133:エピローグ
「うええええええええん、学園めちゃくちゃにしちゃったよぉ……! キレてたからってやりすぎたよぉ~……!」
「冷静になったらなったで情けないわねぇ、ジャックくん」
「って情けないなんて言わないでくださいよぉレイテ様! 怒りますよ!」
「…………」
「って無言でエリィさんのスカートに隠れないでくださいよッ!? もう二度と僕怒りませんからぁッ!」
事件より一日。無事にハイネ・フィガロへの冤罪は晴れ、ストレイン王国は当面の平穏を取り戻した。
で、今は校舎(※真っ二つになってしまった。王国が建築系能力者を派遣して改修予定)の屋上で、わたしとジャックくんとついでにエリィの三人で、ジュースとお菓子を広げて『お疲れ様会』をやってる感じね。
「まぁまぁ、ジャックのお坊ちゃん。一度盛大にキレちらかしたおかげで、もう坊ちゃんを舐めるガキンちょは学園にいなくなったでしょ。よかったんじゃないです?」
「う~、そりゃぁもうビビり散らかされてますけどぉ~。でもやっぱり僕、周囲から愛され系少年になりたいというか」
「こわ……暴力振るいまくって学園も土地も斬り裂くガキが愛されるわけねえだろサイコかよ……」
「ってガチでドン引きしないでくださいよッ!?」
あーあ。『地獄狼』の元幹部からも恐れられてたら終わりね。
「極悪で最悪なのはわたしだけど、『最恐』の座はジャックくんに譲ってあげるわ。喜びなさい」
「え、別に嬉しくないというか……」
「はいエリィ、クッキーあーん」
「いや聞いてくださいよ!?」
和やかに打ち上げをするわたしたち。学園はめちゃくちゃになっちゃったけど、ひとまずは事件が解決して一安心だ。
ま――わたしの任務は、まだまだ終わってないんだけどね。
「それにしても……セルケト先輩、『地獄狼』の残党じゃなかったんですよねぇ……」
ふと、ジャックくんが複雑そうな表情で呟いた。
そう。そこが大きな問題だった。
「そうね。まだ取り調べの段階だけど、本人はきっぱりと否定しているみたいよ」
セルケト・ディムナは半死半生ながら生きていた。
今は『風紀警備隊』の地下牢のベッドで治療・監禁されつつ、王国から派遣された調査員たちに色々聞かれているところだったりする。
んでんでんで。わたしは国王様より〝『地獄狼』残党調査〟を命じられた秘密人員として、取り調べにも立ち会う権利をもらったんだけど……。
「セルケトはやけくそ気味にゲロっていたわ。〝『地獄狼』なんて知らねーよ。俺は、族長に命じられて動いただけだ〟と」
思えば昨日の決戦の夜にも、セルケトは自身が『地獄狼』残党である――なんて、一切名乗っていなかった。
ザクス様のカタキ~~とかそんなことも言ってなかったしね。
「どうなんでしょうレイテ様。本当に先輩は無関係の身で、王国を潰すような事件を起こしたんですかね? 恨みもない国相手に、自分の立場を投げうつような悪事を……」
「ありえない――なんてこともないのよねぇ、これが。悪意なくても〝利益〟はあるのよ」
セルケト・ディムナの褐色の肌を思い出す。
あれは砂漠に生きる者たちの特徴。褐色王子くんが住んでいた隣国『ラグタイム公国』や……そのまた隣にあった国ならぬ国『部族連合ディムナ』の者の特有の肌色だった。
「つまりはこういうわけよ。現状、『ラグタイム公国』が滅んだことで、大陸の砂漠地帯は空いている状況よ。けどストレイン王国はシャキール王子を保護しており、滅ぼした責任を取るためにも、公国の復興に協力せんとしている」
「あ~……なるほど。わかりたくないけど、わかりましたよ」
そう。
「そのストレイン王国が滅茶苦茶になれば、公国復興は上手くいかず、砂漠一帯は『部族連合ディムナ』の独占地帯になるわけ」
そうなればもう好き放題だ。ラグタイムの土地を奪い取り、恵まれた地も独占し放題で建国も商売も好きにやれるようになる。
ついでにストレイン王国が滅びれば、その地も奪い取ることが出来る。国未満だった部族連合は、一気に大国に成り上がれるかもだったワケね。
「流石よね、族長とやら。王子様を死んだことにしてまでやる価値はあるわ。むしろ跡継ぎが殺された設定になれば、それだけ大きく国際社会に騒ぎ立てて、ストレイン王国を追い詰めれたわけで」
