150 最後の戦い、ハロルド先輩!
「てわけで、わたし聖国の次期女王で海運国の聖女になっちゃったわジャックくん……」
「って臨海学校でどうしてそんなことに!?」
数日後。
なにやらヴァイスくんに『将来のためだ』と付き合わされ、海運国に集まった偉い人のところを挨拶回りさせられたわたしは、ほうほうのていでアリスフィア学園に帰還した……!
テラスにて、今は『うなじ見ると切りたくなるから』という怖すぎる理由で欠席した陰キャ殺人鬼野郎・ジャックくんに色々報告しているところだ。
「かくかくしかじかあったのよ」
「なるほど……ってそれじゃわかりませんよ!?」
「あぁそれと」
ぺちんと指を鳴らす。
瞬間、ものすごい勢いで、
「レイテお嬢様あああーーーッッッ! お茶とケーキをお持ちしましたァァアアッ!」
「ん、ごくろうアシュレイ」
わたしの変態眼鏡執事・アシュレイがずばり要求を当てながら現れた。
「うわっアシュレイさんっ。学園内を歩けるようになったんです!?」
「まぁね。正体不明の学園長とやらに、説明の手紙を届けたらなんとかなったわ。人狼探し事件では色々頑張ってくれてたのに、いつまでも追い回されてるのは可哀想だしね」
なお、学園長は学園の者たちにどんな説明をしたのか、『レイテ様は変態不審者まで改心させて従者にする器を持っているのか!?』と勘違いされることになった模様。
ちがうっつの! 最初からこいつは従者で変態不審者だっつの!
……あれ? あんまり変わってないわね……。
「ふっふっふ。ありがとうございますお嬢様。変態不審者の誤解が解けて何よりです」
「いや変態不審者は事実でしょうが」
「これでお嬢様と堂々と、学園ライフが楽しめますねぇ~! レイテちゃんおべんとたべよ!」
「調子に乗るな!」
誰がレイテちゃんだッと脛を蹴ってやる。
が、こいつ無駄に鍛えてるから硬い上に、「あひーんっ!♡」とかキモい声だして喜んでる模様。
最悪だ……。
「で、あぁそうそうジャックくん。学園ライフの件だけど」
「? はい?」
「そろそろ切り上げようと思ってるのよね。諸々の問題は解決したし」
「!?」
そう。わたしは『地獄狼』残党の調査がてら、将来の国王相談役になるために政務科の卒業単位を手に入れにきただけだったりする。
これでもちまちま勉強してて好成績獲得してるし、
「順調に行けば来月くらいかな。アリスフィア学園ともおさらばね」
「そんなっ……!」
って、おんや~~~?
ジャックくんってばショックを受けた顔してるじゃないの。あらあら~?
「なによなによぉ、このレイテお姉ちゃんと離れるのがそんなに寂しいわけ~~? ぷぷーっ!」
「……はい、寂しいです。もっとレイテ様と一緒に居たいです」
「んぐ!?」
ななっ……こいつ、ずいぶん素直に認めてきたわね!?
「うおおおおおお糞殺人鬼先輩とこのクソガキめーッ! レイテお嬢様とお付き合いしたかったら女装しろォオオーーッ!」
「アシュレイはちょっと黙ってなさい!」
あと女装したらOKなのかよ! どんな性癖だっ!
「レっ、レイテ様とお付き合いなんてっ……そんな、僕には恐れ多くてできないですけどっ……!」
「合格だジャックくん。キミはクソヴァイスと違って、いい子だな! あいつは最近めちゃ攻勢してて生意気だ!」
だからアシュレイ黙ってろ!!!
「けど、レイテ様が来てからの学園生活は、滅茶苦茶で馬鹿らしいことばかりで……なによりもすごく楽しかったです。だから僕、レイテ様と離れたくありません」
「ジャックくんったら……」
……はぁ~あ。
流石は極悪令嬢のわたし、といったところね。
悪属性の殺人鬼をこうも手懐けてしまうなんて。
「ありがとうジャックくん。気持ちは嬉しいわ」
「! な、ならっ」
「だけど、来月に卒業しちゃうのは変えないわ。わたしにはハンガリア領があるからね」
アホみたいな連中が集まる、わたしの土地。
面倒だけどいい加減に帰らないといけない。
だってあの地があるから、わたしは令嬢でいられるんだから。
「そろそろ顔出して威圧しないと、わたし似の悪辣領民どもが暴れかねないわ」
「そうなんですか……そうですよね。レイテ様を好きなのは、僕だけじゃないですよね」
「すすすす好きちゃうわ!」
あいつら絶対にわたしのこと嫌いよ嫌い!
なんか笑顔向けまくってくるけど、それはわたしが怖くて媚びてるだけだわ!
