132:影刃、天を穿つ
「こッ――こんな無茶苦茶があるかァァァアアーーーーーーーッ!?」
学園の一画より、混乱の叫びが響き渡った。
その場所はなんと大礼堂。校舎に匹敵するほどの大きさを持つ建物であり、また生徒会メンバーしか踏み入れない選ばし地。
そこから、無数の骸骨が組み合わさった『巨大な骨腕』に掴み上げられる形で、褐色にリーゼントの男が引きずり出されてきて――!
『せ、セルケト先輩――!?』
混乱していた生徒たちが一斉に叫んだ。
そう。その特徴的な見た目をした男こそは、生徒会書記『セルケト・ディムナ』。何者かに殺されたはずの人物だった。
「な、なんで先輩が生きてるんだよぉ!?」
「死んだってのは嘘だった!? じゃあ殺人事件はなんだったんだ!?」
「まさか――狂言事件……!?」
ここまでくればもう誰でもわかる。
事件の被害者が死んでいなかった。隠れていた。もしもその真相がわからなくば、ストレイン王国が大きな損失を被ることになっていた。
つまりこれは、
「――国家転覆か。セルケト・ディムナよ、貴様は王国を潰す気だったのだな?」
金髪の美丈夫、生徒会長『セラフィム・フォン・ルクレール』が結論を告げた。
広報のコルベールも「ジャックくんがセルケトっちを真犯人と言ったのは、そういうことだったのか……!」と意図に気付く。
もはや言い逃れは出来ない状況。野次馬たちの混乱に乱れていた瞳もまた、セルケトへの嫌疑に染まっていく。
「っ……い、いやいやいやッ! ま、待ってくれよオメェら!?」
突き刺さる視線の数々を前に、セルケトが吊し上げられたまま喚いた。
「これは罠だッ! こいつぁ俺を犯人と思わせるための罠なんだよ! おッ、俺はこれまで礼堂の一画に監禁されてたんだッ! ほら、礼堂ってのは無駄にデカいし生徒会メンバーしか基本は入れねーからそれでッ――」
「だからこそ、潜伏先にはちょうどよかったんですよね?」
セルケトの喚きを、冷たい声が引き裂いた。
ジャックくんだ。月明かりの下、彼は無表情で犯人を見上げていた。
「隠れているならそのへんだと思ってましたよ。なにせ校舎や寮舎には|変態眼鏡前科者逃亡中執事が這い廻っている。そちらに隠れていたらとっくに目撃情報が上がっていたはずだ。その点、礼堂は利用時以外に生徒がいないから、人物調査をしているアレが入り込むこともない。それでこれまでやり過ごせていたというわけだ」
……なんか害虫みたいに言われてるわね、アシュレイ。
「ちなみにジャックくん、なんでセルケトが学園内にいるとわかってたわけ? 偽の死体を置いたら、もっと遠くに逃げる手も」
「ああ、それは」
瞬間、「騙されんなッ!」という叫びが響いた。セルケトだ。
「ジャックの言葉に惑わされんなよッ! そ、そいつはこのセルケトが、後輩に罪押し付けて王国潰そうとしたクソ野郎だって言ってんだぜ!? ありえねぇだろ!」
指をさしてジャックくんに喚いた。わたしからしたら明らかな足掻きだ。けど、長年『セルケト先輩』の人当たりの良さを感じてきた上級生などは、「た、たしかに」と揺らぎはじめた。
「そうだっ、俺は犯人じゃねえ! 捕まえるんなら、カザネを半殺しにしたジャックのほうだろうがッ! なぁそうだろうッ、ナナシ副隊長よぉッ!?」
「はッ――!」
ジャックくんの背後に長身が迫る。カザネの部下にして『風紀警備隊』のナンバー2、ナナシという青年が襲い掛かったのだ。
彼はジャックくんが振り向く間もなく、その身を押さえつけんとしたのだが――しかし。
「わかってんだよ、クソ野郎」
刹那、肉片と鮮血がブチ撒けられた。
ジャックくんの足元の影が具現し、刃となってナナシを引き裂いたのだ――!
