136:『兄さん』
「ハロルド先輩はもちろんだけど、ジャックくんもやっぱ悪ね。エリィ泣かせた犯人二号よ」
「うぐぎっ!? そ、それは!?」
アホみたいに戸惑う弟子と、ぷいっとそっぽ向きながら「……泣いてないですし」と呟くメイドのエリィ。
やれやれね。わたしの下僕たちはまだまだ未熟だから困るわ。
「このレイテ様に仕える悪の幹部なんだから、いつでもビシっとしなさいな」
「誰が悪の幹部ですかー! あ、あと、エリィさんが泣いてたのって、僕やハロルド先輩に色々言われたからじゃなく、レイテ様が……」
あーん?
「わたしがなによ?」
「……はぁー。自覚ないならいいですよ。やっぱりレイテ様、なんだかんだで聖女ですよね」
「っていきなりなんでよ!? わたしは悪女じゃいっ!」
と、そんな具合にいつしかふざけていた時だ。
ハロルド先輩――『地獄狼』残党の青年が、肩をすくめながら「これは、敵いませんねぇ」と言ってきた。
なによなによ。
「やれやれ。我らが王、ザクス・ロア総帥が負けたわけだ。なぜレイテ様が勝てたかわかります?」
「わたしのほうが極悪だから!」
「全然違います」
ってなんじゃーい! あんたまでわたしを聖女扱いする気!?
あとで変態アシュレイに頼んで、ツバかけてもらお。
「あなたは周囲を、心から惹き付ける力がある。そして異能は『心』で使うものだ。あなたの配下たちは、きっと最大の力で異能を振るえたんでしょうね」
あーなるほどね。
「理解したわ。みんな、『極悪令嬢レイテに従わないと怒られる!』って恐怖心で、最大パワーを発揮したって話ね」
「ふふふ。ほっぺつねっていいですか?」
ってなんでよ!
「やるかぁこの残党野郎!? 極悪令嬢パンチが、火を噴くわよ! しゅしゅしゅ」
「あはは……やめておきましょう。レイテ様に手を出すと、配下の方々が本当に怖そうですからねぇ」
彼は「降参です」と手を上げ、ジャックくんとエリィに苦笑を向けた。
って二人ともやる気いっぱいじゃん。そんなにわたしが怖かった?
「まぁレイテ様の珍妙ぶりは置いておいて」
「置いとくな! 誰が珍妙だ!」
「ここで争いごとは避けたいところ。学園の聖地であり、待っている方もおりますゆえ」
聖地? 待っている人?
って、ここは。
「……『統合生徒会』本部の、大聖堂じゃない」
目の前に鎮座していたのは、校舎と同じくらい巨大で、校舎よりも古めかしくて立派な、『ヒュプノスの大聖堂』だった。
太古の勇者が眠るとされる場所だ。くっちゃべりながらついてきてたら、まさかここに辿り着いてたとは。
「……そーいえば、最初にわたしをここに案内したのも、ハロルド先輩だったわね」
「ふふ、面白い偶然ですよね。そして偶然とは続くものだ」
「は? ……まさか!」
前回、わたしは案内された先で、ある王子に出会った。
そのときのハロルド先輩は、彼の遣いで……!
「……質問いいかしら?」
「どうぞ、レイテ様」
「今回の待ち人は、あんたが悪党だって知ってるの? 知っていて、あんたを遣いにしたの?」
「フッ――ええ。とても懐の大きな、金髪の王子様ですよ」
「!!!」
王族が、あの人が『地獄狼』残党と通じている!?
だとしたら、このままじゃあの人の国の未来は――!