「ジャックくぅううんッッッ! その〝愛するレイテお嬢様が自分一人のものだけじゃない〟もどかしさッ、このアシュレイにもよくわかるぞ! 一緒にテロ組織『レイテ狼』を作ってクソ国王ヴァイスを殺そう!!! あいつはお嬢様を独り占めしようとしているぞ!!! 革命不可避!!!」
「だからアシュレイだまるっ!!!」
あとヴァイスくんは別にわたしのこと狙ってないでしょ!
一生友達として仲良くしてねってわたし言ったら、わたしみたいな悪女と一生友達は嫌なのか、なんか泣きそうな顔してたし! それくらいの好感度よ!
――と報告したら、なにやらアシュレイは固まり、
「国王ヴァイス陛下っ……! 心中、お察しいたします……ッ!」
「ってなんで泣き始めた!?」
なにやら王城のある方向に平伏し、変態執事は男泣きしはじめるのだった。
相変わらずわけわかんないやつね……。
「と、に、か、くっ」
なぜかアシュレイと一緒に胸を痛めている様子のジャックくん。
彼のぷにぷにほっぺを両手で掴み、言ってやる。
「ジャックくん!」
「ぽえっ!? れいてひゃま!?」
「そんなにこのわたしと離れるのが嫌なら、手は一つでしょ」
元々あんたは、そのために学園にきたんでしょうが。
「さっさと法務科でトップになって、王国の要職に就きなさい」
「!」
「そうしたら、いつか相談役になるわたしとも近い場所にいけるでしょうが」
ジャックくんは最初から、〝加害者の更生や加害者家族にも配慮した法整備〟ができるよう求めて、いじめられても学んできたんでしょう。
出会った日の叫びを忘れるレイテ様じゃないわよ。
「そう……ですね……! ごめんなさい、僕ってば女々しかったです」
「そうそう。あんた実は滅茶苦茶強いんだから、もっと前向きに生きなさいな」
幸い、いまの王国はまだまだ人手不足。
たとえ殺人鬼の子というレッテルがあろうが、気合さえあれば十分成り上がる余地はあるだろう。
ヴァイスくんだって差別するヴァイスくんじゃないしね。なんとかなるでしょ。
「えへへ……やっぱりレイテ様は、なんだかんだいって聖女様ですよね」
んなーーーッ!?
「誰が聖女じゃいクソガキほっぺッ!」
「うぎゃー!?」
千切る勢いでほっぺを引っ張ってやる!
くそぉ、おなじ悪属性のよしみで励ましてやったら調子こきやがって。ゆるすまじ。
「レイテお嬢様が青春されているようでなによりです。……これでジャックくんが女装していれば完璧なのですが」
「ってアシュレイあんたはそんなだから追い回されるのよ」
さーて、というわけで来月くらいには卒業。
そうなると……、
「あいつにちょっと、話を付けてこなきゃよねぇ」
茶菓子を作ってついてきなさい、アシュレイ。
◆ ◇ ◆
アリスフィア統合生徒会。
教員以上の権限を持ち、学園運営にすら携わる権利を持つスペシャル集団だ。
当然、構成される生徒たちは、全員が成績優秀かつ、多くの者から認められたトップオブトップばかり。
ゆえにどんなときでも毅然と振る舞うことが求められるのだが――しかし。
「――ぐおあああああああ~~!? どうしてこうなったでござるかぁあああーーーー!」
……生徒会室のある館に入るや、悲鳴じみた声が聞こえてきた。
「ぐううううっ、どいつもこいつもいなくなりおってぇぇぇ……!」
「……大変そうね、カザネ先輩」
「ぬあっ!? 貴様、レイテ!」
生徒会室で喚いていたのは、黒髪を結い上げた姫様風男子・軍務科トップのカザネ・ライキリだった。
円卓にひとり座した彼の席。その机の周囲には大量の書類が。大変そうね~~~。
「ききききっ、貴様ぁっレイテ・ハンガリア! 貴様が来てから厄日続きでござるーーー!」
がたっと立ち上がるや、先輩は相変わらずのキレ顔で喚いてきた。
「会計のセルケト先輩はアホやらかして捕まるし、セラフィム会長と広報のコルベールはなんか国で革命起こして帰っちゃうし!」
ちゃうしって。かわい。
「庶務のハロルド先輩はどうしたのよ?」
「ああああアヤツも最近おかしいでござるーーーッ! 従順で地味な扱いやすい下男だったのに、なにやら『レイテ様をさらに聖女にするには』とか呟きながら、図書館で謎の作戦を立ててるでござる!」
このまえ折檻しに行ったら逆にボコボコにされたでござるッ! あいつあんな強かったのかァーーッ!?
