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◤書籍化&コミカライズ配信中!(検索!) ◢極悪令嬢の勘違い救国記 ~奴隷買ったら『氷の王子様』だった……~  作者: 馬路まんじ@サイン受付中~~~~
第三部:『地獄狼』決戦扁

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100/133

100:終幕の舞台へ



 ――傭兵団幹部陣であり、最凶の異能持ち(ギフトユーザー)集団『五大狼』。

 

 ありとあらゆる戦場で暴れ狂い、幾万の屍を作ってきた者たちである。


 そんな彼らは、今――、

 


「さぁ、立ちなさいヴァンピード」


「クッ、ソォ……!」

 


 一人目――『吸血公ヴァンピード』。

 血の双竜を操りし彼は、執事アシュレイに圧倒されていた。


 瞬発と一撃の破壊力極まる拳闘術(ボックス)により、瞬間何発も殴られ、吹き飛ばされ、藁屑のように宙を舞った。



「ぐぅうううぅうッ!? ナン、デェエエエ……!?」


「当たり前でしょう」



 襟首を正しながら、アシュレイは告げる。



「アナタの能力は、鮮血に溢れた舞台でこそ威力を発揮するもの。しかしこの場に――ハンガリア領に悲劇はない」


「ッ!」



 そう。血の双竜は、新鮮な血液を吸収することでその巨大さを増す。

 だがしかし。この場に傷付き倒れている生者は一人もいなかった。


 強力極まる銃撃隊が。鍛え抜いた守護兵団が万全の武装と才覚で無双し、死兵たちの侵攻を完全に食い止めていたのだ。



「すべてはレイテお嬢様のおかげですよ。彼女は昔から、兵たちの生存率を上げることにこだわっていた」


「あの、オンナが……!」


「『経験豊富な奴隷のほうが使えるじゃない』――なんて言ってましたけどね。しかし、おかげでアナタを無力にできた」



 この領地の兵団は、敵を殺すことよりもまず、死なないための身体作りを率先して覚えさせられる。

 そして銃。あの遠距離攻撃手段は、ドクター・ラインハートがレイテの意向をくみ取って、仲間が死なずに圧倒できる手段を求めて開発したものだ。

 その結果が、これだった。



「死兵を使ったアナタたちならわかるでしょう? この世で最も恐ろしい集団は、死を恐れない者たちだ。――レイテお嬢様は民衆を死から遠ざけ続けたことで、民衆は、『彼女の下なら死なない』という信仰を得た」



 だから誰もが戦えている。

 彼女がきっとなんとかしてくれる。

 彼女がいる限り自分たちは死なない。

 

 そして何より、そんな素晴らしい彼女のために、戦いたいと――。

 

 その感情を言い表すなら、まさに信仰の一言だった。


 

「ゆえに屈しなさい、吸血鬼擬き」

 


