獣の如き顔付きをした青年、『吸血公ヴァンピード』が。
「――瑞々しい少女と踊る準備なら、いつでも」
柔和な笑みを湛えた紳士、『切り裂きブルーノ』が。
「――時間が無い。儂に戦場を寄越すが良い」
両目の潰れた白髪の老人、『鬼人ランゴウ』が。
「――はぁい総帥、アタシ様に命令して~んッ!♡」
不自然なほど美しい少女、『おぞましきエルザフラン』が。
「――動くか、ザクスよ」
そして最後に仮面の男、『虚無なるファビオライト』が。
この世の誰よりも罪深い五匹が、災厄の王の下に集結した。
「よォ、親愛なる我が戦友たち」
ザクスは彼らに語り掛ける。心からの親しみを込めて。まるで、悪戯に誘う悪童のように。
「俺ァなかなかモテる性質でな。将軍になってからはよく現れるんだよ、『危険な男と寝てみたい』って迫る、ご婦人方がな」
喉を鳴らし、彼は続ける。
「その時の睦言で、だ。こんな噂を聞いちまったんだよなァ。とある貴族のサロンで、ヴァイス王子が実は生きてると宣う男がいた、と」
『ッ――!?』
その言葉に『五大狼』が、何より膝のシュバールが反応した。
「ザッ、ザクスよっ!? それは本当なのかぁ!?」
「ああ、本当だ。こりゃァちっと問題だよなぁ? 市井で聞いたなら暇な市民の噂話だが、貴族界で出た話となっちゃ、重要度が違うだろ?」
「ひぃぃぃぃいいいいッ! ヴァイスやだぁああああぁああああああ~~~~~ッ!」
シュバールは頭を掻き毟る。もはやその姿に過去の貴公子然としたモノは一切なかった。
「安心しろよ、俺がいる」
そんな青年の頭を撫で、ザクス・ロアは戦士たちを見据えた。
「婦人曰く例の男は、シャキールすらも生きていると漏らしたそうだ。面白い事態じゃねぇか。いっちょ確認に行かなきゃだよなァ!?」
彼の瞳は輝いていた。最高に愉しくなってきたと、舌を濡らして期待する。月光に伸ばした腕がわななき求める。あの日喰い逃した、獲物たちの血肉を――!
「ゆえに、さぁ、征こうか」
暗雲に月が隠れる中、ザクスは王子たちがいるという地の名を告げる。
「〝聖女が総べる〟と噂される地、ハンガリア領になァ――!」
・ここまでありがとうございました!
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