……と、涙目+書類まみれ+あちこち包帯ぐるぐる巻きで叫ぶカザネパイセン。
なんか本格的に可哀想になってたわね……。
「なるほど。それで副会長のカザネ先輩が、みんなのぶんの仕事まで受け持つことになったと」
「貴様も貴様でござろうレイテ・ハンガリア! いったいどこに臨海学校で大海賊捕まえて、海洋国家で褒められ周りしてくる女がいる!」
そうなっちゃったんだから仕方ないでしょうよ。
わたしだって善行する気はなかったわよ。なんか腹立つ船長をボコって突き出したらなるようになっちゃったのよ。
「悪かったわよ。わたしも仮とはいえ、会計補佐に選ばれた女だからね。業務の処理、手伝ってあげるわ」
「ふ、ふんっ。当然でござる」
――こうしてしばし、わたしたちは急ピッチで書類をさばくことになるのだった。
途中、茶菓子を持ってきたアシュレイ(元変態不審者)が、風紀委員のカザネに、
『あなた、よくも散々追い回してくれましたね!? 私を追うなら女装しろぉおおおおおおーーッッッ!』
……と吼えかかってキレさせ、もう一回手配されそうになったトラブルはあったけど……まぁともかく。
「――終わったああああ~~~。お疲れ様ぁ、カザネパイセン」
太陽が落ち、空が暗くなってきた頃。
わたしたちはようやく書類の山を片し終えたのだった。
「う、うむむ。まさか今日中に片付いてしまうとは。やるな、貴様……」
「見たかッッッ! これがレイテお嬢様の力だッッッ!」
「貴様は威張ってくるな変態っ!」
元気に怒鳴り合う先輩とアシュレイ。仲悪すぎて仲良しね。
「手慣れているなレイテ。流石は現辺境伯といったところか?」
「まぁね。崩壊寸前の王国を建て直したこともあるからね~~」
ストレイン王国を奪い返したあとの惨状に比べたら、これくらいはちょちょいのちょいよ。
あのときは大変だったわねー……人材も絶滅状態で、発見と教育をしながら並行して書類作業もしたりさぁ。それが一か月以上続くんだから、堪ったものじゃなかったわぁ――などとパイセンに愚痴ってみる。
「そ、そうか。『地獄狼』の撃滅だけでなく、その後の政権回復にも努めていたのか。……おぬしやはり聖女ではないのか?」
「って聖女ちゃうわああ!」
国が滅びたら貴族じゃなくなっちゃうからやっただけじゃい!
「ま、あの修羅場期間のおかげでヴァイスくんも成長したみたいだからね。今のヴァイスくんは怖いわよ~? そのうちあんたのアキツ和国、乗っ取っちゃうかもよ~?」
「ふん、ぬかせ。和国の侍たちは最強、異国人などに負けはせぬわ。……ところで」
そこで、アシュレイ製のお茶をちょっと警戒しながら飲みつつ、「う、美味い……」と複雑そうに呟きながら、カザネ先輩は問いかけてきた。
「拙者とて、勘の悪い男ではない。なぜ貴様が来たかは察しが付く」
「へえ。当たったらアシュレイを家臣にあげるわ」
「いるかっ。――現役辺境伯で、国からも頼られる貴様のことだ。卒業の目途を、近々立てているのだろう?」
「あら、よくわかったわね。正解よ」
仕事が済んだら言おうと思っていたのに。
さすが、和国の上級武家の跡取りと言ったところかしら。
「ええ。成績優良ってことで、来月くらいには政務科の卒業認定が出る予定よ」
「来月か……早いな。ときおり、貴様のように就職で必要になるがために卒業資格を求めにくる生徒はいるが、半年とせずに出ていける者はなかなかいないぞ」
まぁ、貴様はすでに社会に貢献している『プロ』なのだから、当たり前か――と納得している様子のカザネ先輩。
ってなによ。わたしのこと評価してくれちゃって。
「気味悪いわね。パイセンのことだから、わたしが出ていくと知って『せいせいするわ!』とか言うと思ってたわ」
「人を狭量扱いするなっ。……まぁたしかに貴様は気に食わんし、貴様が来てから生徒会はおかしくなってしまったが……」
そこで、彼は空席だらけになってしまった円卓を見渡した。
――最初に空いた席、会計・セルケトの席を見る。
「……貴様がいなければ、セルケトの狂言を信じ込んだまま、友の死を悼んでいただろう。やつの操る死体を部下にしたまま……な。あまりに滑稽でおぞましすぎる青春になるところだった」
――次に、広報・コルベールと生徒会長・セラフィムの席を見た。
「公表された聖国の黒歴史、それを知った時はぞっとした。出身者のふたりが共通してつかみどころのなかったのは、心を護る術だったのだろう……。貴様のおかげで革命がなされなければ、拙者は二人の仮面を本物の顔と思い続けていたはずだ」
「ちょっと。聖国を革命したのは、ヴァイスくんの独断よ?」
「何を言うか。国王ヴァイスと彼ら二人に『導線』はなかった。それを、繋げた者がいるならば――」
おぬしだろう、レイテ・ハンガリア、と。
確信に満ちた目で先輩はわたしに告げてきた。うぅっ。
「……それも正解よ。今だから言うけど、わたしは卒業資格ゲットついでに、『地獄狼』残党を探しに学園にきていた。その過程で色々知って、ヴァイスくんに伝えていたわ」
「ほれ見ろ。聖国の変もやはり貴様がきっかけではないか。入学するだけで他国の政権乱す女とか、マジで貴様きしょいぞ」
「きしょい言うなッッッ!」
聖女扱いも嫌だけどディスられるのも嫌な乙女心のレイテ様よ!