 信仰の集団を背に、執事アシュレイは――最たる狂信者は、魔に告げる。



「虐殺者であるアナタは悪だ。だが、お嬢様はもっと凄まじい『極悪』なのだ」


「ぁ、あの女の、ドコが……」


「黙りなさいッ、お嬢様を否定するな!」



 アシュレイは再び拳を構えると、古き仲間に最後通牒を突き付ける。



「屈服しなさい、ヴァンピード。そうすれば、お嬢様はアナタを取り計らってくれることでしょう」


「ッ――!」



 その言葉に。ヴァンピードのこめかみの血管が、ぶちりと切れた。



「だッ、黙レェエエエッッッ! ダレが屈するかァッ! オレぁ、誰にも屈さねえンダヨォオッ! そう教えられたンだァ(・・・・・・・)ァアアアアアーーーーッッッ!」



 咆哮と同時に、吸血公は駆けた。

 狂い叫びながら放つアリスフィア放射光。さらに自身の手首を噛みちぎり、致死量の鮮血を噴き出すことで、己が能力を無理やりに高める。



異能(ギフト)全力解放、『その花びらに唇づけをグラトニック・ザオガー』――ッ!」



 勢いよく放たれる鮮血竜。使用者の命まで喰らって膨れあがった暴威が、アシュレイめがけて解き放たれた。



「……なるほど。教えられた、ですか」



 もしも、信念ゆえに誰にも屈しないと叫ぶなら、よかった。

 それも一つの生き方だ。アシュレイにとって、何よりも敬愛するレイテ・ハンガリアがそのような人物なのだから、尊敬と共に葬ってやる気概を持てた。

 しかし。ザクス・ロアに植え付けられただけの、空っぽの咆哮など――。



「このッ、馬鹿ガキがァーーーッ!」



 溢れる怒声。それと同時に、光を放ちながらアシュレイは駆ける。



「おまえはッ、おまえは本当に、どこまで堕ちてしまったんだ!」



 脳裏を過ぎる貧民街時代の日々。ヴァンピードは気弱だったが、しかしそれは、優しさの象徴でもあった。

 そんな美徳を一切そぎ落とされた彼に、アシュレイは血が噴き出すほど拳を握り締めて、



異能(ギフト)全力解放――『灰塵鬼(かいじんき)』!」



 全異能無効化能力、全身展開。

 彼は灰被りの鬼となり、迫る鮮血竜に拳を構えると――、



「もう終わりにしよう、ヴァンピード――!」



 烈閃。

 まさに悪夢を終わらせるように、能力者ごと血の暴威を、殴り砕いたのだった。




 ◆ ◇ ◆




 そして――二人目。



「その程度か、セツナよ」


「ぐぅぅう……ッ!」



 ――『鬼人ランゴウ』は、一方的にセツナ・ムラマサを追い詰めていた。

 共に同じ重力操作能力者。共に同じ和国の剣士。

 だが出力が、経験が違う。

 今やセツナが全身を切り傷まみれとし、致命傷を防ぐのがやっとなのは、当然の帰結だった。

 しかし。



「もうよい。おぬしのような弱者は、疾く死ね。……儂にはもう時間が無いのだ」



 対するランゴウもまた、胸元が血に塗れていた。

 それは戦いの中で負わされたものではない。先刻、彼の口からとめどなく溢れ、噴き出したものだ。

 盲目の老人は、今や病に殺されかけていた。



「ランゴウ、お爺様……やはりアナタは、死病を……」


「――不良品だと、言われたのぉ」


「え」



 ぽつり、と。嵐の中でわずかに風が止む瞬間があるように、ふとランゴウは静かに漏らした。



「儂が斬った主君……。ゴダイ家の男にだけは、儂が死病だと教えていた。もはや儂は弱りゆく身。どうか他の護衛を選んでくだされと」


「……」


「だが彼は、『それでもよい』とおっしゃってくれた。どうか最後まで務めを果たしてくれと――」



 ランゴウの口角がわずかに上がる。

 その思い出は、侍として無常のモノだったろう。

 この人の下で命を終えたい。役立ちたい。そう思える出来事だったが――しかし、



「ある日、強力な暗殺者の襲撃から、儂は身を挺して主君を守った」


「それは……お爺様が、失明した一件ですか」


「そうだ。しかしその時、わずかに庇い損ねた一撃が、主君の頬を掠ってしまってな。そして――全てが終わった後、言われたよ」


 

 ――この不良品め。情けで置いておくんじゃなかった、と。


 

