63:幸福の忠誠/破滅の予兆
お昼時。ある程度の仕事を片したわたしは、街の様子を見に行くことにした。
領民どもが反逆を計画してないか目を光らせないとだからね。
「ほら、行くわよアシュレイ」
「はいお嬢様ァ~~ッ!」
「元気ね~」
なお護衛は変態眼鏡な模様。
仕方ないわね。ヴァイスくんもせっちゃんも建築作業中だし。
「アシュレイと二人きりとか、なんだか昔みたいねぇ」
「そうですね。街の様子はずいぶんと変わりましたが」
語らいながら雑踏に出る。わたしが現れた瞬間、道行く民衆どもは『ご機嫌麗しゅうレイテ様!』と言い、ザッと道を空けてくれた。
うふふふ。よきにはからえだわ。みんなわたしを怖がってるわね!
「六年前とは大違いですね。あの時はほとんど貧民街紛いでしたので」
「失礼な……とは言えないわね。元貧民街住民のアンタが言うんだから、そうなんでしょうね。実際酷かったし」
六年前。わたしが領主になった頃の治安は最悪だったわ。ちょっと人目の外れたところを歩けば、悪い奴らに金欲しさで追い回されたり。
そこで偶然拾ったアシュレイが役立ってくれたわ。
「すごかったわねアンタ。襲ってくる悪のチンピラを千切っては投げ、悪のチンピラから悪のリーダーを聞いたら千切っては投げ、悪のリーダーから悪のボスを聞いたら千切っては投げ、悪のボスから悪の黒幕を聞いたら千切っては投げて。それでハンガリア領の裏社会を支配しちゃってさ」
「いやぁ、あの時は若かったですね~」
「当時はビックリしたわよ」
その上、実はつよつよ異能まで隠してたんだから二度ビックリだわ。傭兵結社『地獄狼』の大幹部と知ったら納得の強さね。
「ふふ。わたしってばいい拾い物をしちゃったわね」
「ええ、私めも拾われて光栄でございます。……住んでいた貧民街の者らも、幸福な居場所を見つけていたらよいのですが……」
アシュレイはどこか遠い目をした。そういえばコイツの過去、あんまり聞いたことないわね。
「ねえアシュレイ、貧民街では仲間とかいたわけ?」
「えぇもちろん。私は強かったので、大勢手下がいましたよ。よくみんなで抗争したものです」
抗争て。過激な青春時代ねぇ……。
「兄貴分として、庇護している子たちもいましたよ。たとえばヴァンピードという少年がいたのですが、彼ってばギフト持ちなのに気が弱くて……」
と、執事が語り始めた時だ。「アシュレイの旦那~!」と胴間声が響いた。
「見てってくださいよ旦那ぁ!」
「本日は林檎が甘いですぜぇ~!?」
「レイテ様と一緒にお立ち寄りをー!」
やたらガラの悪い商売人たちに声を掛けられた。ああ、彼らってばアレね。
「アシュレイがぶっ飛ばした、元裏社会の連中ね」
「ヤツらか……。おいっ、私を旦那と呼ぶな! 今の私は不良ではなく品行方正な執事であってだな」
「「「すいやせん旦那ァ~!」」」
「ぶっ飛ばすぞ貴様らッ!?」
暴力で脅す『品行方正な執事さん』。あーおもしろ。
「まったくアイツらは……」
「あはっ。あれから彼ら、アシュレイに『真面目に働け』って脅されて、今や立派に果物屋さんしてるのよね~」
楽しそうに働いてて何よりだわ。頑張ってレイテ様に税を納めることね。
「ふふふ。やっぱり人を従えるには恐怖が必要ってことね。これからも悪の執事として頼むわよ、アシュレイ?」
「は、大変ありがたいお言葉。……しかし一つだけ訂正を」
あらなによ?
「私の力添えなど些細なこと。ハンガリア領が平和になったのは、全てレイテお嬢様のご成果にございます」
あらあらあらっ!?
「そんなにわたし、恐怖の女王様ってことかしらぁ!? くぅ~極悪~!」
「フフッ、そうですね」
おーーほっほ! アシュレイの言葉ですっかり機嫌がよくなったわぁ!
ほれそこの果物屋さんっ、美味しい林檎を女王様によこしなさぁ~い!
「アシュレイには別の果物を買ってあげるわ。それでお互いのを半分こしましょうよ。悪のシェアよ」
「悪のシェアでございますか」
そう、二つずつ買わずに一つずつ買うの。領主なのにずるいことしちゃったわ! 極悪ね!
