130:死体にあらず
「黒天の魔王マンガ版」、「英雄目指してたら魔王になってた」発売です!
例の●●です。
夜、自室にて。
「改めて紹介するわ。こいつ、『地獄狼』元大幹部の『おぞましきエルザフラン』よ」
「ってえええええええええーーーーーーッッッ!?」
夕方以降は男子生徒立ち入り厳禁な女子寮に、ジャックくんはド派手な叫びを響かせた。アンタねぇ。
「校則違反でマジで拘留される気?」
「あぅっ!? で、でもだって、メイドさんが大幹部って、えぇ……!?」
エリィに指差したり怯える眼差ししたり口抑えたりこっち見たり、ジャックくんってば忙しそうねぇ。
そんな彼のことをエリィ――『おぞましきエルザフラン』もくすくす笑いながら見ている。
「お嬢、いいんですか~? あまりオレの存在、広めるのはよくないんじゃないです?」
「仕方ないわよ。アンタに働いてもらう必要が出たもの」
願うは事件の早期解決。そのためにジャックくんが頭をめっちゃ下げてきた――そう教えると、エルザフランは「へぇ」と呟き、怯えるジャックくんを半目で眺めた。
「……似合わないなぁ」
「えっ」
「お坊ちゃんの事情は聞いているよ。ハイネってお友達を助けたいとか。……そのために頭を下げるなんて……ツラだけならブルちゃんに似てるのに、ホント似合わない」
「ちょっ、ブルちゃんって……まさか父さんのこと!?」
「あーうん。同僚だったからねぇ。一緒にアタシ様と遊んだりしたし~?」
くひっ、と喉を鳴らすエルザフランに、ジャックくんが「ひぃっ」と身を竦ませる。
やれやれ。遊びの内容は……まぁお察しなところね。
「おっと、閑話休題。事件解決に動いてほしい、だっけ。それともパパのお話続ける?」
「あ、いえ……僕はまだ、父さんのことが呑み込みきれていませんので。あの人のせいで、僕の人生めちゃくちゃになったし……」
「ん、把握。まぁどうせR-18な話ばっかだし、大人になってから聞きに来ればいーよ」
エルザフランのやつ、ジャックくんに優しいわねぇ。あ、わたしの部屋のアメ勝手にあげるな。
……『地獄狼』の連中にも仲間の絆みたいなのがあったのかもしれない。だからどうした、って話だけどね。
「じゃあエリィ、解決への先導よろしく~。わたしは高みの見物とするから」
「はいはい、ワガママなお嬢様。――じゃあお坊ちゃん、いきましょうか」
ジャックくんの手を取るエリィ。
古風なメイド服の裾を揺らし、そのまま彼はずんずんと部屋の外に出ていく。わたしも続こっと。
「って、エリィさん!? どこに行く気です!?」
「決まってんでしょ。第一の事件現場だよ」
「えぇ!?」
ああ、そういえば。
「セルケト先輩が死んだ部屋、まだわたしたち見てないわね」
生徒たちのことを考えてか、検死していたコルベール先輩は素早く扉を閉めてしまった。
見えたのは血の沈んだリーゼントだけだったか。だから〝滅多刺しにされていた〟、というのも彼やカザネからの伝聞でしかない。
血の飛び散り具合からその死に方で間違いないはずだけど……。
「今は調査員に見せるため、氷結系異能持ちの力で部屋を低温にして、腐敗を遅らせているそうよ。……セルケト先輩の亡骸も、あまり損ねると国際問題になるとかで……」
「でしょうねぇ。高等な貴族王族は、死んだ後までVIP待遇ですからね。よくわかりますよ」
皮肉げに吐き捨てるエリィ。死体について何かあったみたいね。この場で語る気はないようだけど。
「あのっ、エリィさん……! 現場には証拠品を探しに行くんですよね……? もうそういうの、風紀警備隊の人たちが探した後だと思うんですけど……」
「いいや。これから見るのは死体だけだ。愉しむつもりで眺めにいくさ」
「ってなんでっ!?」
なぜそんな最低な真似をッ、とジャックくんが短く叫び、足を止めようとする。
