71:迫る脅威
〝このままでは、死ぬ〟
――ハンガリア領が外地『魔の森』にて。
〝あの男に、殺される〟
鬱蒼と茂る木々の中、人食いのバケモノ・魔物たちは、ある恐怖へと満たされていた。
〝嫌だ……絶滅なんて、したくない……!〟
それは、種としての生存本能であった。
魔物とは『人間への殺意』に特化しすぎた生命。闇の神が人類滅殺のために造り出したという逸話も無理からぬ、何よりも殺人を優先する異常生物群である。
が、しかし。それでも彼らは生命である。
〝嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ……!〟
連日、塵屑のように同胞が殺されていく恐怖。絶望。――ヴァイス・ストレインの『準備運動』で数百匹と滅尽される異常事態に、ついに種としての生存本能が殺人欲を上回った。
〝殺すより、今は生きたい。生き延びたい。でも、どうすれば〟
魔物たちは漠然と考える。それは普段、人殺しのみを思考する彼らにとって、初めての試みだった。
であるがゆえに、
〝ああ、そうだ〟
逃げる――などという思考が思い浮かぶわけもなく、その結論は、最悪のモノに到達する。
〝みんなで、殺そう。あの男ごと、ニンゲンどもの巣を、みんなで襲ってやろう……!〟
殺人という答えに至る生物群。されど生存本能の叫びが加味され、彼らは空前絶後の連携と規模を持って動き出す。
かくして、数千を超える異形の群れが、ハンガリア領へと進撃を開始するのだった。
◆ ◇ ◆
ふぅー、ようやく最前列まで来れたわねぇ。だいぶ並んだわ。
領民どもは『レイテ様どうぞ前へッ!』とか言ってたけど、どうせその通りにしたら後から『抜かされた! あいつ食い意地張ってやがる!』って罵倒するトラップなんでしょ? 知ってるわよ。
というわけで前に来るまで時間かかっちゃったわね。
「……って、カレーを食べてる領民共、みんな泣いてるじゃないの」
出店周囲にはカレーを持った連中が、集団で泣き咽ぶ異様な光景があった……!
「ほ、本場の公国カレーうめぇえええええッ!?」
「コッ、コクが違うッ! スパイスの旨味が違うッッッ!?」
「そんな……! カレーはレイテ様の大好物だから、俺たちも修行してきたのに……チクショウッ美味すぎる!!!」
ガツガツと食べる領民共。そ、そんなに美味しいわけ?
「――ぬッ、出たなレイテ・ハンガリア!」
とそこで。出店の調理場に立つ褐色少年が私を指さしてきた。シャキール王子の親衛隊長、アクナディンね。
「よっ、アクガキ」
「アクガキと言うなぁッ! このこのこの!」
ふん、相変わらず生意気なガキンチョね。立場は一応わたしの奴隷な癖に。
「ガキなんだからアクガキでいいでしょ。それよりも」
「なんだ!?」
「なんでアンタら、カレー屋さんしてるわけ?」
そう。アクガキたちラグタイム公国民には、石油精錬施設の運営を任せているはずよ。なのに見る限り、結構な人数でカレー屋さんしてるんですけど。
そう気になっていると、
「――それには我が答えよう」
偉そうな声が響いた。
そちらを見れば、そこにはカレー鍋をかき混ぜるフェイスベールの褐色貴公子・シャキールくんがいた。
「お、王子様がカレー作ってる……!?」
「我の趣味だ。よきにはからえ」
いや何をよきにはからえばいいのよ。
「シャキールくんってば施設長でしょ? 運営はどうしてるのよ。現場にいなさいよ」
「安心せよ。副長を残してきた上、何より現場の者らも既に育っている」
え、えぇ……?
「や、だからってトップが離れちゃ駄目でしょ。職務放棄なんじゃないの?」
そう責めるわたしに、シャキールくんは「かもな」と言った。いやかもなってなによ!? 開き直り!?