「っ……なんて冷血な」


「ははっ……実際に守り切れなかったのだ。主殿が激昂したのもわかる。だが――」



 死病を患い、さらには目も見えなくなったランゴウ。

 侍として完全に終わった瞬間だ。

 だが、だが。



「儂のッ……侍として最後にかけられた言葉が、不良品だと……! 巫山(ふざ)()るなよォ……!」



 ランゴウに握られた柄が、ぎしりと軋む。

 それと同時にさらに高まる空間重力。セツナもまた反発重力で対抗せんとするも、あまりの重さに足の骨が罅割れ、「ぐぅッ!?」と呻いて、その場に屈しそうになってしまう。



「だから儂は斬った。晩節を汚し、おぬしら一族郎党が処刑の憂き目に遇うとしても、そんなものは構わずッ、主君を斬った! 家族まとめて斬り殺したァッ!」



 ランゴウからさらに血が噴き出した。

 口からだけでない。傷付き塞がれた瞼が開き、露わになった白眼の端から、滝のように鮮血が流れ出したのだ。

 それは、傷付けられた魂から出る血涙だった。



「もはや名誉はいらぬッ! 儂は侍としてッ、七十年以上極めた武技を、至高の戦場でただ振るいたいッ! ヒトの歴史に斬撃を刻みたいのだ!」



 ゆえに彼は最悪の結社『地獄狼』へと加入した。

 かの組織に加われば、数多の闘争が待っているから。

 そこで数多の敵を斬り、数多の民衆に恐れられ、『剣の化け物』として恐怖と技を奮う姿をこの世に遺したかったのだ。



「だが……儂はもう死ぬ。あの『地獄狼』の連中と……クソッ、戯れ過ぎたわ……」



 血の痰を吐き出しつつ、ランゴウは見えない瞳でセツナを睨んだ。

 そして。



「――フッ」


「!?」



 返ってきたのは、微笑みだった。

 全ての苦悩と罪業の目的を吐いたランゴウに、孫が返したのは、小さな笑い声だった。



「き、貴様……セツナ、貴様まで儂を、貶め……!」


「いいえ、お爺様。よかったと思うのですよ。お爺様が、幸せそうで」


「!?!?」



 わけが、わからなかった。

 ランゴウにとって目の前の孫は、生真面目ながらも馬鹿で家族思いで、どうにも世間知らずな少年だった。

 ――それが、なんだ?



「自分勝手なふるまいをした儂に、怒るわけでも……罵るわけでもなく……?」



 ましてやランゴウの無念に同調することもなく。

 幸せそうだから、笑ったと?

 いったい何が見えている?



「お爺様。アナタには、たしかに迷惑をかけられました。許せなくて斬りたい気持ちはございます」



 ――でも。



「我が主君、レイテ姫が助けてくださった。おかげで家族全員元気にやっておりますよ。だからもういいのです」



 そう、あっけらかんとセツナは言ってみせた。

 もういいと。そんな一言では言い現わせないほど、苦悩を味わったはずなのに。



「その上でお爺様」


「ッ」



 気付けば、ランゴウは臆していた。

 目の前のちっぽけだった孫が――あまりにも測れない男に育っていたことに、恐怖していた。



「お爺様が入った『地獄狼』。拙者らからすればどうしようもない連中ですが、お爺様にとっては、居心地がよかったのでしょう?」 


「……それは……」


「だからセツナは嬉しいのですよ。寡黙だったお爺様が、人生の最後で仲間を得れたのですが」



 そう言って――セツナは、爛々と刀を構えた。



「だから斬ります」


「ッッッ!?」



 肌が痺れる。特大の殺意が、ランゴウを襲う。



「逃亡したお爺様。アナタの生涯は良いモノだとわかった。凶行の理由だって理解できるモノだとわかった。だからもう、考えることはありません」


「セツナ……」


「斬れます。今ならセツナは、お爺様を斬殺できます」



 ――そうか、と。ランゴウは思う。

 目の前の孫は甘い男だ。だから、死闘の中でもこう思っていたのだろう。


 お爺様に、何があったんだろう。心配だ、心配だ――と。


 それが、



「そうか……憂いはなくなったか、セツナよ」


「ええ。お爺様の気持ちもよくわかりましたが、拙者にも仲間がいるのですよ。まぁ、ケーネリッヒのバカガキは仲間じゃないですけどね。うざいし」


「ははっ、そうかそうか」



 きっと、その少年が一番仲のいい友達なのだろう。

 そんなどうでもいい思考を、今のランゴウは楽しんで浮かべることができた。



「ふふ……成長したな、セツナ。今のおぬしこそきっと、最強の侍なのだろう」



 ゆえに相手として不足なし。

 ランゴウもまた、刀を構えた。



「ああ」



 そして、最期に。



「なぁセツナや……。いつか、そのケーネリッヒとやらを、儂に紹介してくれるか?」


「ッ……ええ」


 

 そんないつかは来ないとわかっているだろうに――セツナは、答えてくれた。


 

「では、また来世(いつか)に」


「うむ、楽しみだ」

 


 これ以上は、無粋。

 全ての言葉は吐き終えた。

 後に残った『侍』は二人――重圧の中、ただただ静かに刀を向け合う。

 共に正眼。基本の太刀。足運びもまた流々と、心は明鏡止水に至り。


 かくして――、



異能(ギフト)全力解放、『絶し破戒せし堕天斬禍(マガツ・アラガミ)』――!」



 七十年懸けて鍛えあげた斬り下ろし。

 そこに、七十年懸けて磨き抜いた異能の超重力を込め、空間が歪む勢いで技を放った――!


