102:決着
本日、コミック1巻配信発売です
――おおおおおおおーーーーーーッほっほぉおおおおーーーーーーッ!
わたし復活祭よぉ~~~~~~! 今日は全領民祝日とするわァッ!
ほぉら、ヴァイスくんも喜んで――って!?
「ヴァイスくん死んでるぅーーーッ!?」
ヴァイスくんは、身体に穴が開いてチーンしていた……!
っていやなにアナタ死んでるのよ!? わたしが復活したのに床で寝てんな!
それに才能的にアンタは穴開けられる方じゃなくて開ける側で――ってごほんごほん!
「……はぁ、そう。ヴァイスくんやられちゃったのね」
「ああ、俺様が殺ってやったさ……!」
凶笑を浮かべながらザクスは答えた。
なによアンタ。ずいぶんと楽しそうね?
「顔面殴られたクセにニヤニヤしちゃって。アンタ変態マゾなの? アシュレイなの?」
「ハハッ。あの裏切り野郎と同じにされたくはないが、そうかもなァぶっちゃけ」
「きもっ!」
世のオッサンたちは変態ばっかね。
それともわたしが美少女過ぎるせいかしら? みんな狂わせるわたし、極悪ねぇ~。
「まぁいいわ」
わたしはドレスの袖から石ころを出した。
お散歩中、河原で拾った綺麗な小石だ。
それを折り込んだ親指と人差し指の間に挟み、ザクス・ロアに向ける。
「ッ、何を――!」
「ただの石飛ばしよ。でもまぁ」
輝く瞳で前を見据える。
ザクスだけじゃない。ヤツとわたしの間に位置する空気を、空間を。
そしてその、『脆弱点』を見極める――!
「喰らったら、死んじゃうかもね?」
指を弾いて石を飛ばす。
瞬間――それは超速の破壊弾となって、ザクス・ロアの脳天に襲い掛かった。
「ッッッ!?」
紙一重。首を振ることで、どうにか直撃を避けたザクス・ロア。
だが片耳には石が掠れ、ごっそりと抉れたようになっていた。
石はヤツに一応当たったことで、砕けた。
「ア――アンタ、その能力は……!」
「気付いているでしょう、ザクス・ロア」
敵は戦場のプロ。だったら隠すまでもない。
「今のわたしはね――『この世全ての脆弱点』が、見えるのよ」
「ッ!」
そう。闇の中、死と激情に命が塗れた瞬間に、自分は掴み取った。
わたしの異能『女王の鏡眼』。その、真なる進化の可能性を。
「視えるわ。全て総べて視えるのよ」
ゆっくりと地面を踏む。
荒廃したオーブライト領の地。そのある一点に、力を懸けた刹那に。
「何を、どこを突けば壊れるかがね」
――ズガァアアアアアアアアンッッッ! という轟音を上げ、大地に地割れが巻き起こった。
「おかげで、闇を裂くことができたわ」
殴りかかった時もそうだ。
ザクス・ロアの顔面の『脆弱点』を突き、重傷を負わせることができた。
さらには空間や空気の最も弱い点を見抜いた上、拾った小石の『脆弱点』を軽く突くことで、極大の衝撃で石を弾き飛ばしてみせた。
これが今のわたし。わたしの能力。ヒトの欠点や詳細を見るなど、そんなものは余技に過ぎない。物理法則なんてもう知らない。
「異能――『女王の照魔鏡』。〝視て壊す〟ことこそが、わたしの力の行きつく先だったのよ」
だから決着を付けましょう。
「『地獄狼』」
「っ……」
「この女王がもう決めているのよ。おまえたち野の獣を、狩り尽くすとね」
「――クハッ!」
わたしの宣言にザクスは笑った。
笑って、笑って、頬が裂けても笑って――そして。
「面白くなったじゃねェかよッ! 女王様よォーーーーーッ!」
ヤツは襲い掛かってきた。
大剣を振り上げ、背から炎を噴出し、理性のぶっ壊れた子供のようにイカれた笑顔でわたしに迫った。
「何もかもアンタはぶっ壊せるってンなら、その前にアンタを壊すだけだァーーーーッ!」
超速の軌道。一瞬で詰められる距離。瞳で捉えることができても、身体が追い付くことはできない。
――なるほど道理ね。わたしは女王よ。運動なんてあまりできないに決まってるでしょう。
だからこそ。
「助けなさい、ヴァイスくん」
「――ああッ!」
刹那、大量の鮮血と肉が舞った。
超速を超えた神速で割り込んだヴァイスくんが、ザクスの両腕を斬り落としたのだ――!
「なぁッ、王子……!?」
「ああ、王子だ」
そして剛脚一閃。腕を斬った勢いのままに、ヴァイスくんは鋭い回し蹴りをザクスに放った。
受けた腹が陥没し、ついには突き抜け、背中から胃袋が弾き飛び出た。
「ぐぼああああああああーーーーーッ!?」
吹き飛び、転がっていくザクス・ロア。
散らばった瓦礫に全身を切り裂かれながら地面を跳ね、根本だけ残ったどこかの家の支柱に当たって、ようやく止まった。
「ぐッ……ぉ、おい、ぉいい……! どういうことだよ、王子のほうは……確実に死んだはずじゃ……!」
「ああ……もはや俺は、死んでいるさ」
対してヴァイスくんも片膝を突いた。
フッ、フッと、冷や汗を流しながら苦しげに呻く。裂けた胸からは、もう血が流れ過ぎて何も出ていなかった。
「もはや身体は死んでいる。心臓がなくなると苦しいんだな」
「そ、そりゃそうだろ……」
「だが、まだだ。俺の脳だけは生きていた。そして、レイテが戻ってきてくれたんだ。だったら」
ヴァイスくんは深く息を吸い、そして立ち上がった。
血の気が完全に失せているとしても。刃を構え、わたしの前に立ってくれた。
「戦わなければ、だろう? 男として寝ていられるかよ……!」
「ッ――予想外だ……!」
互いに満身創痍の有り様。なのにヴァイスくんも、それにザクス・ロアも笑っていた。
……はぁーやれやれ。男ってやつはわからないわねー。
「ま、わたしもヴァイスくんがあっさり死ぬとは思ってなかったけどね。だって最強ヴァイスくんだもの」
別に倒れてもいいのよ。やられてもいいのよ。
その上で。数秒後には立ち上がって、最終的には勝てばそれでオッケーなのよ。
最後に負けさえしなければ、彼は依然と最強なんだから!