「あぅぅぅ、もう聞きたくないですよレイテ様……。はぁ、あまりにも真相がドロドロすぎる……」
探偵くんは青い顔で肩を落とした。
ま、気持ちはわかるわよ。きのう彼は、全部の謎を暴いた気でいた。ただ〝セルケトが悪党だ〟って答えに辿り着いて、キレ散らかしていた。でも。
「闇は、さらに深かったんですね……。僕はもう、セルケト先輩を悪とか善とかそんな次元で怒れません。彼も国益のために存在を犠牲にした身で、もしも上手くいっていたら、部族連合が栄えていたかもしれないと思えば……」
「そうね。他国では凶悪とされる軍人が、自国からしたら英雄や守護者と慕われるように。セルケト・ディムナは加害者でありながら、救世主になり得る存在だった。それでいて、全ては父親に命じられただけの、被害者でもあった」
真実なんてそんなものかもしれない。推理小説のように完全な白黒はつかなくて、犯人も探偵も生きてる限り、灰色の人生を歩んでいくんでしょう。
すっきりしないけど、これが今回の結末ね。結局『地獄狼』の残党も見つかってないしさ。
「けど、レイテ様」
「ん?」
釈然としない終わりの中、ジャックくんがふとわたしを見つめた。
彼の前髪から覗く瞳は――なぜか、喜悦が滲んでいた。
「僕、これでよかったと思うんです。セルケト先輩は『地獄狼』残党じゃなければ、完全な悪でもなかった。そんな生徒を誰が死罪にできますか?」
「……そうね」
たしかに、そうだ。
彼はまだまだ未成年で、犯罪組織に属したわけでも、自分の意思で悪事を為したわけでもない。
それに今回の殺人事件も、結局は手の込んだ狂言で、実は誰も死んでいなかった。灰色の結末で終わったからこそ、セルケト・ディムナは命まで奪われることはないだろう。
「あの人はこれからも、きっと生きていくことになるでしょう。罪人として扱われながら、悪党として石を投げられながら。けど、それでも――」
青空の下、屋上よりジャックくんは学園を見渡した。
片付けに励む生徒たちに、それを指揮するハロルド先輩やコルベール先輩。そんな彼らを優しく見守っているようで目を開けたまま鼻提灯してるセラフィム会長に、いよいよ発見された変態眼鏡不審者を追いまわしているカザネ先輩に、こちらに気付いて感涙しながら手を振っているハイネ・フィガロに――。
「生きていくんだ。どんな汚名を背負っても、みんなと地続きの世界で、生きていくんだ。だったら僕はソレを助けたい。僕だけは犯人を見捨てません」
「ふ……ずいぶんと勝手な探偵さんね。自分で全部壊しておいて、自分こそが支えになろうだなんて」
正直言って質が悪いわ。そう笑うわたしに、ジャックくんはなおも朗らかな笑みのままで、頷いた。
「悪い探偵で結構ですよ。だって僕は――たとえ破門にされようと――」
――極悪令嬢の、弟子なんですから。
◆ ◇ ◆
かくして、『救国の聖女』による学園来訪は、一つの決着を迎えた。
だがしかし。真なる闇はまったく別の場所で胎動を続けていた。誰も死なずに終わった学園の結末と同じく、悪しき者たちは、今なお呼吸を続けていた。
「――イチから出直しか。それにしても、ずいぶんな旅立ちになったものだ」
真夜中の海原を、一隻の古びた木船が進んでいた。
大海を駆けるにはあまりにも貧相な船。さらに乗っている『人間』も、仮面の青年一人と、横たわっている廃人一人だというのだから、救えない。
大波が来たら瞬く間に攫われてしまうだろう。一人の膂力では潮の流れに抗うことすら難しいだろう。
だが――何も問題はなかった。
「なぁ、ザクス・ロアよ」
『おう』
仮面の青年――『虚無なるファビオライト』の呼びかけに声が返るや、轟ッという音が上がった。
船尾から地獄色の炎が噴射し、海面を蒸発させながら木船を無理やりに推進させていたのだ。
その様はまるで流れ星がごとく。闇夜の大海嘯にあってなお、火は仄暗くも輝いていた。
『いいねェ~船旅。潮の香りが心地いいじゃねえか。「地獄狼」でも社員旅行でやったよなァ。……感覚希薄死体のやつ、手ぇ引いて泳ぎ教えても全然覚えれなくて、沈んでって、ウケたな。青髭のクソボケは砂場で姉ちゃん解体してたっけ……』
