100:終幕の舞台へ
――傭兵団幹部陣であり、最凶の異能持ち集団『五大狼』。
ありとあらゆる戦場で暴れ狂い、幾万の屍を作ってきた者たちである。
そんな彼らは、今――、
「さぁ、立ちなさいヴァンピード」
「クッ、ソォ……!」
一人目――『吸血公ヴァンピード』。
血の双竜を操りし彼は、執事アシュレイに圧倒されていた。
瞬発と一撃の破壊力極まる拳闘術により、瞬間何発も殴られ、吹き飛ばされ、藁屑のように宙を舞った。
「ぐぅうううぅうッ!? ナン、デェエエエ……!?」
「当たり前でしょう」
襟首を正しながら、アシュレイは告げる。
「アナタの能力は、鮮血に溢れた舞台でこそ威力を発揮するもの。しかしこの場に――ハンガリア領に悲劇はない」
「ッ!」
そう。血の双竜は、新鮮な血液を吸収することでその巨大さを増す。
だがしかし。この場に傷付き倒れている生者は一人もいなかった。
強力極まる銃撃隊が。鍛え抜いた守護兵団が万全の武装と才覚で無双し、死兵たちの侵攻を完全に食い止めていたのだ。
「すべてはレイテお嬢様のおかげですよ。彼女は昔から、兵たちの生存率を上げることにこだわっていた」
「あの、オンナが……!」
「『経験豊富な奴隷のほうが使えるじゃない』――なんて言ってましたけどね。しかし、おかげでアナタを無力にできた」
この領地の兵団は、敵を殺すことよりもまず、死なないための身体作りを率先して覚えさせられる。
そして銃。あの遠距離攻撃手段は、ドクター・ラインハートがレイテの意向をくみ取って、仲間が死なずに圧倒できる手段を求めて開発したものだ。
その結果が、これだった。
「死兵を使ったアナタたちならわかるでしょう? この世で最も恐ろしい集団は、死を恐れない者たちだ。――レイテお嬢様は民衆を死から遠ざけ続けたことで、民衆は、『彼女の下なら死なない』という信仰を得た」
だから誰もが戦えている。
彼女がきっとなんとかしてくれる。
彼女がいる限り自分たちは死なない。
そして何より、そんな素晴らしい彼女のために、戦いたいと――。
その感情を言い表すなら、まさに信仰の一言だった。
「ゆえに屈しなさい、吸血鬼擬き」
信仰の集団を背に、執事アシュレイは――最たる狂信者は、魔に告げる。
「虐殺者であるアナタは悪だ。だが、お嬢様はもっと凄まじい『極悪』なのだ」
「ぁ、あの女の、ドコが……」
「黙りなさいッ、お嬢様を否定するな!」
アシュレイは再び拳を構えると、古き仲間に最後通牒を突き付ける。
「屈服しなさい、ヴァンピード。そうすれば、お嬢様はアナタを取り計らってくれることでしょう」
「ッ――!」
その言葉に。ヴァンピードのこめかみの血管が、ぶちりと切れた。
「だッ、黙レェエエエッッッ! ダレが屈するかァッ! オレぁ、誰にも屈さねえンダヨォオッ! そう教えられたンだァァアアアアアーーーーッッッ!」
咆哮と同時に、吸血公は駆けた。
狂い叫びながら放つアリスフィア放射光。さらに自身の手首を噛みちぎり、致死量の鮮血を噴き出すことで、己が能力を無理やりに高める。
「異能全力解放、『その花びらに唇づけを』――ッ!」
勢いよく放たれる鮮血竜。使用者の命まで喰らって膨れあがった暴威が、アシュレイめがけて解き放たれた。
「……なるほど。教えられた、ですか」
もしも、信念ゆえに誰にも屈しないと叫ぶなら、よかった。
それも一つの生き方だ。アシュレイにとって、何よりも敬愛するレイテ・ハンガリアがそのような人物なのだから、尊敬と共に葬ってやる気概を持てた。
しかし。ザクス・ロアに植え付けられただけの、空っぽの咆哮など――。
「このッ、馬鹿ガキがァーーーッ!」
溢れる怒声。それと同時に、光を放ちながらアシュレイは駆ける。
「おまえはッ、おまえは本当に、どこまで堕ちてしまったんだ!」
脳裏を過ぎる貧民街時代の日々。ヴァンピードは気弱だったが、しかしそれは、優しさの象徴でもあった。
そんな美徳を一切そぎ落とされた彼に、アシュレイは血が噴き出すほど拳を握り締めて、
「異能全力解放――『灰塵鬼』!」
