122:惨劇の幕開け
「あっ、『大聖女』レイテ様だァーーーッ!」
「レイテ様ぁ~~~! 私にも民衆とすごく仲良くなる付き合い方おしえてくださぁーい!」
「俺にも『裁きの聖光』を喰らわせてくださぁーーーーーい!」
うううううっ、うっさいっつのモブ生徒どもぉ!
「くうううう……どうしてこんなことになったのかしら……!」
――仮想世界大戦より一週間後。生徒たちのわたしへの好印象は、さらに加速することになっていた……!
中庭を歩けば四方八方から「聖女様ー!」「こっち見て~!」「ちっちゃいー!」「聖女様~~~!」と叫ぶ声が!
ちっちゃいって言ったヤツ誰よ!?
「くっそぉ~。仮想世界じゃ極悪に振る舞ってたはずなのに、なんで誰も怖がらないのよぉ……」
はぁ~ショックだわ。どうやら貴族のボンボンキッズどもの頭はふわふわのようね。お花畑フィルターしやがって。
わたくしのような暗黒レディ~が聖女に見えてたら、そりゃぁ世の中楽しいでしょうよ。けっけっ。
「うぅ、それに比べて……」
悲鳴の響いてくるほうを見る。
そちらからは、「うわあああ『ジャックさん』が中庭を練り歩いてるッ!?」「女子と可愛い男子を隠せ! 『ジャックさん』に性奴隷にされるぞッ!」「生徒会全員をファックした『ジャックさん』が来るぞー!?」「生徒会長をよくも縛り上げたなぁッ!」「ぎゃああああ私のコルベールきゅんを奴隷にしやがったジャックだー!?」「『さん』をつけろよ殺されるぞッ!?」と、絶叫と非難轟々を浴びながら、ジャックくんがフードに顔を隠しつつ近寄ってきた。
「うええええん、どうしてこんなことにぃ~……! 僕、善人なのにっ!」
「アンタまだそんなこと言ってるの……?」
「わっ、レイテ様! ってわわっ!?」
顔を伏せていたからか、彼は直前までわたしの存在に気付かなかったらしい。その場でつんのめり、わたしの足元に倒れ込んできた。
瞬間、周囲の生徒たちが叫ぶ。
「おッ、おおおおおおーーーッ! 聖女レイテ様の聖なるオーラにより、大悪党が倒されたぞォーーーッ!?」
「いいや違うッ! きっとジャックさんの野郎、聖女様をレイプしようと襲い掛かったんだ! それを咄嗟に聖女様が避けたんだよ!」
「クッソォーッ! 聖女様まで穢す気なのかぁ~~!?」
「聖女様の巨乳メイドさんが教えてくれた『あいつウチにきて発情してたよ』って情報はマジだったのかあああ!?」
……本当にどうしてこうなったのかしら。わたしはすっかり聖女扱いだし、ついでにジャックくんのアホは悪党扱い。お互いに求める評価が真逆じゃないの。
「えぇぇん、レイテ様ぁ~……!」
「とりあえずジャックくん、顔を上げないでくれる?」
「え、なんでっ」
「その姿勢で起きられると、パンツ見えるからよ……!」
「ふぁっ!?」
◆ ◇ ◆
――公平を謳う『聖アリスフィア学園』。そこにも権力による待遇差が存在する。
たとえばわたし、辺境伯。これくらいの地位になると、使用人を二名まで連れて入学できたり、学生寮にもお風呂付きの広いお部屋をもらえるわけ。優越感~。
一見すれば不公平な対応ね。けど……、
「ほらエリィ、さっさと紅茶を運んできなさい。お客さんの前でこぼすんじゃないわよ?」
「はいはいお嬢……」
「はいは一回!」
「はァい!」
休日のお昼時。わたしはカフェテリアの一画を貸し切っていた。これもまた上級貴族の生徒にのみ許されている特権だ。
しかし決してお遊びに使うワケではない。使用人に指示を出して動かし、お客様へと給仕させる。
そうやって将来のために、上級貴族の子は歓待の『勉強』をするわけね。学園からの好待遇はそのためのものだった。
んで。
「ど、どうぞお客様……お待たせしました……」
「――うむ。ご苦労」
この日、わたしは二名の客を迎えていた。
一人は隅の方で縮こまってるジャックくん。相変わらず他のカフェの客たちから「悪党ジャックさんがいるぞ!?」「まずい離れろッ、お茶に睡眠薬を盛られてレイプされるぞっ!」と恐れられている模様。こいつは無視でいいや。
それでもう一人は……。
「――拙い味、だな。経験不足だ。茶葉がまるで開ききっていない。香りが立つ前に湯を注いだだろう。せめてあと十秒は蒸らすべきだったな」
「す、すみませんでした」
「――だが、フフ……なかなかどうして悪くない」
ティーカップを傾ける金髪の美丈夫。艶めく唇を琥珀色に濡らしながら、彼は無駄に溜めを作ってエリィの茶を褒めた。
そう。もう一人のお客様の名は、セラフィム・フォン・ルクレール。
この学園を総べる『アリスフィア統合生徒会』の会長様である。また『ルクレール聖国』なる国の第四王子様とも聞く。ガチ偉い人ね。
「――すまないな、聖女レイテ殿。察するに、そちらの侍女はまだまだ教育課程だろうに」
「まったくよ。来たからには給仕しないわけにはいかないし」
セラフィム先輩ってばいきなり顔を出してきたのよ? 戸惑っちゃったわ。
「まだお茶がまずいから、ジャックくんで毒見させてたのに」
「――フハッ。毒見とは酷いな」
無駄に余裕溢れる笑みを浮かべる生徒会長様。態度だけはもう王様ね。
言動は、ちょっと抜けているんだけど。
「ああ、ウチの使用人のレベルが低いとか思わないで頂戴よ? 普段はお茶を入れるのが上手な執事がいるんだから」
「――ほう。それは味が気になるな。その者は今どこへ?」
「ちょ、ちょっと野暮用よ……!」
言えないわ……。未だに学園中をぬるぬると逃げ回っている『変態不審者眼鏡』が、実はわたしの使用人だなんて……!