「では、ご案内いたしましょう」
ハロルドは慇懃に礼を執り、執事然とした振る舞いで、こう続けた。
「もう一人の『地獄狼』残党。ルクレール聖国が第十四王子にして、この学園の支配者――『統合生徒会長』セラフィム・フォン・ルクレール様が、お待ちです」
「っ……!」
――それが、この日明かされた、もう一つの真実。
「……なんていじわるなゲームなのかしら」
わかるわけないわよ。
学園に潜む人狼は二人いて、とっくに学び舎を支配していただなんて。
◆ ◇ ◆
「単刀直入に言うわ。このレイテ様に迷惑かけるまえに、自首しなさい」
「――フッ。ずいぶんなご挨拶だな、聖女殿」
「そのもったいぶった喋り方やめろ」
大聖堂が最奥。生徒会メンバーが使う円卓会議場の玉座に、やはりそいつは座していた。
「セラフィム生徒会長。あんたも悪人だったのねぇ」
金髪の美丈夫、セラフィム・フォン・ルクレール。
深い紫の瞳を揺らめかせたこの男こそ、わたしたちを呼び出した張本人だった。
「まさか会長や庶務が『地獄狼』だったとは。……ブチ切れ姫男子の副会長・カザネに、腹黒ショタの広報・コルベール。あいつらや狂言殺人やらかした会計・セルケトを含めたら、『統合生徒会』は見事に真っ黒ね」
「――そなたがいるだろう、聖女レイテ殿? 会計補佐たるそなたが、唯一の光だ」
「ざけんじゃないわよ。わたしこそが一番の悪だっつの!」
円卓の逆位置、セラフィムの真ん前にどっかり座ってやる。
背後を固めるジャックくんとエリィ。二人とも完全に臨戦態勢だ。
……や、エリィのほうはなんか苦い顔してんだけど。こいつ会長を前にするとヘンよね。
「で。どういう理由でわたしを呼び出したわけ? そもそもなんで、『地獄狼』残党であることを明かしてきたのよ」
そこがまったくわからない。
わたしはヴァイスくんの密命で残党を探しに来た、いわばハンターだ。
なのに、
「愚行すぎない? 邪魔なわたしを暗殺するとか、あるいは息をひそめるとか、もっと手はあったでしょうに」
なんでわざわざ正体明かして呼びつけたのか。
激突前にそこだけ聞いておきたいわたしに、セラフィムは――、
「――聖女殿を誘いたかったのだ。共に、『正義の裁き』をなさないか、と」
…………は?
「はぁああああああああぁあああ~~~~!? 『地獄狼』残党と明かしておいて、正義!? 裁き!?」
こいつ何言ってんの!?
どこかすっとぼけた天然野郎ではあったけど、流石に天然通り越して意味不明よ!?
「ちょっとジャックくんにエリィ!? こいつおかしなこと言ってるんだけどーーー!?」
わたしが助けを求めると、ジャックくんはやはり「あわわわわっ、僕に聞かれてもー!?」と混乱していた。
いいわよねぇこいつ。殺人鬼の才はマックスなくせに、頭の回転とメンタルはマジで常人で。なんか落ち着く。
で、エリィのほうもあんま頭よくないから、きっと戸惑ってるはずで――、
「……エリィ?」
「ま――まさか……! セラ、フィム……おまえ、まさか……!?」
死体のメイドは、白い顔をさらに真っ白にして、震えていた。
なによ、その反応。エリィ何か知ってるの? セラフィム生徒会長がなんだってのよ?
「――なぁ、レイテ殿。俺が何番目の王子か知っているか?」
「えっ? それはたしか、十四番目でしょ?」
「――ああ、そうだ。俺の父たる王は、それだけ多くの女性を侍らせていたんだよ。女神降臨の地とされる、『ルクレール聖国』の支配者の身でな」
ルクレール、聖国。
生徒会長の名にもある通り、彼の生まれ故郷の国だ。
曰く、〝この世の創造神・アリスフィアが舞い降りた地〟に王都を構え、敬虔な信者たちが集う場所だと言われていて……。
「はっきり言うぞ。あの国は、塵だ」
――ふざけた口調をかなぐり捨てて。
セラフィムは、まっすぐにわたしを見つめながら断言した。
「聞いたことくらいはあるだろう。今のルクレール聖国は、腐敗の極致にある。貴族のそなたに理由がわかるか?」
「……わかるわよ。貴族より、『宗教関係者』が力を持つ地だからでしょ」
「正解だ」
ことり、と。
吐き捨てる生徒会長の前に、ハロルドにより紅茶が差し出された。
「レイテ様たちもいりますか?」
「まぁ、もらっておくわ」
律儀な奴だ。全てが明かしたあとでも庶務の仕事はする気らしい。
けど、セラフィムは紅茶を一瞥しただけで飲まず、先を続けた。
「……レイテ殿の言うとおりだ。聖国は、見える藍血よりも見えない信仰が試される地。貴族より、『敬虔な女神信徒』のほうが評価されるのだ。平等な場所だろう?」
「まぁ、庶民からすればね」
「そう。だからこそ――権力闘争が永遠に続くんだよ。下剋上を狙う下々と、既得権益を必死に護らんとする上層部で、暗殺合戦が起き続けているんだ。俺はもう三十六回殺されかけたよ」
「!?」
三十六……!?
