128:滅びの未来
「レイテ様もありがとうございます……! ジャックくんと共にいるということは、レイテ様もボクのことを信じてくれているのですね……!?」
「まぁそうなるわね。なにせわたし、極悪だからぁ~? 聖女じゃなくてッ極悪令嬢だからっ、相手が極悪かどうか極悪直感でわかるというか~?」
「せ、聖女レイテ様が極悪……? あぁっ、そういうことですか! 日々動植物を食べて空気を消耗する自分を『所詮は人間、悪なる者』と定義し、ゆえにこそ己惚れることなく善行を成し、どんな悪人に対しても分け隔てなく接する博愛精神を保っていると!」
「って違うわッッッ!」
いい加減に聖女扱いやめろボケ~~!
「はは……ハイネくんはちょっと天然で純粋ですから……。信じたものには一直線ですよ」
「そんなんだから犯罪に巻き込まれるのよ……」
地下牢獄に響く、わたしとジャックくんとハイネの声。
だがそこで、三人だけの空間も終わりを告げる。
「時間でござるぞ」
ぎぃ、という古めかしい音と共に、地下牢獄への扉が開けられた。仏頂面のカザネが顔を出す。
「ぁ、ありがとうございました、カザネ副会長。おかげでハイネくんと話せまして……」
「ふん。ハロルドからの頼みで、仕方なく、だ。監視も外してやったのだから有難く思え」
切れ長の瞳で出入り口を睨むカザネ。そちらからは申し訳なさそうに、庶務のハロルド先輩が「無理を言ってしまいまして……」と詫びながら現れた。
「カザネ様のお慈悲に感謝ですね。流石は未来の幕府を支える御方」
「黙れ庶務風情が。このカザネにあれこれ指図するとは、偉くなったものでござるな?」
「あはは……お叱りなら後でいくらでも受けますよ。しかしおかげで、成果はありましたので」
ハロルド先輩は微笑を浮かべ、ハイネのほうを見つめた。それから優しく笑みを深める。
「血色が戻りましたね、ハイネさん。とてもよい面持ちだ」
「は、はい……!」
「キミが犯人かどうかは私にはわかりません。ですがあのまま弱って死ぬか自害でもされていたら、キミは法廷に立つこともなく『殺人犯の骸』と成り果てていた」
先輩は牢に近づくと、綺麗とは言えない石床に片膝をつき、ハイネ・フィガロと視線を合わせた。
「キミは法務科の生徒なのでしょう? ならばこそ、抗弁と弁護を果たし終えるまで、どうか諦めないように。約束ですよ?」
「っ、はいッ!」
ハロルド先輩の励ましと計らいに、ハイネは大きく元気に応えた。
よかったじゃないの。ジャックくん以外にも気遣ってくれる人がいて。
「それで、これからレイテ様とジャックさんはどうされるので?」
「えとっ、ひとまず色んな人に聞き込みをしようと思います。事件当時、他に密室殺人が可能な能力者は何をしていたか、とか。僕の思い付く限りできることをしようかと」
「ほほう……レイテ様が主導ではなく、ジャックくんが?」
まぁーね。仕事で来ただけのわたしと違って、こいつは自ら〝ハイネを救う〟と決めたんだもの。男のそういう誓い、破ったら野暮でしょ。
それに、
「わたしは真の悪党だから、些事は配下に任せるわ。泣きついてきたら手伝ってあげるけど」
「ぼぼっ、僕配下じゃないですよ~~~!?」
だまらっしゃい!
「ふふ、仲がよろしいようで」
情けない声を出すジャックくんを、ハロルド先輩は微笑ましく見つめてくるのだった。
◆ ◇ ◆
「ひえっ、ジャックさんだ!? えっ、事件当時になにしてたか? えぇと、所属クラブ『床磨き部』で床磨いてましたけど……」
「ひえっ、ジャックさんだ!? えっ、事件当時になにしてたか? えぇと、所属クラブ『変な形の石見つけよう部』で石見つけてましたけど……」
「ひえっ、ジャックさんだ!? えっ、事件当時になにしてたか? えぇと、所属クラブ『トマトにギリギリまで水あげないで甘くなるか枯れるかのラインを見極めよう部』でトマトにギリギリまで水あげてませんでしたけど……」
学園を周るジャックくんWithわたし。彼は変態逃亡執事が調べ上げた資料を参考に、『校則を密かに破っている生徒』また『密室殺人が可能っぽい能力を持つ生徒』を中心に聞き込みをしていた。
そうして目立つ超過もないまま、校舎の廊下を上から下までぷらぷらとする。途中、もらったトマトをもしゃもしゃ食べつつ。
「うぅ~、駄目ですねぇレイテ様……みんなアリバイあったりで……。てかトマトうまっ」
「そうね。そうそう上手くいくもんじゃないわよ。てかトマトうまっ」