しかしエリィは止まらない。学園に来た日にハイネたちを蹴散らした様に、人間を超えた膂力で強引にジャックくんを引っ張っていく。
――その姿に、わたしはなんとなく既視感を覚えた。
「くっ、チカラつよっ……!?」
「本当に父親に似ないお坊ちゃんだなぁ。いいかぁ? 殺人現場の死体には、犯人の性癖が現れるんだよ」
仄暗い夜の廊下にて、歩く死体は語り出す。
「人殺しするやつぁ、相手に恨みがあるか変態かの二択だ。今回であれば計画殺人っぽいけど、それでも何かしらのお楽しみの跡があるかもしれない」
「お、お楽しみですかぁ……!?」
「そ」
エリィは頷くと、たとえば――と続けた。
「犯人が変態であれば、現場や死体に独特の傷や興奮の汗なり、先走り汁なりをひっかけてる可能性が高い」
「さ、先走りてッ!? 綺麗な顔して何言ってんです!?」
「ちなみにあんたの父親は後者タイプのド変態な。色んな汁残すタイプだったよ」
「そんな情報知りたくなかったんですけど!?」
「ちなみにアタシ様も同じタイプ~❤」
「アンタマジで怖いんですけどッ!?」
へ、へえ。ジャックくんの父親ってそんななんだ。
「そんなヤツの血が流れてるんだ……」
「引かないでくださいよレイテ様ぁ!?」
泣きそうな声を出すジャックくんと、そんな彼を見て明るく笑うエリィ。このロクデナシに気に入られちゃったみたいねぇ。
「さてさて。死体に体液でも残っていれば御の字。でも、何もなかったらなかったで」
――かくして、一階西棟の大教室の隣。
鮮血が入口の窓に飛び散る、法務科の授業準備室にわたしたちは辿り着いた。
◆ ◇ ◆
「メ、メイド!? なんだ貴様は!? この部屋には立ち入り禁止でッ」
「黙ってな」
夜の廊下に脚撃の音が響く。見張りで立っていた『風紀警備隊』の男子生徒を、エリィが容赦なく腹蹴りしたのだ。
腹を押さえ、呻きながら気絶する男子生徒。その一連の光景にジャックくんは「うわぁ……」とドン引きしていた。
「エ、エリィさん、暴力に躊躇がなさすぎません……? もう少しこう、手心をというか……」
「時間ないんだから仕方ないだろ。それともお坊ちゃん――アタシ様に色仕掛けさせて、見張りをどこかに連れ込め~って命令する気だった~?❤」
「そ、それはなしで!」
顔を赤くするジャックくん。エロゾンビにからかわれてんじゃないわよ、まったく。
「殺人続きで、警備隊がパトロールしまわってるらしいわ。そいつらが来る前に今の内に死体見るわよ」
「は、はい」
ジャックくんが準備室の扉に手をかける。
そうして開けた瞬間、冷凍室じみた氷気と共に、鈍い鉄臭さがわたしたちを襲った。
そして。そして……。
「……セルケト先輩、酷い姿になっちゃったわねぇ」
床の真ん中に、ソレは転がっていた。
セルケト・ディムナ――褐色の肌を持つ快活な生徒会の先輩は、今や特徴的なリーゼントも萎れさせ、血の海に沈んでいた。
「へぇ~。表面から滅多刺しか。報告に偽りなしだな」
部屋の入口で、エリィが乳下で腕を組みながら、愉快げに頷いた。
「模範的だけど中々よし。この殺し方はシンプルに気持ちがいい。人間って一度刺しても急には死ななくてさ、結構暴れるんだよね。だから慣れないうちは相手の抵抗に焦りながら『早く黙れっ、早く死ねっ』てグサグサ刺しまくっていくんだけど、やがて経験詰んでいくと、穴だらけになって血をビューッビューッ噴きながら悶える相手の様子が、とっても面白く感じられてさぁ……!」
「――黙ってくださいよ、エリィさん」
熱を帯びていく凶悪犯の語りを、ジャックくんが鋭く咎めた。
「法務科トップのセルケト先輩……。彼はハイネくんや僕にとって、憧れの人だったんです」
彼は亡骸に近寄ると、側に膝をつき、「先輩……」と悲しみの声を漏らした。