「が、レイテよ」
「なによっ!?」
「トップが倒れる寸前まで働くというのは、いささかどうかと思うぞ?」
っ……なんですって?
「それ、わたしのこと言ってるわけ?」
「さてな。時にそなた、半日くらいは職務を投げ出せる臣下はいるか?」
「……いないわよ」
わたしの仕事は領地の運営管理全般よ。大金を動かし、未来を左右するような重要な決定をしなければならず、領民どもの個人情報だって山ほど抱えているわ。
「簡単に人に任せられる仕事じゃないわよっ!」
「だろうな。だがだからこそ、そなたが倒れたら終わりだろうが」
「ぬぐっ……」
それは……たしかにそう、かもしれないわ。もしもわたしがポックリしちゃったら、後に残るのは仕事のやり方もわからない人たちだけ。わたしの脳内だけにある案やノウハウだって山ほどあるし……。
「我こそは第一王子シャキール。次期国王として、既に為政にも携わってきた身だ。先達としてそなたのことを案じよう」
そう言いながら、シャキールくんはお皿にカレーを盛って渡してきた。
「そろそろ他人を信じるがいい。簡単に任せられない仕事があるなら、命を預けてもいい『誰か』を作れ」
……命を預けてもいい、『誰か』……。
その言葉にわたしは、誰よりも強い王子様が思い浮かんだ。
「……無理よ。彼、天然でぽやぽやしてるし……」
「ふはっ。思い浮かんだ人物が我の予想する者なれば、確かに不安だな。されど、不安がって誰にも仕事を任せずいたら人は育たんよ。ほれ、カレー食え」
「ん、ありがと」
カレーを受け取って一口食べる。――って、ウッッッマッ!? なにこれぇッ!?
「んぐはぐんぐごぐッ!? のッ、喉を通りまくるんでひゅけどぉ~~~~!?」
「ふはは。そなたを含め、最近の領民らは疲れが溜まっているだろうと思ってな。ミルクとハチミツを隠し味として、まろやかかつ胃に優しくした」
「おいひぃいいいいい~~~~~~!」
りょ、領民どもが泣いて食べてるのもわかったわ……! 全身に栄養とエネルギーが染みわたっていく感じがすりゅぅうううう~……!
「シャキールくんッ、ハンガリア領の専属カレー職人に決定よ!」
「すまぬが断る。我は公国を復興せねばならんからな」
チクショウッ断られた! ぶっちゃけ本気で打診してたのに!
「なに、いきなり全てを変えることはない。まずは書類作成程度なら任せられる部署を作れ。それだけでだいぶラクになるだろう。我が友ヴァイスには少しずつ教えてやれ。存外、アレはそなたのためなら爆速で仕事を覚えきるかもしれんぞ」
「べ、別にヴァイスくんのことなんて考えてないんだけど……!」
「そうか、そうか」
何よニヤニヤしちゃって! こいつ腹立つわねっ!
……でも、今日は美味しいカレーを食べさせてくれたから許してあげるわ。
「フッッフゥウウンッ! シャキール様に窘められたなレイテ・ハンガリアめ! 有難く反省するがいいッ!」
「……アクガキは許せないほど腹立つわね。アンタ、奴隷商に返品しようかしら」
「なんだとぉ!?」
それだけはやめてくれッと泣きつくガキンチョを無視し、カレーを食べきった時だった。
ふと何人かの領民が、空を指さして「なんだアレ」と呟いた。
「なんか、黒い雲が近づいてくるんだが。あれ雨雲か?」
「いや、それにしちゃおかしいような……」
「天気も晴れだしなぁ」
どこか不審がる領民たち。――でも、私は気付いてしまった。幾度も使用する内に精度が上がった私の魔眼『女王の鏡眼』。その目が雲から生体反応を捉える。
つまり、
「っ、みんな逃げなさい! アレは雨雲なんかじゃなくッ」
『――ガァアアアアアアアアアーーーーーーーッ!』
わたしと同時に、急接近した黒影の群れが吼える。
「あいつらはっ、魔物の群れよ――!」
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