まるでフルーツみたいねぇ。あとで追加でトマトもらって、新下僕と逃亡中変態眼鏡にも持ち帰ってやろ。『トマトにギリギリまで水あげないで甘くなるか枯れるかのラインを見極めよう部』、舐められないわね。
「てかユニークすぎるクラブ多くない? あ、ここの床めっちゃピカピカ……」
「あはは、校則の徹底と同時に、個性の尊重も売りにしてる学園ですので。カザネ副会長の『斬首上手くなろう部』とかコルベール先輩の『詐欺師の手口学ぼう部』とか色々ありますよ」
「もうあいつら犯人でよくない?」
あの二人ハイネ責めてたけど、あいつら自身も結構な畜生じゃないのよ。
「それにしてもレイテ様……はぁ。密室殺人の犯人を見つけるのって、この学園だと逆に難しいかもですね……」
「そーねー。なにせ異能があるんだから」
そう。これが市井なら『トリック』を暴くのに躍起になるけど、この学園ではそんなことは二の次となる。
だって二百五十名ほどの生徒全員が貴き血筋なんだもの。そしてそのうちの七割以上が、特殊な能力を持ち合わせている。
そうなるとまともな推理なんてもう無理よ。だってなんでもありなんだもの。
「アシュレイさんの調査によると、『すごくペラペラになる能力』や『鍵限定で触れず動かせる能力』の人がいましたよね? 彼らが怪しいのでは?」
「なんでそんなピーキーな力もってんのか知らないけど……決定的な証拠にはならないわね」
そして、事件を解く鍵になりそうな異能があるからといって、その人たちだけが容疑者になるとは限らない。
「いいかしら? 世の中、変態逃亡執事のように無能力者のパンピーを装って面接受けやがった経歴隠しの反社野郎もいれば」
「あのキモい人そんなだったんですか……」
「亡国の王子のように、能力の詳細をボカしたり誤魔化している者もいるわ」
異能は自己申告制となる。ゆえにそうした者たちが捜査のネックとなってしまう。
「もしも犯人が能力を隠したやつなら、その状況を上手く利用するはずよ。ハイネが冤罪ふっかけられたのだって、ストレイン王国の関係者だとか嫌われ者だとかの現状と同時に、ちょうど『冤罪向きの能力』をしていたわけで」
「……能力だけで人を疑っても、裏に潜んだ犯人はほくそ笑むだけ、ということですか」
そういうことね。
「だから能力面で人を選んで探るのはやめたら?」
「うぅ、ですねー……となると『どうやったか』ではなく『なぜやったか』。つまり被害者への怨恨を持つ者を探る方向になりますか……」
難しい顔をするジャックくん。そんな話をしながらぶらついていると、やがてわたしたちは中庭に出た。
「よく見たら地面、丸っころくて怪我しにくい、特徴のない石しか転がってないわね……。変な部活動も実は有用なのかしら……」
「うーーーーーーーーーんっ、ダメですレイテ様……! 被害者はあのセルケト先輩ですし、全然恨みそうな人が思いつきませんよぉ~!」
ジャックくんはずっと考えてたのか、もしゃもしゃ頭をくしゃくしゃ掻いた。あはは、大変そうね。
「殺されたセルケト先輩、リーゼントなのにすごくいい感じの人だったものねぇ」
「そうなんですよぉ……。いい噂しか聞きませんもん。木から降りられなくなった子猫を助けてあげたとか」
「よく聞く良い人エピソードね」
「リーゼントを伸ばして梯子にしてあげたそうです」
「模範解答外してきたわね」
愛されてたのねぇ、あの褐色リーゼント先輩。
思えば彼が殺された当時、生徒会の鬼畜コンビも怒りから冷静さを失っていた。
野次馬の生徒たちも彼の死に嘆き、ハイネに対して必要以上に感情的になっている節があった。
「嫌われ者の容疑者に、人気者の被害者……ねぇ。だから犯人はセルケト先輩を標的にしたり?」
「うぐぐ……そうなると怨恨の線を探るルートも難しくなっちゃいますよぉ……」
難事件を前に、ジャックくんは肩を落とした。重い溜息が溢れ出させる。
「どうするわけ? 三日後にはストレイン王国からの使者が来るわ。あとは彼らがハイネを送還し、調査を始めるわけだけど……彼らに任せちゃう手もあるんじゃない?」
「いいえ、それはダメだと思います」
わたしの問いに、彼はきっぱりとかぶりを振った。
「それはどうして?」
「その、僕はやっぱり……『殺人鬼の子』ってことなんですかね。犯人側として考えると、王国からの介入は、どう転んでも美味しくなるんですよ」
「ジャックくん……?」
犯人側として考えると、ですって?
