124:殺人鬼の子
途中でもご感想ぜひください~~~~~~~~~~~~~~~~~!!!!!!
「……なによこれ。いったい、どういうことなの」
学園中に響いた絶叫。それを聞きつけ、わたしに生徒会長、それからついでにジャックくんは、声のしたほうに駆け付けた。
場所は法務科の授業準備室前。扉の曇りガラスには、べったりと血が塗りたくられていて……。
「――はッ、放せぇっ! ボクはなにもしていないぞぉ!?」
「黙るでござるッ! もっとも疑わしいのは、貴様ではないかっ」
部屋の前の廊下では、ハイネとかいったマフラーの子が、なぜかカザネに取り押さえられていた。
周囲の生徒たちも、疑惑と嫌悪の手厳しい視線をハイネに対して送っている。
「なによこれ。ちょっとカザネ先輩、何が起きてるの?」
「む、部外者は――ってげげぇっ!? レレレレイテ・ハンガリアっ!?」
「レレレレイテ・ハンガリアよ」
わたしを見るや、ものすごぉ~~く顔を青くするカザネ・ライキリ。
彼ってば仮想世界大戦で消し炭にして以来、ずっとこうなのよね。生徒会の仲間なのに。
「で、何が起きたのよ。あの血はなに? なんでハイネは組み伏せられてるわけ?」
「それは……」
カザネが口を開こうとした時だ。「殺人だよ」という一言と共に、血濡れのドアが開かれた。
「や、レイテちゃん。それに会長と……うわ、ジャックくんもいるじゃないか。キミ苦手なんだよねぇ~」
「コルベール先輩」
部屋から出てきたのは、栗毛のショタ風味な生徒会メンバー、コルベール・カモミールだった。
「実はとある生徒があの部屋の中で死んでてさ~。もう、めった刺しで苦しそうな表情してたよ。それでハイネちゃんは、第一容疑者なわけ」
普段はニコニコ笑顔の腹黒野郎。だが手早く扉を閉めた今日の彼は、いつになく笑みが控えめだった。
「――コルベール。おまえが検死を行ったのか?」
「まぁね~会長っち。僕の異能『死への銀弾』は、身にかかる害を撥ね退ける。たとえば、〝血で汚れる〟なんて被害もね?」
だから現場保持にも僕が向いているのさ、と。コルベール先輩は問いかけた生徒会長に答えた。
たしかに彼の靴には血の一滴すらついてない。ドアを見るだけでも、中は滅茶苦茶だってわかるのに。
「殺人か……それにしても変ね」
「なにがだい、レイテちゃん?」
「ハイネの格好よ」
先輩のおかげで、違和感にはすぐ気付けた。
「コルベール先輩と同じじゃない。あの子だって血の一滴もついてないわ。なのにどうして捕えているわけ?」
これで返り血でぐちゃぐちゃだったり、実際にハイネが殺した場面を誰かが見ていた――とかなら、そもそも彼を『容疑者』なんて表現しない。それなら犯人まんまでしょうが。
「彼を容疑者と判断した理由。そこを教えてほしいわね」
「簡単だよ」
平坦な声で、コルベールは答えた。
「部屋は完全に密室だった。そして、内側に鍵がかかった状態で、セルケトっちは死んでいたんだ」
「っ――!?」
コルベール先輩は後ろ手に、わずかに準備室の扉を開いた。
そこからちらりと見えたのは、鮮血に染まった床と、赤く沈んだリーゼントヘアで……。
「セルケトっちが見た目に反して真面目なのは知ってたでしょ? 彼は静かな空気が好きでさ。休日にはよく先生に許可をもらっては、法務科の準備室で自習していた。今日もそうだったんだろうね」
彼は再び扉を閉めた。声だけじゃなく、その表情からも張り付けた明るさが消えていた。
「で、だ。ねぇ――ハイネちゃん?」
「っ」
ぎょろり。コルベールは、組み伏せられているハイネに視線を向けた。
「キミは転移系の異能を持っていたよねぇ。すごいチカラだ。キミも偉そうに自慢していたような激レアモノだよ、そうだよねぇ?」
「そ、それは……」
「小窓しか出せないとはいえ、空間を無視して腕を伸ばして、ジャックくんをつついたりしてたっけ。はは」