 それに対し、



異能(ギフト)全力発動ッ、『桃源天下』――!」



 セツナは突きを以って答える。

 まだまだ未熟な十五年余りの剣技。能力行使。

 だが、セツナは重力の方向性を操り――超重力の発生しかできないランゴウには不可能な芸当で――乾坤一擲、『刀』にのみ、突き出す方向に全力の重力を込めて……そして。


 

「――見事、なり」

 


 そして……セツナの刃は、ほんの一瞬先にだけ、ランゴウの心臓に届いたのだった。

 


 この日。一人の悪しき侍が、縁者によって斃された。


 だが――その口元には、不思議と笑みが浮かんでいたという。



 ◆ ◇ ◆



 ――三人目。『おぞましきエルザフラン』にとって、弱者は唾棄すべき蛆虫だった。


 弱き人間は、生きるためなら何でもする。

 格好いいことを言っても心は別。本当は汚くて醜くて、いざとなれば頭を垂れて許しを請うのだ。

 

 どうか許してくださいと。

 家族でもなんでも差し出しますからと。

 何なら、仕える王子すら裏切りますから――と。

 

 それなのに。



「諦めるなよッ、おまえたち……!」


『応ッ!』



 対する褐色の王子シャキールと、その数十名の臣下たち。

 彼らは、死に物狂いで死兵の軍勢と対峙していた。



「我が異能(ギフト)は、能力者には効きづらい。特に意志力ある者にはな。ゆえにどうか、時間を稼いでくれ。そして道を切り開いてくれ」



 シャキールは何かをしていた。夜色の放射光が、その手に爛々と収束していく。

 その間にも部下たちは傷付いていく。

 だが――――――諦めない。

 誰もが剣を振るい続ける。

 誰も王子を見捨てない。



「なによ、なんなのよアンタたちは……!」



 状況はエルザフランが圧倒的に有利だ。

 死兵はだいぶ減らされたが、それでもまだまだ何万といる。

 腐った身体はすぐに砕けるも、死兵は死傷を恐れない。

 エルザフランを、決して決して裏切らない。

 そんな兵士たちを従えているのに……。



「諦めろよッ! それか誰か裏切れよッ! い、今ならアタシ様がっ、イイことしてあげるからさァッ!?」



 エルザフランは、徐々に余裕を失っていた。



「そうだっ、そこのシャキール王子を差し出せよ! そうすればッ」


「――黙れ!」


「ッ!?」



 戦う公国戦士の中、ひときわ若い少年――アクナディンが、喚くエルザフランへと怒鳴った。



「僕らの忠義を馬鹿にするな! 僕らは、貴様らに滅ぼされた祖国の復興を夢見て、どこまでもシャキール殿下に仕え続けるのだッ!」


「ガキが、なにを」


「年齢は関係ないッ! 僕らは殿下に魂を捧げた! たとえ死んでも仕え続ける覚悟こそ、真の忠義と知るがいい――!」



 青い咆哮。

 あまりに若くて無鉄砲で、格好いい言葉を並べただけの、十四歳の少年の言葉が戦場に響いた。



「……はは……」



 それを、エルザフランは。

 いつものように悪辣な道化ぶって、嘲笑しようとして――しかし。

 


「……じゃあ、裏切られるようなヤツは、真の忠義とやらを貰えてなかったのかよ……」


 