まぁアシュレイのやつ、日夜『地獄狼』残党を探し回ってくれてるから、文句は言えないんだけどね。これが終わったらよしよししてあげようかしら。
「でもエリィにはいい経験になったわよ。コイツも侍女になったからには、いつかはお偉いさんにお茶を出さなきゃなんだから」
その最初のお偉いさんが王族様なら、これからどんな相手を歓待することになっても緊張することはなくなるでしょう。
「ね、エリィ?」
「そ、そっすね……」
「エリィ~?」
なんかエリィの様子がおかしい。視線をわたしから逸らして……いや、セラフィム会長から逸らしている? なにゆえ~?
「――フム。俺は何か嫌われることをしてしまったか?」
「あぁ、気にしないで頂戴。こいつちょっと変なとこあるから」
実はゾンビだし。元反社で変なキャラ付けしてたし。
「それで、なんなのよ会長さん? まさかお優しいことに、『新入り』の様子でも見に来てくれたわけ?」
――そう。実は一週間前の仮想世界大戦の成績を認められ、わたしは生徒会の会計補佐に選ばれた。
目論み成功ね。これで『地獄狼』残党が紛れている可能性の高い生徒会を、内側から調査できるってワケ。
ちなみに、生徒会メンバーをほぼ単騎で滅ぼしたジャックくんのほうは、有害人物として〝生徒会室周辺への出禁〟を喰らいました。
学園始まって以来の扱いみたい。ある意味わたしを越えてきたわね……。
「せ、生徒会長さぁん……! 僕は実は正義の人でですね……!」
「――すまないが、ジャック少年と話すのは控えたいのだ。キミちょっと怖くて、手が震える」
「そんなッッッ!?」
ずがーんっとショックを受けているジャックくん。アンタは茶菓子でも食ってなさい。
「――さて。本日やってきたのは他でもない」
銀のティースプーンで、会長は静かにカップの中に螺旋を描いた。
ゆらめき流れる琥珀色。その表面を長い睫毛の目立つ両目で眺めながら、彼は口を開いた。
「――レイテ・ハンガリア。キミは何を調べている?」
「ッ!?」
な……わたしが調査していることに、気付かれた……!?
「――以前、学園長宛てにストレイン王国から文が届いた。相手は何を隠そう、新国王『ヴァイス・ストレイン』。キミと共に『地獄狼』を破り、玉座を取り戻した最新の勇者だ」
「……」
「――文の内容は知らない。学園長殿は秘密の好きな人物ゆえ、聞いても教えてくれぬだろうしな。だが、この学園に何かあったとは予想がつく」
――さもなくば、再統治に忙しい王がいきなり手紙など出さんだろう、と。セラフィムは見事に現状を看破した。
すごい。流石は生徒会長というべきか。最初に猫ちゃんにデレデレしてた人とは思えない。
「――さて。話してもらえないか、レイテ会計補佐?」
「ん……」
役職名を付けてわたしを呼んだ。その意味するところは、〝仲間なのに隠し事をするのか?〟と、密やかに情の棘をわたしに絡み付かせる気か。
あるいは、〝生徒会入りしたのも、何かの目的のためなんだろう〟と見抜いての皮肉かもしれない。
どちらかか……もしくは両方か。そしてわたしは素直に教えるべきなのか。
だってこれは分水際だ。生徒会長が無罪ならいい。調査に協力してくれるかもしれない。でも、もしも彼が『地獄狼』残党だったら、わたしはみすみす〝捕まえに来てますよ〟と言うようなもので。そうしたら相手は警戒して、さらに尻尾を隠すようになってしまう。
それからのうのうと卒業して国の中枢に居座ったら、その権力を利用して『地獄狼復活』なんて事態にも――。
「――如何した、一体。日々快活な聖女殿が、いつになく黙り込んでいるぞ?」
「ふん……わたしだって静かに黙する時はあるわよ。授業中とか夜寝る時とか」
「――それ、黙する場面以外では常に元気ということか……? 人生楽しそうだな」
「まぁねっ」
鼻を鳴らして答えつつ、わたしはまだ考えていた。
先ほどの問いにはどう答えるか。これまで通りにアシュレイやジャックくんとだけで学園を探るか、会長を味方にするか……。ともかく黙っていても仕方がない。
「セラフィム会長。さっきの会長の質問だけど、その……」
かくして、わたしが答えも出ないままに、口を開こうとした、その時。
「――ギャァアァァアアァアアアアアーーーーーーーッッッ!?」
魂切るような絶叫が、学園の空に響いた。