「さぁヴァイスくん」
わたしは袖口より、小さな小さな角を取り出した。
ある日なんか貰ったアイテム――『聖神馬の霊角』の、最後のひとかけらを。
「いつまでも穴あきヴァイスくんになってるのよ。わたしの騎士なんだからシャンとしないと」
「ああ、そうだな。……キミが帰ってきてくれて、胸の穴が塞がった気分だ。俺は完全無欠ヴァイスくんだよ」
「塞がってないわよ。穴あるわよ」
極小の霊角を握り締める。
すると手の内で砕け散り、黄金の粒子となって王子様の身体を包み込んだ。
その横顔に血色が戻り、胸の穴も全身の傷も、あらゆる欠落が光に溶けた。
「はい。今度こそ、完全無欠ヴァイスくんね?」
「ああ。もはや、何も欠けたものはない」
ヴァイスくんは前を向いた。
怨敵ザクス・ロアのほう――なんてどうでもよさそうに。
ヤツの背後。ハンガリア領方面にある丘の頂上。そこから『お二人ともッ、勝ちましたよォオオオオオーーーーーッ!』と喚いて手を振ってくる、仲間たちや領民共のことを見て。
「……そうか。俺の下劣な部下共は、逝ったか」
その光景に、ぽつり、と。
「ヴァンピも、ラン爺も、エリィも、変態青髭野郎も、みぃんな死んだか」
ザクス・ロアは呟くようにそう言った。
――そういえばこの男は、配下たちのことを愛称で呼ぶ。
その理由が気まぐれなのか、まさかこの男に情なんてものがあるのかは知らない。
けど何にせよ、コイツとわたしたちはどうしようもなくお互いを傷付けた。
決着は、付けないといけないでしょう。
「さぁザクス・ロア。おまえの結社は、『地獄狼』はもうおしまいだ」
「……そのようだなァ」
「そしておまえも両腕がない。――それでも、やるよな?」
「当たり前だァアアッ!」
そんなことは当然だと。むしろ望むところだと、ザクス・ロアはどこまでも狂笑を絶やさず、虚空に向かって吼えてみせた。
ふらふらと転がった両腕のほうに行くと、自分の腕をゴミのように蹴り飛ばして、握られていた大剣を見つめ、口を伸ばす。
「――これで、万全だァ……!」
歯が砕け散るのも気にせずに。
重いはずの大剣を咥え上げ、餓狼の王はヴァイスくんへと対峙した。
「フッ……恨めしいが、見事だよ、ザクス・ロア。師匠も最期は、おまえを認めていたんじゃないのか?」
「ヘッ……知るかよ」
向かい合う二人。
彼らは一瞬だけ、わずかに温かみのある視線を交わし合い――そして。
「「勝つのはッ、俺だァーーーッ!」」
二人は駆け出した。
片や獄炎の輝きを、片や白雪の輝きを溢れさせ、相手を討つべく差し迫る――!
「「全能全力ッ、臨界発動――!」」
さらにさらにと溢れる光。どこまでもどこまでもどこまでも閃光が氾濫する中、ザクス・ロアは変貌を果たす。
「異能解放ッ! 『緋葬無慚焱、波旬ノ劫』ァァアアーーーッ!」
その肉体が獄炎に包まれ、そしてザクス・ロアは巨狼と化した。
『オォォッォオオオオオオオーーーーーッッッ!!!』
獄色の火焔で出来た異形の狼だ。獣の体躯は漆黒の空を背に赤々と輝き、燃え盛る焔が毛並みのように蠢いている。四肢は地を裂くたびに火花を散らし、足跡のひとつひとつが焦熱の爪痕を残していく。
ヤツが正確にはどんな能力でどのようにしてああなったのかは知らない。けど、もうザクス・ロアの面影は一切なかった。
唯一、口に咥えられた血濡れの大剣と、絶対的な殺意に燃える瞳の輝きだけが、ヤツがヤツであることを示していた。
まるでそれ以外の要素など、最初から必要なかったと言うように――!
「ザクス・ロアァアアアーーーーッッッ!」
対する王子は、光を刃に収束させていく。
自身から溢れる放射光だけではない。世界を照らす輝きさえも飲み込むかのように、王子の剣には極限まで凝縮された光芒が宿っていく。その刃先は鋭利という次元を超え、まるでこの世の絶望総べてを断ち切らんとするかのように研ぎ澄まされた――!
「これでッ、終わりだ!」
剣から滴るように光が舞い、戦場を煌めき照らした。
かくして――、
「異能解放ッ! 『天楼雪極』――!」
咆哮と共に、王子が刃を掲げる。その瞬間、剣は太陽すら超える輝きを放ち、災厄の狼を断ち斬った。
一閃。そして、極大の爆滅。
天の暗雲を突き破るような光の柱が立ち上り――ここにザクス・ロアは、姿を消したのだった。
「俺たちの、勝ちだ」