全異能無効化能力、全身展開。
彼は灰被りの鬼となり、迫る鮮血竜に拳を構えると――、
「もう終わりにしよう、ヴァンピード――!」
烈閃。
まさに悪夢を終わらせるように、能力者ごと血の暴威を、殴り砕いたのだった。
◆ ◇ ◆
そして――二人目。
「その程度か、セツナよ」
「ぐぅぅう……ッ!」
――『鬼人ランゴウ』は、一方的にセツナ・ムラマサを追い詰めていた。
共に同じ重力操作能力者。共に同じ和国の剣士。
だが出力が、経験が違う。
今やセツナが全身を切り傷まみれとし、致命傷を防ぐのがやっとなのは、当然の帰結だった。
しかし。
「もうよい。おぬしのような弱者は、疾く死ね。……儂にはもう時間が無いのだ」
対するランゴウもまた、胸元が血に塗れていた。
それは戦いの中で負わされたものではない。先刻、彼の口からとめどなく溢れ、噴き出したものだ。
盲目の老人は、今や病に殺されかけていた。
「ランゴウ、お爺様……やはりアナタは、死病を……」
「――不良品だと、言われたのぉ」
「え」
ぽつり、と。嵐の中でわずかに風が止む瞬間があるように、ふとランゴウは静かに漏らした。
「儂が斬った主君……。ゴダイ家の男にだけは、儂が死病だと教えていた。もはや儂は弱りゆく身。どうか他の護衛を選んでくだされと」
「……」
「だが彼は、『それでもよい』とおっしゃってくれた。どうか最後まで務めを果たしてくれと――」
ランゴウの口角がわずかに上がる。
その思い出は、侍として無常のモノだったろう。
この人の下で命を終えたい。役立ちたい。そう思える出来事だったが――しかし、
「ある日、強力な暗殺者の襲撃から、儂は身を挺して主君を守った」
「それは……お爺様が、失明した一件ですか」
「そうだ。しかしその時、わずかに庇い損ねた一撃が、主君の頬を掠ってしまってな。そして――全てが終わった後、言われたよ」
――この不良品め。情けで置いておくんじゃなかった、と。
「っ……なんて冷血な」
「ははっ……実際に守り切れなかったのだ。主殿が激昂したのもわかる。だが――」
死病を患い、さらには目も見えなくなったランゴウ。
侍として完全に終わった瞬間だ。
だが、だが。
「儂のッ……侍として最後にかけられた言葉が、不良品だと……! 巫山、戯るなよォ……!」
ランゴウに握られた柄が、ぎしりと軋む。
それと同時にさらに高まる空間重力。セツナもまた反発重力で対抗せんとするも、あまりの重さに足の骨が罅割れ、「ぐぅッ!?」と呻いて、その場に屈しそうになってしまう。
「だから儂は斬った。晩節を汚し、おぬしら一族郎党が処刑の憂き目に遇うとしても、そんなものは構わずッ、主君を斬った! 家族まとめて斬り殺したァッ!」
ランゴウからさらに血が噴き出した。
口からだけでない。傷付き塞がれた瞼が開き、露わになった白眼の端から、滝のように鮮血が流れ出したのだ。
それは、傷付けられた魂から出る血涙だった。
「もはや名誉はいらぬッ! 儂は侍としてッ、七十年以上極めた武技を、至高の戦場でただ振るいたいッ! ヒトの歴史に斬撃を刻みたいのだ!」
ゆえに彼は最悪の結社『地獄狼』へと加入した。
かの組織に加われば、数多の闘争が待っているから。
そこで数多の敵を斬り、数多の民衆に恐れられ、『剣の化け物』として恐怖と技を奮う姿をこの世に遺したかったのだ。
「だが……儂はもう死ぬ。あの『地獄狼』の連中と……クソッ、戯れ過ぎたわ……」
血の痰を吐き出しつつ、ランゴウは見えない瞳でセツナを睨んだ。
そして。
「――フッ」
「!?」
返ってきたのは、微笑みだった。
全ての苦悩と罪業の目的を吐いたランゴウに、孫が返したのは、小さな笑い声だった。
「き、貴様……セツナ、貴様まで儂を、貶め……!」
「いいえ、お爺様。よかったと思うのですよ。お爺様が、幸せそうで」
「!?!?」
わけが、わからなかった。
ランゴウにとって目の前の孫は、生真面目ながらも馬鹿で家族思いで、どうにも世間知らずな少年だった。
――それが、なんだ?