彼はまるで躊躇なく、ナナシを亡き者にした。その諸行に生徒たちは再び絶叫し、セルケトもまた呆然としていた。
「さて。コレが人間だとしたら、脳死するまでまだ時間があります」
ジャックくんは切断された首を掲げ、わたしのほうを見てきた。
「レイテ様、例の魂魄が見える瞳の状態で、コレを見てくださいませんか?」
「……まさか」
言われた通り、瞳に力を込めて、才覚を見抜くモードに切り替える。
途端に視界に溢れる『ステータス』の数々。ジャックくんの情報が入ってくるんだけど……、
「っ、なるほど。ナナシの情報が、一切見えないわ!」
そう、つまり。
「ええ。ナナシという男は、犯人の操る肉人形だったというわけですよ。そうですよね、セルケト先輩?」
「ッ……!?」
全ての謎が、これにて完全に解き明かされた。セルケトは両眼が裂けんほどに目を見開かれた。
「な、何を、言ってるんだよ! まるで意味がっ」
「まだとぼけますか? 違和感自体は、『第二の殺人事件』の頃からあったのに」
くすりと、ジャックくんは冷ややかに笑った。それは明らかな『嘲笑』だった。
「て、てめッ!?」
「外で見つかった死体は、死後およそ二日だった」
彼はどこまでも静かに謎を解き明かしていく。
「……二日前といえば、僕とレイテ様が庶務のハロルド先輩の計らいで、ハイネくんと秘密裏に面会した日。ゆえにカザネ先輩はハイネへの疑いを深めるどころか、僕やレイテ様にまで嫌疑をかけてくることになった」
「それでなんでナナシを疑ったッ!? 疑うならハロルドが一番にッ」
「ああ、あわよくばハロルド先輩までも巻き込む気だったんですか。……単純な話ですよ。秘密の面会を知る者の中で、ナナシが一番に人間らしくなかった」
――たしかに、今にして思えば違和感は散りばめられていた。
ジャックくんを微動だに掴み上げる異様な膂力。ズレたことを喋る点や、カザネに『人の話を聞かない』と叱責される人間性。
そこだけ見れば、まぁ天然なムキムキマン――ぶっちゃけヴァイスくんっぽい――と思えなくもない。けど、ここに都合よく『わたしたちとカザネやハロルドしか知らない密会』の情報を知るとなれば、話は大きく変わってくる。
もしも彼が、真犯人が意識裏で操る人形だとするならば……。
「王手のつもりだった『第二の殺人事件』は、本当に大きな隙になりましたねぇ。おかげで真犯人がまだ学園付近にいるとわかりましたよ?」
「……、……」
「異能の範囲は無限じゃない。夢想家ヒュプノスの現実改変は『体内』、ハイネくんの転移は『十キロ圏内』と、能力には射程がある。物質生成系も同じだ」
ジャックくんは肉人形の首を放り捨てた。
「所詮異能使用は『アリスフィア放射光』を概念に変換する行為。何十キロと距離が開けば、生成物は光に還る」
「……で……でた、ら……」
「さらに緻密な制御を行うには、能力者は近くにいないといけない。おまえろくでなしだから、肉人形と感覚共有して不慮の事態に備えつつ、破滅する僕らを見守ろうとしてたんだろ?」
「……でたらめ、を……」
「でたらめじゃねぇよ」
手についた偽の血を払いながら、ジャックくんは逆に王手を告げる。
「じゃあなんでおまえ――僕がカザネを半殺しにしたこと知ってたんだ?」
「ッッッ!?」
――それは、彼がナナシをけしかける際に放ってしまった、不慮の一言。
礼堂にいたセルケトでは、本来知り得ないはずの事件だった。当然、反論なんてできるはずもなく、犯人はついに、冷や汗を流しながら閉口した。
「……詰んだわね、エリィ」
「ええ、見事に詰みましたね、お嬢。仕事はどうやら終いみたいだ」
もはや罪は確定した。『明るく頼れるセルケト先輩』という幻想は崩れ去った。見上げる生徒たちの瞳には、決定的な非難の情が宿っていた。
「……くはっ……!」
そんな中――不意にセルケトが、笑った。くは、くははと、徐々に笑い声は大きくなっていき、やがて彼は呵々大笑と、暗夜に向かって大口を開けた。
「ハハハハハハハハハハハハッッッッ! アァーーーーーーーーーーッ、正解だよッ! どいつもこいつも踊らされやがってッ、あぁ馬鹿みてぇだったよッッッ!」
ついにセルケトは本性を剥き出しにした。気さくだった面持ちは下卑て、生徒たちを「テメェらホント能無しだったよ!」と、口汚く罵り尽くす。
「ヒヒヒッ……いい顔してりゃァ阿呆のごとく信じ込みやがって。テメェらが『セルケトせんぱぁい』とすり寄ってくるたび、失笑しそうで苦労したぜ」