「思い出に浸っているな、若作り中年が。……いいか? 貴様が成長するのを待って三か月、ようやく船旅に耐えられる身体になった。その間、逆襲とばかりに『地獄狼』の残党を狩っていく新国王の騎士たちから隠れ潜みつつ、貴様と廃人を食わせてきた俺の苦労はもはや特別手当ではまかえないほどのだな」
『悪かったって。あんまぐちぐち言うなよ』
この身体、鼻も耳もいいんだからよ――と。そう語るザクスの声は、異様に低い位置からこだましていた。
正確には青い顔で横たわっている廃人、『元国王・シュバール』の懐から。彼が震えながら抱えている古布――それに包まれたナニカから響いていた。
『ククククッ。まァいいじゃねえかよ。三十後半超えてからの再スタート、上等じゃねえか』
「ほう。流石は万軍を保有する傭兵結社『地獄狼』の元総帥。ポジティブだな」
『ククククククッ…………俺、そんな大会社の社長やってたのに、レイテとかいう女児に絡んだら全部ぶっ壊されたんだよなぁ……』
「流石は中年だ、急に沈んだな」
更年期前の不安定さを見せる元総帥と、それを適当に流す元大幹部。そして震えながら「ざくす、ざくすぅう……っ」と呻いている廃人国王という、あまりにも終わっている一行は、それでも前へと進んでいた。今なお、闇の底で蠢いていた。
「幸い、前職のツテがある。『ある男』に与すれば愉快なことが起きると、俺の勘が言っている」
『信じるぜぇファビ。テメェの、戦争を生み出す勘をなァ……!』
かくして、外道共が弱ってもなお蠢動していた――そのとき。
「面白い話をしてるね~、おふたりさん!」
闇夜の大海嘯に、明るすぎる少年の声が響いた。
「ッ、異能緊急発動『闇、艶やかに終極へ至る』――!」
瞬間、咄嗟にファビオライトは能力を発動させた。
闇という概念を三次元化し、操る力。それを以って頭上に闇の盾を生み出すや、間髪入れずに巨大な鉤爪の一撃が見舞われた。木船に走る衝撃とギィイイイイイーーーーーーッッッと闇削る大怪音。心壊れたシュバールが「うぎぃいいいーーッ!?」と発狂しだす。
「これは……」
『魔獣の一種、猛禽獅子か』
シュバールを無視して分析する二人。
船を襲ったのは、巨大な獅子の身体に鷲の頭を持つという魔の怪物『猛禽獅子』であった。
その威容を前にファビオライトが「馬鹿な」と呟き、瞠目する。
「……ありえん。アレは山岳に住まう魔獣だ。ここは、海だぞ。生息地がまるで違う」
「まァね~。僕が操って連れてきたから☆」
「!」
さらに異変は続く。『猛禽獅子』の頭上よりひょっこりと――少年と青年が顔を出したのだ。
ありえない。ファビオライトはもう一度そう呟いた。魔獣とは、『闇の神アラム』が創造した対人間用生物兵器。ゆえにヒトには決して懐かないはずが……。
『落ち着けよファビ。……あのガキどもの頭を見てみろ』
「む――あれは、まさか。そういうことなのか?」
『ああ。これまたありえない話だがな』
ザクスの言葉に、仮面の青年は納得する。
魔獣に我が物顔で乗る二人には――それぞれ一本ずつ、角が生えていた。
その特徴たるや、間違いない。魔獣を操る有角の人種なれば――、
「貴様たち、よもや『魔人種』か?」
「そーだよぉー。その生き残りでぇす☆」
それは、この世界における災厄の禁忌種だった。
起源は定かではない。『闇の神アラム』がヒトに似せて作った存在だとも、あるいは擬態能力を持つ魔獣『変異粘体』が、ヒトを苗床にして産まれた存在だとも言われている。
どちらにせよ解き明かす術はない。なぜなら魔人は、
「とっくに絶滅したとされているが……」
「それがそんなこともないんだよねぇ~」
数百年以上も前、魔獣に与する存在として屠られた魔人種。その生き残りの少年は、二人を見下ろしてニィッと笑う。
「一度生まれた命と悪意は、そう簡単には消えないよ」
言い放つ魔人。それを前に、しばし黙するザクス・ロアとファビオライト。
二人は無言で頷き合うと、木船を止めつつ闇の盾も解除した。奇襲をかけてきた魔人だが、どうにもアレは『挨拶』で、なにか話をしに来たのだと気付いたからだ。
その対応に魔の少年も「結構」と頷き、名乗る。
「自己紹介がまだだったね。僕の名はハクヨウだ。――さぁ、コクヨウ兄さんも名乗るべきだよ?」