「自分勝手なふるまいをした儂に、怒るわけでも……罵るわけでもなく……?」
ましてやランゴウの無念に同調することもなく。
幸せそうだから、笑ったと?
いったい何が見えている?
「お爺様。アナタには、たしかに迷惑をかけられました。許せなくて斬りたい気持ちはございます」
――でも。
「我が主君、レイテ姫が助けてくださった。おかげで家族全員元気にやっておりますよ。だからもういいのです」
そう、あっけらかんとセツナは言ってみせた。
もういいと。そんな一言では言い現わせないほど、苦悩を味わったはずなのに。
「その上でお爺様」
「ッ」
気付けば、ランゴウは臆していた。
目の前のちっぽけだった孫が――あまりにも測れない男に育っていたことに、恐怖していた。
「お爺様が入った『地獄狼』。拙者らからすればどうしようもない連中ですが、お爺様にとっては、居心地がよかったのでしょう?」
「……それは……」
「だからセツナは嬉しいのですよ。寡黙だったお爺様が、人生の最後で仲間を得れたのですが」
そう言って――セツナは、爛々と刀を構えた。
「だから斬ります」
「ッッッ!?」
肌が痺れる。特大の殺意が、ランゴウを襲う。
「逃亡したお爺様。アナタの生涯は良いモノだとわかった。凶行の理由だって理解できるモノだとわかった。だからもう、考えることはありません」
「セツナ……」
「斬れます。今ならセツナは、お爺様を斬殺できます」
――そうか、と。ランゴウは思う。
目の前の孫は甘い男だ。だから、死闘の中でもこう思っていたのだろう。
お爺様に、何があったんだろう。心配だ、心配だ――と。
それが、
「そうか……憂いはなくなったか、セツナよ」
「ええ。お爺様の気持ちもよくわかりましたが、拙者にも仲間がいるのですよ。まぁ、ケーネリッヒのバカガキは仲間じゃないですけどね。うざいし」
「ははっ、そうかそうか」
きっと、その少年が一番仲のいい友達なのだろう。
そんなどうでもいい思考を、今のランゴウは楽しんで浮かべることができた。
「ふふ……成長したな、セツナ。今のおぬしこそきっと、最強の侍なのだろう」
ゆえに相手として不足なし。
ランゴウもまた、刀を構えた。
「ああ」
そして、最期に。
「なぁセツナや……。いつか、そのケーネリッヒとやらを、儂に紹介してくれるか?」
「ッ……ええ」
そんないつかは来ないとわかっているだろうに――セツナは、答えてくれた。
「では、また来世に」
「うむ、楽しみだ」
これ以上は、無粋。
全ての言葉は吐き終えた。
後に残った『侍』は二人――重圧の中、ただただ静かに刀を向け合う。
共に正眼。基本の太刀。足運びもまた流々と、心は明鏡止水に至り。
かくして――、
「異能全力解放、『絶し破戒せし堕天斬禍』――!」
七十年懸けて鍛えあげた斬り下ろし。
そこに、七十年懸けて磨き抜いた異能の超重力を込め、空間が歪む勢いで技を放った――!