はは。ぶっちゃけたわねぇ、セルケト・ディムナ。
「で、苦労して作り上げた立場を放って事件起こしたあげく、ぜ~んぶ暴かれて完全敗北した気分はどう?」
「っ、黙れやクソ聖女がッ! テメェが教育したジャックのせいで、全部ご破算だよクソッタレッ……!」
聖女言うなっての。あと別にジャックくん教育してないし。なんか放っておいたらトンチキになったんだし。
「あぁ、本当にやってくれたぜ……! ストレイン王国の崩壊は、これまでの立場を放り捨ててでも滅国る価値があった。結果は失敗に終わっちまったが――」
だが、と。彼は汗を流しながらも、わたしを見て不気味に笑いながら続けた。
「『救国の聖女』ッ、レイテ・ハンガリアァアアッ! やはりテメェこそ王国の守護者にして柱だッ! テメェを殺せば王国はまだへし折れるんだよォオオーーーーーッ!」
刹那、セルケトを掴む骨腕が軋み上げた。男の皮膚下が蠢き、膨れ、ついには破れて――全身から赤黒い筋繊維を剥き出しにした『肉の赤子』の群れが噴き出したのだ。
「っ、エリィ! アイツ抜け出す気よッ、しっかり押さえときなさい!」
「いや無理ですよ~お嬢。長年埋まってた骨だから耐久度終わってんですよ」
「アンタ今晩おやつ抜き!」
侍女が使えない間に変貌が進む。
ボコッ! ベチュ! ヌルッ――と。生理的な不快音と共に、セルケトの身体から肉胎児の濁流が溢れ、ついに花咲くように骨腕を押し広げた。その中央で、セルケトは高らかに両手を広げる。さらにさらにと肉濁流を溢れさせながら、血走った眼でわたしやジャックくんを睨んだ。
「どうせ俺はもう終わりだァッ! だったら聖女に殺人鬼の餓鬼ィッ! テメェら一緒にッ、ブッ殺してやらァアアアアーーーーーッ!」
その咆哮が引き金だった。
堰を切ったように噴き出した肉塊たちは、お互いの上に絡み合い、噛み合い、融け合いながら、ついにはセルケトを中心として、巨大な人型へと変貌を果たした。
『異能極限解放ッ、「|嘘詠ミノ肉骸傀儡《アンシード・ジャサドゥル=マリヤ》」――!』
まるで百人の囁きが重なったような残響が空気を震わせる。
声の渦。それは肉の合唱だった。表皮に並んだ肉胎児が操り主に合わせて吼え、嗤い、窪んだ眼窩で一斉にわたしたちを見下ろした。
「……ずいぶんと様変わりしちゃったわねぇ、セルケト先輩」
いや。今や〝先輩たち〟とでも呼んだ方がいいのだろうか。
もはや当人の姿などどこにもあらず。暗夜の下に君臨したのは、校舎をも優に超える肉骸の集合体だった。溢れる肉はまだ収まりきらず、毛穴から膿が噴き出すごとく、所々から臓物のような器官が零れ、地面にどろどろと垂れていた。
まさに悪夢の産物だ。その光景と溢れる血臭と臓物臭に、集まっていた生徒たちが絶叫し、一部の者が嘔吐する。
「はは……ヤケになった犯人が、大怪獣に変身かぁ。さぁて、とんでもない解決編になっちゃったけど」
わたしはちらりと、側に立つ少年を見た。
「やれる、探偵くん?」
「愚問ですよ、聖女様」
間断なき返答。この地獄のような状況の中、ジャックくんは表情を変えず、変わり果てたセルケトを見上げていた。
その瞳に浮かぶのは――圧倒的な、怒りだ。
「セルケト・ディムナ。周囲から愛されておいて、信頼されておいて。そんな立場を捨ててまでやることが、国を潰すことなのかよ……」
『黙れッ、黙レッ、シネェエエエエエエーーーーッッッ!』
ジャックくんの視線に、肉塊の化け物が不気味に吼えた。数万の赤子が収束した巨碗を掲げると、乱雑にこちらへと振り下ろしたのだ。
圧倒的な物量攻撃。ジャックくんどころか、わたしや生徒たちまで鏖殺する一撃。それを前に生徒たちが泣き叫ぶも――死の瞬間は、訪れなかった。
「無駄だ」
暗翳一閃。ジャックくんの影が、触手状の刃となって、肉の巨碗を引き裂いたのだ。切断された腕が大地を揺らし、断面の方からは血の雨がブチ撒けられた(※わたしはエリィのスカート被って防いだ)。
『ぐぅううウーーーーッ!?』
「僕の異能は、影を不壊なる刃とする力。くそったれな父親と同じものだ」
ここまでは、と。彼が言葉を続けた瞬間、怪異は起きた。
影が、揺らめいた。彼の影ではない。わたしや生徒たちや建物の影すらも――月明かりの下に伸びる暗翳総べてが、生物のごとく蠢き始めた。
それらは少年へと収束していく。彼の周囲が、暗黒に沸き立つ……!