いけ、アシュレイ! つばみずでっぽう!
「アッシュー!(※鳴き声) プププププッッッ!」
「うぎゃあああああああ!? 死ねでござる変態眼鏡ッッッ!?」
必死で唾を避ける先輩。
あははっ、ざまぁみろ~! いつかのゲームで殺そうとしてくれたおかえしじゃい!
「貴様あああ~~!?」
「あははっ。ところでハロルド先輩には思うところないの?」
「あるかボケェッ! あいつはなんかいきなりトチッて好き勝手するようになっただけだろうが!」
「それはそう」
元々、変身でキャラ作ってあちこち適当にぶらついてたやつだもんね。
生徒会メンバーとしての責任とか一番なかったんだと思うわ。
「チッ、やはり気に食わない女。貴様などさっさとどっかいけでござる」
「はいはい、言われずとも出ていくわよっと」
ひとまず、溜まった仕事はすべて片した。
これで一応、生徒会メンバーに選ばれた義理は果たしたってことでいいかしらね。
「また仕事が溜まったらいいなさい。卒業までは手伝ってあげるわ。アシュレイと一緒に」
「そいつは二度と連れてくるな!!!」
マジで執事のことは無理らしい。ブチキレ姫男子がいまやちょっとおびえた様子だ。
アシュレイが間にいたら、こいつともおだやかに話せそうね。
「よし、今度もつれてくるわ」
「なにゆえ!?」
こうして、夕飯も食べたいしそろそろバイバイしよう――とした、そのとき。
「レイテ様ァアアアアーーーーッッッ!」
……荘厳な生徒会室に、飛び蹴りで入ってくる者がいた。
「なにやってんのよハロルド先輩」
なんかめっちゃ活き活きするようになった生き物、ハロルド・シンプソンである。
彼は怒りを通り越してドン引きしているカザネ先輩をよそに、「なにやってんのはこちらのセリフです!」と、わたしに詰め寄ってきた。
「ジャックさんに聞きましたよ! 来月には卒業してしまうとは、どういうことですかレイテ様!? このハロルドとの聖女勝負は!?」
「し、仕方ないでしょ。そろそろ領地に帰らなきゃなんだし。勝負はまぁ、どう考えても悪女なわたしの勝ちってことで……」
「レイテ様一度も勝ってないでしょうが! いまあなた悪女度ゼロですよゼロッ!」
「なんだとこのぉー!?」
ぐぎぃいいいーーー! ちょっとたまたま巡り合わせのアレで勝ってるからって、調子乗りやがって!
「アシュレイおねがいっ、こいつボコッて! わたし悪女になりたいのに、こいつ『レイテ様を世界的聖女として有名にして万民から喝采されるようにしたい』って邪悪な計画を立ててるの!」
「ぐっ……申し訳ございません。わたくしめも同じ気持ちがぶっちゃけあります……!」
「アシュレイ!?」
「というかお嬢様、王国を救った一件に加えて大海賊を捕まえた件で、すでにわりと手遅れなほどに大聖女では……?」
「アシュレイーーー!?」
ちくしょうっ、ここにきて執事が裏切りやがった!
「あ、諦めないわよハロルド! わたしまだまだ負けてないし! ここからめちゃくちゃ悪女になるし! 苦手なグリンピース残して鳥にあげるとかッ」
「レイテ様、そこで『食べ物を残す』のではなくちゃんと消費する方向で思考するのが悪女度ゼロかと……」
なんだとこの!?
「ふっ――しかし、諦めていないと知れて安心しました。ならばこのハロルド、最後の勝負の舞台を用意してあげましょう。カザネ様ッ」
「な、なんでござるかハロルドっ。というか貴様さぼってばっかで少しは仕事を」
「あなたの仕事を増やさせていただきます!」
「なんだとぉーーーーっ!?」
もはややりたい放題の調子で、元地味庶務係のハロルドは叫ぶ――!
「予定を繰り上げ、『アリスフィア大文化祭』を開かせていただきます――!」