それに対し、
「異能全力発動ッ、『桃源天下』――!」
セツナは突きを以って答える。
まだまだ未熟な十五年余りの剣技。能力行使。
だが、セツナは重力の方向性を操り――超重力の発生しかできないランゴウには不可能な芸当で――乾坤一擲、『刀』にのみ、突き出す方向に全力の重力を込めて……そして。
「――見事、なり」
そして……セツナの刃は、ほんの一瞬先にだけ、ランゴウの心臓に届いたのだった。
この日。一人の悪しき侍が、縁者によって斃された。
だが――その口元には、不思議と笑みが浮かんでいたという。
◆ ◇ ◆
――三人目。『おぞましきエルザフラン』にとって、弱者は唾棄すべき蛆虫だった。
弱き人間は、生きるためなら何でもする。
格好いいことを言っても心は別。本当は汚くて醜くて、いざとなれば頭を垂れて許しを請うのだ。
どうか許してくださいと。
家族でもなんでも差し出しますからと。
何なら、仕える王子すら裏切りますから――と。
それなのに。
「諦めるなよッ、おまえたち……!」
『応ッ!』
対する褐色の王子シャキールと、その数十名の臣下たち。
彼らは、死に物狂いで死兵の軍勢と対峙していた。
「我が異能は、能力者には効きづらい。特に意志力ある者にはな。ゆえにどうか、時間を稼いでくれ。そして道を切り開いてくれ」
シャキールは何かをしていた。夜色の放射光が、その手に爛々と収束していく。
その間にも部下たちは傷付いていく。
だが――――――諦めない。
誰もが剣を振るい続ける。
誰も王子を見捨てない。
「なによ、なんなのよアンタたちは……!」
状況はエルザフランが圧倒的に有利だ。
死兵はだいぶ減らされたが、それでもまだまだ何万といる。
腐った身体はすぐに砕けるも、死兵は死傷を恐れない。
エルザフランを、決して決して裏切らない。
そんな兵士たちを従えているのに……。
「諦めろよッ! それか誰か裏切れよッ! い、今ならアタシ様がっ、イイことしてあげるからさァッ!?」
エルザフランは、徐々に余裕を失っていた。
「そうだっ、そこのシャキール王子を差し出せよ! そうすればッ」
「――黙れ!」
「ッ!?」
戦う公国戦士の中、ひときわ若い少年――アクナディンが、喚くエルザフランへと怒鳴った。
「僕らの忠義を馬鹿にするな! 僕らは、貴様らに滅ぼされた祖国の復興を夢見て、どこまでもシャキール殿下に仕え続けるのだッ!」
「ガキが、なにを」
「年齢は関係ないッ! 僕らは殿下に魂を捧げた! たとえ死んでも仕え続ける覚悟こそ、真の忠義と知るがいい――!」
青い咆哮。
あまりに若くて無鉄砲で、格好いい言葉を並べただけの、十四歳の少年の言葉が戦場に響いた。
「……はは……」
それを、エルザフランは。
いつものように悪辣な道化ぶって、嘲笑しようとして――しかし。
「……じゃあ、裏切られるようなヤツは、真の忠義とやらを貰えてなかったのかよ……」
掠れた声が、喉から漏れた。
それはどこかの女性から奪った美しい声ではない。
魂から滲むような、疲れた少年の慟哭だった。
「あぁ――ああぁああぁああぁああああぁッ! 気に食わないッ、テメェら全員気に食わねェんだよォオオーーーッ!」
そうして彼女は駆けだした。
「テメェらはもちろんッ、あのハンガリアの連中も気に食わねェッ! なんで怖がって逃げないンだよォーーーーッ!」
だから殺す。確実に殺す。
人を小馬鹿にした余裕も、獲物を弄ばんとする嗜虐心もかなぐり捨てて。
一心同体となった『ラグタイム公国』の主従らを――死体すら残さず消し去るために。
後に残ったハンガリアの住民を、一切合切凌辱し尽くして否定するために。
元王子は殺意のままに全能を出し切る。
「異能全力解放ッ、『ねむれずのよる』――!」
瞬間、エルザフランの全筋繊維から弓が張るような音が鳴る。