「アシュレイーどれがいい?」
「さてどうしましょうか。なんとも腹がいっぱいな思いでして」
微笑みながら、彼は言う。
「私は、世界一幸せな執事でございます」
◆ ◇ ◆
――一方、その頃。
「ぐぅぅぅぅっぅううッ、おのれ! レイテ・ハンガリアめぇーーーッ!」
屋敷に響く男の怒声。
隣領・オーブライト領にて、領主ブルリックは憤っていた。金杯のワインを喰らうように飲み干し、「次を持ってこい!」と空になった入れ物を老執事に投げつける。
「ぐっ……旦那様。そのような飲み方はお身体に……」
「黙れセバスチャンッ! 貴様、平民の分際で吾輩に逆らうか!? よもや貴様も、吾輩のことを笑っておるのかぁ!?」
「めっ、滅相もございません! すぐに次をご用意いたします!」
逃げるように去る老執事。その痩せた背中に「クソッ!」と悪態を吐きながら、ブルリックは豪奢なソファに深くもたれた。
「おのれ、レイテめ。あの一件のせいで……吾輩は……この領地は……!」
――約一週間前に行った、ハンガリア領への悪逆。その事実はたちまち領地中に広がった。
己が子供を使った、技術の強奪未遂。
対するレイテは十六歳の少女で、しかも親類。
さらに相手は辺境伯。国境から迫る魔物と対峙する、国防の立場。そんな相手への妨害工作。
どれか一つとっても最低最悪である。
結果、ブルリック・オーブライトは支持を喪失。
そこにレイテの放った『移民優遇宣言』が見事に当たり、オーブライト領より一気に人が流出したのだった。
「クソックソッ!」
しかし。
「全てあの女のせいだッ! あの女さえいなければ、こうはならなかったのだッ!」
ブルリックは一切、反省などしていなかった。
「わからせてやるッ。わからせてやるッ。わからせてやるッ!」
彼は自分を被害者とすら思っていた。
息子・ケーネリッヒを使って悪事を働かんとした時と同じだ。
六年前、危険極まるハンガリア領の管理を厭い、当時十歳のレイテに投げ渡したというのに、異例の大発展を遂げてからは〝あの娘にチャンスを掠め取られた〟と思う始末。自己を完全に正当化していた。
今の自分はさながら、〝領民も家族も奪い取られた哀れな男〟と思い込んでいるところか。
「どうにか復讐してやらねば。しかしどうすれば……」
レイテを排除し、叶うならハンガリア領の支配権さえ手に入れる策。ソレを為すには何をすればとブルリックは考える。考える。
「正しいのは吾輩だ……このブルリックこそが隣領の正当後継者だと、国の重職者に訴えれば勝てるはずだ。渋られたなら、賄賂を約束すればいい。ハンガリア領を奪った暁には、かの地の財貨を分けてしんぜると。だがここは所詮田舎……重職者とのパイプなど……」
ブルリックは考え続けた。途中、ワインを持ってきた老執事を「遅い!」と殴打し、ひたすらに思考を続けた。
――そして。
「ああ、そうだ」
一週間ほど前の出来事を思い出した。
レイテ・ハンガリアに寄り添い、屋敷を破壊してくれた黒髪金眼の美丈夫。
あの男は――革命に散った王子、〝ヴァイス・ストレイン〟にそっくりではなかったか?
さらには、進撃してきたハンガリア領民の中には、侵略に散った王子〝シャキール・ラグタイム〟似の男もいなかっただろうか?
「まさか生きて……いや、それはない。両者とも、政府が死を公表したからな。だが……ククククッ」
ブルリックは最高の策を思い付いた。雑多な平民では出来ぬ策を。
「貴族界に噂を流してやるのだ。〝ヴァイスとシャキールは実は生きていて、レイテ・ハンガリアに匿われている〟と!」
これはイイと彼は自賛した。
市井に広がった噂ならば、国は動かないだろう。俗な兵民共の囁きごとにいちいち対処はしていられないからだ。
だがしかし。貴族界に広がった噂ならば別だ。さしもの王宮も真偽を確かめねばならない。
そうなれば。
「来るぞ。ハンガリア領に! 我が領を経由するカタチで、政府の重役らが来るぞっ!」
高笑いするブルリック。嘘だろうが構わない。〝自分も噂で聞いた〟という体にすればいいだけだ。要は高官と繋がりを持てればいいだけなのだから。
「こんな安い嘘で復讐できるなら御の字だ! ワーーーハッハッハッハ!」
親類たるレイテを平気で貶めんとするブルリック。血の繋がりを裏切る負い目など、一切なかった。
なお――彼は知らなかった。
その安い嘘というのが、真実であることを。
そして。
「たしか、新たな将軍として『ザクス・ロア』なる男が迎え入れられたのだったか。所詮は金好きな傭兵と聞く。彼に近しい者が来てくれたなら、賄賂でたやすくパイプを作れるのだが……」
ブルリックは、知らなければならなかった。
国家を実質的に支配している『傭兵王』ザクス・ロア。
彼が――裏切りだけは、絶対に許せないタチであることを。
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