「この方は、いつか辿り着きたい立場にいたんです。故郷の部族連合を真にまとめ上げて『国』にするには、何よりも優秀な『法』を作る必要がある……だから学園で頑張るんだって、そう語っていたそうで……」
わたしもセルケト先輩のことを見つめる。
制服のシャツは胸元から腹にかけて何度も貫かれていた。さらには刃を抜かれた瞬間に皮膚が盛り上がってそのまま乾き、まるで赤く染まった蟻塚のようになっていた。
数え切れない刺し傷。滅多刺しとはまさにこういうことか、と一瞬で理解できる有様だ。
「何を考えていたのかしらね、最期に」
目は開いたまま、褐色の青年は虚空を見つめていた。
口がかすかに開いていた。まるで、出来の悪い人形のように。それは苦しみからの呻きゆえなのか、最後に犯人に何か言おうとしたのか、息を吸おうとしたのか――もう、誰にもわからない。
そんな二度と喋らない彼の視線を追えば、そこには悲しげに目を合わせるジャックくんが。
「……すみませんエリィさん。大きな声を出してしまって」
死体と見つめ合いながら、彼は謝る。
「でも。次に先輩の死を楽しむようなコトを言ったら……僕はきっと、怒ります」
「へぇ。お坊ちゃんが怒るとどうなるわけ?」
「わかりません。本気でキレたことがないから。だけど――」
血濡れた夜の一室にて、ジャックくんは静かにエリィを睨んだ。
「たぶん、すごく滅茶苦茶なことをします」
「……あいよ」
エリィは大人しく肩を竦めた。
死ぬ手段が極めて限られる死人が、本当に大人しく。
「降参だよ、降参。オレの悪人としての勘だが、アンタはきっと父親よりもえげつない」
「そ、そんな御冗談を」
「冗談じゃなくて真実っつの。……で、そんなお坊ちゃまに質問だ」
エリィは血塗れの部屋を見渡すと、形の良い眉根をひそめた。
「なーんか違和感覚えるんだよなぁ、この殺人現場。犯人が何かしらの小細工でもしたのか」
「違和感ですって? どういうことよ殺人現場作る側メイド」
「今はアナタのメイドですよ。いやまぁ、もう少し考えれば気付くかもですけど」
そう言ってからチラリと、ジャックくんに眼差しを送った。
「所詮自分は、後天的な殺人鬼。――純血のお坊ちゃまから見て、何か思うところはありませんか?」
「や、ヤバい人扱いしないでくださいよ。それに殺人現場を見るのは初めてっ…………じゃなくて、母の時以来ですし……」
「まぁまぁ、あてずっぽうでいいんで答えてくださいよ。お嬢の命令の手前、解決寸前の状態には自分がもってくんで」
「そ、それならば……」
月光だけが照らす中、彼は現場を注意深く見渡した。
「うぅん、そうですね……」
血の海になった床を、赤く染まった扉を、凄惨に殺された先輩の遺体も悲しげにじっくり見てから――「あれ」と呟いた。それからわたしたちを見やる。
「なんか……綺麗じゃありません?」
「え――なに、オレのこと口説いてる? 同僚の息子相手はちょっと……いやでも、『アタシ様』的には興奮するかもねぇ、クヒヒッ……❤」
「えっ、もしかしてわたしのこと? ふふーん見た目は自信あるけど中身はハイパー邪悪で醜いから、わたしにアタックするなら覚悟しときなさい!」
「って何言ってるんですかッ。アナタたちトンチキ女の子たちじゃなくて、部屋の事ですよ!」
彼は慌てて弁明しつつ、エリィに問いかける。
「さっきエリィさん、言ってたじゃないですか。その、刺された人はなかなか死なずに暴れるから、血がいっぱい飛び散るって」
「そう言ったが――って、あぁっ!」
「はい。この部屋、扉以外の壁には、あまり血が掛かってないんですよ」
彼は確信を込めて続けた。「まるで棒立ちのまま刺されて、そのまま大人しく死んだようだ」と。
「おかしいじゃないですか。セルケト先輩の頭蓋には傷がない。不意に心臓を刺されようが、脳が無事な限りは、酸欠になるまでは暴れるはずだ。何より先輩は快活で長身だから、狭い準備室で暴れまわったらもっと一面に血が広がるはずで」