 掠れた声が、喉から漏れた。

 それはどこかの女性から奪った美しい声ではない。

 魂から滲むような、疲れた少年の慟哭(こえ)だった。



「あぁ――ああぁああぁああぁああああぁッ! 気に食わないッ、テメェら全員気に食わねェんだよォオオーーーッ!」



 そうして彼女(かれ)は駆けだした。



「テメェらはもちろんッ、あのハンガリアの連中も気に食わねェッ! なんで怖がって逃げないンだよォーーーーッ!」



 だから殺す。確実に殺す。

 人を小馬鹿にした余裕も、獲物を弄ばんとする嗜虐心もかなぐり捨てて。

 一心同体となった『ラグタイム公国』の主従らを――死体すら残さず消し去るために。

 後に残ったハンガリアの住民を、一切合切凌辱し尽くして否定するために。

 元王子(エルザフラン)は殺意のままに全能を出し切る。



「異能全力解放ッ、『ねむれずのよるルクスリアン・ハートレス』――!」



 瞬間、エルザフランの全筋繊維から弓が張るような音が鳴る。

 そして力を解き放つや、踏み込んだ地面が砕けた。「邪魔だッ」と死兵らをどかせば、砕け散りながら何十メートルも吹き飛んだ。



「死ねッ、死ねよッ、群れんなよ蛆虫どもがーーッ!」



 エルザフランは死体操作能力者。その異能は、自らと距離が近しいほど効力が高まる。

 特に自身とゼロ距離である肉体は、腐らないための生体機能の緻密な活動から、自壊を上等とした筋力暴走まで行えるのだ。



「目障りなんだよッ! もう死ねよテメェらよォーーーーーーーー!」



 ついに兵士団に元に辿り着くエルザフラン。

 勢いのままに一人を薙ぎ払った。咄嗟に盾で防いだようだが、それでも重傷は確実だろう。

 続いて二人目を殴り飛ばした。三人目も、四人目も蹴って進んだ。

 筋骨隆々とした褐色の男たちを、薙ぎ払いながら彼女は駆ける。



「きっ、きさまっ、シャキール殿下にこれ以上は!」


「黙れガキィイッ!」



 一番気に食わなかった子供(アクナディン)をビンタで吹き飛ばす。

 ――すると、視界が開けた。シャキールの前に辿り着いた。

 防衛線は子供で最後だったのだ。エルザフランはニィッと笑い、戦士たちが忠義を寄せる相手に、腕を伸ばそうとして――、



「ご苦労だった」


「がッ!?」



 逆に、腕を伸ばされた。

 シャキールの手が喉を掴み、細く長い指が頸動脈に食い込んだ。



「やぁ、エルザフランよ。部下たちが勢いを殺してくれたおかげで、そなたを捕らえることができたな」


「はっ……なに、言ってやがる……!」



 シャキールが何らかの異能(ギフト)を発動せんとしているのはわかっていた。

 だが無駄だ。なぜならエルザフランは不死存在(イモータル)



「何をしたところで……」



 無駄だと言おうとして。傷付いても死体を植え付けて直せばいいと、そう言おうとして。

 同時にシャキールを殴り殺さんとして――気付いた。


 

「あ、れ……?」

 


 腕が、動かなかった。

 さらに意識が眩み始めた。

 ありえない。ありえ、ない。

 これは――いったい、何が起きている?



「ぁ、ォ、オ、レに、眠気……が……?」



 本当に、ありえない事態が起きていた。

 身体が。心が。こんな状況で眠ろうとしているのだ。



「なっ――何を、しやがった!? オレに眠気が起きるはずがないッ! 脳を失った日からッ、オレは眠れないし眠るわけにはいかない! 死体操作能力(いきること)を維持するために――ッ」


「昇天しないために、魂だけで起き続けてきたのか。なら無駄だ」


「む、だ……?」



 目を見開くエルザフランに、シャキールは告げる。



「我の異能は、相手を眠らせる能力。その出力を最大まで上げれば――魂自体を、永遠に眠らせることができる」


「……は?」



 なんだそれは、と。死体の男は呻くように呟いた。

 その声音は――死体になってから感じたことのなかった、『終滅』の恐怖に振るえていた。



「ゆえに終わりだ、エルザフランよ」


「ひっ!?」


「貴様にどんな悲劇があったかは知らない。語り合う余地はあるのかもしれない」



 だが。



「だが――貴様は、このシャキールの臣民らを弄んだ。だからもう、終わりなのだ」



 悲鳴すら上げる余裕もなかった。

 極大まで輝く夜色の放射光。シャキールの手より溢れたソレが、エルザフランの奥底まで届き――そして。

  

  

「異能全力発動――『永夜恋歌アルフライラ・サンサーラ』」

  

  

 殺意とわずかな哀れみを込められ、動く死体は、永遠の夜に墜ちるのだった――。




 ◆ ◇ ◆




 因縁。親愛。哀切。

 様々な思いと共に、倒された『五大狼』の三人。


 感情の深さの差はある。だが、誰もが最後に、相手に想われていたならば、それは幸せな結末なのかもしれない。


 

 ――だが。だが。

 


「わ、我が不壊なる影の刃がっ、『抑えきれない漆黒衝動アヴァリーチア・アメンテース』が、粉々に……!?」

 


 戦場に残る最後の一人――殺人鬼『切り裂きブルーノ』は、絶望していた。


 

「アハァ~。影という壊れない概念を三次元化することで、無敵の武器とする力か~。面白かったネ~」



 相手は、ドクター・ラインハート。

 王国随一の天才とされる人物だ。

 人呼んで『学術界の怪物』だとも。

 