とても王位からは遠そうな、第十四王子でも!?
「そんな国だ。父たる王は『どうせいつか殺されるならッ』と自暴自棄になり、数多の女性に手を出した」
「……んなことしたら」
「ああ、愚か極まる男だよ。結果、数多くの王子が生まれた。おかげで彼らや、彼らを推す数多の面々によって、今や権力闘争は最盛期だ……!」
それは……壮絶極まる話ね。
流石の極悪令嬢もドン引きよ。もう悪とかそういうレベルじゃなくて、ただただ醜いだけだもの。
それと、
「なんとなくわかってきたわ。要はあなた、『地獄狼』の力を借りて、権力闘争する阿呆連中をぶっ殺したかったのね? 狂った祖国を正すために」
「……」
それならば話はわかる。なるほど、意外とまっとうな理由だ。
わたしにも迷惑はかからないし、好きにやったらいいと思う。
「国を想って、悪の力で戦う王子様か。かっこいいんじゃないの?」
――まぁ、傍から見たらセラフィム王子も、醜い権力闘争をやってる面々の一部になっちゃうわけだけどね。
「わたしの予想、的外れかしら?」
「……いいや。気に入らん阿呆共の皆殺し、か。そうさな……最終的な目標はそんなところだ。合っているとも」
「あっそ。なら勝手に」
「だがな」
おもむろに立ち上がるセラフィム。
怒気に溢れていた彼の瞳から、そこで――。
「えっ?」
ぽつり、と。
一粒の、涙がこぼれた。
「俺はな……国なんてどうでもいいんだよッ! ただ大切な一人のために、暴れ散らしてやりたいんだよ!」
「っ!?」
掴みどころのなかった美貌の生徒会長。
だけど今、彼は激情から、涙までこぼしながら吼え叫んでいた。
男としての地金を晒していた。
「特に王族とその取り巻き共は、誰一人として許せない……! あいつらは寄ってたかってっ、あの人を……!」
「あなた……」
ああ、その涙の色は。少し前に、どこかで見たもので…………!
「そうだ、思い出したわ……! 〝ルクレール聖国の第一王子は、ある日狂って残虐なふるまいをするようになり、罪人として処刑された〟と」
でも。
「それが、権力闘争による濡れ衣だとしたら……!」
「そうだよ、レイテ殿。俺の兄さんは、バケモノ扱いされて殺されたんだ。そうして――兄さんを、本物のバケモノに変えてしまったんだ……!」
理不尽への怒り。そして、誰かへの愛と哀。
激しい想いを紫の瞳に込め、セラフィムは前を見つめた。
相手は、わたしではなく――、
「前に淹れてくれた紅茶……おいしかったよ、エルザ兄さん」
「――フィム……!」
紫の髪をした、わたしの従者。
動く死体へと、彼は泣きながら微笑みかけるのだった。
極悪令嬢新刊、明日発売。
電子版にはセラフィムとエリィが結婚する話
『決行ッ、「メイドと結婚なんて無理無理!(無理じゃなかった!?)」作戦!(協力者:セラフィム生徒会長パイセン!)』の特別付録つきです!
https://www.cmoa.jp/title/1101427028/vol/4/
エリィ「弟とは無理だろッッッ!!!!!!」




