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第3話 料理の可能性、恋の可能性

 それをきっかけに幸二郎は少しずつ材料を変えながらチーズドリアを自作したが、あの時と同じ結果には辿り着けなかった。

 味覚が慣れてしまったのかと合間合間に食べたことのない料理を挟んでみたものの意味はなく、幸二郎は混乱しながらも料理に打ち込んだが――結局、打開策が思い浮かばず、最後には再び憔悴した様子で由梨の店へと足を運んでいた。


「幸二郎さん、あなた見かけるたびしょんぼりしてますね……」

「いや、あはは、情けないところばかり見せてすみません」


 申し訳なさげにしながら幸二郎は頭を下げる。

 今日はこの店のチーズドリアのレシピを教えてもらいに来たのだ。まったく同じレシピで再現すればいいのではないかと最後の希望に縋ったのである。

 由梨は「特別ですよ」と許可を出してくれたが、その前に条件があると口にした。


「じょ、条件?」

「私にも作ってほしいんです。幸二郎さんのチーズドリア」

「けどここと同じレシピで作ることになりますけど……」


 それでもです、と由梨は微笑む。

 しまいには材料費まで出すと言い始めたため、幸二郎はそこまでしてもらうわけにはいきませんと断った。代わりに店の厨房を休日に借りることになったため、そちら側の負担が大きすぎるのではないかと危惧したが――由梨は言ったのだ。


「お代としてうんと美味しいチーズドリアを作ってくださいよ!」


 と、いつもの笑顔で。

 突然厄介ごとを持ち込んでばかりな進化AIに親身になってくれる人間。彼女に美味しいものを食べてほしい。幸二郎は自分のそんな欲求を自覚し、約束通り自分と彼女の分のチーズドリアを作ることにした。



 ――その日はとても良い天気で、幸二郎は材料を買い込み由梨の店への道を急いでいた。

 今日こそ好物がはっきりするかもしれない。

 彼女に喜んでもらえるかもしれない。

 期待とは心のカンフル剤になるのだと幸二郎は学ぶ。この学習による変化をかつての恋人は厭うたが、今はそんな心配はいらないのだ。


 と、ここで初めてあることに気がついて幸二郎は足を止めた。


「ここしばらく失恋のことを思い出してなかった……?」


 好物を探すこと、そしてチーズドリアを作ることに集中していたおかげだ。

 その間ずっと幸二郎はあの胸を刺すような痛みと不安から解放されていた。自覚するのに時間を要するほど。

 目をぱちくりさせていた幸二郎は手に提げた材料を見下ろす。


「料理にはやけ食い以外にも効果があるのかもしれないな……」


 やけ食いすること。

 好物を探すこと。

 料理に打ち込み集中すること――料理で誰かとコミュニケーションを取ること。

 食を通じて心の変化を促す手段は多種多様。想いを諦めるための食べ物や食べ方も山ほどあるに違いない。幸二郎はそんな氷山の一角を見た。

「……」

 店へ向かう足を早める。

 この気づきを真っ先に教えたいと思ったのは、由梨だった。

 応援してくれた彼女に良い報告をすることはいつしか幸二郎の目標の一つになっていた。きっと喜んでくれるだろう。いつものあの笑みと共に。


 そうして早足で店に着いた幸二郎を出迎えたのは、由梨の「待ってました!」という元気のいい声だった。

 面食らった幸二郎は続けて由梨から差し出されたエプロンを受け取りながら首を傾げる。


「こ、これは?」

「お下がりなんですけど、もし良かったら使ってください」

「いいんですか……?」


 遠慮がちにそう問うと由梨はぜひぜひと更に勧めた。むしろ使ってもらえた方が嬉しいという。

 そういうことなら、とエプロンを借りた幸二郎は早速店の厨房でチーズドリアを作ることにした。材料は普段由梨が使っているものと同じメーカー、同じ商品を揃えてある。

 普段とは違い客席側でそれを見守る由梨の視線を感じながら幸二郎は調理に集中した。

(まったく同じものを作るのが目標だけど……より美味しいものを、という気持ちもある。感謝を伝えたいからかな、……)

 すぐに伝えるタイミングは逃してしまったが、気づきの報告をしたい、という気持ちもこれに酷似している。

 そして彼女のことを考えながら何かを作ることは――かつて、恋人のことを想って料理している時の気持ちとそっくりだった。それに思い至った幸二郎は口元を綻ばせる。


(こうしてあの人のことを思い出しても前ほど辛くない気がする。忘れるほど何かに没頭している間に傷が癒えて、再び思い出す機会があっても同じ辛さを味わうことはなくなったってことか、……?)


 なぜ恋人のことを想い作っていた時とそっくりな気持ちなのだろうか。

 幸二郎は待つことすら楽しげな由梨を横目で見る。

(由梨さんを恋人と同一視している? いや……)

 同じ気持ちを向けているのだろうか。

 そう思い至った幸二郎は雷に打たれたかのようだった。

 由梨は恋人だった女性と見た目も性格も名前も声も思想も似ていない。恐らく遺伝的繋がりもないだろう。

 ならば、幸二郎はプログラムされたことを起因とせず、己の経験と感覚だけで由梨に好意を抱いたのだ。


「なんて素晴らしい!」

「どうしました!?」

「あっ、いえ、調理中に申し訳ありません……!」


 驚かせてしまった。火や刃物を使っているのだ、今は調理に集中しようと幸二郎は頭を振る。しかし進化AIの思考はブレーキがかかりにくいと何十年も前に立証されていた。どうしても由梨のことが頭の中で浮かんでは消えを繰り返す。

 進化AIの恋愛は自由化されている。

 法的には結婚も出来る上、デザインベビーなら子供を持つことも可能だ。

(だから私のこの気持ちに問題はない。でも由梨さんはどう思うだろう?)

 彼女が嫌がれば身を引くつもりだ。初めにした行動と同じである。

 そうすると幸二郎は二度の失恋を忘れるために苦心することになるが――それでもこの気持ちは大切にしたかった。


 そう考えながら材料を混ぜ合わせ、器に入れ、十分ほど焼く。

 チーズに焼き目がついてぷつぷつと騒がしくなったところで、幸二郎は器を取り出すと由梨の待つ席へと持っていった。

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