そして力を解き放つや、踏み込んだ地面が砕けた。「邪魔だッ」と死兵らをどかせば、砕け散りながら何十メートルも吹き飛んだ。
「死ねッ、死ねよッ、群れんなよ蛆虫どもがーーッ!」
エルザフランは死体操作能力者。その異能は、自らと距離が近しいほど効力が高まる。
特に自身とゼロ距離である肉体は、腐らないための生体機能の緻密な活動から、自壊を上等とした筋力暴走まで行えるのだ。
「目障りなんだよッ! もう死ねよテメェらよォーーーーーーーー!」
ついに兵士団に元に辿り着くエルザフラン。
勢いのままに一人を薙ぎ払った。咄嗟に盾で防いだようだが、それでも重傷は確実だろう。
続いて二人目を殴り飛ばした。三人目も、四人目も蹴って進んだ。
筋骨隆々とした褐色の男たちを、薙ぎ払いながら彼女は駆ける。
「きっ、きさまっ、シャキール殿下にこれ以上は!」
「黙れガキィイッ!」
一番気に食わなかった子供をビンタで吹き飛ばす。
――すると、視界が開けた。シャキールの前に辿り着いた。
防衛線は子供で最後だったのだ。エルザフランはニィッと笑い、戦士たちが忠義を寄せる相手に、腕を伸ばそうとして――、
「ご苦労だった」
「がッ!?」
逆に、腕を伸ばされた。
シャキールの手が喉を掴み、細く長い指が頸動脈に食い込んだ。
「やぁ、エルザフランよ。部下たちが勢いを殺してくれたおかげで、そなたを捕らえることができたな」
「はっ……なに、言ってやがる……!」
シャキールが何らかの異能を発動せんとしているのはわかっていた。
だが無駄だ。なぜならエルザフランは不死存在。
「何をしたところで……」
無駄だと言おうとして。傷付いても死体を植え付けて直せばいいと、そう言おうとして。
同時にシャキールを殴り殺さんとして――気付いた。
「あ、れ……?」
腕が、動かなかった。
さらに意識が眩み始めた。
ありえない。ありえ、ない。
これは――いったい、何が起きている?
「ぁ、ォ、オ、レに、眠気……が……?」
本当に、ありえない事態が起きていた。
身体が。心が。こんな状況で眠ろうとしているのだ。
「なっ――何を、しやがった!? オレに眠気が起きるはずがないッ! 脳を失った日からッ、オレは眠れないし眠るわけにはいかない! 死体操作能力を維持するために――ッ」
「昇天しないために、魂だけで起き続けてきたのか。なら無駄だ」
「む、だ……?」
目を見開くエルザフランに、シャキールは告げる。
「我の異能は、相手を眠らせる能力。その出力を最大まで上げれば――魂自体を、永遠に眠らせることができる」
「……は?」
なんだそれは、と。死体の男は呻くように呟いた。
その声音は――死体になってから感じたことのなかった、『終滅』の恐怖に振るえていた。
「ゆえに終わりだ、エルザフランよ」
「ひっ!?」
「貴様にどんな悲劇があったかは知らない。語り合う余地はあるのかもしれない」
だが。
「だが――貴様は、このシャキールの臣民らを弄んだ。だからもう、終わりなのだ」
悲鳴すら上げる余裕もなかった。
極大まで輝く夜色の放射光。シャキールの手より溢れたソレが、エルザフランの奥底まで届き――そして。
「異能全力発動――『永夜恋歌』」
殺意とわずかな哀れみを込められ、動く死体は、永遠の夜に墜ちるのだった――。
◆ ◇ ◆
因縁。親愛。哀切。
様々な思いと共に、倒された『五大狼』の三人。
感情の深さの差はある。だが、誰もが最後に、相手に想われていたならば、それは幸せな結末なのかもしれない。
――だが。だが。
「わ、我が不壊なる影の刃がっ、『抑えきれない漆黒衝動』が、粉々に……!?」
戦場に残る最後の一人――殺人鬼『切り裂きブルーノ』は、絶望していた。
「アハァ~。影という壊れない概念を三次元化することで、無敵の武器とする力か~。面白かったネ~」
相手は、ドクター・ラインハート。
王国随一の天才とされる人物だ。
人呼んで『学術界の怪物』だとも。