「いいですかレイテ様? ハイネくんには今、〝決定的な証拠〟がない。そこがとても素晴らしいんですよ……! だってそうなれば、司法も調査員の方々も有罪判決をなかなか言い渡せない。彼らが遵法精神を持ち職務に真面目なプロであるほど、安易な沙汰は下さないはず! そうなれば、どうなりますっ!?」
「え、それは」
「そう! 他の国々からすれば、『自国の犯罪者を庇っているのか!』と不満が噴出するわけですよ!」
彼の口調は加速していく。声が大きくなっていく。
弱々しい普段とは一転、まさに活き活きと舌を躍らせていく。
「嗚呼……これは時間がかかればかかるほどいい……ッ! まるで発酵物を作るがごとく、ストレイン王国を責める風潮は成熟していく。ただでさえ不安定なあの国は、国際的な信用をさらにさらに失っていく……!」
――かつて『切り裂きブルーノ』は、多くの国で多くの女性を殺めながらも、捜査の手を攪乱し続けてきたという。
ヴァイスくんの報告曰く、時には〝自分を捕まえられない衛兵たち〟を詰る風潮まで街に流行らせ、抗議デモが起きている間に悠々と殺人を楽しんだとも。
「ふふっ……そして捏造にしろ〝決定的な証拠〟が出たら、それはそれで終わりでしょう? 王国は不明慮も有罪も許されないわけだ。さてさてさて、さてさてさてさてそうなると道は一つ! それは司法を捻じ曲げて、ハイネくんを無罪にしてしまうことだ! そーなればー……ははっ、それこそ真の終わりですねェッ! ストレイン王国はみごと腐乱し、新国王ヴァイス・ストレインの治世は地に堕ちるわけだァッ!」
うん、そうなるわね。
「ところでジャックくん」
「はいィ?」
「しっかりしなさいっ!」
わたしは脛へと蹴りを放った! おら喰らえっ、極悪令嬢キック!
「はっ、そんなの食らいますか」
だが、『殺人鬼の子』たる彼は余裕で避ける。こちらが足を伸ばした時には半身となっており、そのまま手をわたしの首に伸ばしてきて――、
「させるかぁ! 極悪令嬢カミカミッ! ガブーッ!」
「ってわぁっ!?」
ふっふっふ、甘いわ弟子が!
わたしはこうなることを読んで、首を絞めようとしてきた指に噛み付いてやったっ!
「うにゅ。とまほあひ」
「いだだだだだっ!? や、やめてくださいレイテ様――って、あぁっ……!?」
そこで、彼は愕然とした表情をすると、全身から力を抜いてへたり込んだ。正気に戻ったみたいね。
わたしも手を吐き出してやる。ぺっ。
「ぼ、僕は、なんてことを……!」
「……『切り裂きブルーノ』は必ず、女性の首をへし折る性癖があったそうよ。最初に殺した奥さん――アンタの母親もそうやって殺されたんだってね?」
「っ……!」
だからこそ、わたしはジャックくんの行動が読めた。もしも彼が呪わしいほど『殺人鬼の子』として優等であれば、ソコも引き継いでいるはずだってねぇ。
「ご……ごめん、なさい……! やっぱり、僕は……っ!」
「どうしようもなく危険人物ね。極悪令嬢の見込みに違いなし、よ」
彼の中で爛々と煌めく殺人鬼の才。その片鱗を見事に見せてくれたわね。
「じゃ、次はどうするの?」
「――え?」
「え、じゃなくて、次の行動よ。このままじゃ三日後にもストレイン王国は詰みルートに走るのはわかったわ。ちなみに殺人鬼的に考えると、プロの調査員がハイネくん無実の証拠を見つけられたらオッケーなわけ?」
「えっ……それはそれで、ちょっとダメですね……。たとえ王国の司法が不正を働いてなくても、他国は『不正で無実にしたかもしれない』と疑念するわけで。火がつかずとも脂が残って美味しいというか――あぁっ、僕またそんな考えを……!?」
「なるほど。じゃあ正解ルートが見えたわね。『わたしたちシロウトの手で、事件を解決すること』。それが逆に信用される手段みたいね~」
じゃあ俄然やるしかないじゃないの。ほれ、もうすぐ夕方だし、休日が終わっちゃうわ。どんどん行動するわよ?
「ちょっ――レイテ様は怖くないんですか!?」
「うん?」
「だって僕、アナタをつい殺そうとしたんですよ!? 犯人側の志向になって、国が壊れていくことに気持ちよくなってたんですよ!?」
あーそうだったわね。
「さっきのアンタ、すごく活き活きしてたわ。若者とはかくあるべきねぇ」
「かくあって堪りますかぁッ!」
めっちゃ叫んできた。なんなのよ、うっさいわね。
「ぼ、僕のこと、怖くないんですか……!? 避けないんですかッ!? だって僕は、ものすごく悪党で……!」
「何言ってんのよ、ばーか」
額に手を伸ばし、デコピンをくらわせてやる。
お、当たった。落ち込んでいたからか次は回避できなかったか。ぱちんっと弾かれ、ジャックくんはアホみたいな顔で「い、いたっ……」と呟く。おもしろ。
「レイテ様……?」
「アンタを怖がる? 避けるぅ? ほんとばかねー。なんで悪党だからって、そんなことしなきゃいけないのよ」
だって――。
「わたしは、極悪令嬢サマなのよ? ビビらないから安心して側にいるといいわ」
そう言うと、めっちゃ泣かれて、抱き着いてきた。
なんなのよーもう。
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【その頃の野郎ども】
ヴァイス・アシュレイ・ケーネ「ぐあああああああ脳が破壊されるように痛い!!!!」
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