短く響く、明らかな作り物の笑い声。それから彼はハイネに近づき、膝を折り曲げ視線を寄せた。
「キミならばセルケトを殺すことが可能だ。そしてキミは、セルケトに殺意を向ける道理があった」
「なっ――!?」
言葉に詰まるハイネ。それから必死な形相となり、コルベールに叫んだ。
「ちッ、違います! そんなことはありません!」
「なんでそんな嘘つくの?」
「!?」
「違わなくないでしょ。全然あるでしょ。まずキミが転移系異能を持っていることは、まぎれもない事実だ。殺す手段は手の内にあるでしょ」
そして、と。コルベール先輩は淡々と言葉を続ける。
「キミ……生徒会入りの話をセルケトっちになかったことにされて、ずいぶんと不機嫌そうだったみたいじゃないか。わかりやすく周囲に当たり散らしてたみたいでさぁ?」
「そ、それは……!」
呻くハイネ。そんな彼を擁護する言葉は、どこからも飛んでこなかった。
騒ぎを聞きつけてきた野次馬の生徒たち……彼らの視線は一様に冷たい。組み伏せられ、じわじわと詰められていくハイネに対し、『ざまぁみろ』といった表情を向ける者もいた。
さらには、
「……そういえばこいつ、誰かを殺してやるとかブツブツ言ってたような……」
「なぁッ!?」
生徒たちの中から、ハイネの殺意を立証するような言葉が漏れた。周囲も「たしかに」「最近雰囲気やばかったよ」「明らかに普通じゃなかったよね」――と。ハイネの凶悪性を保証するような意見まで溢れる。
「なるほどなるほどぉ。セルケトっちに生徒会入りのテコを外されたハイネちゃん。性格的に、何度もしつこく『考え直してください』と頼みに行くも、見た目に反して冷静なセルケトっちは、けんもほろろ。やがて殺意が募って衝動的に……みたいな?」
「違いますッ! ボクは正義の人間だッ! 気に入らないような人間を害するような真似はッ」
「するでしょ。だってキミ、『殺人鬼の子』のこと苛めてたでしょ?」
「――!?」
……決まった。決まってしまった。
ここにきて、ハイネの諸行が、自身の足を致命的に引いた。
「な……先輩、なにを、言って……!」
「あのさぁ~ハイネちゃん。キミ、全校放送な仮想世界大戦の場で、堂々とジャックくんを馬鹿にしてたじゃん」
「っ」
「あの時点でわかったよ。『あ、こいつ普段からやってんな~』って。勝負場特有の挑発じゃぁなく、日常からそういうことしてたんでしょ?」
コルベール先輩の追及は止まらなかった。次に生徒会長のほうを見て、互いに頷いた。
「会長っちがカマかけてみたら案の定だよ。好きにコケにしたらいいって言われたら、嬉々としちゃってさ」
「カ、カマァッ!? なにをっ、なにを言ってるんですか!? あのとき会長は、青春の間くらい好きに振る舞えってっ、悪意もぶつけろって!」
「馬鹿じゃねえの」
「!?」
喚くハイネに、コルベール先輩は容赦なくとどめを刺しにいく。
「あれは完全に、否定すべき禁忌肢だったんだよ。生徒会入りテストの場だって伝えてたでしょ」
「あッ……!? で、でも、会長は、目を瞑ってくれるって!」
「他にも試験官がいただろうが」
「!?!?」
「つか、堂々とクラスメイトを虐げるゴミを、生徒会に入れるワケねぇだろバーーーカ」
「!?!?!?」
徹底的に打ちのめされて――そうしてハイネの顔は、白く染まった。全身から力が抜ける。滲むように涙を見せると、「そんな……ボクは……」と、ただただ呻くだけになってしまった。
「はぁ……これでわかったかな、レイテちゃん? コイツはこんな取り繕う知能もない阿呆だ。嗜虐心を持つなとは言わないが、発散の仕方が短絡的で致命的すぎる」
「そうね」
悪人のわたしも頷かざるを得ない。
わたしも民衆や下位貴族を虐げるのは大好きだけど、それはちゃんと力関係を見ているからよ。そして悪党に思われても構わないと思っているから。
ハイネのように、正義目指す法務科で、生徒会目指す場でマイナス印象を与える行動はちょっとできないわね。