湧き上がる違和感を吐き出していくジャックくん。
一気に真相に向かう空気。それなのに、彼の表情は焦燥に満ちていった。
「し、死力を尽くして犯人に掴みかかれば、爪の間に相手の皮膚や衣類の繊維が残るとか、爪が割れるとかそういうのあるでしょ……! でもそういうのもなくて、本当に傷は刺し傷だけで、血が一方向にしか出てないことを考えたら、まるで、まるで」
「まるで――人形を刺したみたい、ね」
わたしが続きを代弁した瞬間、彼の顔は真っ青になった。
「はっ、正解だぜ、お嬢にお坊ちゃん。まさにソレだ。他に言いようがない」
ジャックくんの推理がさらに肯定されていく。
死体の側にしゃがむエリィ。そのクラシカルな侍女衣装のスカートに赤く血を吸わせながら、彼は告げた。
「オレの異能は『ねむれずのよる』。あらゆる死体を動かす力だ。だが」
エリィは、神妙な顔付きでジャックくんに告げた。
「オレの力が適用されない。つまり死体は、死体にあらず。何かしらの方法で作られた偽物なんだよ」
瞬間、ジャックくんは膝から崩れ落ちた。
「そん、な。そんなことって……」
前髪から覗く鋭利な瞳。緑色の美しいソレが揺れていた。
瞳孔は混乱している時に揺らぐというが――違う。
正確には、高速で思考を巡らせている時に動くそうだ。
「はっ、はははははっ。これ、ドッキリなんですよ、ドッキリ! それで誰かがセルケト先輩の死体を用意して、本人はどこかに隠れてるんですよっ」
「そんな趣味の悪いドッキリを、『誰』が仕掛けたというの? おかげでストレイン王国は潰れかけているわよ?」
「それ、は」
「学園外に貧民らしき死体があったのは、なぜ? わたしが推察するにアレは、『事件を複雑化させ、確実に王国を潰す次手』だと思うのだけど」
「それはッ!」
「認めなさいよ、ジャックくん」
わたしは座り込んだ彼の胸倉をつかみ上げた。もう気付いているはずでしょう。
「おそらく犯人の異能は、〝肉人形を作る能力〟よ。死体は死体にあらずとも真に迫る出来なのだから。そして存在する死体は二つ。セルケト先輩の死体と、名もなき貧民の死体」
「や、やめてくださいよ……」
「いいえやめないわ。犯人が肉人形を出せる異能持ちなら、なぜ『貴族の学園外』に『貧民』の死体を用意したか。それは、命は区別されるからよ。貴族以外の者の死体など、身元不明だったところで誰も怪しまない。世の中には市民権を持たないスラムの者や野山に暮らす者も多くいるのだから。反面、貴族が死んだら騒ぎになりすぎる」
「ぅ、あ」
「実在の生徒の肉人形を作るには、その生徒自身が邪魔になる。その生徒を実際に殺すなり監禁するなりしなくちゃいけなくなる。異能で反撃されて逆に殺される可能性も出るため、死体をぽんと出せる能力のメリットがなくなってしまう。だから犯人は学園外に、あえて下等な死体を作った。それは犯人からの攻撃だけど、ここで決定的な隙となった」
これにして推理はクライマックス。さぁ、ジャックくん。
「アナタが言ったんでしょう? 真相を究明し、ハイネを救い出してあげると」
「っ……!」
「だからこれ以上、悪役に喋らせてんじゃないわよ!」
アナタはこの舞台の探偵であり、同時に生粋の『殺人鬼の子』。
ならば全ての謎は解けているはずよ。
「うっ……し、死体はおそらく、二つとも偽物。外の死体は身元不明。だけど……」
ジャックくんは、震える舌で答えを紡ぐ。
「最初に見つかった死体には、れっきとした身元がある。用意するのが面倒な、生徒の死体のはずなのに。つまり、つまり……ッ!」
かくして主役は、泣き叫びながら夜に叫んだ。
「死んだと思われたセルケト・ディムナ――彼こそが、真犯人だ!」