「ジャックくん、アナタ、他人の影さえ操れるの……!?」
「ええ。ろくでなしの――僕の人生の壊した『切り裂きブルーノ』より、どうやら僕の異能は、凶悪らしい。エリィさんの言っていた通りですよ」
――僕はきっと、父さんよりも怖くなれる。そんなどうしようもない才があると、彼は自嘲した。
「自覚ならとうにありましたよ。周囲も薄々感じていたんでしょう、母の生家では嫌悪と同時に恐れを向けられていたし、ハイネくんが僕の法曹界入りを酷く拒んだのも、まったく正しい選択だった。どんなに目をそらしても、僕の身体は……『殺人鬼』だ」
けど、と。彼は強く言葉を斬って、セルケト・ディムナを見上げた。
「僕だけはもう、自分自身を恐れない。レイテ様のように気持ちよく生きていくために、この身をこの才を使い倒し、僕は願いを叶えていく……!」
誓いと共に、彼は高らかに右腕を掲げた。這い寄り集った濃密な影が、螺旋を描いて腕に収束を果たしていく。
「ゆえにこそ――セルケト・ディムナ。信頼を裏切った、おまえを潰す」
『ほザけェエええええーーーーーーーッ!』
肉胎児の巨人が吠えた。
数多重なる怒号と共に、切断された傷口より、さらに大量の赤子たちが湧き出した。再び溶け合い絡み合う〝ソレ〟ら。しかしただの再生ではない。肉胎児からなる筋繊維は密度を増し、異様なまでに膨張し、やがて巨人本体よりも巨大な肉巨碗と化していく。
『オマエに俺ノッ、何が判ルと言うンダァアアアアーーーーーーーッッッ!』
破壊そのものの形が具現する。
振り上げられたのは、大地すら砕きせしめんほどの圧倒的〝巨拳〟。
学園照らす月をも隠すほどのソレを、ジャックくんへと振り下ろした――!
「知るかよ、おまえのことなんて」
絶対的な殺意を前に、彼は静かに腕を掲げた。
影が纏わり黒く染まったその黒腕。それは圧殺の刹那、真なる姿を解放させる――!
「――異能極限発動『抑えきれない漆黒衝動』――!」
此処に、完全なる黒の『境界』が産まれた。
学園中の影を吸い取り、腕より延びた超密度の暗翳。それは空に翔け、雲を貫き、月を掠めて高らかに、深黒の『天裂く超大剣』となって具現した。
暗夜を二つに分かつ刃。その、もはや長さすら測るのも馬鹿らしくなるような剣を、ジャックくんはゆっくりと、驚愕と恐怖に目を見開いた肉骸巨人に振り下ろし――、
『あッ、ぁぁぁあ……!?』
「セルケト先輩。本当のアナタを、知らないからこそ――」
『アアアアアアアアアーーーーーーーーッッッ!?』
「生きてたらどうか、教えてくださいよ」
――僕の願いは、罪人を救うことなんですから。
そんな優しき言葉と共に――ズガァァァァァァァァァアアンッッッッッ!!! という超絶の轟音を響かせて、天裂く刃は巨人を両断したのだった。
破壊対象は巨人だけに留まらない。学園も、大地すらもが真っ二つになる大災害が発生する。吹き荒れる致死の衝撃波に生徒たちを薙ぎ飛ばし(※わたしはエリィのスカートにしがみついて無事)、噴射する飛礫に誰も彼もを恐怖で狂乱させながら(※わたしはエリィの尻に隠れてどうにか無事)――少年が掲げた影の刃は、最期に崩れて、黒き花弁となって散るのだった。
まるで、事件の終結を祝うように。
「終わりましたよ、レイテ様」
ああ――ジャックくん。
「アンタ弟子クビ。怖い」
「えッッッ!?」