「この手のタイプは自分こそが正しいと思っている。だから簡単に『殺す』なんて言葉を使えて、突発的にやっちゃうこともあるクソだ。だからコイツを第一容疑者と判断した」
コルベール先輩は心の底からの軽蔑の眼差しで、真っ白になったハイネを見下した。
「覚悟決めた復讐と職業軍人以外で殺人なんてするヤツは、後先考えないチンカスだって決まってるんだよ」
「……手厳しいわね、コルベール先輩。いつものニコニコショタはどこ?」
「休業だよ」
肩を竦めつつ、彼は血濡れた準備室のほうを振り向く。
「感情のままに振る舞うヤツはカスだ。そう思ってるけど……流石に、仲間が死ねば僕も乱れる」
後ろを向いたせいで、その表情は読み取れない。でも少なくとも、彼の声音には寂寥の微粒子が含まれていた。
「――さて、これからのことだが」
そこで、会長が切り替えるようにわたしたちに呼びかけた。
……天然に思わせておいて、しれっとハイネを嵌めていた人が。
「――アリスフィア学園は独立機構だ。他の国家の介入を許さない反面、学部機関でありながら『風紀警備隊』という戦力を持つ」
ああ、アシュレイを捕まえた人たちね。
大人が三割、生徒が七割ほどで構成されたっぽい部隊で、アシュレイが逃げながら唾を吐きまくるもんだから絶叫していたのを覚えている。
アシュレイのほうは子供傷付けるのが嫌だからそうしただけで、最後は捕まってたけどね。その後、脱走したけど。
「――そして、生徒会と兼任し、『風紀警備隊』の隊長を務めるのが」
「拙者でござる」
黒髪の姫武者・カザネが立ち上がった。
手には縄が握られており、その先にはいつの間にやら縛り上げられたハイネが。
酷い光景ね。絶望の表情で床に突っ伏してるものだから、まるで犬の散歩のよう。
「警備隊本部には牢がある。ドクター・ラインハート謹製のコボルト鉄鋼製のモノだ。これよりハイネ・フィガロを、そこに殺人容疑者として放り込む」
それに当たって――そう言って、カザネはしなやかな指を無理やりにハイネの口腔に突っ込んだ。驚くハイネと、喉元より『ごくっ……』と響く、嚥下の音。
瞬間、ハイネの両眼は恐怖に彩られた。咄嗟に吐き出そうとするが、続けてカザネは猿轡を取り出して口を塞いでしまう。
「極小化した太刀を飲ませた。逃げようものなら、必ず殺すと約束しよう」
「ふぐッウ!?」
……和国の上位藩主の子息、カザネ・ライキリ。彼の言動には一切の躊躇がなかった。必要とあらば確実にやるのだろう。
わたし相手には負けたけどやっぱり油断ならないわね。コルベール先輩が言っていた『職業軍人』ってやつの極みがコイツか。
「――校則違反ならば学内で裁く。が、流石に殺人容疑となれば、容疑者の本国に訴えざるを得ないな。これよりストレイン王国に連絡し、引き取り準備を始めてもらう」
「ぅゥウ……!?」
会長の言葉に、ハイネの嗚咽と、周囲の生徒たちの嘲りと呆れと嫌悪の溜息が広がった。
――法務大臣の子が殺人鬼かよ。笑えねえ。
――親は可哀想になぁ。ストレイン王国はまた荒れるぞ。
――セルケト先輩を返せよ、クズ……!
と、空気が刺々しく容疑者を刺していく。
「さぁ、行くでござるぞ。さっさと立てッ」
強引に縄を引くカザネ。しかし心折れたハイネの動きは緩慢だった。姫武者の横顔に、青筋が走る。
「貴様ッ――この殺人犯が! こうされなければわからんのかッ!」
そうして彼が拳を振り上げ、容赦なく打擲を加えんとした――その時。
「待ってください……!」
鋭い拳が、頬を打った。
だがそれは、ハイネのものじゃなく……、
「っ、貴様は……!」
「ハ、ハイネくんに、酷いことをしないでください……!」
――わたしの弟子、ジャック・シャルワールがカザネの前に立ちはだかっていた。
震えながらも堂々とした声で、真なる『殺人鬼の子』は言う。
「彼は、殺人犯なんかじゃありません」