「ハクヨウがそう言うならそうなのだろうな。俺の名はコクヨウだ。あとはどうすればいい?」
「黙ってればいいよ。兄さん馬鹿だから」
「馬鹿か。ハクヨウがそう言うならそうなのだろうな」
名乗りつつ、異様な会話をする少年と青年。
傍目には美しい兄弟であった。白衣と黒衣の布地煌めく民族衣を纏った二人。片や悪戯な妖精じみていて、片や無機質な人形めいていて、その夢の中の人物のような非人間感が、ヒトをどうにも惹き付ける。
感性の薄いファビオライトはともかく、意外とまともなザクス・ロアは『なるほど、これは〝魔的〟だ』と小さく納得した。
『魔人はどいつも麗しい容姿をしていたという。ゆえに人魔の争い当初、人間は有情で魔人を取り逃がして大惨事を招いたりしたとか。あとはどっかの領主が魔人の女に入れ込んで、人間相手に大戦争を起こしたなんて話もあるな』
「ああ、ルクレール男爵ね。サキュバス姐にガチ恋してたやつ。ちなみにサキュ姐は女の見た目してるだけでオスだよ」
『マジかよ。昔からウチの死体王子みたいなのいたのかよ……』
惚れた男爵も変態だわ――と、歴史の裏話に唸るザクス。そんな彼を見下ろし、魔少年ハクヨウはニヤついた。
「まぁ聖国には今でもお世話になってるよ。……それよりもザクス・ロア。キミこそ、ずいぶんと可愛くなってるみたいじゃないか?」
『うるせえよ』
もぞもぞと、シュバールの抱えていた古布が蠢く。
はたしてそこから現れたのは――赤い毛並みを持つ、子犬だった。その姿を見た瞬間、ハクヨウは「ぷひゃぁーっ!?」と腹を抱えて噴き出した。
「あのザクスがッ! いくつもの国を嗤いながらブッ潰してきた、大虐殺の傭兵王がッ! 犬の赤ちゃんになってるよぉぉ~~~~! ロリに手を出して会社潰れた結末がこれかよ!」
『黙れクソボケッ! あと〝ロリに手を出して会社潰れた〟とか言うな、絶妙に事実だから中年の心に響く……ッ!』
ちっちゃい口で吠えるザクス。三か月前、女児を(ゾンビの)集団で襲ったり(闇に)監禁しようとした結果が、なんか覚醒されての大逆襲から大失職の犬化なのだから笑えない。爆笑するハクヨウに噛み付きたいが、ザクスはまだ乳歯なので泣く泣く諦めた。
「ひひひ、ごめんごめん。てかそれどうなってんの? 異能の力? すごいね」
『おう、俺はロリに手を出して会社潰れてもすごいんだよ。つかテメェ、俺のことをつけてたな? さっきから妙に知ったかな口ぶりだ』
「まァね。前々から接触したいとは思ってたんだよ」
猛禽獅子をぽすぽすと叩くハクヨウ。意思を汲み取って魔鳥が海面に降り、魔少年と傭兵王の視線の高さが近くなった。
「ただ『地獄狼』ってどいつも強くてやばいでしょ~? 魔人で美少年な僕が菓子折り持って〝こんちわ~!〟って会いに行ったら、どうなってたよ?」
『菓子折り奪われて部下共に輪姦されたあげくにクソ高値で奴隷商か研究所に売られてテメェ終わりで俺たち超ハッピー』
「だよね~☆ マジで死ねよおまえら」
本気の殺意が空間を満たす。が、ハクヨウは「ふぅー……犬の赤ちゃんにキレてもしょうがない」と、かぶりを振って怒気を収めた。
『犬赤ちゃんあつかいやめろゴラァ』
「事実なんだから仕方ないでしょ? ……て、わけで。組織が潰れてキミも弱体化するまで、接触するのを控えてたわけだよ。そんな事態が来るかはわからなかったケド」
いやぁ~~、そういう意味では『救国の聖女』に感謝だ――と、魔少年はけらけらと笑いながら続けた。
『どうにも気に食わねえガキだぜ。……で? そろそろ本題に移ろうや』
犬の姿のままに――『餓狼の王』は、魔人二人へと問いかける。
「それでテメェら、俺と接触して、これからなにをやらかしたいんだ?」
単刀直入の詰問。それを前に、ハクヨウは笑いながら。コクヨウは無表情で。共に、ランチメニューを告げるように、自然体で答えた。
「「人類絶滅」」
――かくして、聖女が『殺人鬼の息子』を導く裏で、堕ちた餓狼は『殺人神の息子たち』と、最悪の邂逅を果たすのだった。
第四部、完――!
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