 ああ、怪物とはずいぶんと大層な扱いだ。その異名はあくまで学術界限定。机の前を離れれば別だろう。数多の戦場を経験した自分に勝てるわけがないと――そんな嘲りを、ブルーノは心の奥底に秘めていたというのに。

 それなのに。



「なッ、なんなのだ貴様はァーーーッ!」



 ブルーノは再び影の刃を放った。

 触手のように蠢き伸び、ドクターへと突き刺さるも、



「概念付与:脆弱性を、影に」



 刹那、またも影は砕けた。

 まるで砂糖菓子をぶつけたように。ドクター・ラインハートに当たった刃は、粉々の塵になって、ブルーノの足元に戻った。



「なんなのだ……なんなのだァッ!?」



 いけッ、死兵! と、周囲の腐肉の戦士を使った。

 エルザフランから多少の命令権は与えられている。その物量で飲み込まんとするも、



「概念付与:硬質性を、空気に」

 

『アァアァアァァァアァァアーーーーッ!?』



 ばぎりッ、と。

 まさに壁にぶつかったように、突撃した死兵たちが『無』に阻まれた。


 そのまま地面に崩れ落ち、動かなくなる。



「オヤオヤぁ。どうやら、死兵の操り主がやられたようだネェ。シャキール王子、やるぅ」


「なっ……あっ……」


「それで――」



 ラインハートの長い前髪が揺れ、新緑の宝玉が如き瞳が、ブルーノに向けられた。



「次はどーするんだい、キミ? なにか手はあるのカナー?」


「バッ」



 そして。子供のように首を捻るドクター・ラインハートに、ブルーノは言った。

 言ってしまった。



「このッ、バケモノめがァッ!」


「……ああ」



 瞬間、一気に、空気の温度が下がった。

 ブルーノの肌が静かに泡立つ。

 殺意を向けられた――わけではない。むしろ逆だ。



「なんだ。キミはもう、ネタ切れってことか」


「うっ……!?」



 ブルーノを見つめる瞳。

 そこには真に、何の感情も浮かんでいなかった。

 まるで空気を見ているようだった。



「学者からも暗殺者からも。よく言われるんだよネェ、バケモノって」



 へらへらと。

 ――何の感情もない笑いで、怪物は言う。



「ま、私って天才だからネェ。どんな勉強もすーぐ出来ちゃうし、異能(ギフト)すら持てなかった兄と違って、〝なんにでも一つ概念を足せる〟なんて、すごーい能力まで持っちゃうしぃ」


「な……なんにでも、概念を……!?」



 ブルーノは戦慄した。

 まさかとは思っていたが、なんて異能をしているのかと。

 あまりにも強力極まる。いや、強力なんて領域(レベル)ではない。

 そんなのは、もはや――、



「神とか言わないでくれよ?」


「ッ!?」


「自分を完全無欠と自覚しちゃったら、人生詰まんなくなるからね」



 それにと言って、ドクター・ラインハートは白衣からペンを取り出した。

 そして意味もなく、無駄に鮮やかに回し始める。



「とある面白い女の子によるとね、私はペン回しが得意らしい。全然気付かなかったよ」


「は……?」


「だから、信じているのさ。この世には私も知らないことがいーーっぱいあって、そしてペン回しのように、くだらないけどちょっと愉快にしてくれるって」



 戸惑うブルーノを前に、静かにペンが、回る、回る。

 そうして数回転したところで――ドクター・ラインハートは、笑みを消してペンを止めた。



「その点、キミには飽きたよ」


「ッ!?」


「私を人でなし(バケモノ)と称した。別の生き物と評価した。つまりキミは、人間として私に追いつけないと認めたんだ。魅せられる可能性(モノ)がないと、披露したんだ」



 だからもう、終わりだった。



「じゃ、殺すねブルーノくん」


「あっ」


「ネタ切れしたキミの背景も事情も、私の場合はマジで興味ないから」


「あぁっ、あああああああーーーーーッ!」



 悲鳴じみた声を上げ、飛び掛かるブルーノ。

 そんな彼に対し、ドクター・ラインハートは静かにメスを取り出して、

 

 

異能(ギフト)発動――『機械仕掛けの人造神(デウス・マキナ)』」

 


 一閃。

 刃が振るわれたその後には、殺人鬼の肉体は、欠片も残さず消え去るのだった――。





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― 新着の感想 ―
レイテ四天王(勝手に命名)すげえええええ!!! 特に科学者のじーさま本当は素で強かったんですね!!
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