ああ、怪物とはずいぶんと大層な扱いだ。その異名はあくまで学術界限定。机の前を離れれば別だろう。数多の戦場を経験した自分に勝てるわけがないと――そんな嘲りを、ブルーノは心の奥底に秘めていたというのに。
それなのに。
「なッ、なんなのだ貴様はァーーーッ!」
ブルーノは再び影の刃を放った。
触手のように蠢き伸び、ドクターへと突き刺さるも、
「概念付与:脆弱性を、影に」
刹那、またも影は砕けた。
まるで砂糖菓子をぶつけたように。ドクター・ラインハートに当たった刃は、粉々の塵になって、ブルーノの足元に戻った。
「なんなのだ……なんなのだァッ!?」
いけッ、死兵! と、周囲の腐肉の戦士を使った。
エルザフランから多少の命令権は与えられている。その物量で飲み込まんとするも、
「概念付与:硬質性を、空気に」
『アァアァアァァァアァァアーーーーッ!?』
ばぎりッ、と。
まさに壁にぶつかったように、突撃した死兵たちが『無』に阻まれた。
そのまま地面に崩れ落ち、動かなくなる。
「オヤオヤぁ。どうやら、死兵の操り主がやられたようだネェ。シャキール王子、やるぅ」
「なっ……あっ……」
「それで――」
ラインハートの長い前髪が揺れ、新緑の宝玉が如き瞳が、ブルーノに向けられた。
「次はどーするんだい、キミ? なにか手はあるのカナー?」
「バッ」
そして。子供のように首を捻るドクター・ラインハートに、ブルーノは言った。
言ってしまった。
「このッ、バケモノめがァッ!」
「……ああ」
瞬間、一気に、空気の温度が下がった。
ブルーノの肌が静かに泡立つ。
殺意を向けられた――わけではない。むしろ逆だ。
「なんだ。キミはもう、ネタ切れってことか」
「うっ……!?」
ブルーノを見つめる瞳。
そこには真に、何の感情も浮かんでいなかった。
まるで空気を見ているようだった。
「学者からも暗殺者からも。よく言われるんだよネェ、バケモノって」
へらへらと。
――何の感情もない笑いで、怪物は言う。
「ま、私って天才だからネェ。どんな勉強もすーぐ出来ちゃうし、異能すら持てなかった兄と違って、〝なんにでも一つ概念を足せる〟なんて、すごーい能力まで持っちゃうしぃ」
「な……なんにでも、概念を……!?」
ブルーノは戦慄した。
まさかとは思っていたが、なんて異能をしているのかと。
あまりにも強力極まる。いや、強力なんて領域ではない。
そんなのは、もはや――、
「神とか言わないでくれよ?」
「ッ!?」
「自分を完全無欠と自覚しちゃったら、人生詰まんなくなるからね」
それにと言って、ドクター・ラインハートは白衣からペンを取り出した。
そして意味もなく、無駄に鮮やかに回し始める。
「とある面白い女の子によるとね、私はペン回しが得意らしい。全然気付かなかったよ」
「は……?」
「だから、信じているのさ。この世には私も知らないことがいーーっぱいあって、そしてペン回しのように、くだらないけどちょっと愉快にしてくれるって」
戸惑うブルーノを前に、静かにペンが、回る、回る。
そうして数回転したところで――ドクター・ラインハートは、笑みを消してペンを止めた。
「その点、キミには飽きたよ」
「ッ!?」
「私を人でなしと称した。別の生き物と評価した。つまりキミは、人間として私に追いつけないと認めたんだ。魅せられる可能性がないと、披露したんだ」
だからもう、終わりだった。
「じゃ、殺すねブルーノくん」
「あっ」
「ネタ切れしたキミの背景も事情も、私の場合はマジで興味ないから」
「あぁっ、あああああああーーーーーッ!」
悲鳴じみた声を上げ、飛び掛かるブルーノ。
そんな彼に対し、ドクター・ラインハートは静かにメスを取り出して、
「異能発動――『機械仕掛けの人造神』」
一閃。
刃が振るわれたその後には、殺人鬼の肉体は、欠片も残さず消え去るのだった――。




